第6話 勇者エルメスの旅立ち

 朝起きたら、世界は俺の望んだ通りになっていた。宿屋は冒険者ギルドに変わり、俺の門出を祝う人々が集まっていた。

「勇者エルメス様に祝福を!」

「魔王討伐に向かわれる勇者様に幸あれ!」

 ああ、気持ちがいい。否定されてばかりの前世で満たされていなかった心に沁みていく。


 剣も盾も服も用意され、準備を終えて街を出て振り向くと、何の手出しもできないキツネが恨めしそうにこちらを睨んでいた。ざまぁみろ、威厳のないチビのくせに偉そうにしているからだ。俺は鼻でせせら笑ってやった。


 案内役にしたからテオが後からついてきたが、こいつは用済みだ。勇者のパーティに必要なのは可愛い女の子、ごますり野郎とはここでお別れだ。


「テオを木に変えて」

 願うと像が光り、テオは命乞いの悲鳴を上げながら木に変わっていく。

「ひい! なんだこれは! エルメス様、お助けを! なんでもいたしますからああああ!!!」

 男のTFシーンとか需要なさすぎるから、俺は目もくれずにさっさと歩く。馬車に乗った方が楽だがせっかくの異世界、道中を楽しむことにした。


 憎たらしいほど晴れ渡った道を歩いていると、異世界のド定番モンスター、スライムの群れが道を塞ぐように現れた。やっぱり青い。

 丸腰で一人だから、数で押せば勝てると思ったのか。スライムにしちゃ賢い。普通なら初陣の場面だけど、俺は剣をむやみやたらに振り回したり、盾で防ぐなんて古臭いことはしない。誰も見ていないから、わざわざ魅せる戦い方をしても意味がない。


火炎弾ファイアショット

 一言呟くだけで、スライムは炎に焼かれ溶ける。経験値が入って、もう少しでレベルが上がる通知が表示された。


「あ、あの……」

 誰も見ていないと思っていたら、茂みから葉っぱまみれの少女が顔を覗かせた。スライムにおっかなびっくりしてるみたいで、完全に沈黙してからようやく出てきた。


「今の炎魔法を見ていました。腕の立つ冒険者様とお見受けします。私の村がスライムの被害を受けているのです、どうかお助けを」

 全ては俺の思う通りにいくようで、タイミングと内容が完璧だった。これは知名度上げクエストだ。有名になって損はないし、可愛い女の子の頼みを断るような勇者はいない。俺は二つ返事で了承し、村まで案内された。



「これはひどい」

 村は建物のほとんどがスライムに飲み込まれて、そこかしこに巣を作られていた。生き残った人は、洞窟に逃げ込んで震えながら生活している。


「あのスライムたちを退治してください。お金はありませんが、必ずお礼をいたします」

 少女は俺の手を取って懇願する。いい表情だ、ずっと見ていたくなる。


「わかりました。危ないので下がっていてください」

 俺はスライムの巣に向かって、一番火力の低い初歩的な炎魔法「火の粉リトルフレイム」を唱えた。

 が、俺の魔法攻撃力は最強なので、弱くしたつもりが豪炎になり、巣ごと村中のスライムを焼き払って火の海に変えてしまった。


「やっべ、村ごと焼いちゃった。水の雫リトルレイン!」

 慌てて水魔法を使って消火する。辺り一面に水蒸気が漂い、スライムは地面に溶けていった。


「おお、すごい! スライムがいなくなった!」

「初歩の魔法なのにあの威力、只者じゃないぞ」

 晴れた頃、洞窟からぞろぞろ人が出てきた。俺が退治したと少女が言うと、ありがたそうに寄ってくる。


「ありがとうございます!」

「いやいや、困ってる人を助けるのが勇者の役目だから」

 ここで謙遜しつつ勇者アピールをしておく。


「あ、貴方が勇者様! なるほどスキルもお持ちでいらっしゃる。本当になんとお礼を申したらよいか……」

「うちの村はご覧ようにスライムに襲われて、差し上げるものもごさいませんで……」

 村の偉い奴が数人出てきて、ペコペコ頭を下げる。別にこんなしみったれた村から物をもらおうとは思ってないし、金もなさそうだ。スライムからドロップした薬草程度で手を打ってやろうかな……。


 あ、いいこと考えた。一つ願いを像に叶えさせてから、口を開く。

「では、この子をボクの旅の供にください」

 俺は少女の手を取って言う。少女は顔が真っ赤だ。


「アリカですか、ええもちろんですとも。どうぞお連れください。勇者様程ではございませんが、多少魔法に覚えのある子です。きっとお役に立つでしょう」


 こうして俺は、パーティに魔法使いを一人入れることになった。恥ずかしそうにもじもじついてくるアリカを、可愛らしいと思った。

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