砂の民 2

 各天幕から灯りが消えてしばらく経った頃、ザイル親子のテントの前に二つの人影があった。影は互いに辺りを警戒しながら、砂音を立てないように、そろりと天幕の中に忍び込んだ。


 二人は覆面をしていた。ザイル親子の寝姿を認めると、一人が慎重にザイルのベットに歩み寄った。

 ザイルは、掛け布団を頭までかぶり、静かに寝息を立てている。覆面の二人は互いに目配せしてから、そっと懐から何かを取り出した。


 明かりは、天幕越しに差す月光以外はなかった。だか、薄暗闇の中でも、それはギラリと白い光沢を放っていた。

 覆面は短剣を片手に、そっと掛け布団をめくる。


「……う」


 掛け布団をまくった覆面の男は、そのまま動きを止めた。もう一つの白い光沢を放つ刃が、男の喉元に突き付けられている。

 布団の中から現れたのは、ザイルではなかった。


「あ〜ら、最近の殿方は、夜這いに物騒な物をお持ちになるのねえ〜」


 さすがは元百輪ミルトゥルクアルスだ。起き上がるや否や、刃物を持った手をねじ伏せると、首元に自身の短剣を当てがって取り押さえてしまった。


 もう一人の男が慌てて天幕から出ようとしたが、入口には既に完全武装したレリアが立っていた。


「女だけで長いことやってるとね、だまそうとする輩には良く出会でくわすんだ。お陰で随分と鼻が効くようになったもんさ」


 男に刃物を当てがったまま赤髪のモーリスは立ち上がった。彼女も完全武装していた。部分鎧と鎖帷子くさりかたびら、耐刃性と耐火性を兼ね備えた特別な布……宮廷に仕える女官だけあって、武装もドレスを思わせるような作りだ。


「特に、ザイルさんのペンデェラムを見た時、あんたら随分と動揺した癖に、譲渡を拒否されたら、あっさりと引き下がったからね。やたら妙な目配せしながら……」


 赤髪のモーリスは、もう一人の男を捕らえるように顎で指図したが、なぜか、レリアは動こうとしない。


女将おかみ……いえ、隊長アルス。少し問題が……」

「どうしたんだい?」


 入り口で剣を抜いて立ち塞がるレリアは、苦しげな表情を浮かべていた。


「その……数年ぶりに鎧を着てみたんですけど、サイズが合わなくなってて……かなりキツイんです……」


 その言葉に、隣でポーラのフリをしていたミュレッタが起き上がった。彼女も武装済みだ。


「うっそお!私、ピッタリだったのに!?キツイってどこ?肩?お腹?腰?」

「……胸」

「うわ、こいつ最悪!」

「いいから、二人でさっさと捕まえな!」


 赤髪のモーリスに怒られ、二人は残りの男を取り押さえた。レリアが首に剣を当てて、これも人質にする。


「さあ、私たちも、こいつらを人質に逃げるよ……あっと、ザイルさんたちの逃げる時間を稼いでからね」


 彼女たちは天幕から出た。


「ありゃま……」


 が、外には、剣を手にした十数人の男たちが待ち構えていた。暗殺が失敗した時の備えだ。


女将おかみ……これじゃ、荷物まで持って逃げるのは無理ですね」

「しかたないよ、ミュレッタ。赤字はいつもの事さ。レリア、取りあえず人質を……なんだい、変な顔して?そんなに胸がキツイのかい?」

「うわ、贅沢!」

「いえ、そうじゃなくて……その、告白したい事が……」


 レリアは、人質に刃物を突き付けたまま、申し訳なさそうに言った。


「あの荷物……5デニムで仕入れたって言いましたけど……嘘なんです……」

「なんだい、こっそり値切ってたのかい?別にいいさ、それくらい」


 ミュレッタが割って入る。


「いやいや、良くないでしょ女将おかみ。レリア、本当は幾らしたの?」

「無料」

「なんで!?」


 二人は同時に驚いた。


「あれ、底の方にカビ生えてて、処分される所だったから……でも、輸送中にカビ生えた事にすれば、誤魔化せるかな……と思って」

「なんで、そんな事したんだい!?」

「支払った事にしとけば、5デニム丸儲けできるから……」


 ミュレッタは肘で小突いたが、赤髪のモーリスは笑い出した。


「どっちにしろ赤字は確定だった訳だ。まあ、うちは給料安いからねえ……前にもやったのかい?」

「いいえ、今回が初めてです。だからバチが当たりました……」

「って、ちょっと!なんで今そんな告白しちゃってる訳!?」

「だって、死んだら話せないから……ミュレッタも今の内に何か告白したら?」

「なにそれ?……ちょっと、女将おかみ!まさか、ザイルさんたちの身代わりになって、私たち戦死なんてオチじゃないですよね!?」

「元百輪ミルトゥルクモルクなんだ。いざという時の覚悟くらいしときな」


 人質がいるとはいえ、周りを囲む男たちは、そう易々やすやすと道を開けてくれる様子はなかった。彼らを突破し、砂トカゲを奪って、無事に白海を逃げおおせる保証はない。

 まだ剣も抜いていないミュレッタは、両拳を胸元に添えて、嫌々とポーズを取った。


「嫌ですよ!降伏して捕虜になったって構わないでしょ?!」

「構わないけど……相手は全員男だよ。恥辱ちじょくされたらどうすんだい?」

「そん時は、そのまま嫁にしてもらいます!」 

「結婚を誓い合った恋人がいるんじゃなかったのかい?」

「『誓い合った』じゃなくて『誓った相手』です。いつも私が一方的に誓ってるだけだから、破棄しちゃってもいいんです!」


 赤髪のモーリスは苦笑いを浮かべた。どうしてこう、ろくな部下に恵まれないのだろうか?


「……勝手にしな。私たちは戦って逃げるよ」


 黙って聞いていた人質の男が咳払せきばらいをした。


「すまんが、砂の民の結婚適齢期は十六からだ。お前たちでは……」


 最後までいう前に、ミュレッタは背中に隠していた二刀を抜いた。


女将おかみ、こんな奴らやっちゃいましょう!」

「こんな時くらい隊長アルスって呼んどくれ~」

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