第5話 心霊スポット

 夏休み前にやっておかなければならないことがある。文芸部の部長に文化祭の件で話をつけること。僕は楓と2人で文芸部の部室を訪ねることにした。

「ミコト……その、ボク緊張してなにも話せないかも」

「いいよ。話は僕がつけるから。傍にいてくれるだけで安心するんだ」

 ずうずうしい提案を持ちかけるため、心臓はバクバクと音を立てていたけれど、一歩踏み出し、部室のドアをノックした。

 中から出てきたのは女子で、少し戸惑いながらも表情には出さないように注意する。

「あの、文芸部の部室がここだって書いてあって……部長さんと話がしたいんですけど」

「あ、1年生? もしかして入部希望?」

「いえ……その……そういうわけじゃないんですけど……」

 どう考えても、突然の訪問なら入部希望と思われても無理はない。ただぬか喜びさせないように違うということだけは先に伝えておく。

「そう、違うのね。まあいいけど。佐々木くん、なんか話があるみたい」

 女子が、部室の奥の方に向かって呼びかける。佐々木くん……どうやら部長は男のようで内心ほっとしていた。女子と入れ替わりでドアまで来てくれたのは、眼鏡をかけた大人っぽい男の人だった。部長だし3年生……もしかしたら4年生もまだ引退していないのかもしれない。

「なに? 俺に話って」

 僕が1年だと予想出来ているのか優しく語りかけてくれる。

「その……僕、オカルト研究部……えっと、同好会の樋口ミコトって言います。まだ出来たばかりの部……同好会なんですけど、文化祭で冊子を出したいと思ってて……」

「へぇ。俺達も部誌とか出す予定でいるよ。もしかして、本の作り方とか知りたい感じ?」

 教えてくれるのならもちろん嬉しいけれど、そもそも本だなんて大げさなものは出来ないかもしれない。

「まだちゃんとしたものが出来るかわからない状態で……それでわざわざ教室ひとつ借りても持て余すだろうなって思ってるんです。もし……文芸部の方がよければ、その……一緒に置いてもらう、なんて……出来ないかなってちょっと思ったんですけど……」

「ああ、そういうこと。いいよ、こっちもスペース余ってるし」

 意外にもあっさりと受け入れてもらえる。しかも即答だ。

「あの、もしかしたら分量的にただの新聞みたいになっちゃうかもしれないんですけど」

「そういうの文芸部でもあるし構わないよ」

「部長さん……」

 部長さんの優しさに触れて思わず胸が熱くなる。

「別に大したことじゃないからさ。あ、うちにもホラーとかサスペンスとか好きなやついるんだ。だからオカルト研究部……ああ、同好会だっけ? 君達の冊子、興味あるんじゃないかな」

「そう言ってもらえると、すごく嬉しいです」

「俺も期待してるよ。よければ俺達の部誌にも興味持ってくれると嬉しいな」

「はい、本とか好きなんで興味あります!」

 さっそく文芸部の部長……佐々木先輩と連絡先を交換する。思ったよりも好感触で一安心だ。詳しいことはまた後日ということで、僕達はその場を後にした。


 それからしばらく、テスト勉強に集中するため部活動はいったんお休み。僕は勉強の合間に、ユウマの記録をノートにまとめた。

 みんなで創りあげた存在であること、みんなの平均値であること。真吾が描いてくれた絵も挟んでおく。もちろんルールも書いておいた。ちゃんとした部室があれば、そこに置いておくんだけど。今は僕が管理するしかない。ユウマが本当のUMAであるかのように僕は観察日記をつけるのだった。


 夏休み前日、真吾や惣一とは久しぶりに顔を合わせた。

「いろいろ調べてみたんだ、行けそうなところ。まずは近場からどうかな」

 さっそくプリントアウトしてきたネットの記事を、みんなに見せる。

「結構近くにあるんだな。これ、大学から30分くらいじゃないか?」

 近くの公園が取り上げられている記事を真吾が指さす。

「ネットの記事だから、全部を鵜呑みには出来ないけど」

「みんな初めてだし……トンネルとかよりこういったところから、慣らしていけばいいと思う……」

「そうだね。ここはなんていうか、レベルが低くて行きやすそう」

 惣一も楓もとくに異論はないようで、最初に行く場所が決定する。

「あとは日程だけど……真吾が車借りれそうな日じゃないと」

「土日なら、前もって言っておけば問題ないぜ。次の土日もとくに予定なさそうだったな」

「じゃあ次の土曜日! どうかな。みんな予定空いてる?」

 これもとくに問題なく3日後の土曜日に決まる。

「あ、そういえば車にナビついてないんだけど、大丈夫だったか?」

「うん、近いしスマホのアプリでどうにかなるよ」

 みんなテスト疲れもあるだろうし、今日は夏休みの予定だけを決めて、早めに解散することになった。


 いよいよ土曜日。

「ミコト、少しはお金も持って行きなよ」

「うん、大丈夫」

 兄さんは、まるで遠足に行く子供を見送る親のように、僕と一緒になって荷物の確認してくれる。

「塩……いるかな……」

「一応、持っていったら?」

 僕は塩のビンも一応鞄に詰め込んで、待ち合わせ場所の大学へと向かった。


 待ち合わせ時刻は午後7時。10分前にたどり着くと、そこにはすでに惣一と楓がいた。

「2人とも早いね!」

 僕がそう声をかけると、2人は顔を見合わせ首を横に振る。

「3人だよ」

 楓に指摘されハッと気付く。ユウマが僕達の平均値なら、3番目に来るはずだ。

「そっか……そうだね」

「ミコトくんは歩き? 駅とは違う方向から来たよね……バス?」

「僕の家、結構ここから近いんだ。歩いて15分くらいかな。惣一は?」

「俺は電車で1時間くらい……」

「そんなに? 結構遠くまで来させちゃったね……確認すればよかったよ。ごめん」

「定期あるし、いつも大学まで来てるから気にならないよ」

「そっか。よかった。楓の家は近いんだっけ?」

「うん。ボクも近いから歩いて来たよ」

「ユウマは……自転車かな?」

 平均値と言えるものかはわからないけれど、妥当なとこだろう。ひとまず聞いておく。もちろん答えは求めていない。

「そうだ、今度、惣一の家の近くの心霊スポットも探してみようよ!」

 最寄り駅を聞いたりカメラを見せあったりしていると、青色の車が僕達の前に止まった。ドアから真吾が下りてくる。

「3人揃ってんな」

「ううん、ユウマもいるよ」

「あー、わりぃわりぃ。それじゃあ俺が一番最後か。待たせたな」

 真吾は申し訳なさそうに表情を歪めるが、まだ待ち合わせ時刻の7時になっていない。

「ちょうどいいタイミングだよ」

「そうか、よかった!」

「あ、僕、スマホでナビしようと思うんだけど、惣一と楓とユウマが後部座席でもいい?」

 後部座席に男3人で座るとなると本来ならきついだろうし、小柄な僕が行くべきだ。けれどそこにはユウマもカウントされている。僕はまだユウマをいないものとして考えていた。惣一も、同じ考えなのか、はたまた気を使ってくれているのか、大丈夫だと頷いてくれる。楓もだ。そしておそらくユウマも構わないと言ってくれているだろう。

 さっそく車に乗り込むと、僕達は5人で心霊スポットと言われている公園へと向かった。




「ねぇ真吾……なにか感じる?」

「いや、とくには……。惣一は?」

「俺もよくわからないけど……ひとまず、いろいろ写真撮っておこう……」

 持参したカメラを取り出し、いろんな場所を撮影していく。スマホでも何枚か撮影しておいた。いまは気付かないけれど、後から気付くみたいなことだってあるかもしれない。

「そうだ、記念にみんなで写真撮らない?」

「おう、そうしようぜ! 車のボンネットに乗せればセルフで行けそうだな」

「それじゃあ俺のカメラで……真吾くん、ボンネット借りるよ」

 惣一が持っていたタオルを使って高さを調整する。

「ミコトくんと真吾くん、ふちに立ってくれるかな……。楓くんとユウマくんと俺が中に入るから……全員が入れるように、合わせるよ……」

「オッケー! 楓は僕の隣ね。ユウマは真ん中かな」

「それじゃあ……俺が真吾くんの隣だね」

 惣一がセルフのボタンをセットし、僕達のもとへと駆けてくる。ユウマのスペースを空けるようにして4人並んだところですぐにフラッシュがたかれた。誰も詰めて撮った方がいいなんて言い出す者はいない。不自然かもしれないけれど、僕達で決めたルールをみんなが守ってくれているみたいでなんだか嬉しかった。

「みんなパソコン持ってるなら、共有フォルダを作ったらどうかな……。みんながアクセス出来れば写真のデータもお互い見れるし……レポートも、そこに提出すればいいと思うんだけど……」

 そういえば惣一は情報学部でパソコンにも詳しかったと思い出す。

「うん、そうしよう! えーっと、よくわかんないから後でやり方教えて欲しいんだけど……真吾は、パソコン持ってる?」

「ああ、パソコンで絵を描いたりもするしな! それなりに慣れてるぞ」

「そっか。さすがだね! 楓は? 文章ソフトくらいは使える感じかな」

「うん、それくらいなら……」

「ユウマもだいたいそんなもんだろうし……みんなレポートもパソコンで出来ちゃいそうだね」

 むしろいまどき手書きでレポートを提出する方が珍しいだろう。

 どうやって冊子にするかは、後で文芸部の人に聞いてみてもいいし、惣一や真吾が要領よくやってしまうかもしれない。改めて部員に恵まれたと感謝するのだった。


 初めての心霊スポット巡りでは、とくに成果らしい成果は得られていないけれど、僕はすごく満足していたし、みんなもきっと同じだと思う。また行きたいと言ってくれていた。頬が緩むのを抑えきれなくなりながら、家のドアを開く。

「おかえり、ミコト」

「兄さん……ただいま!」

 まだ22時を回った所だけれど、普段よりだいぶ遅いため心配してくれていたようだ。

「どうだった? 変なのにとり憑かれてない?」

「大丈夫だよ。ただの公園だし、今回はそんなにいかにもって場所じゃないから。とりあえずたくさん写真撮ってきた! あ、あとで共有フォルダにアップしないと……惣一にやり方聞きそびれちゃったよ」

 また今度、教えてもらうとしよう。忘れないうちにレポートでも書こうと思ったけど、とくに書けることがない。

「ねえ兄さん。レポートってどうやって書けばいいのかな……」

「うーん。なにか感じたことがあれば、それを記録しておくとか」

「ちょっと怖いとか気味が悪い場所だとは思ったけど、そんなの暗かったらどこだってそうだし、特別今回の公園だからってのは……。ひとまず日記みたいになってもいいかな」

「うん、それで充分だと思う。どう言われている心霊スポットに行ったのか、それだけでも記録になるんじゃない? オカルト研究部の活動内容は紹介出来ると思うな」

 なるほどと、僕はプリントアウトしていた心霊スポットの記事を眺める。これも『行ってみた』という程度のもので、実際に見たというものではない。それでも行くまでの経路が写真と共に紹介されていて、なんだか怖い雰囲気に仕上がっている。

「すごいなぁ。こういうの参考にしてみよう」

 ひとまず忘れないように、何時に集合してどういう話をしたかなど、いろいろとノートにメモっておくことにした。

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