第236話   貸すべき貸さないべきか。それが問題です

 「携帯」という日本語はコルネリアに通じなかったけど、何を作ろうとしているかを理解したことだけは伝わったみたい。

 コルネリアは懐から幾つかの石を取り出す。


 「これを覚えていますか」


 目の前に陳列されたのは緑色の宝石みたいな石。

 うーん。見たことあるような無いような。やっぱり無いかな。


 「これは私が、王都でマリエンヌ嬢を捕縛した時に使った魔道具です」

 「えっ、そんなもの使ったっけ」


 あの時はいきなりエミールがマリエンヌに襲い掛かったような・・・

 その後の事も含めて色々ありすぎて、記憶がこんがらがっている。


 「使いました。私はこの魔道具でマリエンヌ嬢本人であることを確かめた。この魔道具はヘシオドス家の血縁者が触れると、光を放つように調整されていたのです。マリエンヌ嬢が触れた時に光ったでしょう。覚えていませんか」

 「あー。はいはい。そんなこともあったわね。あの時の魔道具か」 


 そこまで言われたら思い出した。確かに光ってた。


 「マリエンヌ嬢の捕縛に役立った魔道具ですが、本来は遠くの者と会話するための魔道具の試作品だったのです」

 「えっ、凄い。コルネリアが作ったの? 」

 「違います。これを作ったのは団長です」


 うわー流石は団長様。ちびっ子みたいな見た目だけど王国最強の魔法使い。


 「だが、うまく動かなかったのだ。だからは団長はこの石を捕縛用に再調整し、ヘシオドス家の者たちを捕らえることに用いたのです」


 ふーむ。通信装置を個人認証装置に作り替えるなんて、魔道具ってのは何でもありなのね。


 「騒動が終結した段階で、私はそれらを貰い受けた。本来の役割を果たすために」

 「本来の役割って事は、もう一回通信機にするって事? でも、団長が失敗したんでしょ」

 

 失敗作を完成させるなんて出来るのかな。


 「見込みがある」

 「どんな」

 「アリオンの雫。あのディアマンテルであれば・・・」 

 

 そこからしばらくは、専門的な話しが続いた。

 コルネリアは団長と違うアプローチがあると力説した。それがダイヤモンドをある種の触媒として緑色の魔道具を変質させる方法だった。

 魔法と科学とオカルトが混ざり合ったようなお話で、正直理解しにくかったけどコルネリアの熱意だけは嫌というほどわかった。個人的に貸してあげてもいいと思うんだけど、コルネリアの最後の一言に迷いは一層深まった。


 「もしアリオンの雫を借り受ける事が出来たのであれば、その扱いは慎重なものとなるのだが、絶対ではない」

 

 この世に絶対なんてないから、それは分かるのですけど。


 「具体的には? 」

 「あくまでも一つの可能性になりますが、ディアマンテルが魔力に耐え切れず割れてしまうかもしれぬ」

 「割れる・・・」

 「ええ。最悪、砕けるかもしれません。これは最初に明言しておかなければならぬ。その為の質草です」

 

 ええっと、こういう事?

 アリオンの雫で通信機を作れるかもしれないけど、そのリスクとしてアリオンの雫が失われるかもしれませんよ。

 通信機が出来たらすごいけど、その代償も負けず劣らず大きい。これは費用対効果としてはどうなんだろ。

 思わず腕を組んで考え込む。


 全てが上手くいけば通信機が出来てアリオンの雫も無事。

 これが最上の結果。何も言うことは無い。コルネリアの天才ぶりを称えて宴会でも開く。

 次点が通信機は出来なかったけどアリオンの雫は無事。

 これもコルネリア的には残念だけど、私としては「残念だったね」の慰めの一言で終わるお話。

 でも次からは違う。

 その次が通信機は出来たけどアリオンの雫も粉々。

 粉々・・・うーん。粉々か。割れるぐらいまでなら何とか許容できるかもしれないけど、粉々は困る。だって価値がゼロになるって事だもん。

 だけど通信機が完成すればこの世界でのブレイクスルー的な魔道具になるだろうから、王様なり将軍様に売りつける事が出来るかもしれない。だったら金貨3,500枚は回収の見込みはあるわよね。この場合はプラス・マイナス・ゼロってことに出来るわ。

 そして最悪なのが、通信機は出来ないわ、アリオンの雫は粉々だわの良いとこ無し。

 金貨3,500枚相当の資産が吹っ飛ぶって事。

 私も口から泡を吹いてぶっ倒れる自信がある。

 これはハイリスク・ハイリターンの案件。軽々しく結論は出せない。


 「参考までに聞きたいのですが、今まで割った経験が・・・」

 「隠すつもりはない。駆け出しのころは珍しくもありませんでした。それこそ数えきれない。今でも失敗するときは失敗する」

 「うーん」


 全てを詳らかにするコルネリアのノーガード戦法に、内心で頭を抱える。

 ネガティブな情報を隠さないって素晴らしいことなんですけど、この場合は私の心理負荷が高くなっただけなのよ。

 もう少し明るい情報が欲しいです。


 「ただ、私もディアマンテルを破損させたことは一度もない」

 「あっ、そうなんだ」


 やっと、ポジティブな情報が出てきた。


 「ええ。以前も説明したと思うが、ディアマンテルは魔力に対しての親和性が極めて良好な宝石なのだ。それは色、傷、不純物によって変化するのだが、アリオンの雫ほどのディアマンテルであれば、その親和性は一級品と言える。だからこそ行けると考えたのです」

 「ふむふむ」

 「そもそもとして私の魔法特性(エレメンタル)や魔力量で、ディアマンテルを叩き割る事が出来るのか。その辺りも疑問ですね。それほどまでにディアマンテルの魔力への耐久性は高い」


 なるほどね。これまでディアマンテルを叩き割ったことは無いって事か。これはプラス査定の実績。


 「ただ・・・」

 「何事にも絶対はないって事ね」


 コルネリアの台詞を先回りした。


 「そうです。私の中に確信はあるが、現実はまた別の話です。割れる時は割れるであろう。無慈悲なまでに」

 「ですよね」


 江梨香は深く思い悩むのであった。


 

 二人の女魔法使いのやり取りを、エリックは傍観している。というよりも黙って見守るしかない状況だ。


 魔法の事は一切分からないし、コルネリアが何を作ろうとしているかもよく分からない。

 恐らくだが、遠くまで声が届く魔導具を拵えようとしているのだろう。そんなものが何に使えるか考えてみるが、とくには思いつかない。

 あえて言えば戦で全軍に号令を掛ける時には有効だろう。太鼓やカルスレット(ラッパの一種)よりかは明確な号令が出来る。しかし、敵側にもこちらの意図が明白となり、その効果は一長一短だ。


 「エリックはどう思う」

 「俺か? 」

 「うん」

 「魔法の事は分からないが・・・貸してあげたらどうだ」

 

 俺の言葉にコルネリアの顔に希望の灯がつく。

 いや、それほど期待されても困ってしまうのだが。


 「でも、アリオンの雫が割れちゃうかもしれないのよ。フィリオーネ金貨3,500枚相当なのよ」


 エリカはまるで自分に言い聞かせるように問うてきた。


 「それは俺も聞いた。だが、よしんば割れたとしても、マリエンヌ嬢は気になされないだろう」

 「えっ、そうかな」


 彼女の中ではあのディアマンテルはエリカの物だ。割れようが砕けようが気になさらないだろう。いや、残念がるかもしれないが、エリカの判断であれば煩く言わないと思う。

 要はエリカの気持ち一つという事だ。

 

 「割れる割れないは、やってみないと分からな。だったら、やってみるしかないだろう。アリオンの雫を用いるしか方法がないのでしょう? 」


 コルネリアに確認すると、彼女は深く頷く。


 「今の段階では方法は一つだけです」

 「では、やってみるしかない。エリカだって貸してあげたいのだろう」

 「そりゃ、私だって貸してあげたいけど・・・」

 「ならば貸してあげればいい」

 「でもでも、かなりのリスクなのよ」

 

 いつもは決断力の塊みたいなエリカが悩んでいる。

 確かに金貨3,500枚は途方もない大金だが、誰かからの借財という訳でもない。エリカ自身がアリオンの雫に執着していないのであれば後は・・・


 「つまりだ。金貨3,500枚とコルネリアの願いの、どちらに重きを置くかって事だろう」

 「ふえ」


 江梨香は水を掛けられたかのような顔で固まる。


 「どっちなんだ」

 「どっちって、そりゃコルネリアの方が・・・」

 「なら決まりだな」

 「いやいやいやいや。ちょっと待ってよ。何かおかしくない。そのロジック」

 「おかしくはないだろう」


 近代資本主義的マネジメントで、リスクとリターンを天秤に掛けて思考する江梨香と、金銭ではなく共同体の構成員の信用度に重きを置くエリックとの感覚の違いが、如実に表れたやり取りであった。


 「つまりはどちらが大事かの違いでしかない。コルネリアも全財産を差し出す心構えなのだから、その意気に応えるのも騎士の道だ」

 「騎士の道って」

 「これまでディアマンテルを割ったことが無いといっているじゃないか。ならば、それを信じて任せればいいと思う。たとえ割れたとしてもエリカは困りはしないだろう」

 「困るわよ。マリエンヌになんて言えばいいのよ」

 「なら、その旨を聞いてみたらいい。割れるかもしれないが構わないかと。俺が思うに、間違いなく承諾するぞ」

 「・・・分かった。聞いてみる」

 

 エリカはそのまま部屋から出て行った。

 早速マリエンヌ嬢に確認するのだろう。


 「ありがとう。エリック。御助力を頂き感謝します」

 

 神妙な心持でコルネリアが首を垂れた。


 「頭を上げてください。貴方に世話になっているのは自分やエリカの方です。この程度、お安い御用です」

 「そう言ってくださるか」

 「魔道具が完成したら、エリカにも使わせてやってください」

 「無論です」


 しばらくするとエリカが戻って来た。苦い薬でも飲まされた顔で、納得しかねる様子だ。


 「どうだった」

 「いいって」

 「言った通りじゃないか」

 「あのディアマンテルは私にあげたから、私の好きにしたらいいって言われた。私の物じゃないっての」

 「まだ受け取りたくないのか」

 「うん。高価すぎて受け取れないわよ」

 「なら、そのままコルネリアに貸し出せばいいだろう。コルネリアが責任を持って扱ってくれる。それならエリカの気も休まるし、コルネリアは魔道具が作れる。お互いのためにもいいと思うぞ」

 「ううっ、そうする。コルネリア。お願いね」

 「私の身命にかけて」


 こうしてヘシオドス家の秘宝"アリオンの雫"は、コルネリアに貸し出された。



               続く

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