第7話 違和感
帰り道、車内で来週の行き先を話し合う。
「ミコトは、次はどこがいいって考えてんだ?」
運転席から真吾に声をかけられ、僕はスマホのメモアプリを開く。
「近場だけどまだ行ってない場所があってさ。トンネルなんだけど……」
「お、いよいよトンネルか!」
真吾は待ってましたと言わんばかりに食いついてきた。トンネルといえば心霊スポットの定番だ。
「ちょっと緊張するけどね。みんなはどうかな」
体を捻らせ振り返りながら後部座席のメンバーに声をかける。
「楽しみだね。ボクもミコトと同じでちょっと緊張しちゃいそうだけど」
「惣一は? 大丈夫? トンネル、怖くない?」
「うん……大丈夫だよ。トンネルは、平気……」
トンネルは平気。その言葉に違和感を覚える。
「なにかあれば言ってね」
「うん……」
そのまま話を切り上げ、前に向き直った直後、楓の声が聞こえてきた。
「ユウマもいいよね? 霊感、ちょっとはあるよね。怖くないかな……」
うっかりユウマの存在を忘れていた僕に代わって、楓が質問してくれる。もちろん返事はないけれど。もう一度振り向き、誰も座っていない席含め後部座席を眺めながら口を開いた。
「……みんな大丈夫みたいだね」
楓と惣一が頷き、隣からは「おう」と、真吾が返事をしてくれた。
その後、大学ではなく駅で先に惣一を降ろす。惣一と2人で話す機会はないまま、帰宅することになってしまった。
「ただいまー」
「おかえり」
いつものように兄さんが出迎えてくれる。兄さんはすぐ僕の異変に気付いてくれた。
「なにかあった?」
「……大したことじゃないんだけど。惣一が『ユウマが本当にいるみたいに思える』って言うんだ」
兄さんは、そんなことかと言うようにふっと笑った。
「それで、ミコトはどう答えたの? もしかして、いるはずないって答えた?」
僕は首をゆっくり横に振る。いるはずはないんだけれど、惣一にはそう答えられなかった。かといって、いるとも言えてない。兄さんは僕の気持ちを見透した様子で言葉を続ける。
「存在を疑わない。それがルールなんだし、なにもおかしくないよ」
「おかしくない……そうだね……」
「みんなで創り出したのに、それを誰かが否定しちゃう方がおかしいよ」
「うん……でももう一つ気になることがあって」
「気になること?」
「その話をしているとき楓が声をかけてきたんだけど、なんだか惣一、楓には隠してるみたいで。存在を疑ってることが後ろめたかったのかな」
「そうだね。『いるみたい』って言ってる時点で、いることを疑っているようなものだし。あまりみんなには言いづらかったんじゃないかな」
「いくらルールとはいえそんなに厳しくするつもりはないんだけど……」
ルールを言い出したのは僕だし、どうせ隠すのなら僕に隠す方が自然だろう。
「じゃあ、そこに楓くん以外の存在を感じたから……とか?」
「え……?」
「楓くんだけが声をかけてきたんじゃなくて、楓くんとユウマが声をかけてきて、惣一くんは言えなかったとも考えられるよね」
「うーん……確かにその場にユウマがいたら、いるかいないかなんて話は出来ないだろうけど……」
ユウマはそもそもいるはずのものじゃない。けれど惣一がいるみたいだと思っていて、それが楓の隣にいたのだとしたら、話をごまかした惣一の行動も頷ける。
「そういえば、ユウマの記録はつけてるの?」
兄さんに言われて思い出す。みんなで架空の人物を創り上げる……それもまた部活動の一環で、記録を付けるのもいいなんて思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
「とりあえず今日のこと、ノートにメモっておくよ。惣一が本当にいるような気がしたって言ってたこととか」
部員の記録をつけるなんて普通じゃありえない。結局、本当のところ僕はみんなよりも、ユウマをちゃんとした部員として扱っていないのかもしれない、なんて思うのだった。
翌日、涼しいエアコンの風を浴びながら神社での出来事をざっとまとめる。共有フォルダにアップしたところで、画像がたくさん追加されていることに気付いた。惣一があげてくれたものだろう。
レポートに貼り付ける画像は自分のデジカメのデータからすでに選んでいたけれど、なにか映っていないか確認しておきたい。
僕は惣一が撮った画像を順に見ていくことにした。
木の陰からそれっぽいものが出ていないか、オーブと呼ばれる白い球は浮いていないか。
「あ……集合写真だ」
もちろん4人しか映っていない。当然のこと。ユウマはいないのだから。不自然に1人分あけた写真は、少し不気味に思えた。
結局、とくに変なものは見つからなかったけれど、楓が新たにレポートを提出していることに気付く。真吾のレポートはないけれど、任意のものだし、夏休み明けくらいまでに1つでも書いてくれたらありがたい。
さっそく僕は楓のレポートに目を通すことにした。
楓のレポートは日記に近い文章だった。惣一、楓、ユウマ、僕が大学に集まったところで真吾が車で迎えに来てくれたこと、みんな初めてだということや場所決めは僕がしたこと、最後に集合写真を撮ったことなど。何年か後に読み返したら、きっと懐かしく思うだろう。惣一とは違い、旅のエッセイでも読んでいる気分だ。楓が書いてくれたレポートの様子を読みながら、僕はやっぱり惣一のことが気にかかっていた。
おそらくレポートには書いてくれないだろう。なぜユウマがいると思ったのか。少し迷ったけれど、直接メールをしてみることにした。
『昨日、ちゃんと聞けなかったんだけど、ユウマが本当にいるかもしれないってどういうこと? どうしてそう思ったの?』
送信後、少ししてメールが返ってきた。
『ミコトくんは、いると思ってる?』
『いるもののように扱おうって僕が言い出しちゃったから、いないって言っていいのかわからない』
いないと思っていると、言っているようなものだ。
返事を待っていると、今度は惣一から電話がかかってくる。
「もしもし、惣一?」
『ミコトくん、いま電話いいかな』
「うん、いいよ」
『そこに……誰もいない?』
まるで聞かれたら困るとでも言いたげだ。
「大丈夫。僕1人だよ。もしかしたら急に兄さんが入ってくるかもしれないけど……」
『そっか。よかった……』
惣一が電話の向こうでほっと安堵するのがわかる。その様子に、僕はなにを話されるのかと少し緊張してしまう。もちろん、ユウマのことだろうけど。
「惣一がどうしてユウマがいると思ったか、教えてくれるんだよね」
『……うん』
惣一は一呼吸おいてからゆっくりと話し出した。
『実際に、僕がなにか声を聞いたとか視線を感じたとか……そういうことじゃないんだ』
「え? 違うの?」
霊感のある惣一なら、そういうこともありうるのかと思っていたけれど、やっぱりユウマは霊じゃない。声も視線も感じるはずがないんだ。
「じゃあなんで……」
『楓くんが……』
楓の名前を出され、また少し緊張が走る。
『あ、別に楓くんを悪く言うつもりはないから……これは悪口とか陰口ってわけじゃなくて……』
「うん、大丈夫。話して」
『楓くんって、そんなに口数が多い方じゃないでしょ……。それは僕もなんだけど。でもちゃんとわざわざユウマに話しかけてるよね』
「そういえば……」
車の中で僕がユウマのことを忘れていたとき、代わりに声をかけてくれていた。
「楓は口数が少ない以上に気配り出来る……のかな」
妥当な答えを導き出してみるけれど、自分もそこまで納得出来てはいなかった。
楓は惣一と初めて会った時も、文芸部の先輩と会った時も、ほとんどなにも話さず僕の後ろにいるだけだった。それがユウマに対しては自分から積極的に話しかけているようにも思える。
「惣一は、楓がユウマに話しかけてるのを見て、ユウマがいるように思い始めたってこと?」
『……そんな感じ』
少しだけ拍子抜けする。
「僕も楓が話しかけてるのを見るけど、あくまで遊びをルール内で楽しんでいるだけじゃないかな」
『4人のときはそうなんだ。そこまで不思議じゃないんだけど……』
「4人のときはって……」
『ここまで3回、心霊スポットに行ったけど……いつも俺が一番早く待ち合わせ場所に着くんだ。電車のタイミングの問題なんだけど。もう1本遅いのだと待ち合わせ時間に間に合わなくて……』
「あ……時刻表とか見ずに時間決めちゃってごめん」
『ううん、それはいいんだ。待つっていっても大した時間じゃないし』
次からはもうちょっと時間や場所について考えるようにしよう。
『それで……俺の次に楓くんが来るんだけど……』
少しだけ言いにくいのか惣一の声のボリュームが下がる。
「そこで、なにかあったの?」
『少し話をしていると、急に楓くんがユウマくんに挨拶し始めるんだ……』
「挨拶って……」
『ユウマに呼びかけて、今日は暑いねとか。挨拶自体は大した内容じゃないんだけど……』
それは少し不自然かもしれない。
ユウマは僕達の平均値ということもあって3番目に来ることになっている。おかしくはないけれど、楓以外、惣一しかいないのに、わざわざユウマに話しかける必要あるだろうか。
『俺達がいつもユウマになげかけるような質問とかじゃなくて、本当に会話しているように思えるんだ……』
「楓とユウマが?」
『うん……』
その様子を見て、まるで本当にユウマがいるもののように思えているということだろう。
「……じゃあ次は、僕が一番初めに着くようにする。惣一は悪いけど待ち合わせ時間まで駅前のコンビニででも時間潰してさ。僕と楓より後に来てくれたら……」
『うん、ありがとう……このこと、楓くんには……』
「言わないよ。大丈夫」
電話を切ると、ユウマのことを綴ったノートに惣一がユウマをいると思う理由について、ざっとメモしておいた。
惣一も楓も、いないものが魂を宿したらと、最初は楽しみにしていたみたいだったけど、実際、そういった状態になってしまうのは怖いのだろう。少なくとも惣一はそうなんだと思う。楓は怖くないのか、それともそこまで意識していないのか。
「ミコト、なにか考え事?」
兄さんが後ろから僕の手元を覗き込む。
「ああ、ユウマのことまとめてたんだ?」
「うん……いま惣一とちょっと電話してたんだけど。どうも楓があまりにも自然にユウマと話してるから気になったみたい」
「自然にユウマくんと話している……か。楓くんは純粋なんだね」
「純粋?」
振り返ると兄さんの右手が僕の頬に触れだ。
「まるでミコトみたい」
「僕は別に純粋ってわけじゃ……」
「純粋だよ。綺麗な心を持っている。人を疑ったりなんてしないしね」
少しだけズキリと胸が痛む。僕は楓ほどユウマの存在を肯定していない。つまりいるはずのないものに魂が宿るはずなんてないと疑っている。
「僕よりも楓の方が綺麗かも……」
「ユウマを信じているから?」
「うん……僕ももっとユウマのこと信じたほうがいいのかな」
兄さんは少しだけ考えるように間を空けた後、頬を撫でていた手を滑らせて優しく体を撫でてきた。
「それはそれで嫉妬しちゃうな」
「嫉妬?」
「そう。ときどき存在を忘れちゃうくらいがちょうどいい。ずっとユウマくんのことばかり考えられたら、お兄ちゃん寂しいな」
兄さんは僕の耳元で甘えるように告げると、そのまま唇を押し当てる。
「……ずっとなんて考えられないよ。もしユウマと怪談の話が出来たとしても、それ以上のことは話せないだろうし」
「楓くんには? 話した? それ以上のこと」
「ううん、女が苦手だとは言ってあるけど。それ以上のことは誰にも話してない。兄さんだけ……」
「ときどき思うんだ。もしミコトにこういうことを相談できる友達が出来たら、俺にはもうなにも相談してくれなくなるのかなって」
「それはないよ……。相談できる友達なんて出来そうにないし、出来たとしても……兄さんほど僕のことをわかってくれる人はいないと思う」
「思う……?」
「ううん……思うだけじゃない。いないよ」
「ミコトが自覚し始めたのは、高1の頃だっけ」
「うん……兄さんが肯定してくれて、それでいいんだって思うことが出来たから……」
あのとき自分のことを話せる相手がいなければ、僕はもっと塞ぎ込んでいたかもしれない。
「ねぇ、兄さん……」
「ん……ベッド行こうか」
「うん……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます