友情の在り方
『おはようございます』
日本における一般的な一日の挨拶はそこから始まり、それが全てである。学校に行く前に家族にしたり、道行く人々にしたりするのが普通なわけだが。最近はあまりしない人の方が多いのが事実である。
かく言う俺もその内の一人で、挨拶されたらそれを返すだけなのだが…………
「おはよう、颯太」
「きゅ、急にお腹が」
話し掛けて来た奴が昨日のイケメンだったので即座に腹痛を訴える。しかしそれはあまりにも急だったのでワザとらし過ぎた。
「え?何、ちょっと大丈夫?」
「いや、なんだ。ちょっと吉瀬君の顔を見ていたら急にお腹が痛み出しただけさ。何、なんて事もない激しい腹痛さ」
「酷くない!?しかも今の腹痛って演技じゃん!というか笑ってるよね!?」
まさかこんな下らないやり取りを本当にやるとは思わなかったから不覚にもたった今笑ってしまった。
「いやいや、気の所為だよ。それは吉瀬君の脳が見せる錯覚じゃないか?」
「それ、俺がバカだって言いたいの!?さっきから俺の対応が凄く酷いんだけど!」
「木の所為、旗の所為」
「ニュアンスが違うんだけど!」
話す言葉全てにツッコミで返してくる彼に若干の苛立ちを感じる。
「なんでこんな早くから居んだよ」
表情を変え、顎に指を当てて考える仕草をした彼は名案を思いついてような顔をしてこちらを向く。
「いやさ?一人だけでいる教室って意外に落ち着くからね。それにクラスのみんなとも仲良くなりたかったかr」
「ごゆっくりどうぞ〜」
彼が話してる間に静かに移動していた俺はその優しさからなる気を使って扉を閉めてあげようする。
「ウソ!ウソ!今の嘘だから!本当の事言うと君に話があったからで」
「ごゆっくりどうぞ〜」
「ナンデ!?」
教室の扉を俺がそっと閉めるのを止めてくる辺り、どうやら彼はとことん俺を逃してくれないみたいだった。
席に戻り、自身の発言と何となくもう逃げられない状況になってしまった俺は、観念して彼に向き合う。
こちらをじっと見つめる彼はまるで俺に何らかの因縁があるような顔付きをしながら神妙な面持ちでいると思いきや、その瞬間でふと疑問に思った事を口に出す。
「ん?というか、なんで颯太は今日早くに来たの?」
パッと頭の中に浮かんだ純粋な疑問ではあったものの、その質問は俺に対して意外に焦りを感じる。自宅にいる家族(主に姉)から逃げて来た為とはとてもじゃないが絶対言えない。
「がっ、学校の設備を見て回りたかったからかもしれない」
「じゃあ見て回ろうよ!」
「ごゆっくりどうぞ」
「うぇっ!?なんで!?今自分が学校見て回りたいって言ったよね?」
「いや、気が変わった」
元より端から見る気が無かったからな。しかしそれにしてもどうしてコイツはそんなに俺に関わりを持とうとするんだ?ただ単に友達とかになりたいとするならばそんなに人を選ばないものではないのか?内面なんてしばらく一緒に居ないとわからないだろうに。
「あのさ?どうしてそんなに俺に話し掛けるの?」
考えをまとめる前に自然と口に出していて気付いた時にはある種の失敗感を抱いたのだが、それもよりも人間としての追求心が浮き彫りになっていた。
しかし彼は答えない。けれどそれはきっと答えが見つからないのではなく答えがないのだろう。
「その、なんとなく察しない?関わらない方がいいとか?」
「いや、そんな事は絶対にない」
遠避ける言葉にはっきり拒絶する彼に対してそれまで関わろうとしなかった心と下に向けていた視線を上を向けて彼に合わせる。
相手が真面目に聞く姿勢が整った事に安心したのか、それとも自分の心の覚悟が出来たのか。彼は一つ自身の心の課題を少しずつ話し始めた。
「俺は今、人と真剣に関わりたくてここに居るんだ。前みたいに適当な関係じゃなくて本物の関係が欲しいんだ。もう昔みたいにそれとなく、何と無く友達をやって行くような打算的な人間には俺はなりたくない」
「そうか、お前は真面目だな」
「昔は、ただ周りに合わせて自分を納得させようとしていたけど。それじゃ何もダメだった、俺自体がその状態を受け入れてなかったんだと思う。だから今度は自分の意思で進みたいんだ」
彼の言いたい事は全く分からないという訳ではない。自分の性格を変えてより立派になりたいなんてそれはかなり殊勝な事だ。
だが俺には全く関係がない。この今の暮らしにおいて目の前の存在は邪魔だ。故に俺は明らかな嫌悪を見せ付けながら拒絶の意思を見せる。
「けどそれ、俺にとってはどうでもいいことなんだよな。だから残念で悪いけど他を当たってくれ」
まるでチリチリと目から音が鳴っているかの様に相手を睨み付けているこちらは悪者だろう。何故なら彼の厚意を無下にしているのだから。
けれど彼は怯まないで臆さなかった。予め分かっていたかのように反応に変化がなく、一度だけ目を逸らした後に軽くこちらを見てほくそ笑む。
「いや、それは残念ながら出来ないな。俺は一番最初に話し掛けた人と友達なるって決めてたから。それがどんな奴でも諦めずに関わり続ける」
「それはつまり俺はただ単に運が無かったと?」
「まあ、ちょっと悪いけどそういう事になるな」
一瞬だけ、思考が固まった。それは俺が何か勘違いをしていたから。俺であるという理由は根本的に目の前に居ただけだから。そんな事に特別なモノを感じていた俺が馬鹿馬鹿しくなって表情が緩んでしまった。
何処までもクソ真面目な奴、誰でも良いが何でもは良くない。そして本当に面倒な奴。
だが、そういうタイプは嫌いではない。
「そうか、なら仕方がないないな。諦めないならしょーがない。まあ休み時間に話すくらいにはよろしくお願いします」
「あんだけ言ってそれだけなのかよ。というかなんで敬語なのさ」
「苦手なんだよ、こういうの。"お友達"なんて概念を考えた事がなかったから」
嘘である。上手く言葉が出なくて煮え切らない形になってしまっただけで本当は友達とかになったばかり時の空気感がどうすればいいのか分からないだけなのだ。
「よろしく、それじゃあ取り敢えず校舎、見て回ろうぜ?」
「いや、どっちみち今日はそんな気分じゃないから無理。アレ断る時の常套句だから」
「ゑ?」
露骨に嫌がってたのはお前も流石に分かってただろうに。
★
お互いの距離感を失くした後で軽い談笑をすると、俺たちはこれからの話を進める。
「とりあえず問題は書類なんだよな。大抵配る物とオリエンテーション的なので最初の一ヶ月は終わるよな?」
「大雑把過ぎでしょ、幾らなんでもそれはオカシイって。そんなに過ぎてたら授業とっくに始まってるよ?」
「え〜嫌だよお前?俺は家でゆっくりと休みたい派なんだから」
「そりゃ誰でもそうでしょうが。でも、しょうがないだろ?新しく高校生活するんだから」
「じゃあ最初の四月は何すんのさ?」
予定表を見てなくて全く分からないのでもう投げやり風に聞くと、吉瀬は少し考える仕草をした後に指を使って説明していく。
「とりあえず多く見積もっても最初の二週間くらいが授業のオリエンテーションとか書類関連とか身体測定とかだろ?でそこからが本格的な授業の始まりだな」
「は?身体測定やんの?マジで?」
全身が硬直する感覚を覚えた。想定していた一番嫌な行事がすぐに控えていたからだ。
「まあ普通はやるでしょ」
「うっそマジかよ最悪だわ」
「何か問題でもあるの?」
明らかに嫌がる俺に対して疑問符を浮かべる彼に共感を求めようと仕方なく俺は根拠を示していく。
「問題しかないわ。初っ端からそんな疲れたくねぇだろ」
「ただの体力測定だよ?別になんの問題もないじゃん」
「へっ、これだから俺とは真逆の体育会系は嫌いなんだよ」
「なら颯太も体力を付ければいいじゃん。というか別に俺も体育会系って訳じゃないんだけど」
「だーもう!掘り返すなよ!俺は体力つけらんねぇんだよ!んで、その後の予定は?」
若干の苛立ちを覚えつつも早くも便利機能として確立しつつある彼を活用する。
「四月はそれ以降ただひたすらに授業だと思うよ?ただ五月とかに定期テストとかあるんじゃないかな?」
「俺、もう学校休もうかな」
「いやいや来てよ。来ないと俺話し相手いなくなっちゃうよ」
「何言ってんだよお前。モテモテの吉瀬くん相手に落ちない子なんていないさ」
「そうかな……エヘヘ」
冗談が分からない照れている吉瀬に呆れて言葉を失う。無自覚ってタチが悪いな。
「分かれよ皮肉だよ」
「そうだね、話し相手の事だったから違うもんね。少なくとも暇はしないか」
「こいつ、適応力早ぇ」
時間は長く、流石は前より一時間早く家を出た事もあって話が尽きても時間は尽きない。そんな中で探り探りの話の中で俺は彼の意外な秘密を知り当てる。
「うっそ、お前アニメとかゲームが好きなタイプなの?」
「うん、ここ二、三ヶ月って割と最近からなんだけどかなりハマっちゃっててさ」
「お前、その面でそれって………割と本気でドン引きですわー。もうレギュレーション違反だわそれズル」
「違うよ」
「クソが!本社と一緒に爆発しろや!」
「えぇぇ……」
「コスプレイヤーとオフパコしてようとしてそんでホテルに連れ込んだ奴が実は女装した奴で萎えてる内に通報されてそのまま豚箱に送られてろ」
「君いきなり口悪過ぎじゃない!?」
「口が達者な事しか利点ないからな」
「いや別に褒めてないよ」
冗談が通じないなんてこれから先やっていけねぇな。まあ、今のは冗談じゃねぇけど。
★
今は一時間目が始まるまでの休み時間。他の人と話す用事も無い為、暇潰しの便利ツールである本を朝読書の時間から継続してそのまま読み進める。だがしかし、今回もまたそれを妨害してくる者がいた。
「何読んでるの?」
「そう、この腹立たしいどっちゃクソイケメンである」
「え?うん、ありがとう?なんかちょっと余計な言葉があったけど」
「爆ぜろリア充、弾けろ股間」
「ねぇ、流石に酷過ぎるんだけど。対応する以前に泣き寝入りしたくなるんだけど」
「やめろ、そんな事したら俺の高校生活が計画的に終わる」
この流れを想定していたらしく、案外そんなに傷付いてなかった吉瀬はまた俺に同じ問いをする。
「んで、何読んでるの?」
「キモオタ小説」
「やめるんだ。マジでその発言は世の中の敵を増やすぞ」
「ん?じゃあ萌え豚小説?」
「頼む、止めてくれ。頼むからその呼び方は止めて差し上げろ」
コイツこの呼び方になんかトラウマでもあんのか?まあ今時ネットとかでも何が流行るか分かったもんじゃないからな。
「知るかよ、だってそいつらが読みたいって思って読んでるんだから他の誰かが何言おうと関係無いだろ?」
「おぉ〜!格好いい」
「ダロォ?」
どうやら俺のスタイルが気に入ったらしくかなり惚れ込んでいるみたいだが目の前のこいつは同時に疑問も付いた顔をしている。
「じゃあ何でタイトルをブックカバーで隠してるの?」
「そりゃあ、こんなキモータ小説を堂々と晒すなんて恥ずかしいに決まってんだろ」
「今までの一連の流れを返してよ」
「丁重にお断り致します」
下らないやり取りをしていると、なんか急に教室が騒がしくなった。煩いのは相変わらずの事なのだが今はやたらと騒ついている。
「何かあったのか?」
もしかしたら何か知ってるのかも知れないと思ったので俺は後ろの席にいるモブ役Kに聞いてみる。
「ああ、なんかモデルの子が登校してくるみたいでさ。てか今俺の事邪険に扱ったろ?」
「いんや。てか、へ〜。え?マジで?」
アホ面したままぼけーっとしていると、まるでタイミングを見計らったかのように今話していた例の彼女が教室に入ってきた。
「お?噂をすればだな」
『おおおお!』
「あれ?もしかして颯太はファンなの?」
クラスの奴らに便乗して声を上げた俺はすぐに吉瀬に気付かれてしまう。
「いやよく分からんが声だけでも出しとけば良いかなって」
「いくら何でもそれはバカにし過ぎだろ」
「そんな事言ってもどうせ俺には関わる事の無い相手だしな。まあ、俺にはだが」
語尾を強めて吉瀬の方を見るが、言われた本人は特に何も感じてないのか更に俺に無自覚の追い撃ちを仕掛ける。
「とかなんとか言ってる内に早速お前の方に来たぞ」
「そうなんですか〜!ってどうせお前だろうがイケメソ、じゃ俺は寝るから」
「ちょっ」
ふてくされて俺は勢いよく机に伏せて得意技である寝たふりを構すが、それからすぐに俺の軽く肩を叩く者がいた。
「ちょっと。ねぇ、ちょっと貴方?」
「あ?何だよ?だから俺には関係無いって」
どうせまた吉瀬だろうと思ってそんな事を後ろへ向いて言うと肝心の吉瀬は妙にニヤケ顔で前の彼女を指差す。
「お前の相手みたいだぞ」
「あなたが神近颯太君?」
「アッハイ」
話し掛けてくる彼女に対して混乱する俺はマトモな受け答えが出来なかった。ナンデ?おのれ吉瀬許さんぞ。
「ちょっと良いかしら?」
「無理」
「あなたに話があるんだけど」
「丁重にお断りします」
「私の話、聞いてくれる?」
「悪いな、次の授業は移動なんだ」
「待ちなさい!」
「ふぇぇぇ、何でこの人こんなに怒ってる訳ぇ?」
「そりゃあんなに断ってたら普通はそうなるでしょうが」
あんまりにも雑な対応に思わず怒る彼女に対してこれまた雑な反応を取ると、それに吉瀬が至極当然のつまんない模範解答みたいな言い方をする。
確かに今のはわざとやった部分しかないけどさ、いきなりで俺の頭落ち着いてないのもあるんだってば。
「えと、えっとー。私に何の御用ですか?」
「ここじゃあ目立つから外で話しましょう」
慎重に会話を終わらせようと思ったら初手で仕切り直しされるとかマジ勘弁、必死に言い訳を探さねば。
「いや、でも次の授業移動ですし」
「嘘ね」
「そうだね」
「おい吉瀬、友達なら味方しろよ。それフォローじゃなくて援護射撃って言うんだぜ?」
俺の嘘に容赦なく便乗する吉瀬に反応する俺を見てどこか安心したのか、今度は彼女が俺の事を確かめる。
「あなたが美織さんの弟?でいいのかしら」
「そんな確認するんなら本人に会いに行けば良いんじゃないですかね」
「違うの、実はあなたに会いたくて来たの」
「宗教の勧誘はお断りしてます」
「だからさっきからなんでそんな事務的な断り方なの!?」
「いやだって、あなた絶対に美人局みたいだし」
「美人………そ、そう。ありがと」
体をもじもじさせながら照れ始めた目の前の彼女を見て男の耐性が無いのかと疑いつつも会話が止まるのを恐れて本能的に口を開く。
「なんか意外だな、もっとそれらしい反応するかと思ったんだが。だがまあどうせサービス料で違法な請求と元値が高いんだろ?知ってるよ俺それ。酔わせて過剰に要求する良くある手口だろ?」
「そ、そんなんじゃないわよ!ただ先輩の弟がどんな人かってのが気になっただけよ」
とここでクラスの人達が軽く騒ぎ始めて危機感を覚えた俺は仕方なく目の前の彼女の提案を受け入れる。
「分かった、じゃあ移動するか。手遅れかもしれないけど」
ここまで多少話すと何らかの関係者だと思われて問題になるかと思うので移動する事にしたが廊下だと流石に他の人も居るので教室から離れている別の階の廊下に出て話を再開する。
「それで、わざわざ人目に付かない所まで移動してまで話す事ってなんですかね?」
「いや私は貴方と一回話して見たかったの。ただそれだけ。あなた、どんな人なの?」
モデルとはいえ流石は芸能人。他の人にはない身の置き方をする。質問も核心を突くもので実にシンプルだ、悪くない。
「自分勝手で、不器用で。全然魅力的じゃない人、俺はそんな奴だよ」
「じゃあな。興味本意で来てくれたのは嬉しかったが、これからは今まで同じ様に姉と仲良くやってくれ」
俺の言葉に対する返事はない、彼女と俺は縁がなかった。満足いく答えが言えた。俺は黙っている彼女を置いて、背を向けながらその場から立ち去っていく。神近颯太はクールに去(ry
臭く恥ずかしい事をしてしまった事に後悔して教室で嘘寝をしているといつの間にか本当に寝てしまっていた。
「颯太、ほら起きて!次の授業移動だから」
誰かに肩を揺さ振られる。けれども俺は眠いので手を振り起きているアピールをする。
「いや起きろよ、颯太」
「あれ授業は?」
ダルいと感じながらも身体を起こして周りを見渡すとさっきまで居たはずの担任の先生がいつの間にか居なくなっていた。
「いや、そのまま颯太が授業中も寝てただけだから。もう一時間たったから。幸いオリエンテーションだから特に何もやらなかったけどさ」
辺りを見渡すとクラスにみんながいるが先程とは違う雰囲気で今の状況を受け入れる。
「マジか」
「マジだよ。先生が凄く睨んでたよ」
「きっとその先生の目が悪かっただけだろ。今日だけたまたまコンタクト忘れちゃったドジっ子的な」
「貫禄溢れる男性教員だったよ。まるで幾たびの戦場を全て勝利に導いてきたかのような立ち振る舞いだったよ」
「う、うん。多分普段はお花を愛でる可愛い人なんだよ」
「どっからその根拠が出てくるんだよ」
「じゃないと俺もう不登校児になる。この学校の先生怖ぇよ」
「まあ冗談だけどね。そこまで怖くないよ」
「俺ひきこもりになるわ。お前が怖ぇよ」
「まあまあそんなこと言わずに……両中指立てるのは止めようか」
そんな感じで始まっていくこれからの高校生活。正直人間関係による不安ばかりではあるのだが、まあ飽きる事はあまりなさそうだ。
三年間過ごしていく内にいろんな事があるだろう。けれどもその影響や経験が楽しみと感じ始めているというのは早くも俺が何かに影響されたのだろう。これから先が楽しみである。
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