屈託のない笑顔であった。
「いやー良い思い出ができましたよ。こちらの精霊、神と呼ぶんでしたっけ? 第一接触に手応えありましたし、オセロの遊び相手にもなってくださった。それに美人からのキスマークまで頂いちゃって、やっぱ旅って良いものですねーホント」
夕暮れ、やっと戻って船から降りて、それでようやくおネギが離れて早々、なんならまだ鋭い目でにらんでいるその横で、首の歯形を手で押さえながらそう言えるタクヤンは器が大きいと見えた。
あるいは、その死んだ目から、この状況から逃れるには社交辞令で誤魔化すのが一番だと悟っているらしかった。
兎にも角にも戻ってこれた。
半日にも満たない往復であったがおネギも鴨兵衛も心身ともにクタクタであった。
後は夕食取ってどっかで寝るだけ、にしたい二人であったが、今宵はまだやるべきことがあった。
「まぁ、何はともあれ終わったことですし、今度こそお礼が渡せます。どうです、このままお食事などもどうです?」
鴨兵衛が別れの言葉を切り出す前に、この状況でなおまだ一緒にいようとの提案してくるタクヤン、当事者でなくとも怪しさ爆発であった。
「いや、せっかくだが」
ちゃんと反省してる鴨兵衛、断りを入れる。
「いやいやお気になさらず、ほとんど保存食ですからそんな豪勢なものでもないんですよ。でも我らの国の郷土料理、せっかくこうして仲良くなれたんです。友好のしるしにぜひ、それにお酒もワインといってブドウで造ったやつがあるんですよ。しかも赤と白の二種類、我々はこれに目がないんですが、こちらの人はどうか、そこらへんなんです?
が、タクヤンはペラペラと良くしゃべり、押し付けてくる。
「いや、あの、その」
これに、もとより口下手である鴨兵衛、かなうはずもなく、ただ舌だけで押し通されようとしていた。
……そこに、助け舟を出すのがおネギであった。
「……吐きそう」
一言、場が凍る。
「あ、あぁそうだな。少し海の方へ、すまないが席を外す。そちらにはあとでまいるゆえそうろうよしなにどうぞー」
言葉が通じなくても怪しさ爆発な鴨兵衛、つっこっまれるようにおネギを押して海へ連れていく、ように見えてその実手を引かれて連れていかれていた。
そして海の方へ、向かう途中で物陰へ、そこから角を曲がって内陸へ、すぐさま見つけた人ごみへ、あっという間に町の中へと溶け込む移動は流石のおネギであった。
そうして十分、引き離したころにその手が離れて二人、そろって歩く。
微妙に離れた距離、言葉はなく、ただ歩く。
……半日前は普通だったことだがしかし、あれだけのことがあって鴨兵衛、やや気まずい。
その思い、雪ぐため、口下手ながら言葉を紡ぐ。
「おネギ」
「何でしょう?」
「いや、その、あれだ。その。大丈夫か? 体は、本当に気分が悪いのでは?」
「良くは、ありません。ですがこうして安定した地面の上、歩いていればそのうち収まるでしょう」
スラリスラリ返されて、続く言葉の思いつかない鴨兵衛、いや、思いついてはいた。
ここは、謝るべきだ、そうと思うことはできても、気恥ずかしさも重なって、その言葉が口から出せぬ不器用であった。
その様子、チラリと見ておネギ、クスリと笑う。
……少なくとも、そんなには怒っていないようだと鴨兵衛、胸をなでおろす。
そうこうしてる間にたどり着いたのは大通り、あの異国の二人と初めて出会った場所であった。
当然行列はもうないが、それでも多い人込み、紛れて姿を晦ますのには都合がよかった。
このまま町にいて宿を探すのは見つかる。ならばまだ日のある内に外へと出て、どこかで野宿、そして遠回りして遠くへ、なんとなく二人、似たようなことを考えていた矢先に二人、急に足を止めて同じ方へ向く。
方向は背後、来た道、その上の方、見つめる先より音が聞こえる。
カカン! カカン! カカン!
高く、乾いた音、それが上の方から、響いて、それがドンドンと強く、そして近づいてきていた。
これは、まずい。
二人が判断し、足を再び動かして、人ごみに紛れる前、音が爆ぜた。
カン!
それは屋根瓦を踏み蹴る音、建物の上を疾走してくる足音であった。
そう悟った時、すでに足音の主は二人の頭上を飛び越えていた。
夕焼け、背景に、矢の如く飛ぶ姿は片腕のない人影、ドスンと人ごみの中に着地したのは、オセロの後ろ姿であった。
逃げるの見越して、追いかけられて、追いつかれた。
その目的、想像できるのはどれも最悪、特に今は、止める役割り、手段であるタクヤンがいない。
ならば遊びの時間、再び、今度は最後まで、しかしそれを断りたい鴨兵衛、迷いからその体が強張る。
そこへ、オセロが振り向きざまに何かを投げつけた。
これを鴨兵衛、攻撃かもしれないと思いついたのはその手に受け取ってから、しかし実際は軽く、硬い木箱であった。
振ればカラカラとの音、見覚えのある外見、においを嗅げば焦げ臭く、そこから思い出されるのは喉の焦げる甘さであった。
「ヨオ」
オセロ、片言で語りかけてくる。
「マタネ」
それは、屈託のない笑顔であった。
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