第239話   クラゲさんの戦い

 シンクレア家の人々がコルネリアの魔道具で盛り上がっていた頃。

 とある魔導空間に変化が起き、一つの形が浮かび上がる。

 それは形を成した瞬間に悪態をつく。


 『くそう。またクラゲだよ。江梨香の嬢ちゃんがクラゲなんて言うから、そのイメージで固定されちまってるじゃねぇか。もっと他に良いのは無かったのかよ。虎とかライオンとか猫とかよ』


 クラゲさんこと腕輪の精は、ぶつぶつ独り言を言いながら、自身が目覚めた状況を確認する。


 『今度はなんだ。妙な波動が飛び交ってんのな』


 フヨフヨと空間を漂い、外の状況を確認する。

 丁度その時、江梨香が緑の石に魔力を注ぎ込んだ。これ幸いと魔力の流れていく先を観測すると、異質な波動にぶち当たった。


 『この反応には覚えがあるな。江梨香の嬢ちゃんの師匠ってやつか・・・確かコルネリアとか言ったかな。あいつの作った魔道具か。なにに使うもんだ? ・・・・』


 江梨香越しにサーチを掛ける。


 『こいつはたまげた。色々と無駄は多いが、ほぼ通信機の態を成してやがる。急にどうした。こいつそこまで才能の有る魔法使いだったか? 気味が悪いほどの整った魔力が走ってやがる』


 さらなる検証を進めると、一つの巨大な魔力溜りと遭遇する。


 『うっへ。なんだこの水晶球』


 クラゲさんは詳しく分析するために、水晶球に封入された魔法式を展開する。

 魔導空間に黄金色の魔法式が展開される。


 『えーっと。どうなってんだ。アレがこうして、こっちがコレと繋がってんのな。はて? ここの箇所は意味が分からん。何故そんな構成に・・・だけど、切っちまうとアッチとの接続も切れるのか・・・そしてこっちは、あーはいはい、そういう事ですかい』


 一通り魔法式に目を通し終える。


 『なんかこの水晶球、魔道具というよりも、呪いに使う呪物って感じの代物なのか。あっちの世界には妙なものが転がってやがるぜ』


 そうこうしている内に、向こうの世界ではエリックが魔道具を持って駆け出す。


 『それではお手並み拝見と』


 状況を確認していると、魔導空間に黒い線状の異物が走り出した。

 夢中になって外に集中していい為、気づいたころには空間のそこかしこに異物が走り回っている。


 『なんじゃこりゃ』


 自身の近くに走って来た黒い異物を叩き落とす。触れた瞬間に、黒い異物の正体が分かった。


 『こいつは・・・やべぇ。江梨香の嬢ちゃん。魔道具の実験を中止しろ。って聞こえねぇか』

 

 江梨香の意識が明確な場合、こちらからの呼びかけは無駄であることが多い。


 『しょうがねぇ。こっちで何とかするか』


 クラゲさんは青色に輝くと、無数の触手で黒い異物を叩き落とし始めた。

 だが、奮闘むなしく黒い異物は数と大きさを増してい行く。始めは線状だった異物は、黒い泡のような形態へと変化している。


 『だぁ。片手間では無理だぞ。しゃあねえ。本気で行く』

 

 その言葉に反応してクラゲの体に変化が起こる。

 青い光の内側より、大きな黒い唾広の帽子をかぶった男が顕現した。両手には幾重にも分れた鞭を手にして。


 『得物は鞭かい。まっ、いいだろう。数をこなすにはちょうどいい』


 そう言うと男は目にもとまらぬ速さで鞭を振るい、黒い泡の形をした異物を排除する。

 ほんのひと時、全ての異物を排除に成功したが、叩き落とした傍から新しい異物が現れた。


 『なぜだ。なぜ増える。しかも増えるペースが上がる一方だ』


 一旦外の状況を確認する。

 外の世界ではエリックが村はずれに到着した頃。


 『・・・二つの距離が離れたから、その間の思念体が全て吸収されてるって事かい。不味いな。どこまで離れられるんだ? この魔道具さんはよ。それによっては更にヤバい奴が来るかも・・・』

 

 その言葉に誘われるように、一つの巨大な塊が現れた。


 『言わんこっちゃない。これだから言霊ってやつはよ。まぁ、呼び寄せちまったのは半分俺のせいか・・・』


 ボヤいているうちに、黒い塊が形を成しいてく。

 どんな奴が現れるのかと攻撃を控えていたが、あまり意味のない行為であった。

 そこに現れたのは体長三メートル以上の四つ足の獣。赤い焔が瞳の位置に立ち上ってた。


 『熊か。冬眠前に餌をあさりに里に下りてきたのか』


 当然のように答えはない。


 『ここには鮭はいないぞ。森へ帰んな』


 軽口をたたくと、熊がお辞儀をするような仕草をしたので、こちらもそれに応えてお辞儀をすると、猛烈な勢いの右ストレートが飛んできた。


 『礼儀か有るのか無いのか、どっちだ』


 悪態をつきながらも攻撃を回避し、鞭の一閃を与える。

 熊野郎は転がるように躱して見せた。


 『図体のわりに身軽なこって』


 熊は一度距離を取ると大きく口を開き、咆哮の代わりに無数の泡を吐き出す。その一つ一つが異物であった。


 『お前が元凶か』


 両手の鞭を縦横無尽に使い、全ての泡を叩き落とす。


 『お返しだ。受け取んな』


 鞭を上から下に向かって振るうと、先端から赤色の光が飛び出し熊に襲い掛かった。

 弾幕のごとくは無数に襲い掛かって来る赤い光を、熊は身軽にかわしていく。


 『尻尾すら焼けねぇか。可愛げのない奴だな』


 そこからしばらく鞭と爪、泡と光の攻防が続く。

 互角の戦いが繰り広げられるが、溢れ出る黒い異物は数を増やすばかりであった。


 『負けはしねぇが、こっちも打つ手がねぇ。そうなると持久戦かぁ。趣味じゃないんだよな。次の手は江梨香の嬢ちゃんの魔力を拝借するってのがあるが、人の力を借りるってのも癪に障る』


 距離を取り、余裕ぶるために腕を組んで考え込むふりをする。


 『本当に何なんだこいつは。おい熊公、てめぇ、どこから来た。その気色悪い思念体はなんだ 』


 問いかけるだけ無駄とは知りつつも悪態をつく。


 『しっかし、本当にどこから来やがったんだ、この熊公。ここいら辺りに偶然淀んでいた思念体か、それともあの水晶球由来なのか、はたまた全く別のところからの干渉か・・・どちらにせよこの魔道具は欠陥品だな。使うごとに思念体を呼び寄せたとあっちゃ、危なくて使えたもんじゃねぇぞ』


 熊との間合いを図りつつ、状況の分析を続けていると、何かを感じ取ったのか熊が上空を仰ぎ見る仕草をした。

 チャンスとばかりに前のめりになるが、意志に反してブレーキがかかり動けない。


 『なっ、なんだ』


 同じように仰ぎ見ると、上空に一筋の光が走る。

 その光は瞬く間に大きくなる。それは黄金色に輝く巨大な鳥。


 『あれは・・・』


 猛禽類の様に急降下する黄金色の鳥に対して、熊はどす黒い異物を奔流のごとく吐き出す。

 熊野郎。切り札を隠し持っていやがった。

 しかし、そんな邪悪な切り札をものともせず蹴散らし、急降下を続ける黄金の鳥。躱そうとする熊に対して威嚇の一声を上げるとそのまま襲い掛かり、轟音と共に叩き潰してしまった。


 『うっそだろ』


 熊も黒い異物も全てがきれいに消え去った。初めから何もなかったかのように、きれいさっぱり。

 目的を果たすと黄金の鳥は静かにその姿を消す。


 「江、江梨香のボケー。俺まで叩き潰す気か。お前は手加減てのを知らんのか。こんちくしょー』


 黄金の鳥は江梨香の魔力の化身だ。波動で分かる。ってかあんな力を持った奴は他に居ない。


 『俺はクラゲに分類しているのに、てめはー黄金の鳳ってか。自意識過剰ー。カッコつけー。自分だけずるいぞー』


 聞こえないと知りつつも、上空に向かって抗議の叫びをあげる。


 『はぁ。酷い目に合ったぜ。なんか知らんが、自分で対処したみたいだな。やはり、力が伸びていやがる。末恐ろしい嬢ちゃんだ』


 コルネリアの魔道具も、安定した波動を発し始め、先ほどまで見せていた気色悪さは失せていた。

 これならば使えるかもしれんが、油断はできない。はて、どうやって伝えたものやら。

 クラゲの姿に戻り、フワフワと思考する腕輪であった。



                 続く

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