体力測定
6
「と思った俺の思いを返して欲しい」
「え?何、急に?」
本人の前で期待していたこちらが馬鹿だったらしく、結局自分から行動しない限りは何も起きないという事をあれから自覚した。
「だってお前さ〜あ?あれから何もして来ないじゃんか?俺ってばさりげなく期待してたんだぜ?なんかあるかなー?おっ、もしかしてイベント!イベントかな〜?ってよ。少しくらい動けよ主人公ポジだろお前さんよ?」
「いや知らないよ。というか勝手に配役決めないでよ」
突然の暴露に困惑しながらも話はちゃんと聞いていたみたいで吉瀬は適切な対応をしてみせるが、神近にはどうやら効果がないようだ。
「それをお前……『オハヨウ!キョウモイイテンキダネ!』ってギャルゲーの主人公の前に居る何故か説明だけするキャラでさえもう少し何か喋るわ!幾ら環境が揃っててもキャストがしっかりとしてないとダメなんだよ。映画然り、ドラマ然り、現実然り。お前マジで何もねぇな」
「いやいや俺をモブキャラにしようとしてるだろそれ!」
「そうだよ(肯定)」
「何でそんなに堂々としてるんですかね。というかそれを言うなら俺もなんか颯太が行動起こすの楽しみにしてんだよ?きっとそれを止めたりするのかなとか思ってたのに」
どうやらお互いに思っていた事は案外似ていたみたいだったらしい。
「お前、それ俺を踏み台にしようとしてるだろそれ?」
「いやいやしてないよ。ただやれやれとか思うかもって感じてただけで」
なんか怪しいのでもう少しだけカマを掛けてみよう。
「じゃあ悪役にしてた上げようとしてたって訳か」
「そうだよ(便乗)」
「ふーん、そうか。あ、おい。待てい!」
「あ、ヤバイ。本音が」
確信犯のような面をして、わざとらしく手を顔に当てて表情を隠す常習犯の姿が確かにそこにはあった。
「お前な……でもまあ何もない方が寧ろいいか。色々大変な事有り過ぎても困るだけだしな」
「そうだな。そろそろホームルームの時間にもなるし黙るか」
先生からは朝の連絡を軽くしてすぐにその場を去ってしまった。それもその筈、今日はスポーツテストで新学年になるとどこの学校でもほぼ当たり前のようにやる恒例の儀式があるからだ。
しかし自分にはそんな事は普通にどうでも良いので始める前からすぐ側にいる吉瀬に悪態をついていた。
「ほんとわざわざ高校になってまでやる意味ないだろ」
「まあ、どこの高校でも必須だからな」
「そんな事を一々俺に言われてもな?」
「だってやってらんねぇですよコレ。ほんで?実際このスポーツテストって何種目あんのさ?」
「確か8か9だったな。でも大変なのは持久走とかそれくらいだと思うけど?」
「ばっか、お前。長座体前屈以外は大体疲れるわ。特に50メートル走、アレは完走まで走れる気がしねぇ」
「うーん?それは流石に颯太の基準がおかしいと思うよ」
「なん……だと!?」
価値観が破壊された瞬間だった。今まで自分以外の人間を見る限り走り終わった後は疲れているからてっきり限界まで走って疲れたものだと判断していたのに。
「まあ、頑張ろうぜ?どうせ昼前には終わるんだしさ」
「いや午前中にあるのがむしろ地獄だろ。つかマジかー、種目8か9もあるのかよ」
「まあ、それはそうだな。なんか俺まで嫌になってきたわ」
吉瀬の同意に若干の仲間意識を持ち、気が安らいだ。しかしこの感情はとある事実が発覚してからはそれがすぐに殺意へと変貌を遂げる事となる。
★
「このチートスペッククソ野郎め。全部俺のすぐ後とかにやるとかもう完全に引き立て役じゃん」
「ああ、ごめん………ってこれ、俺が謝るのはおかしくないか?出席番号だから当たり前だし」
「もうお前適当に運動部にでも入って全国取ってこいよ」
「全国取るなら少なくとも恐竜倒す技身に付けないといけないからそれは無理だな」
「まあ軽率な発言だったかもな、すまん。どのスポーツでも全国レベルだとみんな超能力持ってるもんな」
「それな」
アイツらはフィクションの存在だからといってなんでもかんでもやり過ぎだと思う。
クラス別に行動して最初に俺たちが来たのは外の運動場だった。現場担当の先生が生徒を並べてから種目の説明をする。
「じゃあ最初は持久走だ。久しぶりで体力落ちてる者もいるかもしれないが、最後まで諦めないで走るように」
「………帰るか」
「ダメだ」
その場から立ち去ろうとすると後ろに居た吉瀬が俺を羽交い締めにする。
「いや帰らせろよ!よりにもよって一番最初に持久走やるとかアイツ頭沸いてんだろ!?効率ってモノを少しは考えろや!人間舐めてんちゃうぞコラ!」
「それ俺に言ってもしょうがないだろ。確かに最初にやるのは気が向かないの事実だと思うけどさ?」
「ダロォ!?」
「でもここに来てしまったんだ。もうやるしかないだろ」
「それがゲームのラスボスとかの前の勇者だったらどんなにかっこいい事か。俺もうこれからあの教師絶対許さんわ」
「この程度で許されない教師たちも可哀想だな」
仕方なく諦めてスタート位置に付いた俺を代わりの条件として吉瀬が俺と一緒に走る事を約束してくれた。
だが、まあやっぱり現実は違って………
え?何あの人?俺と一緒に走ろうって言っておいて常にトップ独走ってるんですけど?誰とも一秒たりとも一緒に走ってないんですけど?幾ら何でも速過ぎだろ、アイツ一体何と戦ってるわけ?なんかスタートからぶっちぎりでしたけど?
「じゃ、お先にー」
んぉ?当て付けだな?よし分かった、アイツも今後から許さんわころすわー。
その後、ヘトヘトになりながらもふにゃりとゴールをして地面に突っ伏せる。
少し休憩を挟んだ後に立ち上がると既に他のクラスメイトが謎の、そしてある意味よく見かける特有の挨拶をしながらその場を去っているのが見えた。
「あじゃしたー」
「うぇーふ」
「ッエーイ☆」
「ねぇ違う!最後のだけは絶対にキャラが違う!」
吉瀬が何故かその連中にツッコミを入れていたが誰も耳を傾けてはいなかった。
つーかアイツかわいそうやな、しょーがないからもう少し側に居たろ。
「にしてもお前、よくもまあ定番なのをいけしゃあしゃあと」
「ほら、最後に一緒に走ったでしょ?」
後から吉瀬を追って声を掛けると彼は神近の事を忘れてた表情を見せてくれた。
「あれは世間でいう公開処刑って奴だよ。なあアンタいい加減分かろうぜ?」
「………ごめんなさい」
次の会場に着くと担当の先生が謎の言語を喋っていた。ダメだ、耳に上手く音が入らないんだぞ。
「次は50メートル走だ。さっきと比べて全然走らないから安心しろ」
「おいおいおい、どこ見てんだ。そっちは校門だぞ」
「アイツ絶対心の中で楽しんでんだろ。ほらもうモロに笑顔だろうが!」
「あれがデフォルト」
「クッソ野郎が!!」
その後も悪意のある順番で俺ら(主に俺)を苦しめる訳だが、あの先生の顔は終始笑顔だったという。
休み時間の間に水道で汗を流しながら、これまでの悪業を振り返りながら愚痴を溢す。
「ったく堪ったもんじゃないぜあの先生。名前覚えたら『○○、名前覚えたからな?』って絶対言うわ」
「怨みが強いな、颯太。てかあの先生の名前知らないのかよ」
「当たり前だろうがよぉ!絶対許さんわ。てか思ったんだけどこの学校の先生変な奴多くない?」
「確かに言われて見ればそうだね。でも人数多いし、そう言う人も中に居るってだけじゃないかな?」
「そうだといいんだがな」
アイツとはあの後からはそこまで話してはいないのだが、目の前で次々とエグい記録を更新していくのでアイツが見える時に無言で両中指を立てておいた。
体育館に移動すると、次は立ち幅跳びをする事になったのだが、ここでふと目の前で飛んでいる吉瀬を見てとあるイメージが頭に浮かんできた。
「ジャンプ力ぅ……ですかねぇ(唐突)1メートル2メートルはジャンプしてくれますかね(信頼)」
そう信頼(笑)して飛んだ彼の記録は飛んだ後に思いっきり後ろにバックして尻餅を付いた為に90センチだった。
「若干ゃ草」
「もう颯太!そういうのいいから!」
一回でも失敗しててザマァ!やったぜ。
しかしその後に奴は3メートルを超える大ジャンプをして見事に女子の心を奪っていったとさ。うーん、この若干の胸糞。
「イケメンは体も柔らかい。どうせ体位の練習とかそういうオチだろ?気が早いってイケメソ、そんな入れ食い状態にはまだならないから」
「なんで颯太ってそんないつもゲスい考えしてんの?」
「他人恨んでたら自分がまず腐っていったよね」
「もう何も言うまい。自己責任だよソレ」
「頑張ろ?あと少しだから」
「今日帰ったら思いっきりゲームしたろ」
結果を言うと、俺の評価はCでアイツの評価はAだった。当然と言えば当然だが、目にもの見せられた気分だった。それでも事実上の満点を叩き出したアイツはやっぱり許せん氏ね。
とはいえ、結果が低かったからといって成績に影響するわけではないので別にいいのだが……とにかくまあ疲れた。
「午後の授業絶対寝るなこれ。起きてられる自信がない」
「色々言ってきたけど今回は同意、昼食後と体育後の授業って眠くなるよね」
「確かに。けど俺いつも寝てるから大差ないかも」
「いやそこは起きようよ」
「ほんとこれだからイケメンは嫌なんだよな。せめて運動くらいは出来ないでいろよ?いや運動は出来るのか。なら勉強の方を期待するしかないな」
「何言ってんのさ。でもまあ久々の運動だったから疲れたね」
「あーあ、コレで連日筋肉痛コース確定だ。けどこういう時は若くて良かったって本当に思うよ」
「前後で言ってる事矛盾してると思うんだけど」
「ん?なわけないだろ?」
どうやら奴にも認識にはガタが来てるらしい。
★
その日、ウチのクラスに嵐がやって来た。
某国民的アイドルが来たわけではなく、記録的大豪雨が来たわけでもない。
身内である神近美織がやって来たのだ。事故であり、もはや事後である。
とはいったものの先程と変わらず、今日の出来事なのだが。そんな姉がこちらに何かを頼りにやってきた。
「颯太〜!ジャージ貸して?」
言われると手に持ってた体操袋を渡そうとするが少しだけ躊躇う。
「ごめん、今使って少し汗掻いてるかも。嫌かもしれないけど、それでもいいならいいよ」
「うん、別にいいよ。寧ろ全然オッケー」
「ん?じゃあ、わかった。はい」
「ありがとう!颯太のジャージ、ゲットだぜ〜」
そして体操袋を取りに行ってそれを渡すとそのままミオ姉を見送って––––––
「ちょっと待って、なんで居るの?」
いつもの如く、至極当然のように近くにいる姉に対して決定的な違和感を訴える。
「お姉ちゃんだから?」
「いや、違う。それだとただの変質者だ」
「違うよ、言ったでしょ?邪魔する奴は全てお姉ちゃんが消すからって」
「いや、それ全く理由になってねぇから。てか、え?嘘だろ。まさか本当にここの学校の生徒さんなの?」
「ホントだよ?私ずっと言うの我慢してたんだもん」
「ちょっと申請願い出してくるわ」
「何の?」
かなり覚束ない動きに不審なものを感じたのかミオ姉が一応確認する。
「ミオ姉が通ってる学校に俺が入れるわけないもの、転学よ転学」
「いやいやちゃんと入れたから!待って待って!これから毎日一緒に登校するの!」
え、なんか今個人的な願望が入ってたけどそれは気の所為か?
「じゃあ本当に俺ここに合格して入ったってわけ?でもここって偏差値とか60あるかないかくらいだったと思ってたんだけど」
「うん、だから今まで颯太が知るこの高校のデータ偏差値10くらいサバ読んでたの」
驚きのカミングアウトによって思考を飛ばされるが、すぐに気を戻して状況を整理して納得する。
「もう何も信じられない以上に自分への驚きが勝るわ」
「じゃあ私、次の授業身体測定のテストだからもう行くね?ちゃんと入ったんだから呉々も変な事はしないようにね?」
「ああ、うん。頑張れ」
そう少し小走りで去っていくミオ姉を見ながら状況を受け入れられずに混乱している俺はそのまま無言で教室へと考え事をしながら戻って行った。
★
颯太と別れた後に彼のジャージを着込むと美織は見事なまでの悪人面に顔を変化させてみせる。
「計画通り」
「ねえ、美織。あんた今すっごく悪そうな顔してるよ、大丈夫?」
一緒にいた去年にクラスが同じだったクラスメイトにすぐに指摘されるがそんな事は関係のない話である。
「当たり前じゃん。コレで元気にならない訳無いでしょ?」
「いや、そんな事なんて聞いてないから」
弟のアイテムを手に入れた変態は某漫画の主人公のような笑顔で戦利品を獲得した。
「しかし美織に弟が居たなんてね?初めて聞いた時はちょっと意外だったよ。あんな真面目なキャラだったのが急にコレだものね」
そう、彼女は見なくても分かる通り弟を溺愛してるブラコンなのである。今も猟奇的な笑みで弟の体操服を身に纏った状態で自身の身体を思いっきり抱きしめているのだがこの構図、明らかに頭のおかしい見た目に見えてしまう。
いや、実際のところそうであるのだが。
しかし問題はそこではなかった。弟の体操服という無敵の装備を整えた彼女は最強と言っても過言ではなく、次々と偉業を成し遂げていく。
「ねぇ、もうこれ世界新記録更新してんだけど」
「颯太の良い匂いがする。あーヤバイ、一体化したい」
「ちょっとアンタ流石に何言ってんの!?いい加減落ち着きなさい!」
「落ち着いてるよ?そりゃもう完全にね」
「じゃ何でジャージから顔出さないのよ」
「今わたし、新世界の境地にいるから。邪魔しないで」
「ならこの話そのままそのジャージの持ち主に言っていい?」
「やめなさい、というかそんな事させる訳ないでしょう?」
後に一緒に居たクラスメイトの彼女はこう思ったらしい『こんな奴は野放しにしてはいけない』と。
★
ある種の約束通り、午後の授業の大半を寝てなんか新体力テストが早めに終わったというミオ姉と一緒に下校していた。
とは言っても、一人で帰っていたらいつの間にか隣にいたのだが。
「しかし今年で一番驚いたよ、まさか同じ高校だったなんてな」
「でしょでしょ。運命感じちゃうでしょ?これからは毎日一緒に登校出来るね」
「いや、それは流石にしない」
「神は死んだ」
「そんなんで神を軽視するな」
「私は颯太神の信仰者だから」
「俺を勝手に神格化させるな。まあ、偶になら良いよ。少しだけな?」
「やっぱり優しいね。大好きだよ」
「じゃあやっぱりやんなくていいの?」
「違う違う!お姉ちゃんはそんな事所望してませんから!やっぱりイジワル?」
「冗談だよ、冗談」
「それより大丈夫だった?ちょっと汗掻いてたから少し匂ってたかもしんないけど」
「うん、嬉しかったよ。存分に堪能した」
ん?なんか言い方が少し違ったぞ。少し探りを入れてみるか。
「え?あのもしかして違う使い方した?」
「してないしてない。普通に使っただけだから」
「本当に?なんか絶対に違う気しかしないんだけど」
「いやいや、それはただ単に匂い嗅いでただけだから。とっても良い香りだったよ」
「ねぇ、あなたさっきからかなりエグい事言ってる自覚ある?あと最近俺の下着の枚数減ってんだけど知らない?」
「それは変ね。颯太のパンツ減ってたら私が気付くもの」
「カマかけたらコレだよもう」
割といつもの事なので慣れつつある自分が嫌になるがミオ姉がドヤ顔でこちらを向く。
「世の中には気にしたら負けって言葉があるんだよ?」
「少なくとも今使う言葉ではなかったな。やっぱり距離置いた方がいいのかな?」
「残念だったね、これからはおはようからおやすみまで一緒だよ」
「学年違うから授業中とか無理だな」
「そうそれ!問題はそこなんだよね。どうしよっか」
「いや、だからやめてくれよ。というか、もしかして同じ高校だったのって知らなかったの俺だけなのか?」
暴走をしているので止める為に話を戻したが、そこでミオ姉がシュンとしてしまった。
「うん、ずっと頑張って隠してたから驚いたよね?ごめんね、嫌だった?」
陽気なタイプのミオ姉が落ち込んでいるのも珍しく、今まで見た中でもかなり不安そうな顔をしている。それ故に聞いてくる面持ちも真剣であった。
そんなミオ姉に対して今自分が感じてる事を正直に答える。
「少し、ね。すぐに言ってくれれば共有出来て良かったかもな。でもありがとう、ミオ姉と一緒の高校なんて隠してでも頑張った甲斐があったと思うよ。結構うれしい、勘違いって凄いな」
泣いてはいなかった。けど、目を見開いてこっちを見て驚いていた。よく分からないけれど、ミオ姉にはきっと感慨深いものがあるのだろう。笑みがとても幸せそうだ。
「そんな事、言われると思わなかったよ。でも……なんだが、すごく嬉しい。高校でもよろしくね」
差し伸べられる手、それに軽く触れると、ふと家での事を思い出す。
「じゃ家ではもう少し自重してくれる?」
「それは無理」
「なんでさ」
即答によってムードが薄れ普通の雰囲気に戻ったが、手はいつの間かしっかり手を掴まてミオ姉は家に着くまで俺の手を離してはくれなかった。
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