第12話 転生者が無双している一方で

 遥人が勇者エルメスとして不正に名を挙げている頃、天使と死神にも大きな動きがあった。

 天使のリリィは功績を認められて明日から天国の門に配属が決まり、今夜はそれを祝うパーティが宿舎の食堂で行われている。

「我らの親愛なる友、天使リリィに祝福を!」「祝福を!」「祝福を!」

「もー、やだ皆堅苦しいって。ほら、食べよ食べよ」

 歌って飲んで騒いで祝う様は、天使も人間も変わらない。宿舎からまた一人栄えある仕事に就く天使が出るとあって、主役そっちのけで周囲のほうが盛り上がっていた。


「ごめん、ちょっと涼んでくる」

 こもった熱気にあてられたマリィが外の空気を吸いに花園を歩いていると、中央に鎮座した水晶玉が光っていた。本来は導いた魂が正しい道を歩むか監視する装置だが、現在はほとんど無視されオブジェの扱いを受けている。昇進すれば異世界に転生させた人間のことなど気に掛ける必要など全く無いからだ。


 マリィもああ、また光っているなくらいに思っていたのだが、どうにも今日この時間に光っていることが気になって、水晶玉に手を触れる。光が一層強くなって、エルメスに生まれ変わった遥人の姿が映し出された。

「こいつはリリィの導いたありえんヤバいおっさん……なんか濃い死神の気配するんだけど。嘘、もう目つけられてんの!? ヤバい、明日はリリィの異動なのに、回収されたらまたおっさんたちの相手することになっちゃう! なんとかしなきゃ」


 異世界転生者の魂を回収する死神の存在は天使にも知れ渡っている。回収対象になるのは転生先で問題を起こした魂。死神にもっていかれてしまえば、二度目の命を与えたのに正しい道を歩まなかったとして導いた天使は減点される。異動してしまえばいくらでももみ消しや証拠隠滅は出来るが、異動間際で発覚した場合昇格はもちろんのこと取り消しになる。


(人間に肩入れするなんて反吐が出るし、満たされたらさっさと死んでほしいけど、今回だけは助けなきゃ! リリィの未来は、アタシが守る!)

 マリィはリリィがシャワーを浴びて泣いていた姿が脳裏に焼き付いており、もう二度とあんな酷い目にあってほしくない一心で、こっそりと花園から抜け出した。



 他方死神の赤屍は、転生者の対処に頭を抱えていた。なにせその世界の創造神がアイテムにされているなど前代未聞の事態であり、死神局のトップである冥王でさえ持て余す案件になってしまったからだ。世界が(今のところ)正常に稼働している以上むやみに消滅させることも出来ず、しかしこのまま放置すればいずれ転生者は人の身でありながら神を超えるようなことを起こすだろう。


 冥王、運命課、回収課の課長が緊急会議を開き、結論は赤屍に対し「転生者の魂を回収し、創造神を開放せよ」と無理難題を押し付けることでまとまった。そのために必要とあらば異世界側の生けるものに手を貸すことも厭わないと条件付きで。


「いやいやいやいや、向こうサンに手を貸したってキツイことに変わりないっす。勘弁してくださいっすよ~」

「今まで怠惰だったぶんのツケだな、頑張れよ」

 上司の黒葬は特に赤屍を気遣うでもなく突き放すように言った。


「そんなぁ~酷いっすよクロちゃん……」

「無駄口を叩いている暇があるなら、さっさと片付けてこい。それと、回収出来るまでこちらへは戻ってこられないようロッカーは塞いでおくから、そのつもりで」

「クロちゃんの鬼! 悪魔! ひとでなし!」

「……何を言っている? 我々は死神だろう」


「はぁ……はいはい、行きますよ行けばいいんでしょ行ってくるっすよ」

 まったく冗談が通じないんだからとため息を付いて、赤屍はロッカーから異世界に飛び込んでいった。


 そして天使と死神は、全く同じタイミングで遥人のいる世界へ降り立った。裏でそんなことが起きているとは夢にも思っていない遥人は全裸のアリカ、シオン、カリンと一緒に一つの大きなベッドで夢心地で寝息を立てているのだった。

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