第三章 旅の親子 1
ガラガラガラ……
車輪の音を響かせながら、荷車が、土の上に二筋の
低い所では、踏み固められた地面と擦れる砂が、騒音を立てている。
高い所では、共通語を中心に、いくつかの言語が飛び交い、それに人外の鳴き声も加わって、
「父さま、みて、みて!大きな船があんなにたくさん!」
父親が手綱を引くロバの上で、幼い少女がはしゃいでいた。
額から背まで垂らされた、大きめの頭巾。白地に赤とピンクの
左右で輝きが異なる瞳を好奇心に見開く少女の衣装は、ワンピースや着流しに似ていた。頭巾と同じ白地で、襟元には簡単な花柄が入り、袖口と裾の辺りにはピンクのラインが走っている。
首元には、紫を基調にした柄物のスカーフが巻かれ、それと同じ柄のものが、ずっと下の方、少女の腰の辺りに巻かれていた。
視野を広げれば、辺りで良く目にする衣装だが、その上から羽織るベストの種類と、小さな足を包む靴のくたびれ具合から見て、少女は長旅の途中である事がうかがえた。
少女の愛らしい衣装とは対照的に、ロバを引く父親の方は、灰色の無地の衣装に同色の頭巾。少し
「ここまで変わるものなのか……」
少女とは異なる茶色い瞳。その眼光鋭い両眼を、今ばかりは
「信じられん……本当に、ここがダギアの港なのか……」
かつては、数隻の中型船が停泊する程度だった港には、数十隻の大型船が場所を占め、かつての面影はなかった。
数棟の塔と、二つしか無かった宿屋。そして、天幕で作られた家屋が密集する程度だった港町は、南北の
「すみません。似顔絵はいかがですか!?」
「ちょっと、そちらの子連れの方!似顔絵はいかがですか!?」
親子の姿を認めると、青年は駆け寄ってきた。
「似顔絵はいかがですか?一枚2シルクですが、親子で二枚3シルクでいいですよ!」
父親は「結構だ」と手を振り、相変わらず唖然とした面持ちで通り過ぎて行ったが、なおも青年はその背に声を掛けた。
「じゃあ、親子二人の画を2シルクと50エンプで!」
父親は青年には構わず、辺りの情景に気を取られているようだった。
「ちょっと、待ってください。娘さんの為でもあるんです!娘の安全の為に!」
その言葉に、ようやく父親は立ち止まった。
「娘の為に?」
反応があった事に喜んだ青年は、駆け寄ると説明した。
「これだけ人が多いと、よく迷子になる子がでるんです。でも、似顔絵があれば「この絵の子を知らないか」って、すごく役に立つんです。ほら、見てください僕の絵を、そこらの手配書よりも上手に描けてるでしょ」
だが、父親はかぶりを振った。
「目立つ子だから、心配はない」
そして、娘の頭巾を少したくし上げて、その瞳を見せる。
頭巾の内から、キラリと、二石の宝石が光った。
「オッドアイ……!」
左右で瞳の色が異なるオッドアイ。この特徴があれば、確かに似顔絵無しでも容易に探しだせるだろう。
その美しさに、青年は一瞬見入ったが、
「すごい……そんな
彼は諦めなかった。
「む、無料で結構です。ぜひ描かせて下さい!」
商売よりも、画人としての心を揺さぶられたらしい。
迷惑そうな顔の父親を他所に、少女は興味を示した。青年が手にする似顔絵を覗き込む。
「父様、この人すっごく絵が上手」
少女は、ロバの上から数枚の似顔絵を受け取ると、感心したように、しげしげと眺めた。
「見て父様、これなんか色が入ってる」
「色付きは5シルクになりますが、もちろん無料で結構です」
娘の期待の眼差しに、父親はため息をついた。懐から財布を取り出す。
「よほど客が無くて困ってたんだろう。色付きを一枚3シルク……それでいいかね?」
「いえ、お代は……」
「娘へのプレゼントに一銭も使わん訳にはいかんだろ」
「あ、ありがとうごさいます!」
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