第四章 砂の民 1

 砂丘に囲まれた盆地のような場所に、砂の民の天幕が集まっていた。その真っ白な色の為に、近付いても、それとは気付かれない作りだ。


 その天幕の一つで、ザイルたちは歓迎を受けていた。

 絨毯じゅうたんき詰めた床。低いテーブルが環の形に並べられ、それを外側と内側から囲むようにして、低い腰掛けが並んでいる。

 内側席と外側席の人数を合わせると、三十人程度だろうか。


 テーブルには、酒類の他、数種類のプルコを調理したものと、果実やソークの料理が並んでいる。

 男所帯の天幕の中で、短時間で用意したにしては、豪華な方だ。


「ここがザイルさんの故郷……?」


 ミュレッタは、天幕の出入口付近に座り、外を眺めていた。既に日は落ちかけているが、辺りは白いテント以外、何も見当たらない。


「そうじゃないでしょ。砂の人たちは定住しないんだもの、もともと村みたいなものは無いわよ」


 レリアの言葉に、しかし、隣席の男が笑い出した。


「やっぱり、外の人たちは、そういう風に思っているんだな」

「違うんですか?」


 男は、果実が入った皿を差し出した。


「小さな集落があるんだ。あちこちに。そこで砂トカゲを育てたり、畑だって作ってる。この果実だって、集落で採れたものだ」


 ミュレッタは、皿から果実を摘んで口にしたが、顔をしかめた。クジャ株の実だ。独特の匂いに、酸味と甘味が混ざっている。

 ミュレッタは、顔をしかめたままクジャ株の実を飲み込むと、


「あちこちにあるんですか?」


 尋ねる。


「そうさ。砂のトカゲの牧場だったり、食糧を蓄える為だったり、休む為だったり……」


 調子に乗って集落について話し出す男に、別の男が肘でこずいた。


「おい、同族以外にその話は……」

「おっと」


 話かけていた男は、手で悪戯いたずらっぽく自分の口をふさいでから、笑い出した。

 ザイルの義兄弟フォークは、自分の膝の上にポーラを乗せていた。ポーラはてづから渡されたクジャ株の実を文句もいわずに食べている。


「無邪気な子だ。幾つだ?」


 フォークはザイルに質問したつもりだったが、ポーラは自分で六本の指を立てた。


利巧りこうな子だ。六歳という事は、あのクーデターから間も無くか……」

「ああ……」

「他には何人いるんだ?」

「一人娘だ……」


 杯をあおりながら、淡々と答えるザイルに、フォークは意外そうな顔をした。


「一人娘?妻が三人もいるのに、一人だけか?」


 ザイルは、思わず口に含んだ果実酒を吹き出しそうになった。


「ええ、主人は淡白たんぱくですの……私たちなんかより、女王さまの方がいいってばっかり……」


 ザイルは激しくむせ込んだ。


「モーリス!」


 フォークは察しが良いらしく、そのやり取りだけで誤解に気付いた。


「なんだ、違うのか?じゃあ、奥方は?」


 笑っていたモーリスたちの顔が、少し強張こわばった。女同士互いに目配せしあう。

 察しが良いのは良いが、気遣いは出来ないらしい。


(私たちが遠慮してた事を、よくまあ、ズケズケと……)


 ザイルは口元を拭うと、さして気にせずに言った。


「逃亡中に世話になった家の女中を見初めてな。だが、娘を出産した時に亡くなってしまった」

「そうか……それは気の毒だったな」


 膝元のポーラが、手招きするミュレッタの方へ行ってしまった。フォークはそれを一瞥いちべつすると


「まあ、女手には困っていないようだが」


 と杯を手にする。


「いや、彼女たちは偶然出会った行商人……かつて宮廷に仕えていた娘たちだ」


 宮廷と聞いて、フォークの眉がピクリと動いた。


モルクだと……?」


 ザイルの耳元に口を寄せ


「今でも女王を慕っているのか……?」


 確認する。


「復権派だ。そして、私は同志だ」


 ザイルの答えに、フォークは嬉しそうにうなずいた。


「ならば我々も仲間だ!」

 

 

 フォークの話では、砂の民も宰相派と復権派、そして穏健派に分かれているという。

 一番多いのは穏健派だ。彼らは口先では宰相を認めないものの、新しい時代を謳歌おうかしており、今更、女王の時代に戻る事を真剣には望んでいないという。


 次に多いのが宰相派で、これは若い世代に多く、女王時代の馴染なじみが薄い者が増えるに連れ数を増やしているという。


「そして、一番少なくなっているのが、我々復権派だ。今も幽閉された女王を探し続けている」


 フォークは杯を口にすると


「特に私たちは、宰相の暗殺まで試みた……」


 と付け加えた。


「へえ、そりゃ大したものですね!」


 赤髪のモーリスが感心した声を上げた。


「失敗し、危うく捕われる所だったがな……。なあ、ザイル。お前ならば、女王の居場所の推測くらいは付いてるんじゃないのか?」


 昼にも投げ掛けられた問いに、ザイルはしばし沈黙した。

 眉間にシワを寄せ、長考しながら、フォークと赤髪のモーリスたちの方を交互に見詰める。

 フォークも、「信じた」と断言した赤髪のモーリスも、ザイルの返答を聞きたがっている様子だった。


 ザイルは、長々と息を吐き出すと、懐の中から小さな革袋を取り出した。巾着口を紐解き、中から複数の赤い宝石と銀の鎖で出来た飾りを取り出した。

 ザイルは、それを左手に装着すると、かざすようして前に差し出した。


 甲側には平石の宝石が輝き、五指の指先には玉石の指輪がはまり、それらが銀の鎖で連結されている。そして、掌の中央部分からは、20センチほどの銀の鎖が垂れ、その先端に細長の宝石が吊るされていた。


「ペンデュラム……」


 レリアがつぶやいた。

 水源などを探すのに使うダウジングの道具だ。


「ただのペンデェラムではない。王宮に伝わる秘蔵のものだ」

「それで王女の居場所が分かるのか?」


 フォークの言葉にザイルはうなずいたが


「存命である事は分かる。だが、動き続ける浮島をここから特定する事はできん……」

「一島、一島回るしかない訳か」


 フォークは、ザイルに手を伸ばした。


「我々が協力しよう。貸してくれ」


 だが、ザイルはペンデェラムを外すと、革袋にしまい、懐に直してしまった。


「これは私の使命だ……。それに、先に彼女たちの用を済ませてやる為に、島まで送る約束がある」

「そうか……ならば送って行こう。島で用が済んだら、また合流しよう」

「ありがたい」


 フォークたちの歓迎は、辺りが月明かりで満ちるまで続いた。



女将おかみ……飲み過ぎですよ。大丈夫ですか……」


 ミュレッタとレリアに両肩を担がれながら、赤髪のモーリスは客人用のテントに案内された。ザイル親子も、近くのテントに入ったようだった。


「は〜い、兄ちゃん、ありがとうね〜」


 赤髪のモーリスは、案内してくれた砂の青年に手を振ると、ベットの上にどかっと倒れ込んだ。そして、そのまま寝息を立てる。


「ちょっと、女将おかみ!」

「ミュレッタ、私たちも、もう休みましょう」

「もう……」


 レリアの言葉に、ミュレッタは嘆息すると、服を脱ぎ始めた。赤髪のモーリスのように、防塵服を脱いだだけの格好では、横になる気になれない。


「あ、そうそう、ミュレッタちゃんに、レリアちゃん……夜中出かけるから、おめかししときなさいよ……」


 ベットに突っ伏しながら、赤髪のモーリスは手をパタパタ振りながら言う。


「出かけるってどこにですか?」

「あーら、ミュレッタちゃんたら、カマトトぶったゃって〜」


 赤髪のモーリスは、ゴロンと横向きになると、


夜這よばいに決まってるじゃない」


 ニヤリと笑って見せたが、その声も表情も、酔っ払いのものではなかった。 

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