第231話   異世界チート知識で領地経営しましょう外伝「異世界君主論」 前編

 本作は「小説家になろう」において、別枠で投稿した外伝的作品になります。

 時系列はニースの再編成案が通った頃と同じですので、「カクヨム」では本編に付随する形とさせていただきました。

 また、全5話分を三話に圧縮いたしましたので、普段より長めの作品となります。ついでに色々と編集もいたしました。

 ご了承ください。




 「異世界君主論」


 ニースの村はレキテーヌ地方の片隅。街道から外れた海沿いの入り江の奥に広がっている。

 つい最近までは、ありふれた田舎の漁村であったが、新しい領主が就任してから、その力は日に日に増していた。

 領主の名はエリック・シンクレア・センプローズ。

 ニースで生まれ育った青年が、北の国境での戦いで武勲を上げ、生まれ故郷を封土として授けられたのだった。

 その若き騎士を補佐するのは、一人の女性であった。

 名をエリカ・クボヅカ・センプローズ。

 道の途中で行き倒れていたところを、まだニースの代官であった頃のエリックに助けられ、以後、ニースの村の住人として暮らしている。

 頭脳明晰な女性で、今はエリックの右腕として辣腕を振るっている。



 「はい。今日はエリックに君主としての、心構えを学んでもらおうと思います」


 江梨香は大きな本を前に宣言する。

 様々な知識が書かれたこの本の存在が、エリックが大躍進する原動力であった。

 だが、エリックにはこの本を読むことはできない。

 なぜならば、この本は全編、高等神聖語と呼ばれる難解な言語で書かれていたからである。

 通称「魔導士の本」この本は、エリカにしか読めないのだ。


 「君主? 騎士の心構えじゃないのか?」

 「似たようなものよ。それに今から勉強しておけば、いざ君主になった時に困らないでしょ」

 「俺は君主になる気は無いんだが」

 「甘い。そんな事でセシリアお嬢様を迎えに行けると思っているの。今の十倍の領地を目指しなさい」

 「エリカはどうなんだ」


 江梨香もまた先の戦役で大きな武勲を立てニースの隣、モンテューニュ騎士領を拝領している騎士であった。


 「私はいらない」

 「自分は必要ないのに教えられるのか」

 「痛いところを付いてくるわね」


 エリックの鋭い指摘に江梨香は咳払いをした。


 「オホン。私が教える訳じゃないもん。魔導士の書が教えてくれるの。いいから始めるわよ。私も一緒に勉強するから」

 「分かったよ。出来るだけ分かりやすく頼む」

 「善処します」


 江梨香は魔導士の書を読み上げ始める。


 「えっと、題名は『君主論』。書いた人は「ニッコロ・マキアヴェリ」だって。君主の心得が書いてあるみたいね。題名だけなら私も知ってる」

 「エリカの国の人か?」

 「違う。イタリア人よ。イタリアのフィレンツェ出身。いいなぁ。行ってみたいなぁフィレンツェ。オシャレな街でジェラートとか食べたい」

 「聞いたことが無い街だ。どこにあるんだ」

 「物凄く遠く。たどり着けないぐらい遠くよ」


 江梨香は地球から異世界に転移させられた転移者である。


 「で、そのフィレンツェという国の君主だったんだな。書いた人間は」

 「うんん。君主じゃないわよ」

 「君主じゃないのか。でも、君主の心構えが書いてあるんだろ。君主でなければ書けないだろう。そんなもの」

 「普通はね」

 「普通はねって、からかっているのか」

 「違うわよ。このマキアヴェリって人が普通じゃないのよ」

 「君主でなければなんなんだ。君主の親族か何かか」

 「書記官」

 「は?」

 「だから書記官よ。フィレンツェの街の書記官。書記官が何をする役職か知らないけど。きっと会議の議事録を作るのでしょうね。簡単に言えばお役人よ。お役人。オルレアーノの街にもいたでしょ。あの人たちと同じ仕事よ。たぶん」

 「おいおい、大丈夫なのか。街の役人に君主の心構えを説かれても、説得力がないぞ。誰も聞いてくれないんじゃないか」

 「そんなことないわよ」

 「どうしてだ」

 「誰も聞いてくれなきゃ、私の国の本屋さんに並んでいる訳ないじゃない。むしろ、ただの役人なのに君主の心構えが分かっているからこそ、有名になったのよ。このマキアヴェリって人は、数百年も前に生きていたのよ。そんな人の著作が今でも読まれているんだから、内容が凄くいいからじゃない? 」

 「なるほど。しかし、役人から君主の心構えを教えられるっていうのが・・・」

 「だって他に教えてくれる人いないじゃない。将軍様にでも聞いてみる」


 エリックは騎士に成る前は、レキテーヌ侯爵の代官を務めていた。その侯爵の呼び名が将軍である。


 「なんて聞くんだ」

 「将軍様みたいになりたいです。どうやったらなれますか」

 「聞けないぞ。そんな子供みたいな質問」

 「でも、他の誰に聞くのよ。若殿?」


 若殿とは将軍の跡取りである。


 「・・・その本でいい」

 「心配しないでも大丈夫よ。この本に影響された人をマキャベリストって言うぐらいなんだから。有名人よ。有名人」

 「ただの役人なのにか」

 「言ったでしょ。普通じゃないって。エリックだって普通にしてたらセシリーまで届かないわよ。普通じゃない力が必要なの。だから普通じゃないマキアヴェリがマストなの」

 「会話に神聖語を混ぜるな。でも、分かった。普通ではない力か。確かに今の俺には必要だ」


 エリックは将軍の娘で幼馴染のセシリアを、妻に迎えるべく奮闘している最中であった。平民から騎士に成ったとはいえ、侯爵の娘を妻に迎えるには、まだまだ身分も実力も足りない。

 やれる事は全てやるつもりだ。


 「うん。この人、普通じゃないことに関しては折り紙付きだから」

 「続けてくれ」

 「では、本題に参ります」


 江梨香は君主論を読み上げ始めた。

 



 ① 君主国にはどんな種類があり、どのように征服されたか



 「君主国には代々統治している君主の国と、新しく出た君主が統治する国の二つに分かれるみたいね。エリックの場合は新しく出た君主よ」

 「まぁ、そうなるな」

 「新しく手にした場合は、力ずくで手にしたのか、それとも他人の力のおかげなのか、運なのか力量なのかでも分かれるみたい」

 「俺の場合は国王陛下より封建されているから、力ずくではない。運か力量かでいえば運だな。運が良かった」

 「運じゃない。力量よ」

 「いや、運だ」

 「力量よ」

 「あの状況で、セシリアを助け出したんだぞ。神々のご加護と言うほかないだろう。もう一度、同じ事が出来るとは思えない」

 「たとえそうでも、ここは力量って言いなさい。上を目指すには覇気が大事なの。覇気が」

 「ハキ? なんだそれは」

 「なんかこう、グワーって自然とあふれ出る力の事よ」

 「そんなものは出ない。エリカと違って俺は魔法使いじゃないんだからな」

 「魔法じゃないわよ。人の内側からあふれ出す力の事なの」

 「それが魔力なんだろう」

 「いや、まぁそうなんだけど」


 江梨香は異世界に飛ばされてから、なぜか魔法が使えるようになっていた。

 奇跡の力だが、本人は種も仕掛けもない手品程度の感覚でしかないのだが。




 ② 世襲の君主国の場合



 「俺は世襲じゃない。新参だぞ」

 「そうね。でも、いずれ世襲になるわよ。エリックの子供が次のニースの領主なんだから」

 「子供もいない」

 「それは、セシリアお嬢様に頼みなさい。取りあえず話の概要は"世襲の国の維持は簡単ですよ"だって。昔からの習わしに沿って運営すれば、滅多と失敗しないみたいね」

 「昔からの習わしが大事なのは分かる」

 「生粋の君主は、人を虐げる動機も必要性もないから、どちらかというと領民から慕われるみたい。エリックもニースが生まれ故郷だから、村のみんなから慕われているわよね」

 「だといいんだけどな」

 「大丈夫よ。領主になった時は歓迎してくれたじゃない」

 「まぁ、そうだな」

 「エリックも、村の人を虐げるつもりもないでしょ」

 「当たり前だ。そもそも人を虐げる動機ってなんだ。思いつかない」

 「さあ。お金が足りなくて、税金を重くするとかかなぁ。私の国も年々税金が重くなっていく。増税反対」

 「それは嫌だな。気を付けよう」

 「うん。そうしてちょうだい」

 

 


 ③ 混成型の君主国の場合


 「混成型?」

 「本領がある君主が、別の領地を獲得した場合みたい。分かりやすくいえば、エリックが私の領地を征服した場合よ」

 「どうして、俺がエリカの領地を征服しなきゃならないんだ」

 「たとえ話に突っかからないの。この場合は大変みたい」

 「そうだろうな。ありとあらゆる揉め事が起こりそうだ」

 「私の領地を保持する場合は、私を抹殺するのが簡単な方法なんだって。殺しておかないと奪還されるかもしれないからね」

 「随分と物騒な事が書いてあるな。だが、偶に聞く話ではあるな」

 「そうなんだ。怖いわね。それ以外は今まで通りにしておけば、揉め事は最小限に収まるみたい。統治が穏やかであれば、領民からしてみたら誰が統治者かなんて、特に気にしないからかな。私も京都市の市長が誰でも気にしない」

 「そんな事はないだろう。全く知らない者に統治されたくはないと思うぞ」

 「まぁ、知らないより、知っている方がいいもんね」

 「ああ」

 「言語も風習も違う場合は、もっと大変だって」

 「言葉も風習も違うのに統治なんて出来るのか?」

 「だから難しいんだって。この場合は君主本人が新しい領土に住むのがいいみたいよ。暴動が起こった場合でも、直ぐに対処できるからね」

 「離れて住むよりはいいだろうな。遠くだと手遅れになるし、そもそも言語も風習も違うのなら現地に住んで学ぶしかない」

 「うん。その通り。他には移民兵?ってのを使うといいみたい」

 「何だそれは」

 「兵隊を移民させるのかなぁ。よく分かんない」

 「ふーん。ドルン河北岸に、マキナという町がある。軍団を除隊した者たちが集まって作った町だ。それと同じものだろうか」

 「ドルン河の北岸って周りは全部、北方民の領土じゃない。大丈夫なの。その町」


 先の戦役の決戦も、ドルン河北岸での出来事であった。


 「たまに襲われるらしい。撃退には成功しているが」

 「なにそれ。大丈夫じゃないじゃない。守りの軍隊を送った方がいいんじゃないの」

 「何人かはいるだろう。規模までは知らないが」

 「だったらいいけど・・・あれ、本には駐屯軍は駄目だって書いてある」

 「どうして駄目なんだ。意味が分からない」

 「お金がかかるから」

 「お金・・・だからって放置はできないだろう」

 「そうなんだけど、そうなったら収益よりも経費の方が大きくなって、その町が君主のお荷物になるんだって」

 「国境警備は損得ではないと思う。その町で収益が出なくても、全体を見れば多くの地域が安全になるんだ。お荷物って事はないだろう」

 「確かにね。ああ、だから移民兵なのかもよ。移民だったら経費が節約できるんじゃないかな。ニースの村を将軍様に守ってもらうより、私たちが守った方が手っ取り早いし安上がりだし」

 「それなら納得だ」

 「後は、周りの小さな勢力と仲良くしておけばいいみたい。私達でいえばジュリエットと仲良くしているわよね」

 「アマヌの一族は、俺たちより遥かに強大だけどな」


 アマヌの岩壁の一族は北方民の一部族である。先の戦いで協力関係になっていた。


 「頼もしいじゃない。普段から仲良くしないと、いざ問題が起こってからでは遅いからね」

 「ジュリエットがその気になれば、ドルン河は一瞬で突破されるかもしれない。守れる自信がない」

 「あの子、強いからね」

 「強すぎるよ。特にあの機動力は真似できない」




 ④ アレクサンダー大王が征服したペルシャ帝国は、大王の死後に反乱が起こらなかったが、その理由は何処にあるのか



 「ん? なんか私が学校で習ったのと違う。大王の死後、後継者戦争が起こったとかなんとか聞いた記憶がある」

 「そのナントカ大王ってのは誰だ。俺は知らない」

 「大昔の凄く戦争に強い王様よ。小さい国から大きな帝国を征服したんだって。でも若くして死んじゃったから、彼の帝国は幾つもの国に分かれたのよ。シリアとかエジプトとか」

 「すまん。帝国ってなんだ。王国とは違うのか」

 「あっ、そこからですか。うーん。なんて説明すればいいのかな。難しいわね。騎士の代りに役人が多くて、色々な民族を支配しているおっきな国? みたいな?」

 「良く分からん」

 「えっとね。基本的には強力な軍隊を持っていて、その軍事力で多くの国々を併呑した超大国よ。どこかの国が力ずくでこの国を征服したら、それが帝国」

 「剣に誓って言うが、そんな事はさせないぞ」

 「分かってるって。たとえ話よ。たとえ話。アレクサンダー大王の天才的な力で多くの国を統合したけど、その天才が死んじゃったら帝国は崩壊したのよ」

 「偉大な君主が死んだら、それは分裂するだろう」

 「そうよね。普通に分裂するわね。ここはたぶん本が間違ってる。でもマキアヴェリが言いたいのは、騎士が沢山いる国は征服しやすいけど、統治はしにくい。役人が沢山いる国は征服しにくいけど、統治しやすい、って事みたい。まぁ、私達には関係ないかな」

 「騎士が沢山いたら征服しにくいだろう。何を言っているんだ」

 「私に怒んないでよ。本には諸侯や騎士にはそれぞれの思惑があるから、力を合わせるのが苦手って書いてある。敵の寝返り工作とかで分断されるんじゃないかな。ヘシオドス家の一件もあったじゃない。役人は一家じゃなくて個人だから寝返りとかしても影響が低いのかもよ」

 「・・・・・・そうかな」

 「封建諸侯の中には常に不満分子や変革を望むものが一定数いるから、侵略する側がそういった人たちを味方につけやすいのよ」

 「敵の甘言に乗ってしまう、輩が現れるんだな」

 「そうそう、だから内部の手引きにより征服は簡単らしいけど、征服した後に味方してくれた連中が問題を起こすみたい。役人の国だと、統治者を根絶やしにしてしまえば、残された役人たちは従順に従うけど、封建諸侯の場合はそうはいかない。味方してくれたのだから根絶やしにするわけにもいかないし、各地に独自の力を持っているから、統制が難しいみたいね」

 「再び寝返る連中が多いと言う事か」

 「うん。自分の利益のために国を裏切ったのだから、もう一回裏切るのだって訳ないわよ」

 「俺はそんな事はしないぞ」

 「言われなくても分かってます」




 ⑤ 都市を治めるにあたって、征服以前に、民衆が自治の元で暮らしてきた場合



 「どういう意味だ」

 「たぶん、君主がいない都市を、支配下に置いた時の事を言ってるんじゃないかな。街の人たちの話し合いで運営されているとか」

 「君主のいない都市・・・オルレアーノは自由都市だが、それの事か」

 「そうそう。オルレアーノって市長さんが別にいるんだってね」

 「ああ、オルレアーノの運営に関しては閣下も口出ししないと聞いた。その場合の話だな」

 「うん。こういう都市の維持の方法は、三通りあるみたい」

 「聞かせてくれ」

 「一つ、その都市を壊滅させる・・・・・・はぁ?なにいってはるんや、この人」


 江梨香は君主論のあまりの極論に呆れてしまう。


 「・・・エリカ。思うんだが、この書記官の頭、少しおかしくないか。さっきから抹殺だの壊滅などと物騒な事ばかり。言っていることが無茶苦茶だぞ。大丈夫か」

 「うん。私も自信がなくなってきた。壊滅させたら統治も何もあったもんじゃないじゃない。ともかく一はスルーして。二つ、その都市に君主が移り住む。ああ、こっちは真面だ。良かった」

 「初めからこっちでいいだろう。一は要らないだろう」

 「同感」

 「閣下はオルレアーノに屋敷を構えておられるが、これが理由だったのか」

 「なるほど、さすがは将軍様。分かっていらっしゃる」

 「新しい領地には、君主自らが住めばいいって事だな」

 「そんな感じね。三つ、住人に以前と変わらない暮らしをさせ、貢納を治めさせる。君主と密接な友好を保つ代表を定める。ああ、こっちでも良さそうね」

 「そうだな。慣れている者たちに任せる方がいい」

 「次は理由が書いてある。壊滅させる理由が」

 「あまり聞きたくないが、何と書いてあるんだ」

 「うん。読むね」



 ゛自治都市では自由や従来の制度が逃げ場となって、絶えず反乱がおきるものである。この事はいくら歳月がたっても、いくら新君主が恩恵を与えても、民衆の記憶から決して消え去りはしない。どんな対策を講じても、住人が散り散りになるか一掃されてしまわない限り、自由や旧制度を忘れはしない。必ず自由を求めて立ち上がるのだ。だから、自治都市の支配を志しながら、その都市を壊滅させない者は、逆に都市から破滅させられるのを待つがいい゛



 「だって」

 「言いたいことは分かったが、反乱がおこるからといって都市を壊滅させるぐらいなら、初めから征服しなければいい。彼らの好きにさせておけばいいじゃないか」

 「そうよね」

 「そもそも、これは三の否定じゃないのか。どんな対策を講じても必ず反乱が起きるんだったら、親密な者に任せても無駄だぞ」

 「おお、鋭い。だから自治都市は壊滅させるか、君主が自ら住むしかないって言ってる」

 「自ら住む場合はいいのか」

 「そうみたい。反乱が起こっても素早く対処できるからじゃない?」

 「用心深いというか、なんというか」

 「エリックも自治都市を支配したら引越ししなきゃね」

 「しないからいい」




 ⑥ 自分の武力や力量によって、手に入れた君主国の場合



 「優秀な人が力づくで国を奪った場合みたいね。織田信長とかの事かな」

 「誰だ。それは」

 「私の国の偉人さん。田舎の諸侯からのし上がって天下統一の一歩手前まで行った人よ」

 「一歩手前?」

 「うん。一歩手前で部下に殺されちゃった」

 「それでどうなった」

 「他の部下が天下統一した」

 「配下が王になったのか」

 「うーん。私の国は少しややこしくて、王様は他にいるんだよね。でも王様は権威はあるけど権力はないの。だから実質的には王になったけど、王様ではないの」

 「ん、王だけど王ではない? 意味が分からない」

 「ああ、気にしないで、私も正確に説明する自信がないのよ。ごめんね」

 「良く分からないが、実力で国を作ったのなら安泰だろう」

 「実力があるうちはね。一番大事なのは軍事力って書いてあるわ。軍事力を高めて維持しましょうって事かな」

 「まぁ、そうなるな・・・話は変わるが、いいかげんモンテューニュ騎士領も配下を揃えてくれよ。今のままだとエリカとクロードウィグの二人しかいないぞ。軍事力が二人って。いくら魔法使いと優秀な戦士でも少なすぎる」

 「あーーーー聞こえない」




 ⑦ 他人の武力や運によって手に入れた場合



 「運は場合によるが、他人の武力では長続きしないだろうな」

 「そうよね、その人がいなくなっちゃったら試合終了。だからすっごい苦労するって書いてある」

 「これは言われなくても分かる」

 「一応解決方法も書いてあるわね」

 「あるのか」

 「みたいよ。余力があるうちに、統治を維持するための準備を速やかに行え。できれば君主になる前から、基礎ぐらいは固めておけって事ね」

 「まあ、正論だな」

 「要するに、今、私たちがやっていることが基礎工事って事ね。騎士の段階から君主になった時の為の勉強をしているんだから」

 「そう言えなくもないか。それで、具体的には」

 「待ってね。・・・・・・うーん。要約すると、自分の軍事力を持て。優秀な部下を育てろ。時には冷酷な振る舞いも必要。時間が敵ですよ。だって」

 「冷酷な振る舞い?たとえば」

 「場合によっては、部下を真っ二つにしろ」


 二度目の極論に、エリックは目を細めた。


 「またか。本当に抹殺が好きな男だな。この書記官は人殺しが好きなのか」

 「そんな事はないと思うんだけど、侮られないためにも、怖い面も見せないと駄目って事なのかな。超好意的に解釈するとだけど」

 「そこまでしないと君主になれないのか」

 「まぁ、この場合は他人の武力とか、運によって君主になった人の場合だから、エリックは気にしないでいいよ」

 「自分の武力が大事という事か」

 「そうそう。後は運が尽きない内に、実力を蓄えましょうって事なのよ。きっと」

 「それが時間か」

 「そうよ。セシリーがお嫁に行っちゃう前に、何とかしないと。時間は有限なんだから」

 「うぐ」



 

 ⑧ 悪辣な行為によって君主になった場合



 「悪辣って。さっきから、碌な例えが出てこないんだが」

 「しょうがないじゃない。私は上から順番に読んでるだけだもん。マキャヴェリに言ってよ」

 「これは聞くまでもなく、長続きしないだろう」

 「悪辣って事は言い換えると、優秀って事でもあるけどね」

 「いくら優秀でも、悪辣だと誰も付いてこない」

 「ごもっとも」

 「この場合も方法があるのか」

 「あるみたいね」

 「本当なのか。信じられないんだが」

 「えっとね。悪辣な行為を行う場合は、加害行為を決然と容赦なく行う事。その全てを一気呵成に行い、後から蒸し返さない事。事が終わったら恩義を施して手なずける事。だって」

 「それで相手は納得するのか」

 「納得するんじゃなくて、納得させるのよ。力づくで」

 「やっぱり長続きしないと思うぞ」

 「そうよね。恩義を与えるったって、加害行為を忘れてくれるとは限らないし。ああ、だからやたらと抹殺しようとするのかもよ。抹殺したら反抗できないし」

 「そいつが治める領地は血の海だな」

 「近づきたくないわね」

 「全くだ」

 「こんな例えが書いてあるわ」



 "フェルモの街にオリヴェロットという人物がいる。彼は父を亡くし母方の叔父の元で養育された。長じて軍人になった彼は、人に使われることを潔しとせず、フェルモの征服を考えた"



 「因みにフェルモの領主は、育ててくれた叔父さんね」

 「なんて奴だ」



 "彼は叔父に手紙を書き、自分が故郷に名誉ある帰還を望んでいることを伝えた。

 「友人や手下を百人ほど連れて堂々と帰国したい。フェルモの市民が丁重に出迎えてくれるように、叔父さんから布告を出してもらいたい。そうすれば自分だけでなく叔父さんの名誉にもなるだろう」

 そこで、叔父は甥の為に礼儀を尽くして歓迎した。数日滞在しながら機会をうかがっていたオリヴェロットは、盛大な宴を催し、叔父さんや町の有力者を招待した。

 料理が食べつくされ、余興がひと段落されたころオリヴェロットは「重要な話がある。もっと内密の話ができる所に席を移そう」と言い、一室に引き下がった。

 叔父をはじめ町の有力者が、その後をぞろぞろとついてきた。彼らが席に着くかつかないかの内に、物陰から躍り出たオリヴェロットの配下が、叔父諸共、有力者を虐殺した。

 暗殺後、行政府を占拠して、恐怖の内にフェルモの君主に収まった。君主になった後は、自分に刃向かう恐れのある者を残らず殺し、立場を固めた。

 こうして君位を奪って一年もしない内に、近隣の誰からも恐れられる存在となったのだ"



 「・・・これは悪辣という言葉で片づけては駄目な気がする。極悪人とか人でなしとか、言うんじゃないかな」

 「本当にこんな男がいたのか、信じられない。で、この男は最後どうなったんだ」

 「さぁ、そこまでは書いてない」

 「きっと悲惨で残酷な最期を迎えたに違いない。人が許しても神々がお許しになるはずがない」

 「でしょうね。畳の上で死ねるとは思えないわ」

 「全く参考にならないぞ」

 「参考にならないわね。まぁ、こういう狂った奴もいるから気を付けましょうって事よ。きっと」

 「実際にいたら、ただでは済まさない」

 「はい。次」

           

 二人の学習は続く。 



 ・注釈            


 フェルモの領主。オリヴェロット・エウフレドゥチ・ダ・フェルモについての最期について補足します。

 彼は、記述の通りの手段で、1501年12月にフェルモの統治権を奪いましたが、翌年、チェーザレ・ボルジアによりシリガッリアの地で殺害されました。

 ただし、正義が悪を成敗した訳ではなく、より強大な悪により打倒されたのです。


 この辺りの時代を知るには、新潮文庫刊行、塩野七生先生の「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」がお勧めです。



            中編へ続く

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