急に最終回 んじゃ、魔王を倒しに行きますか

 変な夢を見た。あの日とは違う天使の女の子がやってきて、俺に危険を知らせてくれる夢だった。俺がこの世界に転生したことを知ってる死神が来るから気をつけろって、魂を回収されないように守れって、焦ってたのか物凄く捲し立てられた。


 天使がいるってことは、やっぱ死神もいるのか。そういやそうだなとぼんやり納得して起き上がった。まだ夜は深く、月の光が窓辺から差し込んでいる。目をこすって窓を開けると、そこには赤いスーツを着た男が宙に浮いていた。叩き起こしたがアリカもシオンもカリンも死んだように眠りこけている。なんて使えない女たちだ。


「無駄っす、起きたところでアンタ以外には見えもしないっす」

 男がこっちをバカにしたような態度で迫ってくる。魔法で攻撃しようとしたが、発動しない。スキルもだ。幸いなことに剣を枕元に置いてあったから構えようとしたが、鞘から抜けない。どんなに強く引いても、びくともしない。どうなってるんだ?


「どーも、回収番号:17562 天月 遙人あまつき はると。アンタの魂を回収しに来た死神の赤屍って言うっすよ。この世界で随分はしゃいでたみたいっすけど、そんなことされちゃあ堪らないんでね、お迎えに来たっすよ」

 部屋の隅に追い詰められ、心臓に向かって手を伸ばされる。このままじゃ魂を取られる! 冗談じゃない、この身体は、世界は、何もかも俺のものだ。誰にも渡したりなんかしない! そうだ、あの像なら……!


「死神は俺がいる場所に入れないようにして!!!」

 俺は像を引っ掴み、寝起きの頭で願った。瞬間透明な壁のようなものに吹き飛ばされて、死神は見えなくなった。これでよし、二度と近づけないはずだ。

「っぶねー! もう少しで魂取られるとこだった。今回も天使に助けてもらったな。ありがとう天使様。俺、絶対この世界をものにしてやるぜ!」

 夢に出てきた金髪の可愛い天使に祈りを捧げ、俺はようやくぐっすり眠ることができた。起きたら朝飯食って魔王を倒しに行って、それから……。




「痛ってぇ……こりゃちょっと予想外っすね」

 障壁に吹き飛ばされた赤屍は、回収対象のいる場所から遠くの平原に飛ばされていた。死神は死の概念そのものであるから多少痛みはあるが死にはしない。

 赤屍は回収対象を少し侮っていたと後悔する。死そのものである自分は転生者が使用する全てのスキルと魔法は無効化出来る。しかしその世界の創造神の力までは無効化出来ないのだと知り、落ち葉を払いながら座り込む。死神局に帰る扉も閉ざされ、転生者にも接触出来なくなったとすれば、ほとんど詰みの状態である。


「向こうサン知ってやがったっすね。天使の入れ知恵か」

 天使は基本的に転生後のデメリットを説明しないのに、何故こちらの存在を回収対象に教えたのだろうと首をかしげる。マリィとリリィの間に友情が芽生えていなければとっくに遥人の魂は回収されエルメスは元通りになっていたが、赤屍にそれを知る由もなく。


「どっかにまだ策が……召喚魔法の一つくらいはあるはず……っと、あった」

 考えても仕方がない。赤屍は死神手帳を開きページ内を検索する。手帳に載っているのは転生者の情報だけではない。その世界に生きとし生けるもの、死にとし死せるものたちの情報が天地創造から余すこと無く記されている。


「……これか。転生者の為にこっちの世界から犠牲者出すのは忍びないっすけど、もう打つ手がない」

 赤屍はこの世界における召喚魔法について、その発動条件を知った上で唯一使用できる神の娘ピアーチェ姫のいる場所まで瞬間移動をして、夢の中に入り込んだ。

 近いうちに魔王は倒されるが、そのものこそが世界を手に入れんとするだろうと予言し、悪夢を見せ恐怖感を植え付けることで召喚魔法を使うよう促すのであった。


 翌日。遥人の魂が宿ったエルメスはその辺で適当に拾った鉄鉱石から作り出した質の悪い剣をあたかも勇者の剣であるかのように振るい、魔王城をほぼ一人で攻略した。魔王フォリドゥースも倒すつもりだったが、既にレベルが上がり不死を得ていたため断念(これすらも想定の範囲内で、自分が今後不利な状況が起きた時に魔王を復活させ、その度に封印し人々から支持を得ようとしていた)し、多少手を焼いた♀の魔戦士ミネラを【魅了】スキルで自分のものにした。ミネラはダサいという理由から、名をベラトリクスに変えて。


 魔王が封印され主導者を失った魔族たちは大混乱に陥り、その様子を楽しむようにエルメスは残党狩りに繰り出した。地表に魔族たちの影が見えなくなってからようやく炎の大陸に戻り、我こそは魔王を打倒し平和を勝ち取った勇者であると大々的に民衆に知らしめた。

 人々は勇者が世界を救ったと褒め称え、その知らせは数日も経たないうちに全大陸へ広がっていった。世界の中心に聖都を作り、美少女招集令で女を集めハーレムを築き権力、金、物が全て集まるよう人の頬に金貨で膨れた袋を投げつけ心をスキルで弄んだ。四元素を使える魔法使いを全部集めて強制労働させ、うるさく口を出す外野の精霊たちは封印し、誰も意見を言えないようにさせて。


 それでも批判の声が上がったので、ウジの湧いたパンを齧って飢えをしのいでいた少女を一人救うことで、批判を免れた。根は優しいのだとアピールするためだけに拾われた少女は名を持っていなかったので、スピカと名付けられた。彼女は知らないが、その村が貧しくなったのはエルメスが四元素の供給を止めたらどうなるかと実験をしたからである。


 カリンはかろうじて残っていた理性を振り絞り女を奴隷にすることへ反発した為にハーレム要員になり、洗脳から解放されるまで酒池肉林の宮殿に閉じ込められることになる。シオンは身体が弱かったこともあり、美少女招集令の数週間後には記憶を消され奴隷として土の大陸へ輸送された。地下にある競り会場の汚い牢獄で、エルメスが一番最初に買った土の大陸の女奴隷カノープスに生死の手綱を握られて。


 それでもエルメスに付き従うアリカは、機嫌のいい日に頼み込み力を手に入れ最高に強く、麗しく、気高く、引っ込み思案で自信のない儚い少女ではなく、勇者の側にいられる存在に変貌を遂げる魔法を自らにかけた。名もふさわしいものにしたいとアルデバランを名乗り、聖都で都合の悪いことが起きれば対処するようになっていく。いつか、エルメスから本当に愛されることを夢見て……。


 ピアーチェ姫は夢の中で死神が予言したことを覚えていた。そしてエルメスの横暴を見てこのままでは本当に世界が滅びてしまうと、宮殿へ自ら赴き幽閉された。中身は恋愛経験もなく人生経験もないような三十五歳のおっさんから受ける愛情は醜く歪み気持ちの悪いものだったが、姫は民のため精霊のため必死に堪えた。机の上に置きっぱなしにされた賢者の石に触れ、父である創造神が像に変えられ世界自体が書き換えられたのだと知る三年後のその日まで。


 そして、姫の命と引き換えに召喚された現代日本人「日比谷 陽介ひびや ようすけ」が世界の運命を変えていく……。

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【作者のやる気が無くなったので完結】最強チートスキルで楽々魔王を倒した俺、悠々自適な異世界ライフを送る! はずだったのに 狂飴@電子書籍発売中! @mihara_yuzuki

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