第235話 コルネリアのビックリドッキリ魔道具
私が教会での仕事を片付けて家に戻ると、庭でエリックとレイラとコルネリアがマイムマイムを踊っていた。
三人仲良く手を繋いで楽しそう。
朝っぱらから何やってはんの。この人たち。
ちょっとした疎外感に寂しくなる。そんなことを考えていると、コルネリアが私に駆け寄ってきた。
「エリカ。出来た。出来ました。完成です」
二秒だけ考えた後に、背筋に電流が走る。
「出来たって、通信ができる魔道具? 」
「そうです。ツウシンの魔道具です」
「ほっ、本当に? 」
私の言葉にコルネリアは壊れた機械人形のように何度も頷いた。
王都から戻って、すぐの事を思い出す。
書斎でエリックと今後の事を話していると、大きな袋を背負ったコルネリアが現れた。
パッと見たときは、季節外れのサンタさんかと思ったわよ。
コルネリアは大きな袋を床に置くと、挨拶もそこそこに用件を切り出す。
「エリカ。貴方に頼みごとがあります」
「うん。なに」
コルネリアが私にお願いなんて珍しい。
「ヘシオドス家の至宝"アリオンの雫"を、私に預けてはくれまいか」
そう言うとコルネリアは片膝を着き、頭を床につくまで下げた。
長い銀髪が床に広がる。
「なっ」
「ふぇ」
想像もしていなかった出来事に、私とエリックは変な声が出た。
「どうか、アリオンの雫を私に預けてほしい。この通り頼みます」
「待って。待って」
椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がると、跪くコルネリアに駆け寄った。
なんとかして頭をあげてもらおうとするが、コルネリアはそれに抗い懇願を続ける。
「どうしたの一体」
「私の研究にあのディアマンテルが、どうしても必要なのだ。先ほどマリエンヌ嬢に頼みに行ったのだが、アリオンの雫は自分の手を離れたからエリカに頼めと言われたのだ。だからエリカに頼みます」
更に頭を下げようとするので、頭が床につきそうになる。ほとんど土下座だ。
「分かった。分かったから。一旦頭をあげてよ」
私はコルネリアの前で正座してお願いをすると、ようやくコルネリアの頭が少し上がった。
「ほっ、本当か。余りに虫のいい願いなのだが」
潤んだような瞳でこちらを見上げた。
「その前に説明して。順番によ」
「無論です」
「アリオンの雫ってマリエンヌが持ってる、でっかいダイヤモンドの事よね。あんなもん借りてどうするの。コルネリアの事だから、どこかの宴に着けていきたいって事でもないだろうし」
「当たり前です」
コルネリアの瞳に怒りの色が僅かに走る。
「あれほどのディアマンテルを、その様な馬鹿げたことに使ったりはしない」
「いや、馬鹿げたって・・・」
世界中の女を敵に回すようなことを言いはった。
「私は自身の魔力を増幅する方法を探していた。新たなる魔道具制作のためにです。増幅にはあのディアマンテルが最適解なのだ」
魔力を増幅? ・・・あっ、そういえば王都でそんなこと聞いた覚えがある。
「強力な魔道具を作るためには、それに応じた魔力が必要なのだ。私は魔力がさほど多いと言う訳ではない。今のままでは足りぬ」
その言葉にエリックは首を傾げる。
「コルネリア様ほどの魔法使いが、魔力が少ないなどという事があるのですか」
「あります。私はエリカに比べると半分にも満たない」
「半分・・・そうなのか? 」
半信半疑のエリックが聞いてくるので頷いた。
「うん。私って魔力量だけは人一倍みたい」
「だが魔法使いとしての技量は、コルネリア様が長けているのだろう」
「それはもう。勝負になんないわよ」
「エリカの方が魔力が多いのに、勝負にならないほどの開きが出るものなのか? 」
江梨香の説得にはエリックの同意が必須と考えたコルネリアは、魔法使いにの基礎知識の一部を語り出す。
「そもそもとして魔法使いと常人の間に、基礎となる魔力量に大きな差はありません。その人の総魔力量というものは一人一人違って、生まれ持った天性のものだ。魔力量の少ないものがいくら魔法の修行したところで、魔力の総量自体が伸びることは無いと考えられている」
「生まれ持ったもの・・・」
「ええ。そう言われています。私は残念ながら多いとは言えない。そんな私が魔法使いとして秀でている部分があるとすれば、それは魔力操作の分野であろう。これにはいささかの自信がある」
エリックの顔に「魔力操作ってなんだ? 」、という疑問符を読み取ったコルネリアは更に説明を続ける。
「仮に軍団兵に例えるのであれば、エリカは恵まれた体格の持ち主ではあるが、入隊したての新兵。一方で私は背も小さく腕も細いが、多くの訓練と実戦を経験した古参兵と言ったところです。将来はエリカに抜かれるやもしれませんが、今の時点では私の方が魔法使いとしては優れている」
「ああ、なるほど。良く分かりました」
エリックが納得したのを確認したコルネリアは、視線を再び江梨香に向ける。
「ディアマンテルは古来より魔力を増幅させることに秀でた宝石。あれほどのディアマンテルであれば、その力は更に大きいだろう。故に是非とも使わせてほしいのです。無論、私も無償でなどと虫のいいことを言うつもりはない。アリオンの雫に何かあった場合の償いの質草として、私の全財産をエリカに預けます」
そう言うとコルネリアは傍らに置いた袋の口を開いた。
まずは手始めにと言わんばかりに、袋に入った金貨が現れた。
あれは確かこの辺りではあまり見かけないドゥカート金貨。そこから出るわ出るわ。ドラえもんのポケットみたいに、色々な物品が登場する。
それは金色に輝く天秤だったり、筒状の木工品だったり、何に使うのか良く分からない輪っかとだったりした。
「これらは私がこれまで制作した魔道具の一部だ。出すところに出せばそれなりの金になろう。本来であれば全ての魔道具を預けるべきなのだが、幾つかの品は王家の所有物となっており、私の好きには出来ぬ。私はガーター騎士団員として王家より扶持を頂いている身の上故、致し方ないのだが・・・分かっている。私はアリオンの雫の価値を正しく理解しています。私の今の財力ではアリオンの雫には届かぬ。だから今後私が受ける扶持の全ても担保としたい。どうか、これで頼みます」
こちらに口を挿む隙を一切与えないままコルネリアは語り終えた。
「どうするんだ。エリカ」
「どうするったって・・・」
そもそも、あのおっきなダイヤモンドは私の物ではない。
マリエンヌが何と言おうと、受け取る気は一切ないのよね。だからコルネリアに貸し出すなんてのは出来るわけもない。根本的に所有権を有してはおりません。でも、そんなこと言ったらコルネリアが泣き出してしまうかもしれない。そんな雰囲気が漂っている。
「えっと。一つ聞いてもいいかな」
「無論です」
「あのディアマンテルで、どんな魔道具を作るつもりなの」
「それは・・・」
それまでつらつらと言葉を並べていたコルネリアが言い淀む。
「それが分からないことには何とも」
ダイヤモンドにならかあったら、責任が取れないのは私もおんなじ。だって金貨3,500枚相当なんだもん。何年タダ働きしなきゃいけないのよ。
「エリカ。一年ほど前、私は魔道具の素材として一つの水晶球を預かった。覚えていますか」
「水晶球? 一年前・・・」
「オルレアーノの薬屋です。そこの主人から預かった」
「ああっ。はいはい。覚えてるわよ。勿論」
完全に思い出しました。確かにペタルダから水晶球を預かっていたわね。
「あれで、暗闇でも光り続ける魔道具を作るって言ってたわよね。えっ、出来そうなの? 凄い」
「違います」
「あれ? 違うんだ。残念」
ついにこの世界にも、電球が生まれるのかと思った。完成したらコルネリアの名前が、後世の教科書に載るに違いない大発明だったのに。
「あの水晶ですが調べてみると、もっと複雑な難易度の高い魔道具の素体として使えそうなのだ。だから光る魔道具にはしなかった」
「ふーん。そうだったんた。で、もっと複雑な魔道具って何? 」
「何と呼べばよいのか・・・そもそも信じてもらえるのか」
何かを躊躇しているようだったので、大人しく待っていると意を決した様に口を開いた。
「私が・・・私が作ろうとしている魔道具は、遠くの者と会話ができる魔道具だ」
コルネリアの宣言が響き渡ると、書斎に一瞬の静寂が訪れた。
エリックは、コルネリアの意味が分かっていない様子だったが、江梨香は違った。
「うっそ。それって携帯が作れるって事? 」
思わず日本語で叫んでしまう。
続く
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