いない存在

律斗

第1話 隠し事

 午後の講義を終え、窓の外へと目を向ける。先日、梅雨入りが発表されて以来、晴天には恵まれていない。雨雲が夕方とは思えないほど空を暗く染めていた。

 もう少し小雨になるまでここで待機していようか。鞄から折り畳み傘を取り出したものの腰が重い。

「これだけ降られると、折り畳み傘じゃちょっと厳しいね」

 帰ることを躊躇している僕に気付いてか、隣にいた友人が口を開く。いつの間にか、教室は僕達2人を残し、誰もいなくなっていた。

「朝は降ってなかったのに」

「でも降ると思ったからミコトも傘持ってきたんでしょ」

「うん、まあそうなんだけど」

 彼……と言ってしまうのを躊躇するほど中性的でかわいらしい容姿の友人は、僕の隣で鞄から折り畳み傘を取り出してみせる。男にしては珍しいパステルカラーの傘だった。服装もあまり男らしいとは言えない。体系も髪型も、男らしさとはかけ離れているが、僕は彼に親近感を覚えていた。なぜなら僕も男らしい見た目ではないから。僕に限っては、見た目だけでなく内面だって疑わしい。

 大学に入って初めて出来た友人がこのジェンダーレス男子……松山楓だ。そういえば初めて言葉を交わした日も、こんな風に2人きりだったように思う。

「せっかくだし……部活動でもする?」

 僕の提案に楓は頬を緩ませると、取り出したばかりの折り畳み傘を鞄にしまう。

「実はボクもしたいって思ってた」

「まあ……僕と楓の2人じゃ、全然部活じゃないんだけど」

「こういうの、同好会って言うんだっけ……? でもいずれ増えるよ、部員」

 楓と話すようになったきっかけは僕から。もしかしたら楓も僕と同類なんじゃないかと、淡い期待を抱いていたからだ。話すうちにオカルト好きだということもわかった。心霊やUFO、ありとあらゆる超常現象に興味を持つ人間ってのは、おそらく数多くいるはずなんだけど、熱量が違ったり、なかなか語れなかったりもする。

 そんな中、楓とは意気投合し、同好会を設立するまでに至った。

「オカルト研究部……作らない?」

 そう話を持ち出したのは僕からだ。これまでオカルト的な話を出来る相手がほとんどいなかったため、楓と話せたことで気が大きくなっていたんだと思う。この大学には元々そういった部活は存在しなかったし、それなら作ればいい……そんな風に考えていた僕を、楓は後押ししてくれた。

「オカルト好き仲間、増えるといいね」

 2人で同好会として活動を始めてから1か月ほど経つ。一応、部員募集の貼り紙はしているものの今のところ連絡はない。

「ボク人見知りだから、ミコトと2人でも充分楽しいけど」

 そういえば、楓が僕以外と話している姿が記憶にない。僕も楓以外とはほとんど話していないけど。高校と違い選択科目もバラバラで、クラスなんてものもないし、大学での友人関係ってのは、自分から積極的に絡みにでもいかない限り、築けずに終わってしまうものなのだろう。

「男子のみって条件……やっぱり厳しいかな……」

「でもミコト、女の子苦手なんでしょ」

「うん……」

「じゃあいいと思うよ。ボクもちょっと苦手だし」

 いつも僕に合わせてそんな風に言ってくれるけど、これまで苦手な理由を聞いたことはない。

「楓は女子が苦手な理由とか、あったりする?」

「うーん……なんか女の子達にゲイとか女になりたいんじゃないかとか思われてそうで」

「なにか言われたの?」

 楓はゆっくりと首を横に振る。

「なんとなく、そう思われているような気がするだけ。ボクの被害妄想なのかもしれないけど」

 勘違いだろうなんてことも言えず返答を濁す。実際、楓の容姿を見てそう思う人も少なくないはずだ。事実、僕もそうなんじゃないかと疑っていた。疑ったからこそ、僕は楓に声をかけたのだ。あいにく僕の読みは外れてしまったみたいだけど。

 だから今、楓に対してそれを被害妄想だと伝えることが出来なかった。もちろん嘘をついて慰めることはできるけど。女子に実際どう思われているかはさておき、ゲイだと思われることを被害だと楓は思っている。

 いつしか僕の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。自分が親近感を覚えた理由も、自分の内面も、楓にはきっと伝えてはいけない。

「そんな風には思われたくない……よね」

 黙り込むわけにもいかず、差し支えなさそうな言葉を紡ぐ。

「うん。ただかわいいものが好きで、ちょっと女っぽい容姿で生まれてきただけだし。かわいい女の子も好きだしね」

 好きだけど苦手。それは矛盾しているようで矛盾していないのだろう。

「そういえば、もうすぐUFO特番やるって。楓、知ってた?」

「それ、昨日ミコトから聞いたよ」

「そうだっけ」

 聞き返されないようにごまかしながら、活動という名の雑談を終える。少し雨がおさまった頃を見計らい、帰宅した。


「ただいまー」

「おかえり、ミコト」

 僕を笑顔で出迎えてくれたのは3つ上の兄タケルだ。僕とは違い背も高くどちらかといえば男らしい。違う大学に通っているため、残念ながらオカルト部には勧誘出来ないが、これまで僕のオカルト話の相手は主に兄さんだった。

「遅かったね」

「うん。楓と少し話してた」

「あ、オカルト研究部の? どう、調子は」

「全然、部活になってない」

「まあ、まだこれからじゃない?」

 僕達と同じ新入生が部活を決める頃、まだオカルト研究部は生まれていなかった。タイミングが悪かったのだから仕方ないと以前に兄さんに言われ、気長に待つことにしている。

「それより、雨濡れなかった?」

「傘持ってたから大丈夫」

「でも、体は冷えてるでしょ。先にお風呂入りなよ」

「うん、わかった」

 大学に入ると同時に1人暮らしを始める予定だったけど、そのタイミングで兄さんも実家を出て、2人で一緒に暮らすことになった。これほど心強いことはない。兄さんはなんだって肯定してくれる。


 その日の夜、兄さんは寝ようともせず僕のベッドに座り込んでいた。

「ミコト、もう寝るの?」

「うん、そろそろ寝ようかなって思ってたんだけど……」

 兄さんは寝転がる僕を見下ろしながら、頭を優しく撫でてくれた。

「本当にミコトはかわいいなぁ……」

 囁きながら僕の頬に触れ、首筋、胸元、お腹……下肢にまで手を這わせていく。このときばかりは男らしさとはかけ離れた繊細な手つきで巧みに僕の欲を煽る。

「ミコト、少し遊ばない?」

「……うん」

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