第2話 不足

 それから数日経ったある日のこと。今日もあいかわらずの雨模様。講義を終えて楓と2人教室に残っていると、スマホが振動し、メッセ―ジの受信を知らせた。確認すると知らないアドレスからのメール。

「あ……楓! 入部希望だ! オカルト研究部の話聞きたいって」

「ホント!?」

 まだ部室などもないため、部員募集の貼り紙に残しておいた僕の連絡先へとメールを送ってくれたようだ。

「いま掲示板のところにいるみたい。行ってくる! 楓も一緒に……」

「うん! でも人見知りしちゃいそうだな……」

「僕が話すから楓はなにも話さなくていいよ。ただそこにいるだけでさ」

「じゃあ一緒に行くよ」

 僕達はさっそく掲示板のある校舎入り口へと向かう。そこには気弱そうな男の子がスマホ片手に1人そわそわしながら立っていた。彼が入部希望者だろう。

「あの……僕、オカルト研究部の貼り紙をした樋口ミコトです。連絡くれた方……ですよね?」

「は、はい……えっと、高橋惣一……1年、です」

「1年……じゃあ一緒だ! タメ口でもいいかな」

「はい……その……」

「惣一って呼んでいい? 惣一も、タメ口でいいよ」

「はい……あ……うん……わかった。ミコト……くん」

 楓と同じで人見知りをするタイプなのだろう。いまどきのオシャレ男子といった感じではない。少し長めの黒髪がいまにも彼の目に入りそうなくらい伸びていた。

「あ、あと隣にいるのが松山楓。僕らと同じで1年だよ」

「楓くん……よ、よろしく……」

「こ、こちらこそ……よろしくお願いします」

 2人とも緊張した様子で、少し声が上ずっていた。

「あ、惣一はオカルトの中で好きなジャンルとかある? 心霊とかUFOとか……」

「どっちも好きだよ。超能力とかにも興味があるし……あとUMAも……」

「そうなんだ? 僕もいろいろ好きでさ。貼り紙にも書いたんだけど、たくさん話したりしたいんだよね」

 惣一は掲示板の貼り紙をちらっと眺めた後、少し言いにくそうに口を開いた。

「でも俺……霊感とかあんまりないし知識もそんなにないから……入っていいのかなって」

「え? いいよ、そんなの! っていうか霊感、少しはあるってこと?」

「なんとなく……でも、勘違いかもしれないし……」

「僕は全然ないんだ。でも惣一が感じるなら別に疑ったりしないし、大丈夫!」

 心配事がなくなったからか、どこか強張って見えた惣一の表情が和らぐ。

「それにほら、オカルトって霊だけじゃないしね!」

「うん……そうだね」

「でも惣一みたいに心配してくれる人もいるかもしれないから、ちょっと書き足しておこうかな」

 鞄からペンを取り出し、貼り紙に『霊感、第六感、無い人もお気軽に』と書き込む。

「これで少しはハードルさがったかも」

「あ、その……具体的にオカルト研究部っていったいどんな部か教えてもらっていいかな……俺に出来るかどうか……」

 どうやら惣一は結構心配性で真面目な性格のようだ。あまりまともに計画を立てていないため、ちょっと申し訳ない。

「期待を裏切るようで悪いんだけど……この部、まだ出来たばっかなんだ。一応隅にほら、一緒に作りましょうって書いてある、でしょ?」

「うん……読んだよ」

「まだ部員も僕と楓の2人しかいなくて。だからいまは同好会になっちゃうのかな……。もちろんメンバーを集めて部活に昇格させたいとは思ってるよ。それで、活動内容は、みんなで決めていけたらいいんだけど。難しいことをするつもりはないんだ。ただ、オカルト話が出来る仲間が欲しいなって思って作った部活……同好会だから」

「それなら、俺でも大丈夫そう……」

「本当? じゃあぜひ入ってくれる? もちろん毎日参加しろとかないしさ。気軽にまずは籍だけでも……」

「うん……わかった」

 こうしてオカルト研究部は部員を3人に増やした。


「ただいまー」

「おかえりミコト。いいことでもあった?」

 家に帰ると、出迎えてくれた兄さんがさっそく僕の声色の変化に気付く。

「今日ね、オカルト研究部の部員が1人増えたんだ」

「へぇ、よかったな。これで3人?」

「うん。3人じゃ、ただ友達が増えたってくらいのもんだけど」

「でも、同じ趣味の友達でしょ」

 聞いたところによると、惣一は情報学部に通っているらしく、パソコンなんかにも詳しいようだ。僕と楓は文学部。あの貼り紙をしていなければ、おそらく惣一とは知り合うこともなかっただろう。

「この調子で、もっと増えてくれたらいいんだけど……」


 それから土日を挟んで月曜日。放課後、楓と惣一と僕とで教室に残っていたときのこと。また知らないアドレスからメールが届く。どうやらいい知らせというのは続くらしい。

「入部希望者からメールだ! これまで全然なにもなかったのに……」

「みんなやっと大学生活に慣れてきた頃なんじゃないかな。4月に急いでどこか入部を決める人もたくさんいるだろうけど……」

「惣一も慣れてきて部活探し始めたところだった?」

「うん。そんな感じ……。出遅れちゃったけど、運動部でもないし……」

「途中参加のしやすさじゃ結構上位に行くかもしれないね、この部活!」

 惣一と話している間にも、メールで数回やり取りする。結局、向こうが僕達のいる教室まで来てくれることになった。

 少し経って教室のドアを開けたのは、やたらとガタイのいい男で、身長は180くらいあるだろうか。肩幅も広くなにか運動をしていたに違いない。僕や楓、惣一とは違い、いわゆる体育会系という言葉が似合う。

「あの、オカルト研究部の人ッスか?」

 少し離れた入り口の方から、声をかけられる。

「はい、樋口ミコトです。メールくれた方ですか?」

 僕が立ち上がると、男は慌てたように急いでこちらに駆け寄ってきてくれた。

「自分、遠藤真吾って言います」

 身長差のせいで自然と見上げる形になってしまうが、それを気遣ってくれているのか、真吾と名乗った男は少し背中を丸めてくれていた。

「同じ1年……かな」

「あ、はい。デザイン科1年ッス」

「デザイン? 絵を描くのが好きなんだ?」

「はい」

 体育会系と思っていたが、人は見かけによらないらしい。

「まずは……お互い1年だから敬語はやめにしよう。ここにいるのはみんな1年だよ」

「その……高橋惣一、です」

「あ……ボク、松山楓です」

 2人が少し緊張した様子で自己紹介をする。

「よろしく」

 オカルト研究部がなければきっと知り合わなかったメンバーがまた1人増える。

「真吾は、なにかスポーツとかしてたの? 身長高いし、体つきも……」

「中学の頃はバレーやってたんだ。体を動かすのは好きだけど、突き指とかも多いし、絵が描けなくなるのは嫌だったから」

 体格には恵まれていたようだけど、彼がやりたいこととは違ったらしい。

「あ、もしかして美術部とか漫研とかと掛け持ち? もちろんそれでもいいんだけど」

「いまのところ美術部や漫研に入る気はないよ。講義でも絵を描くし。ちょっと覗いては見たんだけど女ばかりだったし……あ、この部は、男だけなんだろ?」

「うん。男だけでわいわいするのと女がいるのとじゃやっぱり全然空気が違うと思うんだ。僕は男だけの方がいいかなって思って……そのせいでメンバーも少ないんだけど」

 女が苦手ということはひとまず伏せて置く。

「俺、中高男子校だったから、男だけの方が気が楽でいいなって思ってたんだ」

「本当? よかった」

 真吾にも、惣一のときと同様に、部員が足りないこと、具体的な方向性はまだ定まっていないことなどを伝える。納得してくれた上で、無事に僕達オカルト同好会のメンバーに加わってくれた。


 立て続けに部員が増えたのは本当にただの偶然だったようで、それから2週間、メンバーは4人のまま。僕達は放課後、教室に集まってオカルト話に花を咲かせた。


「ただいまー」

「おかえりミコト。今日もまた部活?」

 兄さんはそう聞いてくれるけれど、部活として成り立っているとは思えない。

「部員は4人だし同好会だよ。そんなに人気ないかな。オカルト」

「いまさら2年や3年が新たに部活入るなんてこともあんまりなさそうだし、1年生も部活選びのピークは越しちゃっただろうからね。特別オカルトが不人気ってことでもないと思うよ」

「あと1人でいいんだけど。そしたら部活になるんだ。部室ももらえるし、部費だって……」

 いまでも充分楽しいけれど、同好会と部活動の差は大きい。ついため息を漏らす僕を優しく撫でると、兄さんは1つ提案してくれた。

「じゃあさ……いることに出来ないかな」

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