それは一言で言えば覚醒であった。
「キェキェキェキェキェキェキェキェキェ!」
奇声に合わせ銀と銀、双刀が踊り狂う。
水源の奥義とは即ち、その両手の刀を絶えず振り回し、放ち続ける連続攻撃であった。
突き、薙ぎ、払い、それが左右より、絶え間なく放たれる。
個々に見ればお粗末、斬撃後の隙が大きすぎるがしかし、それを左右に重ねることで交互に隙を潰し合い、結果踏み込めぬ斬撃の城となっていた、
単純明快、子供のような発想、だがしかし対峙すれば厄介な奥義に、鴨兵衛は防戦一方となっていた。
鞘を正眼に構えたまま、ジリリ、ジリリと迫る水源より距離をとり、逃げ続けることしかしていなかった。
ただこれは、最も簡単な攻略法、こうして逃げ続け、相手の疲れを待つこと、悪手ではなかった。
が、しかし腐っても免許皆伝、水源の奥義に衰えは見られず、それどころか追う足はますます速くなっていった。
「キェキェキェキェキェキェキェキェキェ!」
気が付けば駆け足になってた水源を前に鴨兵衛、後ろへ横へ、退き続けるがしかし、その左足が小石を踏んだか足元グラリと揺れた。
「キェキェキェキェ!!!」
これを好機と水源、奇声と共に思い切り踏み込んだ。
これに、受ける鴨兵衛もまた、重ねるように前へと踏み出すや攻撃に出た。放つは最短にして最長の攻撃、打突、まっすぐの突きであった。
まさかの反撃に避けも守りも間に合わない水源であったがしかしすぐに安堵した。
その間合いは遠すぎた。
鋭い動きで放たれた打突であったが、すぐに伸びきり、結果水源の胸より拳三つの距離で止まるに終わった。
窮地に陥り、起死回生に打ってでたがしかし、間合いを見誤ったなと内心で見下し笑う水源、そこまで考えることはできても、咄嗟に奥義を止めることも、その考えにも至れなかった。
ガギビン!
聞きなれぬ音、響かせたは刀と鞘と刀であった。
……水源、その奥義は全て考え放っているわけではなかった。
相応の訓練を元に、いくつかの型を体に刻み、体が腕が、勝手に動くまで昇華して、後は無意識に振るっているに過ぎなかった。
それ故に、一見して出鱈目に見える連続攻撃には、水源本人も気が付かない、一定の順序が、いくつか存在していた。
それは多くても五つほどと短いものではあったが、奥義を放ち続けてる間に、やはり溜まっていた疲労からか、その種類はみるみると減っていった。
そしてもう一つ、左右交互に、一定の拍子で連続しているように見える連続攻撃であったが、その実ズレが存在していた。
利き手の違い、刀の齟齬、逃げた鴨兵衛の方向、それらから生じるズレが、左右別々であったはずの攻撃を刹那だけ、重ねさせた。
その隙間に鴨兵衛は鞘を、鉄の鞘を合わせ中に鉛を流し込んだ金棒を、二刀が重なる一点に、ねじ込んでいた。
流石に完全なる一致とはならなかったが、それでもほぼ同時に、二刀は鞘に触れ、弾かれて、その両腕がお菊開かれて、奥義は破かれた。
それは神業であった。
連続攻撃の全てを読み取って順序を見切った眼力、重なる一点を読み取り鞘をねじ込む技量、奥義を知る水源ならば驚愕に値する一突きであった。
剣術を正しく習っていない平一にさえ分かる達人の域、しかし水源、正面受けていながらそれらを見ていなかった。
代わりにその目が見つめるは弾かれた銀、その右、自慢の名刀の片方、その中程が、べキリと折れて落ちる刹那であった。
硬い鋼を用いたとはいえ彫り物を掘ればその分強度が落ちる。それがこのようなチャンバラともなれば、無理に力が一点集まりボキリと逝くは必然、これはいつかは訪れる当然の結果ではあった。
だが水源にそのような理合いなど頭になく、ただ名刀が、魂の片方が折れたという事実だけがあった。
衝撃、放心、焦燥、遅れてやってきた息切れに乱れながら水源、ただ右手の残りを見つめて数歩後ずさった。
決着、なのか?
作られた間合い、水源の様子に手応えを感じながらも構えを崩さぬ鴨兵衛の前で、水源の様子が変わっていった。
それは一言で言えば覚醒であった。
乱れた呼吸が鎮まり、赤かった顔から血の気が引いて、噴き出ていた汗も引いていく。両の肩から無駄な力が抜け、だらりと両手を垂らした構え、左手の切っ先を地面に触れ、右手の断面を下方へ向けて、自然体に代わっていた。
その顔からは憤怒どころか全ての表情が消えて無表情へと変り、ただ鋭い眼差しだけが冷たく、鋭かった。
覚醒、煮える憤怒より、冷える殺意へと変貌したのだと、鴨兵衛は全身で感じ取っていた。
これは、厄介なことになったと鴨兵衛、唾を飲む。
それをじっと見つめ返す水源、そこからチラリと視線を右に、鴨兵衛の左後方、大分外れた方へと動かした。
そこに、そちらに、何が、誰がいるかを鴨兵衛が思い出して反応、弾けるのと、水源が動くとのほぼ同時であった。
水源、だらり下げた右手を振り上げると共に下手投げ、折れた刀を放り投げていた。
その向かう先は鴨兵衛より外れた後方、二人の戦いを見守っていたおネギと平一へだった。
これをいち早く察したおネギ、体当たりで逃そうとするも、何故かこの時ばかりは踏ん張り逆らい動かない平一、その胸に突き刺さる軌道で折れた刀は飛んでいった。
ガッ!
それを弾いたのは鴨兵衛であった。
遠すぎた間合いを長足の一歩と、限界まで伸ばした腕、そうしてなんとか届かせた鞘にて、投げられた刃を弾いて見せた。
だが、その代わりに晒した隙は、大きかった。
「もらったキェェェ!」
蘇る奇声、水源が踏み込みその隙へ、大きく開いて鞘の防御の間に合わない鴨兵衛頭上へ、左手一刀振り上げるや全力を持って叩き下ろした。
ドプン。
僅かな土煙り、晴れた中より仰向けに潰れた鴨兵衛の姿、ただ右手だけを突き上げ、その手で、さらに言えば親指人差し指中指三本のみで、銀の刃を捉えて止めていた。
見事な真剣白刃取りであった。
本来ならば、迫る刃を手と手と叩き合わせて止め防ぐ高難易度の防御技、流派によっては奥義ともされ、成功率は紙一重とされるものを、しかも片手指三本で成し得たとは、人に言っても信じられぬ神業であった。
しかし、鴨兵衛、無傷ではなかった。
ツツツ、右手より伝わる鮮血、親指人差し指間をザックリと切った傷より溢れ出る。
それ以上に鴨兵衛を痛めつけたのは地面であった。
元より無理な体勢、踏ん張るのは無理と速やかに判断、ならばとあえて足を抜き、短い距離を落下しながらの白刃取り、極限の集中力を持って成功させるも、対価として受け身を捨てていた。
結果の激突、肩、背中、肋を響いて肺と心臓を穿つ衝撃、後頭部を打ち付けての火花と相まって、鴨兵衛の体は痺れるように痛んだ。
そこへ水源、両手で刀を握り、体重載せた。
「きぇえええええええええええええ!!!」
最大奇声、全体重かけた切り込みに、いくら鴨兵衛とてそう耐えられるものではなく、ジリリジリリ、突き上げていた右腕が押されて負けて曲がっていった。
肘、肩、指、負けるたびに流血が違う線を通って滴っていく。
それらを曖昧に見ながら鴨兵衛、一度だけ息を吸い、吐いた。
そして投げ出されてた左腕に力を込めて、握る鞘を振るった。
踏ん張りの効かない寝そべった体勢、腰も入らぬ状態ならば、鴨兵衛が使えるはただ左腕の力のみ、にもかかわらず、振るわれた鞘の先端は、水源の下顎を易々を抉り飛ばした。
飛び散る血飛沫、肉飛沫、そのまま刀手放し仰向けに吹き飛ぶ水源、ドウと倒れて動かなくなって、決着となった。
それは、平一の想像を超えた破壊であった。
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