第229話   委員会

 「レキテーヌ年代記」


 第三章 第二部 「ニース及びモンテューニュ」より一部抜粋。



 ニースとモンテューニュは各々独立した領地ではあるが、統治については一体化していると言わざるを得ない。

 両地の全ての法案、条約については「大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)」と呼ばれる、枢密院にも似た会合で決定される。

 大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)では、ニースとモンテューニュの領主が持ち回りで議長を務め、その下に「部会員(ラガーズ)」と呼ばれる議員たちが、提出された案件の審議を行う。

 部外者が一見すると、この大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)に全ての権限が集まっているように見えるだろう。

 それは、間違いとは言えないが、同時に正しいとも言えない。なぜならば、大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)には審議と決議の権限しか与えられていないからである。これでは権力機関としては片手落ちと言えよう。


 ニース及びモンテューニュで、最も根源的な権限を所持しているのは、大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)の下部構造として配置された「インカーレ」と呼ばれる部局である。

 大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)に議案の提出を行えるのは、領主を除けばこの「インカーレ」のみである。インカーレは、少数の選ばれた部会員(ラガーズ)で構成されている。

 大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)とインカーレは独立した組織ではなく、両者は重なり合う組織として機能している。このインカーレで検討された案件のみが、大部会へと挙げられ審議されるのだ。逆を言えばインカーレで検討されない限り、議題にもされないと言える。

 こうなると、インカーレに所属する部会員(ラガーズ)と所属しない部会員(ラガーズ)では、権限において大きな違いが生まれるのも必然であろう。

 ここで、とある部会員(ラガーズ)の言葉を紹介しよう。


 「私はニース選出の部会員(ラガーズ)として、長年に渡り大部会(ラカドーズ・コンクエッタ)で審議や決議に関わってきたが、一度もインカーレに属したことは無い。即ち、私は本当の意味での統治に関わったことは無いということだ」


 この証言は、インカーレの重要性を如実に表していると言えるだろう。

 インカーレとは高等神聖語が由来の言葉である。正確な発音としては「委員会(いいんかい)」が正しい。

 この部局は第三代・・・




 「ってな感じで、どうかな」


 江梨香は統治方法についての再編成案を、エリックに提出した。


 「すまん。もう一度説明してくれ。一つの問題に対して、何人かで話し合って決める。というところまでは理解した」

 「そこまで理解できたなら、分かったも同然よ」

 「そうなのか」


 エリックは自信なさげに、江梨香の書いた組織図に目を向ける。


 「だからね。エリックと私が全部の仕事に手を付けるんじゃなくて、仕事ごとに専属の人を割り当てるの。例えば、修道会設立の仕事は、私とユリアと、マリエンヌ。港関係は、エリックと私とモリーニさん」

 「二つともエリカが入っているけど、いいのか」

 「入っていないものもあるわよ。例えば軍事部門。ここは、エリックとバルテンさんにロランさんと、クロードウィグ。ほら、私居ないでしょう」

 「軍事については、エリカは参加しないって事か」

 「ちっと違う」

 「何が違うんだ」

 「普段からは参加しないってだけで、全く参加しないってことは無いわよ。そんなに難しく考えないで。普段はエリックたちが対処して、大きな問題が発生したら、その時はみんなで相談しましょう。ってだけ」

 「ああ、そういうことか。エリカに伝えるまでもないことは、こっちで処理するってことだな」

 「そうそう。何を伝えるか伝えないかは、そっちで決めていいから。文句も言わないし」

 「なるほどな。しかし、ユリアが修道会に専念するとなると、ギルドはどうする」

 「そこは、普通に兼任してもらうわよ」

 「兼任・・・大変じゃないか」

 「大変だけどユリアに抜けられたら、今度はギルドが回んない。仕事の一部は他の人に引き継いでもらってもいいけど、抜けるのは無理。そこはマリエンヌも私も一緒だけどね。ギルドの仕事もするし、修道会の仕事もします。人によっては一つの案件だけで済むかもだけど、エリックと私は色々な案件に顔を出すことになるかな」

 「ふーん」


 エリックは感心した様に、何度も頷いた。


 「こうすれば、誰が何の仕事をしているか明確にできるでしょ。明確にしておけば問題が起こった時に、対処も素早くできるじゃない」

 「確かにな。これだと責任の押し付け合いも起こらないか」

 「そこに気が付くとは天才か。まさにその通りよ。エリック。そして、責任外の事に気を回さなくても済むようになるからね。ややこしそうに見えるけど、結果的には楽になるわよ。私たち」


 江梨香は勝ち誇ったように、胸を張る。


 「それが目的か」

 「最初からそう言ってるでしょ。一人で全部できるわけないって」

 「確かに一人で全部したら、寝る暇もなくなるな」

 「睡眠不足はいい仕事の敵よ。お肌にも悪いし」

 「分かったよ。俺は構わない。この方法でやってみよう」

 「ありがとう。こんな感じで仕事を回していけば、速度を落とさずに多くの仕事をこなせるはずよ」

 「よく、一日でこんなことを思いつく。流石だな」


 エリックの言葉に、江梨香は照れたような仕草をした。


 「お褒めのお言葉をどうも。これはね、王都の十人委員会を調べていた時の事を参考にしたの」

 「十人委員会を調べた? ・・・どうして」

 「だって、敵の事が分かんないと、戦いようがないじゃない」

 「敵って・・・」

 「敵よ。公的機関であろうが何であろうが、あの時は紛れもなく敵だったの。敵に勝つためには、弱点とか弱みとか泣き所とか調べないといけないでしょ」

 「全部、同じだろう。それであの作戦だったという訳か。やっと合点がいった」

 「ふふん」


 エリカは勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。


 「で、調べて気が付いたんだけど、あの人たちって、多くの事件をこんな風に組み分けして処理していたのよ。うまいこと考えてると思ったのよね。だから真似させてもらったのよ」 

 「敵の真似か」

 「そうよ。敵の真似。敵とはいっても優れているところはどんどん真似していけばいいのよ。試行錯誤の手間も省けるからね。やっていることは『魔導士の書』と、おんなじ」


 江梨香は本棚に刺さってる、魔導士の書に視線を送る。


 「あの本のお陰で、試行錯誤の時間が大幅に減らせているでしょ」

 「なるほどな」


 エリックは考え込むように右手を鼻に当てた。


 「さてと」


 江梨香は机の上の再編成案を両腕で抱え込む。

 これからニースの主要メンバーへ、委員会方式による再編成案の説明会だ。



               続く

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