部活動紹介と謎の女
この学園に入学してから早一週間が経過した今日、ついにこの瞬間がやってきた。姉から逃げる為に家を用事があると言って早めに出て学校にいつもより三十分早くに着いていた。
この時間帯はちょうど部活のある人達は朝練があって元からガラ空きなのだが新入生の今はまだ部活すら無いから本当に何もない。
だから教室にはクラスメイトが誰一人としておらず、自由で開放的な空間に思わず一言だけ言葉が漏れてしまう。
「この勝負、絶対に負けられんぞ」
視線を向ける相手は勿論いない。ただの独り言である。孤独故の呟きだ、話したい奴などいない。
しかしこれを邪魔するものが一人。
「いや急に一体、何の話さ?」
吉瀬である。つかなんで居んだよ今さっきまでここに誰も居なかっただろうが。
相変わらずの物凄い執着力で言葉に引っ付いてくる奴に少し呆れる。お前、前世はダイソンかゴキブリホイホイだろ。
「なんだぁ?話ついて行けない奴は置いてくぜ?つかそもそも話しに入ってくんなよ。部活だよ部活。今週から?というか今日に部活動紹介があるだろ?何するかワクワクしててな」
そう言われて丸めた手を掌にポンと置く思い出した仕草を見せる奴であったが、その如何にもワザとらしい行動は天然なのだろう。
「そっか、そういえば今日からか。颯太は何にするか決まった?」
「何があるかが分からない」
思い返すような反応しながら机に肘を付いて椅子に座っていた奴は思いっきり古臭いアクションでその場でずっこける。
「何で知らないのさ、掲示板を見なよ。てか知らないのにその反応?」
「ネットの?嫌だよ怖いし、どうせすぐに晒されるだけだろ?」
「何でだよ、違うよ。学校のだよ。てか掲示板聞いただけで真っ先にその反応はオカシイっての。ほら?校門近くとかにも貼ってあるだろ?」
思い出してみるが学校の掲示板なんざ見ないし、そもそもネットの掲示板すら見る趣味がなかった。
「いや見ないよそんなもの」
「廊下とかも貼ってあるよ?」
そして更に言うともはや自分は何も見てなかったらしい。
「そ、そうなのか。だが知らんな!でもまあ俺は部活動紹介の冊子が来るまで楽しみに待つかな」
「それもそうか。わざわざ行くのも面倒だしな。ちなみにおすすめは運動部がいいんじゃないかなって思っているんだけど」
この時、二人の間に明確な亀裂の音が入った。
「よし!今日でお前との縁も永遠に終了だ!これからはそれぞれ各々別々の道を歩いていこう!」
立ち上がり、その場を立ち去ろうとすると慌てて手を前に出してこちらを静止させる。
「ちょっと待って!落ち着いてよ!俺は何も考え中だって言って………てか何でそんなに嬉しそうな笑顔なんだよ!」
「まあ、強いて言うなら解放感?」
「別に俺は颯太の事捕まえてた訳じゃないんだけど!?」
嘘付け、お前のおかげで周りに人が寄って来なかったぞ。ん?なんか元からな気もするのは何でだ?
立ち上がったのを態々席に戻り、足を伸ばすと逆さまで見上げる形で顔だけ奴の方に向かせる。
「んで、よく分かんないけどこの学校って部活動どんくらいあんの?」
「大まかに数えてはないけど、大体50くらいはあるかな?」
「ファッ!?そんなもんもはや軽いサークルやんけ」
大袈裟に驚いて見せるが、実際はそんなには驚いてなかった。一学年にいる人数で言えばそんなに不思議でもなかったからだ。それでも充分に多いと思うのだがどうせ自分は関係のないものだと判断していたからである。
「うん、初見はもはやサークルだろって思った」
「でもそんなにあるならなんか特殊なのに入ってみたいな。しかし見てないから何にも分からんが」
無知な自分に頭を悩ますが正直部活に入りたいなんて願望は最初からなかったのを思い出した。
「うーん。なんか怪しいような部活は確かにあったけど、大体はマトモな奴ばっかだったからな。でも運動部系は一通りあると思うよ?」
「だから何でお前は運動が出来ない俺にサラッと運動部進めるわけ?イジメなの?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけど本当に大概はあるから驚いてるんだよ」
「例えば?」
例を出してみろと首で振ると奴は徐ろにスマホで学校のホームページから主な部活を語り始める。
「テニスと野球は硬式と軟式であるし、サッカーとバレーとバスケは男女であるし、水泳と陸上と卓球とクライミングとは男女混合だし、剣道とか柔道とか合気道とかラクビーとかラクロスとかハンドボールとかもあるからな」
「意外にあるな。だが俺からしたらまだまだ甘過ぎるくらいだぜ。もっと腕にシル………よりをかけるとかさ」
ついネタに走り掛けてしまったが、すぐに吉瀬が補正をする。
「いや、今のは他の高校でもやってる奴だったからな。他にも色々あるよ。ゴルフとかボクシングとかボーリングとか、ちょっと違うのでもソフトボールとかアメフトとかアーチェリーとか」
「だからそれもうサークル」
「それな」
「古いわ。死語かよ」
「それな」
「いちいち同じ返し使うな」
「それな」
「オーケー、もうこれから私と君は永遠にお別れだ!」
「待って!ごめんなさい!俺が調子乗ってました!すいません!」
掌返しの如くそれまでふざけていた吉瀬が土下座をするが、これを華麗にスルー。しかしながら良い情報収集にはなった事は確か。
「まあ、取り敢えずいろんな部活がある事は分かった。それで文化部の方は?」
「えー?文化部?なんかモサくなーい?」
なんだコイツ、急に口調もギャルっぽくなったし。お前それお前がイケメンじゃなかったら真面目に吐くぞお前に。
心底嫌そうな顔をすると破顔して軽く詫びてきた。
「ごめんごめん。まあ文化部についてはあんま見てないんだよな。普通に吹奏楽部とかダンス部とか?」
「それ文化部じゃないから。もう運動部だから」
「え?」
「あ?」
どうやら何かコイツは勘違いをしているようだ。俺とコイツの間に齟齬があるらしい。今すぐ間違いを正さなければ。
「いいか?楽器持ちながら動き回るとか筋トレだから。ずっと踊るのも運動だからな?お前そこ間違いちゃダメだぜ?」
「は、はあ?成る程。とりあえずそういうことにしとくよ。まあ、後はオカルト研究部とか超常現象研究部とかさりげなく有りそうで無い部活があったよ」
「へぇ?そいつぁなかなか面白そうだな。楽しい青春が詰まった高校生活を送れそうだな(棒」
定番過ぎて泣きそう。案外、現実問題で部活に出会いとか求めてもしょうがないのかもしれない。
「え?そうかな?あとSNS部とかSOS団部って名前の部活があったよ。一体、何をやってる部活なんだろうね?」
「やめとけ。それ以上は、今後その部活に関わる事もその名前に関わる事もやめとけ。きっとファンクラブかなんかだから」
一応忠告をしてそれ以上の多方面の喧嘩を吹っ掛けないように止めに入っておく。部活の概要については充分に理解出来たので顔を正面に戻して身体を起こす。
「そんな感じでそれなりに文化部もあったから颯太も後で部活動紹介される時に自分で確かめてみたら?」
「そうだな。お前がもう既に殆ど話した気はするが楽しみに待っとくよ」
「いや、颯太が聞いたんじゃん」
「確かに。それもそうだな」
朝読書の時間の前までにそんなトークがあったとかなんとか。
★
「業間休み、奴はいい奴だったよ」
昼休み、恐らく高校で初めての飯を食いながら独り言から始めると案の定奴は食い付いて来た。授業?そんなもんは無かぁ。大体オリエンテーション、あと軽く触れる程度のもんだったしな。
「あー、そういえばあったね小学生くらいの時に。でもアレってあるところと無いところがあるみたいだよ」
「知ってる〜、ついでに言うとそもそも一個一個休み時間が長かったところもあるみたいだよ。あそこはまあ帰るの遅くなるからドンマイでもあるけど」
「そう考えると掃除の時間とか消えちゃったよね」
「でもまあウチ朝読はあるからな」
「いんじゃないそれくらい?」
「やだろ。学校遅く始まって早く帰りたいの理想で大学生と同じカリキュラムで受けたい」
「無理だろ、夜間行けよ。世間体としてはあんまりオススメはしないけど」
「いや二、三時間目だけやって終わりが一番だろ。遅かったら俺昼に起きるし」
「それじゃ、サボってる不良と一緒だろ?大体そんなんじゃで授業数足りないだろ」
マジレス返されてどうしようもなくなったのでもはや言い訳をするしかなかった。
「せやけどくそぅ」
「ただの悪態じゃん」
後で覚えておきな、嫌がらせで返してやるから。
昼が終わった後の五時間目と六時間目を使った部活動紹介は他の高校とも違って異例の事らしく、その部活数の多さが伺えた。
場所は文化部と運動部を分けて紹介していた為、講堂と体育館で行う事に。
先に体育館の説明を受けて移動して講堂でまた説明をしてもらっている最中、寝起きでアホ面をしていたところに違和感を覚えた吉瀬はこちらに声を掛ける。
「どうしたの?」
「いや、部活動紹介って結構長いなって」
「そうだね、思った以上に長くてなんだか案外眠くなってきちゃったよ」
「あー違う違う。二度寝してボケーっと見ててもまだ終わらないからよ」
「どんな基準で判断してんのさ!」
小声でツッコミを入れる吉瀬だが、クラスの人達数人がこっちを見てきた。吉瀬は気付いてないみたいなので吉瀬に肘打ちして大人しくさせる。和ませる為に話題を振って普通にさせようと試みる。
「やっぱり全体の人数多いから部活も多いのかね?」
「いや、隔たりがないようにらしいよ。後は帰宅部を減らす為ってのもあるみたいだけどな」
「ほんと良い迷惑だよな。少しは家で落ち着かせてくれよな」
「多分颯太みたいなのを真人間にする為に作ったんじゃないか、そのルール」
「んなこたぁないだろ。失礼な、俺は至って真面目だぞ?」
「そうだといいな」
そういう吉瀬のこちらを見る目はあまらにも可哀想な人を見る目だった。
★
部活動紹介が終わり、その場で解散になったのでフラフラしながら空き教室を回っていると端の教室から話し声が聞こえてきた。
「ん?誰かいるのか?」
中の様子を見ようとすると教室の扉が開き中から見知った顔の人物が出てきた。
「ミオ姉」
「ふ、颯太!?」
お互いに驚いていた為にそれしか言葉は出てこなかったが、特にミオ姉の方は若干のパニックになっていた。
「ん?どーした美織、知り合いなのか?」
話し相手らしき女子生徒が教室から出てくるが、どうやら原因は彼女ではないらしい。
「ごめん、今の話はそのまま断るわね。理由はさっき話した通りだから」
どうやら何かに誘われていたようなのだがハッキリと断ってその場から居なくなってしまった。
まあ、俺と彼女はその様子をボケーっと見ていたんだけれども、流れ的にそのまま彼女と話をする羽目になってしまい、先程は彼女がいた教室に招待されて備え付けられていた椅子に座らされてしまった。
「それで?君は一体何者かな?」
「一年の神近颯太っていいます。たまたまそこで姉と会いました」
彼女は見覚えがあったのか相槌を打って納得している。
「あ、やっぱりそうだったんだ。私は美織のクラスメイトの銘磴舞華っていうの。といっても、去年も一緒になったんだけどね?」
「それで?何してたんですか?」
「ああ、クラブの勧誘さ。けど部活動としてはまだ認めて貰ってないからね?見ての通りで、今し方残念ながら君の姉には断られてしまったね」
「あんま自分の関わりに来る人の事気にしないからな、ミオ姉は」
初耳な情報に納得がいったらしく、『なるほどなるほど』と首を頷かせるとふとこちらを見つめる。
「んで、君は何しにここに来たの?」
たまたま会ってしまっただけなのだが目的も無く歩いていただけとは言えなかったので咄嗟にそれらしい理由を並べてみせる。
「部活を探しに来たんです」
「ほうほう?それは何部かな?」
たった今部活の話をしたばかりなので興味があるらしく、矢継ぎ早に質問をしてくる。
「候補は決まってないんですけど、楽しめる部活を探しに来ました。けど多分帰宅部じゃないですかね」
「そうか、帰宅部に入るのか」
「あ、もしかしてここ帰宅部って部活もあるんですか?」
「そだね」
どこの活動記録だよと思いつつも部活に入りたい訳じゃないので訂正しておく。
「じゃあー無所属で。まあ、学校行きたくないが本音ですかね?」
「では何で部活を探してたんだね?」
尤もな質問に少し考えるが、初めから答えは決まっていた。
「興味があったからですかね。入りたくはないけど知ってはおきたいって事です」
理解したのか、それとも納得してないのかは分からないが、彼女は背を向ける。
「君、面白いね」
「そうですかね?せめて自分の事くらいは正直に向き合いたいと思っただけなんですが」
「–––––ならウチの部に来なよ」
少しの沈黙と共に出た言葉がそれだった。彼女自身がその間に何を考えていたのか、どういう事を思っていたのか。それは体を窓側に向けていたので分からなかった。
「と言ってもこれから作るんだけどね」
「え?」
説得をしてくるものだから作っていないものだと判断していて思わずその場で困惑してしまう。
「私の周りには変な奴等、アタマのオカシイ……ゴッホン!面白い奴等が沢山いるからね」
何か今とてもおかしな事を言われた気がする。絶対に断る意志を強く持つとしよう。
「今の聞いて凄い不安になったんですけど。まさかその人達を誘うんですか?」
「うん、きっと波長が合うと思ってる」
うわぁめんど。友達の友達紹介されるパターンとかマジ勘弁。絶対場が白けるじゃん。
「来てくれるかい?」
期待の眼差しと共にこちらを伺われると行かないという意志を持っていても中々断る事が出来ずについ妥協してしまう。
「断ろうとは思ってますけど見学くらいなら行きますよ」
「あれ?うーん、予想と違う答えだったけど、とりあえずは良し」
軽いガッツポーズをする仕草に少し頬が緩んでしまったのでバレないようにその場を立ち去る口上を言う。
「じゃあ今日はもう帰ります。お先に失礼します」
「分かった。明日わかりやすい宣伝しとくから是非来てくれ」
「分かりました。ではまた」
銘鐙さんしかいない空き教室から退出すると目端にこちらに走って来る吉瀬が目に入ってくる。
「おーい!ったく颯太ってばどこ行ったんだよ?」
「おう、完璧に撒いた筈なのによく見つけてくるなお前は」
「酷くね!?それで、部活は決めたの?」
軽くイジリをスルーした彼に少しの哀れみを感じながらも質問に答える。
「うん、まあない」
「まあって何さ、候補があるって事?へぇ〜何部?」
「名前はまだ無い」
「なんだそれ」
「俺に聞くな」
それは銘鐙さんにでも聞いてくれ。まあ教える気はないけど。
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