第8話 ユウマ

 4回目の心霊スポット巡りは予定通りトンネルに行くことになった。僕はいつもより早くに家を出る。大学についたのは午後6時40分。待ち合わせの時間まであと20分あった。惣一の姿は見当たらない。どこかで時間を潰しているのだろう。一応、メールでいま着いたことを知らせておいた。

 それから5分くらい経っただろうか、楓が姿を現す。

「あ、ミコト! 早いね」

「うん。暇だったから早めに来ちゃった」

「惣一くんがまだ来てないなんて珍しいね。電車、もう1本後だと7時過ぎちゃうって言ってたんだけどな。遅れてるのかな」

「駅に着いてから、どっか寄り道してるんじゃない? コンビニとか」

「そっか」

 楓は僕の言い分に納得したのか、それ以上突っ込んでくることはなかった。いまのところとくに変わった様子はない。

 もしかしたら僕とは違い惣一とは会話が続かなくて、ついユウマに話しかけてしまっただけじゃないか。

「ねぇミコト。トンネルって歩いたことある?」

 楓は至って自然に、僕へと話しかけてきた。

「そういえばないなぁ。電車や車で通ったことはあるけど……」

「だよね。ボクもないんだ。自転車で通ったこともないし。それに夜だとやっぱりドキドキするね」

 そんなたわいもない話をしていたときだった。楓がなにか気付いた様子で僕から視線を外す。

「あ、ユウマ!」

 その声を聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ね上がった。いつもなら、同好会のルールに則ってユウマに話しかけているだけだと思っただろうけど、惣一からいろいろと聞いている。そしてなにより、あまりにも唐突で、まるで本当にユウマがそこに来たような気さえした。

 楓が見る方向へと視線を向けるけど、もちろんユウマの姿は見当たらない。

「ミコトがユウマより早いなんて珍しいよね」

 さも当然のようになにもいない空間へと楓は話し続ける。惣一が言っていた『ユウマが本当にいるような気がする』という言葉の意味を、いまやっと理解出来たような気がした。

 僕自身がユウマの声を聞いたとか、なにか感じたとかじゃない。楓が当たり前のようにユウマに話しかけるもんだから、そこにいないと思うことの方が間違っている気さえする。

「さっきね、ミコトとも話してたんだけど、ユウマはトンネル歩いたことってある?」

 返事など返ってくるはずもないのに、楓はユウマに質問をなげかける。

 確かに、ユウマに1度は話しかけるようにとルールを作った。もちろん出来る範囲でだけれど。そのルールを守っているのだと言いたいのなら、みんなが揃ってから話せばいい。僕しかいない場で済ませることじゃない。

「ミコト? どうしたの?」

 楓に声をかけられハッとする。

「ううん、どうもしてないけど……」

「オバケでも見たような顔してる」

「オバケは見えないよ」

 ただ、見えないはずのものが存在するかのように感じている。体が強張っていた。たぶん、うまく笑えていないんだと思う。

「ボクもミコトも霊感ないもんね。オバケだったら見えないか」

 その後もまた僕に話しかけるのと同じように、楓はユウマにも声をかける。人見知りのはずの楓がいつもより饒舌で、不自然で、なにを言っているのか頭に入ってこなかった。おそらく僕とユウマに話しかけてくれているんだろうけれど、僕は相槌を打つことしか出来ない。なぜなら、ユウマがなにを言っているのかわからないから。楓とユウマの会話の邪魔をしてはいけない。なぜかそんな風に思った。


「ミコトくん、楓くん、遅くなった……」

 後ろから声をかけられる。振り返ると、少しだけ申し訳なさそうにした惣一がそこに立っていた。ホッとして時計を確認する。6時55分。楓がユウマと話し始めて5分くらいだろうか。たったそれだけの時間が、妙に長く感じた。

「あ、ユウマも……」

 惣一が慌てて付け加える。

「遅くないよ。待ち合わせは7時だし」

 僕が答えると、惣一もまた少しだけ表情を緩める。それに対して、楓はどこか少し複雑そうな顔をしていた。

「楓? どうしたの?」

「う、ううん。なんでもない」

 少し違和感を覚えたもののその場で追及することはできなかった。


 7時ちょうどくらいに真吾が車で来てくれる。僕達に流れる微妙な空気などもちろんお構いなしだ。そもそも微妙な空気だと感じているのは僕だけなのかもしれない。

「それじゃあトンネル行くぜ!」

 いつものように真吾の運転、僕のナビでトンネルへと向かう。目的地に着いた頃には辺りも暗くなっていた。一度、トンネルの前で真吾が車を停車させる。

「先にみんなで写真撮らないか?」

「うん、そうしよう」

 1人分、スペースを空けて写真を撮った後、真吾が僕に尋ねた。

「今日はどうする?」

「うーん……そんなに長くないトンネルみたいなんだけど、歩いて行くのは勇気がいるし、ちょっと距離がわかりにくいから、まずは車で一回通ってみない?」

「それがいいな!」

 真吾に続き、惣一と楓も賛成してくれる。ということはユウマも賛成してくれているのだろう。

 僕達はもう一度車に乗り込むとゆっくりした速度でトンネルを進む。ちなみに僕達以外の車はいなかった。10秒ほどでトンネルを抜けると、少し先にある広くなった道で停車した。

「どうする? 歩くか?」

 真吾が尋ねる。そもそも心霊スポット以前に、こんな真っ暗なトンネルの中を歩いて抜けるのはなかなか勇気がいる。

「真吾はなんか嫌な感じとかしない? そういう場所を無理に歩かせるのは悪いし……」

「嫌な感じと言われれば嫌な感じもするけど、この状況に呑まれてるだけって気もするな」

 確かに、霊感がないはずの僕ですらなんだか寒気がする。

 日が当たらない夜、エアコンの効いた車内にいれば、少し肌寒く感じるのも不思議じゃないけど。

「うーん……せっかくここまで来たしちょっと歩いてみようか」

「そうだな」

 1人はちょっと怖いけど、誰かと一緒なら歩きたい。

「俺も、気になるな……」

 惣一が、後ろから僕達の意見に賛成する。

「楓は?」

「みんなが一緒なら……あ、でも車を置いて行くのは心配だよね」

「少しくらい停車してても大丈夫だとは思うけど……。それじゃあ、2回に分けて車の後ろを歩いて行くってのはどうだ? まずは俺が運転で惣一と誰かが後ろを歩いて行く。向こうに着いたら今度は惣一が運転して、俺と誰かが車の後を歩いて行くんだ」

 真吾の提案に頷く。

「懐中電灯だけだとやっぱり怖いし、車の明かりがあると安心だよ」

「惣一、運転大丈夫そうか?」

「うん。他に車も全然いないし、まっすぐトンネルを抜けるだけなら、人の車でも問題なさそうだよ」

「それじゃあ決まりだな。まずは惣一と誰が行く?」

 なんとなくだけれど、惣一は楓を警戒しているように感じたため、僕が名乗り出る。

「僕が行くよ。先に行って、なにも害がないか見てくる!」

「頼もしいな! なにかあったら懐中電灯で知らせろよ。後ろからでも気付くだろうしさ」

「うん」

 方向転換をした後、僕と惣一は車から降りる。ゆっくりと真吾の車が動き出すと、その少し後ろを歩き始めた。

「……ミコトくん、今日どうだった?」

 歩きながら隣から惣一が窺う。待ち合わせ中の楓とユウマのことだろう。

「……惣一の言ってること、よくわかったよ」

「本当にいる……みたいに思えた、よね」

「うん……ちょっと不自然だなって思った。なんていうかいない者に向かって話すにしては自然すぎて、それが逆に不自然っていうか……」

「俺が集合写真をあげなかったのも、実はちょっと関係があるって言うか……明らかに4人しか映っていない写真を見て、楓くんはどう思うんだろうって……ユウマくんはいないんだって、現実を突きつけてしまうみたいで……」

 惣一がそこまで考えてくれていたとは知らず、催促みたいなことをしてしまったと申し訳なく思う。

「惣一は優しいね。確かに現実を突きつけることになるかもしれないけど、そもそも、見えない状態で写真を撮っちゃってるわけだし……」

「そう、だよね……」

「ごめんね、ユウマのこと。ただの遊びのつもりだったんだけど……」

「ううん。ミコトくんは悪くないよ。俺自身、そういうの嫌いじゃないし……乗り気だったし。ただ、実際に存在が現実味を帯びてきたら、ちょっと怖くなってきて……というより、正直思ってたのと違ったっていうか。いないものに向かってしゃべる楓くん見てたら……楓くんが悪いわけじゃないんだけど……」

「……いないものがいるものになるはずがないっていう大前提があって楽しめるものだったんだ。まさか本当に……。あ、惣一は、楓が怖かったりする?」

「……楓くんの見えているものがわからない……それが怖いだけで、楓くん自身が怖いわけじゃないよ……」

「うん……そうだね。僕もそうだと思う」

 怖いのは楓じゃない。これは一種の暗示みたいなものなのだろうか。そしてそれを仕掛けたのは僕になってしまうのだろうか。

「……ミコトくん?」

「あ、ごめん。ちょっと考え込んじゃった。やっぱり僕、少しふざけてたかも……みんながみんなふざけた遊びだって思えたら、よかったんだろうけど、そうじゃなかったから……」

「ミコトくんのせいじゃないよ。でも……このままだと楓くんがもっと変な方向にいっちゃうんじゃないかって、そんな風にも思うんだ」

「うん……そうならないようにしないと……」

 そういえば楓は思い込みが激しいタイプだったと思い出す。楓が女子を苦手とする理由は被害妄想じみていた。ユウマに関しては被害妄想とかではないけれど、思い込みといった点では似ているのかもしれない。

「このゲーム、5人集まるまでの期間限定だって僕言ったよね?」

「うん、確か言ってたよ」

「じゃあもう1人見つければ終えられる」

「でもいまは夏休みだし……明けるまでは難しいんじゃないかな……」

 ふと頭に浮かんだのは佐々木先輩だ。

「文芸部に、ホラーとかサスペンスとか好きな人がいるらしいんだ。そういう人ってオカルトも好きそうじゃない? 今度、誘ってみるよ」


 惣一と話をしている間に、トンネルを抜ける。

「どうだった?」

 車を方向転換させて降りてきた真吾が、僕と惣一に尋ねた。

「えっと……怖くて別の話してたら、いつの間にか終わってた」

「ははっ、せめて写真とか撮れよな」

「ああ、そうだった。次は車の中から窓開けて撮るようにするよ」

「そんじゃあ惣一、丁寧に運転しろよ」

「うん、わかった」

 惣一は運転席に、僕は助手席に乗り込む。

「ユウマ、行こう」

 楓はあいかわらずユウマにもちゃんと声をかけて、後部座席から降りて行った。

 その後、ゆっくり僕を乗せた車を惣一が走らせる。

「いないのに、いるように思えるって……ちょっと幽霊みたいだね……」

 ふと、惣一がそんなことを言った。

「……うん。これまでいくつか心霊スポットに来たけど、なにかが起こったわけじゃないよね。それってオカルト同好会的にはちょっとつまらないんだけど……ユウマに関しては、興味深いとこまで進んだのかもしれないね……」

「うん……」

「5人目の部員が入って、この遊びを終えたときには、それぞれユウマをどう思っていたのか、聞いてみたいな」

 楓はどういう存在だと認識しているのだろう。真吾はどう思っているのだろう。


 トンネルを抜けて、幅の広い道路で停車させる。少しして、真吾と楓が追い付いてきた。

「お疲れ」

 僕と惣一は車から降りて2人を出迎える。

「いやあ、なかなか迫力あったな」

「そう言いながら真吾くん、すごく平気そうだったけど……ボク、すごく怖かった……」

「大丈夫? 楓」

「ユウマもいたからね。真吾くんとユウマに挟んでもらったし、なんとか」

 ユウマがいることの方が怖いとも言えず、僕は笑顔を作る。

「楓、お前なんかいつの間にかユウマと仲良くなったみたいだな」

 真吾はそんな深刻に捉えていないようだけど、楓の変化には気付いているようだ。

「……今日はそろそろ帰ろうか」

 あまり長居する気になれずそう提案する。

「そうだな。やっぱりちょっと不気味だし」

 真吾が僕の意見に賛成してくれて、それを合図みたいにみんな車に乗り込んだ。

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