第4話 ルール
「ただいまー。兄さん、聞いて聞いて!」
家に帰るなり、さっそく兄さんに話しかける。
「どうしたの、いいことでもあった?」
出迎えてくれた兄さんは、すぐ僕の話に耳を傾けてくれた。
「みんなで幽霊部員を作ることなったよ。兄さんが言ってくれたやつ! 申請を出すのはさすがに怖いからやめておいたけど……でもいないものをいるものとして創り出すんだって、みんな乗り気で! オカルトっぽいよね! ほら、絵も描いてもらったんだ」
鞄から取り出したルーズリーフを兄さんに見せる。兄さんはそこに描かれたユウマを見つめ、頬を緩ませた。
「へぇ、しっかり考えてるね。名前もつけたんだ? やっぱりこういうのは細かい方が想像しやすいだろうし、いいと思うよ」
「でしょ。それにみんなでなにかを一緒にやるってすごく部活っぽいよね」
自分でもはしゃいでしまっていると理解出来てはいたけれど、なかなか高ぶった感情が抑えられないでいた。
「これからみんなでユウマをいるものとして扱うんだけど……どうなるんだろう」
そこはうまく想像が出来ないし、自分もどうすればいいのかまだよくわからない。
「ねぇ兄さん。どうやっているっぽくすればいいと思う?」
「簡単だよ。話しかけてみたりすればいいんじゃない?」
「うーん……出来るかな。いない人に話しかけるって、結構難しいよね? せっかくここまで人物像を作っても、うまく扱えなきゃ終わっちゃうよ」
「ミコトなら出来るから。大丈夫」
「そうかな。他のみんなはどうだろう」
兄さんは少し考え込むように間をおいた後、なにか思いついた様子で僕に笑顔を向けてくれた。
「それじゃあルールを足すってのはどう?」
「ルール?」
「そう。部活時間中は、かならず1回以上ユウマくんに話しかけること……とか」
それならゲーム性もあるし突然誰かがユウマに話しかけたとしても、ルールにのっとっているだけだと思うことが出来る。みんなもやりやすいだろう。
「そうするよ!」
「あとはそうだな……。たとえ誰かがいないはずのユウマくんに声をかけていたとしても、からかったり笑ったりしないこと」
「そうだね。もしからかわれたりなんかしたら、次から声かけづらいだろうし」
「それと……ユウマくんの存在を疑わない。これを徹底したらいいと思う」
「存在を疑わない……?」
「うん。そうすればきっと宿るよ。魂……」
兄さんは、まるで惣一や楓みたいにオカルトめいたことを言いながら口の端をあげてみせる。そういえば、兄さんも僕と同じでオカルト好きだ。同好会を作ってからは、兄さんとオカルト話をする機会は減っていたけれど、それまではずっと兄さんと話してきた。
「兄さんも、たまにはオカルトの話しようね」
「どうしたの、急に」
「ううん、なんでもない。そうだ、これからユウマの記録も取っておこうかな」
オカルト研究部の最初の活動は、いない存在に魂を宿す実験……ということになりそうだ。
翌日の放課後、兄さんの提案をみんなに伝える。やっぱり一番初めに食いついてくれたのは真吾だった。
「ルールか。ミコトの兄さん、ナイスアイディアだぜ」
「ルールがないと、やっぱり声とかかけづらいしね……その、ユウマくんに」
真吾に続き惣一も同意してくれる。
「楓は? どうかな」
「うん。僕もそれ、いいと思う」
「それじゃあルールのおさらい! 部活中、1回はユウマに声をかけてあげること。誰かがユウマに声をかけていても、からかったり笑ったりしないこと。それと、ユウマの存在を疑わないこと。これでいいかな」
真吾、惣一、楓がわかったと頷く。
「ルールだなんて言ったけど、そんなちゃんと取り締まるつもりないから。出来るだけやってみよう」
嫌な思いをすることなくみんなが楽しめればそれでいい。そのためのルールなのだから、なにも厳しくする気はない。
話がまとまったのを見計らってか、真吾が口を開く。
「そういえば、そろそろ他の部は文化祭の準備とかしているみたいだな。俺と同じ講義取ってるやつが言ってた」
デザイン科は、同じ講義を選択している人と、よく話したりしているのかもしれない。真吾は見るからに社交的で明るいし、放課後はこうして僕達といることが多いけれど、他にも友達が多そうだ。
「そっかぁ。同好会でも、なにかスペースをもらうことって出来るのかな」
「ミコトくん、なにかしてみたいこととかあるの?」
惣一に尋ねられて、1つ提案してみる。
「冊子とか作ってみるのもありかなって」
「冊子……俺達でオカルト系の記事を書くってこと……?」
「うん、そんな感じ。文化祭って10月初めだっけ。夏休み中に何回かどっか行ったりしてさ。そのレポートとかまとめてどこかに置いておけたら、部活紹介にもなるんじゃないかなって思って。あ、もちろんみんな忙しいだろうし、強制参加じゃないけど! 僕、心霊スポットとかUFOスポットとか行ったことないから、どうせならみんなで行きたいかも……」
「ボクも行きたいな。せっかく行くならレポートとかにして記録するのもいいと思うし」
僕の提案に楓が笑顔で賛成してくれる。真吾と惣一もとくに嫌がる気配はない。次に真吾が提案してくれた。
「冊子だけで教室1つ借りるのもちょっと大げさだし、文芸部かどっかのスペース少し借りて置かせてもらうってのはどうだ?」
「それ、いいかも! あとで文芸部の人に聞いてみよう」
文芸部には悪いけど、呼び水になってくれるかもしれない。
その後もみんなで意見を出し合い計画が進む。
「心霊スポットに行くなら、車があった方がいいんじゃないかな……。電車じゃ行きにくい場所も多いし……。俺は車持ってないけど、免許ならあるよ」
「惣一、免許持ってるんだね! じゃあレンタカーって手もあるか。僕は免許すら持ってないから任せることになっちゃうけど……」
「俺、親の車借りれそうだ! 5人乗りのやつ。一応、免許も持ってるし、なにかあってももう1人ドライバーがいれば安心だな」
真吾が惣一によろしくと笑みを向ける。ありがたいけど、2人に頼りっぱなしじゃさすがに申し訳ない。
「じゃあ僕は行けそうな場所調べるよ! カメラならあるし、他にもいろいろ用意する」
「ボクに出来ることがあったら言ってね。一緒にやろう」
楓の言葉に頷きながら、僕は必要なものを頭の中で思い浮かべた。カメラ、懐中電灯……一応、塩なんかもあった方がいいだろうか。
「カメラは何人か持って行ってもいいかもしれないね……。スマホでもいいけど、なにかあって突然故障とか……あるかもしれないし……俺も持って行くよ」
話しているだけで気分が高まってくる。とはいえ僕がこんなにわくわくしていられるのも、そもそも霊感がないからなのかもしれない。惣一は少し感じるらしいけれど、そういえば真吾には聞いたことが無かった。
「ね、真吾って第六感とかあったりする?」
「うーん。ある方だとは思うな。そんなはっきり見えるわけじゃないけど。なんとなく感じるっつーか……」
「そっか……惣一と同じだね。2人とも、心霊スポットは平気? 苦手ならUFO探しでもいいし……」
「俺は問題ない。というかこれまでそういうとこには行ったことないからな。どんな感じかわからないってのが本音だ。感じるってのも病院だったりで、心霊スポットとは違うし」
「惣一は行ったことある?」
「いろいろ気になってはいるんだけど、1人で行くのはちょっと……怖くて……行ったことない……」
「楓は?」
「うん、ボクも行ったことない。知らないうちに近くを通りかかってたってことはあるかもしれないけど、意識はしてなかったな」
「そっか。僕もないし……えっと、ユウマもないよね?」
僕はさっそく誰もいない場所に目を向けて問いかけてみる。ユウマがいる場所として。一瞬、妙な間が生まれたけど、すぐさま真吾が言葉を足してくれた。
「ユウマもないってことは、俺達みんな初めてだな」
「そ、そうだね……初めてでわからないこともあるだろうけど……みんな一緒なら……」
惣一も、少し緊張した様子で僕が視線を向けた方向を見て話す。もちろん慣れないだろうけど、ユウマに話しかけてくれているようだ。
「ユウマくんは……その、第六感とかあるのかな」
楓もどこか緊張しているみたいに見えた。ただ、そもそも人見知りということもあって、普段とさほど変わりないようにも見える。ユウマからの返事はもちろんない。
ただ、だいたいの答えは予想出来ていた。ユウマは僕達の平均で出来た存在だ。
「ユウマもちょっとは霊とか感じるんだろうけど……そうなると、僕と楓だけ心霊スポットでなにも感じないなんてことになりそうだね」
「ああいう場では、冷静な人も必要なんじゃないか? 助かるぜ」
「助かるのはこっちの方だよ。せっかくそういう場にいても僕じゃうまく判断できないだろうし。あ! もし気分が悪くなったりしたら言ってね! 無理させる気はないから」
真吾と惣一……そしてユウマに告げる。2人は頬を緩め頷いてくれた。おそらくユウマも、頷いてくれていることだろう。
「もう少ししたらみんな前期のテストやレポートで忙しくなるよね。部活の回数は減らして、夏休みに会えたら僕としては嬉しいんだけど」
わざわざ夏休み中に部活動をするなんて面倒だろうか。そんな僕の不安をよそに、みんな賛成してくれた。
あとは文芸部と連絡を取って、心霊スポットの確認をして。僕達が作るレポートのお手本になるような雑誌を用意してもいいかもしれない。
家に帰ると、僕はすぐにパソコンを立ち上げて、ネットで心霊スポットを検索し始めた。
「やっぱりトンネルとかかな。あんまり山道だと真吾も運転しにくいかも……」
マウス片手に独り言を呟いていると、後ろからくすりと笑う声が聞こえた。
「楽しそうだね、ミコト」
「夏休み入ったら、部活のみんなで心霊スポットに行くことになったんだ。真吾が親の車借りてくれてさ。あ! それくらいなら兄さんも一緒に行けるかな」
大学の敷地に入るわけでもないし、そもそも正式な部でもない。
「ミコトの気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺は部外者だからね。みんなに悪いよ」
「でも兄さんの話はしてるんだ。ユウマ……幽霊部員のアイディアを出してくれたのは兄さんだって伝えてあるし……」
「そうなんだ? ちなみに真吾くんの親の車は6人乗れるの?」
「そういえば5人乗りって言ってたけど……でも……」
ユウマはいないのだから兄さんが加わることは可能だ。それでも、兄さんはダメだというように首を振った。
「ユウマの存在を否定しないてルール、忘れちゃった?」
「忘れてはいないよ」
「まだ創り出したばかりなのに、そんなに早く否定するような行動しちゃダメだと思うな」
兄さんの言い分に納得する。他の部員達がどう思うかはわからないけれど、とりあえず僕はユウマを否定しないようにしようと思ってる。となると兄さんを連れて行くことは難しい。
さすがに、そのために6人以上乗れるレンタカーに変えようなんて言い出す気にはなれなかった。
「そんなに悲しい顔しないで。行っておいで? また部活とは別で、俺とミコトの2人で行ってもいいし」
「うん……そうだね」
「かわいいな、ミコトは。気を付けて行くんだよ」
「夏休みだからまだ先だけど……」
兄さんは優しい手つきで僕の体を撫でていく。優しいだけじゃなく、いやらしいと感じてしまう日もあった。そして今は、いやらしいと感じてしまっている。
兄さんに求められるのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。女の子といるより興奮出来る。僕は、おそらく性の対象が女ではなく男なのだろう。女が苦手という意識から、そうなってしまったのかもしれないし、生まれたときからそうだったのかもしれない。
女が苦手になったきっかけは、小学生の低学年の頃。
両親の離婚で苗字が変わった僕を、女子達は腫れ物のように扱った。男子よりも女子の方が、そういった大人の事情みたいなものに興味があったようで、変にこそこそと僕の話をしているようにも思えたし、それでいて、男友達が苗字を呼び間違えると、わざとらしくひどいとか無駄に騒ぎ立てるのだ。呼び間違えくらいどうだっていいのに。それがたとえ女子なりの善意だとしても、僕にとっては不愉快で、理解出来なくて、どんどん苦手になった。
おそらくそれはただのきっかけにすぎない。他にも女を嫌いになる要素はいろいろあったのだと思う。だからといって、男を好きになるのはおかしいことなのかもしれないけれど……兄さんだって同じだ。それに兄さんだけじゃない。世の中にはそんな人たくさんいて、ただ僕が知らないだけだろう。みんな隠しているのかもしれない。僕だって、兄さん以外の人にはこんな自分をさらしていない。
「ねえ兄さん……僕、おかしくないよね……」
兄さんの手で熱くなってきた下肢に視線を落したまま尋ねる。
「おかしくないよ……」
「でも、楓は違うんだ。僕よりかわいいのに、そうじゃないって。そう思われるのが嫌みたいで」
「隠しているだけかもしれないよ。楓くんのことはわからないけど、もしミコトがおかしいのなら俺だっておかしい。一緒なら、怖くないでしょ?」
「うん……」
1人じゃない。それだけでどれだけ勇気づけられたことか。そのまま、僕は兄さんに身を委ねた。
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