第232話   異世界チート知識で領地経営しましょう外伝「異世界君主論」 中編

 ⑨ 市民型の君主国の場合



 「また意味が分からない言葉が出て来たぞ」

 「そうね。私も良く分かんない・・・ええっと、民衆の支持によって君主になれた人を指すみたいね」

 「支持は無いよりはあった方がいいな」

 「うん。この場合は、民衆の支持をしっかりと保持するための努力を怠ってはいけない。日々の暮らしや、身の安全に配慮してやらなければならない。だって」

 「これはその通りだな。ようやく参考になりそうな話が出て来た」

 「でも、こうも書いてある。民衆は口先だけでは君主に従うというが、いざという時には頼りにならないって」

 「そうか?」

 「続きを読むね」

 


 "死が遥か彼方にある時は、誰もが我が君の為には死をも辞さないと言ってくれるが、いざ風向きが変わって、本当に君主が力を必要としているとき、そんな人間は滅多と見つからない。

 したがって賢明な君主は、いつ、どのような時勢になっても、その君主が民衆にとって必要だと感じさせる方策を考えなくてはならない。そうすれば民衆は君主にいつまでも忠誠を尽くすだろう"



 「なんだろう・・・この男は人間不信か何かなのか」

 「たぶんね。女の子にこっぴどくフラれたことがあるのかも」

 「セシリアが行方不明になった時も、皆、助けてくれたじゃないか。エリカなんて俺が戻る前に、軍勢を拵えてオルレアーノに駆け付けてくれたし」

 「そうだったわね。我ながら無茶をしたわ」

 「あの時俺は、若殿からエリカとコルネリア様の参戦を・・・」

 「コルネリア」

 「えっ」

 「だから、コルネリア様じゃなくて、コルネリアよ。いい加減に慣れてよね」

 「・・・コルネリアの従軍を若殿から厳命されたから、どうしたものかと頭を悩ませていたんだ」

 「そうだったの」

 「そうだよ。エリカは戦いが嫌だって言ってたじゃないか」

 「言ってた」

 「だから俺はコルネリアと相談して、彼女の従軍と引き換えに、エリカの従軍を免除してもらおうと考えていたんだ」

 「えっと、気をつかわせたみたいでごめんね」

 「それなのに先頭切って駆け付けるんだからな」

 「セシリアが行方不明なのに、じっとしてなんかいられないわよ。それにコルネリアが戦いに行って、私が家で一人お留守番なんて嫌よ。心配と疎外感で頭がおかしくなる。そんなことするぐらいなら自分で行く。エリックだってそうでしょ」

 「ああ、その通りだ。家で待つぐらいならたとえ一人でも探しに行く」

 「ほら」

 「この男・・・なんて名前だったか」


 エリックが魔導士の書を指さす。


 「マキアヴェリ」

 「マキアヴェリが言っていることと、真逆の事をしたのがエリカだな。普段は戦に参加しないと言っていたのに、いざ、戦になると真っ先に馳せ参じたんだから。あの頃からエリカは誇り高い騎士だったよ」

 「いや、そう言われると照れるな」

 「本当の事だ。セシリーだってそう思っているさ」

 「えへへ。いや、もう二度と、あんな目には会いたくないけどね。命がいくつあっても足りないわ」

 「俺は戦い自体は厭わないが、セシリーの無事を祈るのは辛い。あんな思いは二度と御免だ」

 「だよね」




 ⑩ 君主国の戦力を、どのように推し測るのか



 「どのにようにって、軍団兵の数と練度だろう。優秀な指揮官も大事だ」

 「正解です」

 「問題にもなっていない。我が第五軍団は王国の中でも精強な軍団だ」


 誇らしげに胸を張るエリックに、江梨香が問いかける。


 「なら、エリックと私はどうしたらいいの」

 「どうしたらって、俺たちも軍団の一部だ。彼らと共に戦えばいい」

 「それは将軍様の戦力でしょ。私がいいたいのは、エリックの戦力よ」

 「俺の戦力?」

 「だって軍団兵の指揮権は将軍様が持っていて、エリックは持ってないじゃない。エリックが指揮権を持っているのは、ニースとモンテューニュの兵隊だけよ。両方合わせても二十人もいないわ。軍団の基準でいえば、最小単位の小隊だったわよね」

 「そうだな。コモンドの頃は十人から二十人程度を率いていた」

 「騎士になった今でも、指揮できる人数は昔と変わらないわよ。戦力としては弱いわよね。強い敵が襲い掛かってきたらどうするの」

 「ならば数を増やそう」

 「何人ぐらい増やせる?」

 「何人・・・村中からかき集めたとして、三十人ぐらいなら」

 「私の方は頑張っても十人いかないわよ」

 「そうだな。合計すると六十人程度か」

 「少なくない」

 「少ないが、これ以上家臣を増やすと俸禄が払えない。払えたとしても畑を耕す人数が減ったら村が貧しくなる」

 「そうなるわよね。でも、敵は私たちの都合は聞いてくれない」

 「後は修練あるのみだろう。馬も増やしているし、鐙のお陰であいつらの乗馬の習熟も早い。同数の敵であれば引けを取らない」

 「同数でなかったらどうする。仮に百人の盗賊団がニースを襲ったら」

 「戦うしかないだろう」

 「どうやって」

 「どうやってと言われてもな。奇襲をかけるか、有利な地形を選ぶか、敵の頭を潰すか、その時になってみないと分からない。出来ることをするまでだ」

 「そうよね。でも、マキアヴェリがいうには、一つだけ正解があるらしいのよ」

 「正解? どれだ」

 「野戦で勝てそうにない場合は、城塞に立て籠もる」



 "堅固に固められた城塞を堕とすことは難しい。人間は、困難が目に見えているような企てには、必ず尻込みをするものだ"



 「・・・まぁ、それも有効な戦法だな。問題は城塞だが」

 「うん。うちは作ってる最中だね。取り掛かってるだけ偉いものかも」


 ニースでは宿屋と砂糖のギルド本部に教会、エリックの館を連結させた、簡易的な城塞の建設の途中であった。


 「教会が完成したら、残りはこの館だけか。どうする」

 「マキアヴェリの言に重きを置くなら、馬よりも館の改築にお金をかけた方がいいかもね」

 「うーん。そう言われてもな。馬と館とでは掛かる金額が違い過ぎる」

 「まぁね。でも、戦力が整う前は、野戦はきっぱり諦めろって書いてある」

 「一理ある」

 「籠城で大事なのは村の人を守る事」

 「当然だな」

 「で、村の人を守ろうとすると、村の人もエリックの事を守ろうとしてくれる」

 「うんうん」



 "敵に包囲されて、村が焼かれると彼らは、領主との結びつきをますます強めようとする。村を守るために、家を焼かれ財産を失ったのだから、君主はさぞ我々に恩義を感じるだろうと、信じるからである"


 「うん?」


 "人間というものはその本性か恩恵を施しても受けても、やはり恩義を感じるものである。したがってこの事をよく考えれば、たとえ城攻めにあっても食料と水を切らさず、防衛の手段に事欠かなければ、村人の心を終始つかみ続けることも難しくはない"



 「だって」

 「理解はしたが、後ろの方は話が変わった気がする」

 「村の人の協力が大事ってことよ」

 「まぁ、そうなんだが、何か変な感じだ。上手く言えないが、変な感じだ」


 エリックはもどかしそうに言葉を探す。


 「この家の建て替えも急がないとね。これが完成したら少しは安心できるかも」

 「わかった。皆と相談しよう。籠城に重きを置くのなら、武器だけではなく食料も、城塞で保管しなければならないな」

 「おっきな倉庫でも建てる?」

 「ああ。今の倉庫は壁が木製だから、火を付けられるかもしれない。食糧庫の壁も石組にした方がいいな」

 「石材の方は任せて。人手さえ貸してくれたら、領地から幾らでも切り出すから」

 「頼む。念のために井戸も増やそう。水がなくなると三日と持たないからな」

 「そっちも了解」




 ⑪ 教会領の場合



 「教会は古い伝統的な制度に支えられてるから、じつに強固な体制だって」

 「異議なし」

 「だから防衛とか民衆の幸せとかも考えなくていい。そんなことしなくても誰も攻めてこないし、誰も離反しない」

 「教会に戦を仕掛ける連中なんていないからな。偶に村の教会や修道院が、ならず者に襲われることはあるが」

 「うーん。でもなぁ。これ、ちょっと違う気がするのよね」

 「何がだ」

 「教会の領地だからって防衛しないのは駄目だと思う。そのうち出てくるわよ。教会の領地を襲う人」

 「出て来たとしても、直ぐに討伐されるだろう、そのな連中は。教会には神聖騎士団だってついている。先の戦いではお世話になったじゃないか」

 「そうなんだけど。さっき話した、私の国の織田信長は、宗教勢力と戦ったことで有名になった人なの。比叡山を焼いたりしてたし。でも、誰にも討伐されなかったわよ」

 「周りの諸侯は黙って見ていたのか」

 「黙ってなかったけど、諸侯ごと撃破した」

 「そうなのか。しかし、最期は部下に殺されたんだろう」

 「うん。皮肉な事に本能寺っていう教会で殺された」

 「神罰が下ったんだろう。神々による討伐だ」

 「当時の人も、そう考えたんだろうなぁ」




 ・補足

 

 江莉香さんの織田信長の知識は、大河ドラマや江戸時代の講談どまりです。

 新しい学説などには一切無知です。ご理解ください。


 


 ⑫ 武力の種類。傭兵


 

 「結論からいうね。傭兵は当てにならない」

 「まぁ、金で雇われただけの、ならず者みたいな連中だからな。ごく稀に立派な戦士もいるらしいが」


 

 "君主が傭兵の上に国の基礎を置けば、将来の安定どころか、現状の維持すら困難である。

 傭兵は、無統制で、野心的で、無規律で、不誠実だからである。仲間内では勇猛果敢に見えるが、敵中に入れば臆病になる。神への畏れも知らず、人としての信義もない。

 傭兵が戦場に留まるのは、一握りの給金の為であり、他には何の動機も愛情もない。しかも、その給金は、君主のために進んで命を落とす気持ちにさせるほどの代物ではない。

 彼らは戦が無い間は兵士でいたがるが、戦が始まると、逃げ去るか消え去るかのどちらかである"



 「言いたい放題だな。マキアヴェリは傭兵に何か恨みでもあるのか」

 「この書き方だとあったんじゃないかな。恨み。お給料払ったのに、いざ戦争になったら逃げ去って消え去ったのかも。で、その後始末が書記官のお仕事だったとか」

 「父上も傭兵は信用できないと言っていた」

 「そうなんだ。前の戦いのときに雇おうとしたんだけどね。傭兵の人」

 「初耳だ」

 「お金ですぐに集められるって聞いたから雇おうとしたんだけど、神父様に駄目だっていわれた。代わりに紹介してくれたのが、神聖騎士団の人たち」

 「神聖騎士団の方々と傭兵とでは、比べるのも失礼だな」

 「だよね。時代劇だと相手が鬼平でも用心棒の先生は戦ってくれるんだけどな。斬られる所までがお仕事でしょうが」

 「何の話だ」

 「気にしないで。続いて、傭兵隊長には更なる注意が必要だそうよ」

 「傭兵の親玉だな。一旗揚げたい平民や、家を継げない騎士の子弟が多いと聞いたことがある」

 「へー、そうなんだ。この傭兵隊長が優秀だと、その武力で雇い主を圧迫したり、勝手に別の地域で戦争をしたり、きまって自身の栄達を望むからだって。一旗揚げたいなら、そりゃそうよね。実力のない傭兵隊長は給料泥棒だし」

 「決めた。俺は傭兵は使わない。エリカもいいか」

 「分かりました」




 ・ 補足


 マキャヴェリは古代ローマ帝国軍を範とした、国家所属の正規軍至上主義者でした。

 ルネサンス期のイタリアは、ヴェネツィア共和国海軍という特殊な例外を除いて、各国の軍隊はほぼ傭兵隊です。

 そして、傭兵隊という連中は信用に値しません。雇い主の指示通りになんか動かないのです。給料泥棒などは、まだましな方で、下手をすると寝返ったり、勝手に離脱したり、武器を雇い主に向ける連中でした。

 ⑧で登場したオリヴェロットも傭兵隊長の一人です。

 絵にかいたような、人でなしでした。これら傭兵の害をもっとも被ったのがフィレンツェ共和国だったので、彼の傭兵に対しての嫌悪感は本物といえます。実際、自分の権限の及ぶ範囲で正規軍の編成をした男です。




 ⑬ 支援軍、混成軍、自軍



 「支援軍? 援軍の事か? 」

 「うん。この場合は自勢力とは違う勢力の援軍の事。分かりやすく言えばジュリエットの事ね」

 「アマヌの一族には助けられた。支援軍は力になるな」

 「私もそう思うんだけど、マキアヴェリは駄目だって」

 「何が駄目なんだ。北部戦役が早期に集結したのはアマヌの一族の力のおかげだぞ。王国軍だけでは春になっていた。いや、勝てたかどうかも怪しい」

 「そうなんだけど、支援軍はこちらの思惑通りに動いてくれるとは限らないからだって。勝手に動き回られても、指揮官が違うから止める手立てがないみたいね」


 江梨香の説明にエリックは頷く。


 「それは・・・まぁそうだな。あの時も俺が直談判をしなかったら、ジュリエットはセシリーがまだ敵陣にいるのに構わず突っ込んで、包囲軍ごと蹴散らすつもりだったからな」

 「嘘」

 「本当だ。女は殺さないから、戦いが終わった後で探せと言われた」

 「はぁ? それ本気で言ってんの」

 「本気だったな。戦の勝敗の事だけを考えれば、正しい選択だったかもしれない」

 「正しい選択って、セシリアが戦いに巻き込まれたら、殺す気がなくても運が悪いと死んじゃうじゃない。あの時はもう暗くなりかけていたし、矢だってどこから飛んでくるか分かったものじゃないわよ」

 「だから、ジュリエットと言い合いになった。何とか理解してもらえたからよかったが、彼女を説得できなかったら、セシリーがどうなっていたかは分からない」

 「そんなことがあったのね。初めて聞いたわよ」

 「人に言いふらすようなことでもないしな」


 エリックの言葉を受けて、江梨香は魔導士の書をもう一度読み返す。


 「なるほどね。確かに支援軍ってのは危険なのかも。仲良くなったジュリエットとすら齟齬が出るのなら、他の人ならもっとひどい事になる」

 「だが、援軍が無いと勝てないことも多いぞ。その場合はどうするんだ」

 「そんなときに使うのが混成軍ね。自分の戦力と援軍を混ぜ混ぜしたのが混成軍」

 「ということは先の戦いは、我等第五軍団とアマヌの一族の混成軍での勝利なのか」

 「たぶんね。砦と若殿の戦力があったから、勝てたわけだし。ジュリエットだけに頼ってないからね」

 「一番重要なのは、自分たちの戦力か。しかしな」

 「しかし。なに?」

 「すべてを賄う力なんてないぞ。無論相手にもよるが」

 「そうよね。これは、あくまでも努力目標って感じかな。仲良くできる所とは仲良くしていきましょう」

 「ああ、特にジュリエットとは友好関係でいたい」

 「近いうちに遊びに行きますか」

 「そうだな。蒐も近いことだし、いいんじゃないか」

 「お土産の準備をしなくっちゃ」


 王国では秋になると、軍事演習である「蒐」が始まる。


 「一つ聞きたいんだが、エリカの国はどうしているんだ」

 「どうしてるって、国防の事?」

 「ああ、騎士がいるのは知っているが、傭兵もいるのか。戦になったらどうしている。支援軍は」

 「いきなりたくさん聞かないでよ。騎士っていうか、私の国では自衛官って名称よ」

 「ジエイカン?」

 「うん。その人たちが騎士みたいなものよ。傭兵はいない・・・はず。少なくとも聞いたことはない。支援軍はいるわね。アメリカ軍が支援軍よ」

 「傭兵はいないのか。支援軍は強いのか」

 「強いなんてもんじゃないわよ。指先一つでこの世を地獄に出来るぐらい強い」

 「ハッハッハ。大げさだな。指先一つで何ができるんだよ」

 「私も同じように笑えたらいいのに」


 そこから核爆弾について話をしたが、エリックは全く信じていない様子であった。




 ⑭ 軍備についての、君主の責務



 "さて君主は、戦いと軍事上の制度や訓練のこと以外に、いかなる目的もいかなる関心事も持ってはいけないし、また、他の職務に励んでもいけない。つまり軍事のみが、本来為政者が携わるべき唯一の職責である"



 「・・・エリカ」

 「なに」

 「このマキアヴェリという書記官だが、話すことが一々極端すぎないか」

 「うん。私もそう思う」

 「唯一ってなんだ。唯一って。他にもすることはあるだろう」

 「だよね」


 エリックの憤りに、江梨香も同意する。


 「外の領主や高位の貴族とのやり取りに、商売相手との決済だってある。ニースの領主としてこれはいい。だけど村の者たちの喧嘩を仲裁したりすることも、俺の仕事だったりするんだぞ」

 「夫婦喧嘩の仲裁はこっちも疲れるわよね。どっちも話を聞いてくれないから時間かかるし」

 「メッシーナ神父も助けてくれるが、全部を押し付けるわけにもいかない」

 「うん。全部押し付けたら、善良な神父様もノイローゼになっちゃう」

 「それに俺の仕事の大半は、ギルド長の仕事だ。エリカが半分やってくれているからまだ動けるが、俺一人だとギルドの仕事だけで一日が終わる時だってあるんだ」


 しばらくの間、二人で仕事の愚痴をこぼし合う。


 「軍事の事だけ考えろは無茶よ」

 「ああ。無理筋だ」

 「だいたい、ギルドからの収入があるから城塞だって建設できるし、馬だって買えるんだからね。無かったらなんにも出来ない」

 「そうだ。むしろ、ギルドの仕事をしているから、軍事にお金が回せるんだ」

 「同感。私の国も軍隊で国を守るよりも、経済力で守ってる部分の方が大きいと思う。実際、自衛隊は戦争したことないもん。経済力は軍事力と同等の存在よ」

 「そうだ。この二つは切り離して考えても仕方がない」

 「あっ、もしかしたら、他にやることないから軍事の事だけ考えるのかもよ。他の領地には砂糖が無いし」

 「砂糖が無くても、やれることは沢山あると思うがな。ニースだって最初はカマボコを売って稼いでいたんだ」

 「ごもっとも」

 「それとも、部下に任せろと言う事なのか」

 「うーん。細々した業務は任せてもいいけど、最終的な決定権は君主の元にあると思うわよ。ギルドを設立したときだって、将軍様自らニースに視察に来たじゃない。あれは軍事とは関係ないわよ」

 「そうだった。先触れも無くいらっしゃるから驚いた」

 「配下の人には、めっちゃ怒られたよね」 

 「そうだったか」

 「うん。あっ、面白い事が書いてある」



 "アカイアの君主、フィロポイメンが友人と野外に出かけた時のこと。

 「仮に敵軍があの丘を占拠して、我が軍がこちらに兵を配置したのなら、一体どちらが有利だろう。どう動けば敵を迎え撃つことができるか。もし、我々が退却する場合はどうすればいいか、敵が退却するするのなら、どのように追撃すべきか」

 散歩がてら、部隊に起こりうる状況を逐一友人に提起し、相手の意見を聞き、自説を語り、色々な論拠に立って議論を深めていった。

 彼はこうして、反省を繰り返していたから、軍隊の指揮を執った時、どんな突発的な事態が起こっても、一度も対策に窮することはなかった"



 「妙な事を考える人がいたのね」

 「これはいいんじゃないか。若殿も狩りに出かけた時に、同じような話をすると聞いた」

 「ウフッ。誰から。誰から聞いたの」

 「どうしてニヤニヤするんだ。セシリーが話してくれたんだよ」

 「へーそうなんだ。じゃあ。エリックもやらないとね」

 「・・・そうだな。機会があればやってみるよ」


 


 ・注釈


 フィロポイメン。(前253年~前354年ごろ)ギリシャ。

 アカイア同盟の指導者。





 ⑮ 君主の毀誉褒貶は何によるのか



 「難しい言葉だな。評判の事か」

 「そうね。賞賛されたり悪評がたったりすることね」

 「悪評は避けた方がいいだろう。例えば海賊騎士ベルトランなんてものが最たるものだ。あの評判があるから、モンテューニュ騎士領の者たちは隠れ住んでいるわけだしな」

 「そうね。でも、存亡にかかわる場合は、悪徳の評判は甘んじて受けた方がいいって。美徳を全うしても滅ぶときはあるし、悪徳に見えたとしても、安全と繁栄につながることもあるって」

 「場合によっては悪評を恐れるなって事か」

 「そうそう。田舎者とか、成り上がりとか、若造とか、砂糖屋とか、金に煩いとか、融通が利かないとか、頑固者とか、高根の花のお嬢様大好き野郎とか言われても、気にする必要はないって事よ」

 「・・・マキアヴェリにかこつけて、俺の悪口を言ってないか」

 「ゆってない」 

 「まぁ、金に煩くて、頑固者なのはエリカの方だけどな」

 「なっ」




 ⑯ 気前の良さと吝嗇



 「さっきの話の続きみたい」

 「気前がいい方が人からは好かれるだろうな」

 「ケチな人が好かれるところは、見たことないわね」

 「ああ」

 「でも。ケチな方がいいんだって」

 「またか。この男は人とは逆のことを言えばいいと思ってないか」

 「うーん。否定できない。マキャヴェリがいいたいのは、気前が良すぎると結果として、自分の財産を傷つけるからみたい」

 「そこまで、気前のいいやつも少ないと思うがな」

 「だよね。気前がいいという評判欲しさに、無茶はするなって事なのよ。きっと」

 「まぁ、それなら分かる」

 「自分の財産には注意しないといけないけど、他人の財産の場合は遠慮しなくていいって」

 「他人の財産?」

 「戦いで得た戦利品とかは、大盤振る舞いしろって書いてある」

 「戦利品か。そういえば先の戦いで何か貰ったか」

 「貰ったって、戦利品? 戦利品は貰ってないわね。別に欲しくもないけど」

 「そうだな。俺たちは別に要らないか」

 「うん。戦利品どころか、かき集めた兵糧は全部、ジュリエットにあげたし」

 「そうだったな。ジュリエットに大盤振る舞いしたのか」

 「うん。遠慮なく持っていったわよ。彼女。助けてくれたお礼ってのもあるけど」


 二人の間でしばしの沈黙が訪れた。


 「・・・・・・気前がいいな。俺たち」

 「ここに書いてあることと、逆のことしてるわね。お陰で借金がなかなか減らない・・・」

 「ジュリエットの事はいいとして、今後は少し気を付けよう」

 「うん。お財布は傷めないようにしなくっちゃ」


 意外に二人に突き刺さる文言であった。




           後編へ続く

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