第10話 楓の日記
翌日、楓からパソコンにメールが届いた。添付されていたファイルに、長々とユウマのことが記されている。僕は心を落ち着かせて、ゆっくりとそれに目を通した。
『部員が足りない。あと1人なんだけど。そこで、もう1人部員を創り出すことにした。ユウマくん。ボクやミコトより背が高くて、真吾くんや惣一くんよりは低い。ボクたちを合わせて割ったような子。オカルト好き。すぐに仲良くなれると思う』
『5人集まるまでの期間限定。ルールは部活中、1回はユウマくんに声をかけてあげること。誰かがユウマくんに声をかけていても、からかったり笑ったりしないこと。ユウマくんの存在を疑わないこと』
5人集まるまでの期間限定。その文字に少しだけほっとする。これを覚えていないと言われたら、どう説得すればいいのかもわからない。
続けて文字を読み進めていく。
『誰かに声をかけるのはすごく勇気がいるけれど、相手からの反応がないと決まり切っているのは都合がいい。相手が気分を害することもない。ボクはときどき話しかけて、都合のいい返事を心の中で思い浮かべた』
『みんながいる前で声をかけるのはやっぱり少し緊張する。そもそもユウマくんはみんながいるときにしかいないわけじゃない。それなら、2人きりになることだって出来る。心霊スポットに行った帰りにでも、こっそり声をかけてみよう』
『さっそく1回目の心霊スポットの帰り、みんなと別れた後、こっそりユウマくんに声をかけてみた。もちろん返事はないけれど。「なに?」って、振り返ってくれたような気がした。だからボクは周りに人がいないのを確認して、もう少し話したいって伝えた』
楓のユウマに対する記録……日記のようなものは、その後もたくさん続いていた。ざっと目を通したけれど、ユウマには何でも話せるだとか、主にそんな内容で、楓にとっていい相談相手となっていたようだ。
『ユウマくんならきっとこう答えてくれるだろう、そんな風に思いながら、いつも声をかけていた。すると、本当に、そう答えられた気がした。初めは空耳だと思ったけれど、空耳じゃないと思い込むことにした』
声が聞こえ始めたと解かる文章が書かれていて、僕は椅子に座り直すと、じっくり目で追った。
『次第にボクがユウマくんの返事を考えなくてもいいようになってきた。彼がなにを答えるか、考えるまでもなく言葉が届く』
無意識のうちに考えられるところまできた、ということか。
それが『ユウマの声を聞く』ということなら、実際に音としてなにか聞こえたのとはまた違うのかもしれない。
「ミコト、真剣だね」
「兄さん……楓のことなんだけど。ちょっと理解出来たかも」
「そう。それで、ミコトもユウマの声に耳を傾けるの?」
「それは……」
理屈がわかれば、なんてことはなかった。楓に悪い部分は見当たらないし、怖い要素もない。
「ひとまず保留かな。安心したらお腹空いちゃった」
「ご飯にしよっか」
次の心霊スポット巡りの日。
前回同様早めに集合場所へとたどり着く。先に来ていた惣一が、僕を見てどこか表情を緩めた。
「ミコトくん、今日も早く来てくれたんだ……」
「一応ね。楓からユウマについて聞いたんだ。やっぱり楓はユウマの声が聞こえるんだって。でも、物理的な感じじゃなくて、無意識のうちにユウマの言葉を想像してるだけみたい。いろいろ相談相手になってるみたいで……」
「そうなんだ……」
「それでもちょっと気にはなるけど。5人目の部員は早いところ探すから。もう少し待ってて」
「うん。ミコトくん、任せっぱなしでごめんね。俺、オカルト話出来る友達いなくて……」
「僕もだよ。同好会でも充分楽しいし、いいかなって思ってたんだけど……」
そんな話をしていると、楓が集合場所へとやってきた。
「あ……今日はボクが4番目かぁ。お待たせ」
「俺達も少し前に来たところだから……」
「3人でなに話してたの?」
楓に指摘され、僕は思わず惣一の顔を見る。惣一もまた僕の方を見ていた。
「ユウマが来たのはついさっきだから。2人でちょっと話してたんだ。新しく部員入るといいなって」
嘘はつけなくて、なんとかごまかす。楓はとくに疑う様子はなかったけれど、思いがけない言葉を返してきた。
「そうだ、5人いるんだし部として申請したらどうかな」
「え……」
「同好会じゃなくて、部になるんだよ」
嬉しそうに楓は言うけれど、大学に嘘をつくことになる。それには抵抗があった。ただ名前が変わるわけでなく、部となれば部費がもらえる。そういったメリットがあるからこそ、嘘をついてまでというのは、ちょっと難しい。
「それは……」
惣一も、抵抗がある様子でちらっと僕を窺った。
やっぱり『無意識のうちにユウマの返事を想像している』といった範囲を超えているのではないだろうか。なんだか少し嫌な予感がした。
「夏休み中は、申請しても通るかわからないし、休み明けに考えてみるよ」
ひとまず先延ばししようと提案してみる。楓も惣一も、納得した様子で頷いてくれていた。
とはいえこれも一時しのぎでしかない。部員を勧誘するのはいいとして、問題はその後だ。
楓はもう、完全にユウマを部の一員としている。
部員が揃うまでの期間限定だと伝えてあったし、楓もそれを認識しているはずだけど、いざ作り出した友人を、いきなりいないものに出来るだろうか。
「ミコト?」
「え……?」
「どうかした? ぼーっとしてる」
「だ、大丈夫だよ」
なんでもないと首を振り、僕達は真吾を待った。
「ただいま」
心霊スポット巡りを終え、家に着いた頃には22時を回っていた。
「おかえり、ミコト。声が沈んでるけど……気になることでもあった?」
兄さんはいつも僕が欲しい言葉をくれる。
「楓のことがちょっと気になるだけ」
「ユウマと仲良しだから?」
「だって……ユウマはいないのに」
「それがおもしろいんじゃなかった? いないものをいるものとして扱うってのがさ」
ユウマにもし意思が宿ったらなんて、ありもしないことを考えていたけれど、まさか楓の方がおかしくなるだなんて、思ってもみなかった。
「人って、結構簡単に思い込めるのかな」
「少なくとも楓くんはそうなんだろうね」
後回しにしていると、楓の思い込みはもっと強くなる。そしたら、ユウマの存在を消すことが出来なくなってしまうかもしれない。それではだめだ。
「……ユウマのこと、消そうと思う」
「突然だね」
「突然じゃないよ。考えてたんだ。元々5人集まるまでって言ってたし、それはもう少し先でいいと思ってたけど。そうも言ってられないかなって」
いまの楓は、ユウマという存在に取りつかれている。
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