第3話 成人の儀
翌朝、俺は見送りもなく手ぶらで家を出た。やっと自由の身だ! とはいえ成人の儀を受けていないことには大人として認めてもらえないらしいから、マップを出すように願ってゲーム画面のように目的地を視界の右下に表示した。念じれはいつでも消したり再表示が出来る。
「成人の儀について教えて」
像が光り、記憶の海の放り込まれる。成人の儀はこの世界に産まれた人間が十五歳になるとやらねばならないことで、大昔は大陸の精霊が出す試練に挑戦するものだったが、現在は祝福を形式的に受けるだけの簡単なものになったらしい。俺が今いるのは炎の大陸で、守護する精霊の名はフラムというらしい。威厳のあるおっさんとかだったら嫌だなぁ。天使みたいに可愛い女の子から祝福を受けたいな。
しかし、こういちいち教えてくれと願うのは面倒だな。この世界の全てを知れて、ついでに記憶媒体になってくれそうなものはないだろうか。確かここ最近読んだラノベには、賢者の石にその効果を持たせていたな。やってみるか。
「よし、賢者の石を創り出して」
願ったが、何も起こらない。魔法がある世界なら、作れそうな気がするんだが。
「この世界に存在しない物を作ることはできません」
像からエラー音がした。そういうことか。確かに、無いものを作れるならとっくにこんな中世ヨーロッパ文化からは抜け出ているはずだもんな。
「おやおや~アラート家の坊っちゃんじゃないですか。成人の儀参加おめでとうございます、ようやく大人の仲間入りですねぇ~」
舗装されてない砂利道を歩いていると、全く知らない男に絡まれた。なんだこいつ、エルメスの知り合いか? 俺は記憶をさかのぼってみる。どうやらこの男はテオという人物で、アラート家に代々仕えていたが没落することを知っていたかのように鞍替えし、別の貴族の家に出入りしていることを思い出した。要は裏切り者だ、よくまぁ声をかけてくるもんだ。神経が通っていないんだろう。
「テオ、うちから出て随分良い身分になったようだな」
「没落貴族が偉そうにしちゃあいけませんよ、今の俺はお前より地位のある存在だぞ」
「言いたいことはそれだけか、ではボクは先を急ぐから」
「あ? 人が成人を祝ってやってるんだろうが! 礼の一つも言えねーのかクソ坊主!」
テオは殴りかかってきた。昨晩収納魔法の習得ついでに身体能力を上げておいたので、俺はひらりと躱す。エルメスは剣術の腕はそこそこあったが優しい性格だったためか、近所の悪ガキやこういうポジのキャラに舐められがちだったようだ。
ここでボコボコに打ちのめして改心させるのがラノベのお決まりコースだけど、それじゃあつまらない。俺は像に「彼を案内役にして」と願うと、テオは態度が一変して従順な犬のようになった。
「ささ、エルメス様。参りましょう、すぐ馬車をご用意いたしますので」
数分後、どこから調達してきたのか、テオは立派な馬車を連れてきた。
「どうぞ。会場となる晴天の町までお連れいたします」
「うん、頼むよ」
俺は馬車に乗り込んで、町へ向かった。
晴天のと呼ばれるだけあって町の空は青く晴れ渡り、人々も活気づいていた。隣りにある水の大陸との交易が盛んらしく、行商人も多いとテオが聞いてもないのにベラベラ説明してくれた。町の噴水広場に行くと、俺と似たような年頃の人間が列を作って祭壇に並んでいた。待ち時間暇だし昨夜から飲まず食わずだったから、テオに食べ物を買いに行かせた。金は「テオが俺のおつかいで店に行ったら、タダで食べ物を渡すようにして」と願っておいたので、必要ない。
「では、次の者。私の前へ」
列が進んで精霊らしきものの姿が見えてきた。信じられない、偉そうに祝福を与えていたのは小さいキツネだった。これが炎の精霊!? ありえねー、ファンタジーってものがわかってないのかこの世界は! 人型じゃないならもっとケルベロスとかサラマンダーみたいなでかくて威厳あるやつだろ普通! しかも炎って一番かっこよくなきゃいけない属性なのに!! これ一昔前のアニメにありがちな、主人公の肩に乗って可愛い声で鳴くサポキャラじゃん!!!
様子を見ていると、祝福は熱くない炎をキツネが吹いて、それに包まれて終わりだった。神秘もへったくれもない儀式が馬鹿らしくなってきた俺は、盛り上げてやろうと「精霊の力を模倣出来るようにして」と願い、自分の番が来るのを待った。
「エルメス・アラートです」
自分の番になったので、名前を告げる。
「よろしい。ではエルメス、汝の人生に幸あらんことを」
あ、でも声はめっちゃいい。クリス・ペプラーみたい。人型だったら絶対イケメンだったろうなと思いながらキツネが吹いた炎に当たると、燃えずにふわっとした温かさに包まれた。なんだ、こんなの本当に子供だましじゃないか。
「これくらいなら、ボク出来ますよ」
俺は手をかざし、キツネが吹いたものと完全に同じ炎を出してみせた。
「お、おい。見たか今の」
「信じられない、まだ十五歳だぞ。精霊様と同じ炎を扱えるなんて」
「どこの子だ?」
町の人々がざわつき始め、注目が一気に集まる。
「流石はアラート家のご子息エルメス様! あの方俺のご主人様なんですよ。素晴らしいです!」
お使いから戻ってきたテオは長いコロッケのようなものを振って、俺のことを自慢した。
「あれ? ボク、何かしてしまいましたか……?」
決まった! 異世界転生ものの名台詞! これ一回やってみたかったんだよな。俺はきょとんとした顔で言ったが、内心ニヤニヤしていた。
ただ一つ、キツネがこちらの心を見透かしたような目をしていたのが気に入らなかった。
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