旅の親子 4

 小さなトカゲが白海の上を歩いていた。餌を求め、あっちへこっちへ頭を巡らしていたが、突然、危機を感じて砂の中に潜り込んだ。

 直後、大きな大きなトカゲの足が、すぐ真横を踏みしめた。巨大な四本脚の一団が、軽快に通り過ぎて行く。


「砂トカゲに乗るの久しぶりですね」

「船かロバばっかだもんね」


 ミュレッタとレリアが談笑する少し前の方で、赤髪のモーリスはポーラと一緒にトカゲに乗っていた。


「ポーラちゃん、トカゲは初めてだってのに、怖がらないなんてさすがだねえ……やっぱ、砂の民の血なんだね」


 先頭はザイルだ。地図も方位磁石も無しで、同じような景色が広がる白海を先導している。


 一行が騎乗するのは、俊足で知られるオオトカゲ・ドフィリーだ。イグアナのような頭に、蛇のように少し長い首。馬に爬虫類の脚を付けたような胴体は、繊細せんさいうろこおおわれ、爬虫類の癖に首から背中に掛けて体毛まで生えている。

 五人と四頭のドフィリー。そのさらに後ろには、ドフィリーよりも体型が丸く、しかし首の短いトカゲが、ソリを引いて付いてきていた。運搬用、長旅用等に、多くの砂の支族の間で利用されるバイメルという種だ。


「今、島はどっちの方にあるんだい?」


 赤髪のモーリスの声に、ザイルは進行方向と全く異なる方角を指差した。


「なんで進む方向は違うのさ?」

「あっちは、沼地と池が多い。ドフィリーだけなら簡単に渡れるが、バイメルの足ではソリを転倒させるかも知れん」

「へえ、さすが砂の民だね。あたしらにゃ、全く見分けがつかないよ」


 赤髪のモーリスは、ポーラの頭をでながら


「ポーラちゃんも、ここで暮らせばお父さんみたいになるのかねえ?」


 と感心した。

 モーリスの前に乗せられたポーラの方は、白海には関心を示さず、トカゲの体毛をいじって遊んでいる。


 ドフィリーは、その長い首ゆえに口取りが出来ず、騎乗者が常に両手両脚を使って操らねばならない。馬丁ばちょう騎獣きじゅうの口取りをさせ、騎乗しながら武器を操るバルサルクには不向きな乗り物だ。しかも、白海でしか使役できず、砂の民の案内がなければどこに行く事もできない。

 ゆえに、馬術……軍馬や軍牛ビルガー軍山羊カプラルの赤色持ちのバルサルクですら、トカゲの乗り方を知らない者が多い。だか、白海の王宮に仕えていたモーリスたちには、かつて取った杵柄きねづかだ。


 赤髪のモーリスはトカゲの臀部でんぶ近くを蹴った。加速しすぎないように首元の手綱を同時に引く。ほんの一瞬だけ速度を早め、先頭のザイルに並んだ。

 そっと、ザイルの横顔を見つめる。


(姿形は、昔と変わらないね……)


 トカゲを操るその姿は、宮廷に仕えていた頃と何ら変わらない。酒場で話した時にみた精悍せいかんな顔立ちも昔のままだった。しかし、彼には家族が増えていた。


「七年か……それだけあれば、結婚して、子供いたって、おかしくないか……」


 ポーラを撫でながら、赤毛のモーリスは感傷深げにつぶやいた。



 日が、近くの砂丘の頂に近付いていた。

 時刻では午後三時過ぎといった所だろうか。

 トカゲたちで周囲を囲うようにして、一行は休んでいた。


「はい、ポーラちゃん……」


 赤毛のモーリスは、温めたミルクと乾パンに似た携帯食を少女に与えていた。


「しっかし、綺麗なお目目だねえ……」


 防塵用の仮面を脱いだポーラの顔をモーリスはまじまじと見つめる。


「そういえばさ……ねえ、ザイルさん。女王様もご幼少の頃はオッドアイだったんだよね?」


 ミルクを口にしながら、ザイルはうなずいた。


「娘と同じ赤と青のお美しい瞳だった……。成長するに連れ、両眼とも青にか変わられたが」

「じゃあ、ポーラちゃんも、その内、変わるのかね?」

「いいや、女王は特別だ」


 携帯食をかじりながら、ポーラが砂トカゲの方に駆け寄った。

 大人しく砂上に伏せて、頭を横たえる砂トカゲ・ドフィリー。ポーラは、目を閉じて休んでいる大きな頭を撫でてやった。薄らと生えた体毛が心地よく、撫でられた方の砂トカゲもウットリとしている。


「ねえ、父様。この子たちには上げないの?」

「トカゲたちは、五日に一度たらふく水を飲ませるだけでいいんだ」


 二時間以上駆け続けたが、砂トカゲ・ドフィリーは、さほど疲れた様子を見せていなかった。変温動物ゆえに汗もかいていない。


「出発前に沢山飲んだから、しばらくは大丈夫よ」


 レリアが、ポーラの横に屈んでいう。


「じゃあ、ご飯も五日に一度でいいの?」

「ご飯は……」


 レリアが言い掛けた時、急に砂トカゲは立ち上がった。

 砂を蹴ってひとっ飛びに駆け出し、直ぐに戻ってきた。近くに河か沼があったらしく、その口には砂魚プルコをくわえていた。


 はしゃぐポーラを他所よそに、砂トカゲ・ドフィリーは、荷駄を引いていた砂トカゲ・バイメルの方に近づいて行った。そして、プルコを自分の喉に通さずに、バイメルに口移しで与えた。

 重荷を引いていたバイメルが、一番疲労している事が分かっていたのだろう。


「うわあ、賢いねえ」


 ポーラは喜んでドフィリーの首をだかえると、頭を撫でてやろうとした。が、そのまま体ごと持ち上げられ、ヒョイと背のくらに乗せられた。

 女たちは笑った。


「所で……」


 残りのミルクを飲み干すと、ザイルは立ち上がって言った。


「ラグンナ島には何日以内に着けばいいのかね?」

「五日後の昼までに着ければ有難いんだけどね」

「早ければ三日で着けるが……」

「さすが砂の民!船よりはるかに早いじゃないか」

「船では進めない道も多いからな。だが、一日ほど道草を食わねばならんようだ」

「道草?」


 赤髪のモーリスが気付くよりも早く、レリアが、ソリを守るようにして剣を抜いた。

 周囲の砂丘から、砂が流れ落ちた。ザイル一行を囲むようにして、各砂丘の頂に、十数匹のオオトカゲが姿を現した。背に人間を乗せて。

 一匹につき、二人一組の人間がまたがり、一人がトカゲをぎょし、もう一人がその後ろで砂の民特有のいしゆみを構えている。


「ちっ!なんだい!?最近は道案内だけじゃなく、盗賊業も始めたのかい!」


 赤髪のモーリスも、背中に隠していた短剣を抜いた。一番遅れてミュレッタが、あたふたと騎乗していたトカゲに駆け寄り、くらに結びつけていた剣を取る。


「案ずるな。ドフィリー族はそこまで落ちぶれはせん」


 ザイルは女たちを手で制すと、砂丘の頂の一騎に近付いた。

 確かに、連中が乗っている砂トカゲはドフィリーだ。十二の支族を持つ砂の民は、自らが主に騎乗する生き物から支族名を取っている。ゆえに、彼らはザイルと同じ支族だ。


 ザイルが歩み寄ると、砂丘の一騎が身を伏せてユックリと滑り降りてきた。

 ザイルの手前で止まり、騎乗していた一人が砂地に降りる。見れば、肩からザイルと同じ柄の帯を垂らしていた。

 二人は近くと、互いの腕の砂を払いあうような仕草しぐさをした後、相手の肘に手を添えて、両腕をお互いに支え合うようにした。

 砂埃すなぼこりにまみれた身体を付けずに腕だけで抱き合う、砂の民特有の抱擁ほうようだ。


「久しいな、ザイル!」


 相手がゴーグル付きの仮面を外すと


「やっぱり、フォークか!」


 互いに再会を喜んで肩を叩き合った。


「モーリス、紹介しよう。私の義兄弟、フォークだ。こっちから探さずとも、来てくれた!」


 女たちは、ホッとした様子で剣を納めた。


「今夜は、野宿しなくてすみそうだね」

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