第222話 場所と子供たち
新しく家を建てたい村人たちに、どの土地を割り当てたらよいかを考えなければならない。
ロランの報告を聞き終えたエリックは、気分転換もかねてニースの村を見て回ることにした。
教会とギルドの間の道を抜け裏手に回ると、村人たちが暮らす家屋が立ち並んでいる。
教会の敷地が大幅に増大したため、道の形がそれまでと変わり、通り抜けにくくなってしまった。
荷馬車が一台、どうにか通り抜けられる程度の小道の両側には、胸ぐらいの高さまで小石を積み上げた石垣が続く。
これらの石垣は、畑を耕した時に出てくる礫を積み上げたものだ。
家々は木の柱と、石と泥と麦わらを混ぜ合わせた壁で作られており、平屋建ての家がほとんど。
大きさは家によって違いはあるものの、どれも似たり寄ったりの形をしている。
各世帯には、必ずと言っていいほどに井戸がある。
ニースはありがたいことに地下水が豊富だ。海のすぐ近くの井戸でも真水が手に入る。
その水を使って、裏庭などで家庭菜園が作られていた。
新しく家を建てられそうな場所を求め小道を進んでいくと、村の者たちから気安く挨拶を受けた。
皆との関係は、代官の頃と特に変わりはない。流石に呼び捨てにされることは無くなったが。
何本目かの路地を曲がると、子供たちが遊んでいる場面に出くわす。
輪の中心にいたのは、妹のレイナ。
「兄さまだ。兄さまー」
目が合った瞬間に、レイナが駆け寄ってくる。
レイナの後ろに7~8人の子供たちが続き、瞬く間に取り囲まれてしまった。
手には、大きなビスケット。
どうやら、お昼の手習いの帰りなのだろう。
子供たちの学校は、お菓子に釣られてか、子供たちの集まりは良いらしい。
神父も喜んでいた。
「わぁ、剣を持ってる。騎士だ。騎士だ。すごーい」
男の子の一人が、腰に佩いた剣を見て興奮する。
「エリックさま。騎士のあれやって」
「やって、やって。あれやって」
「騎士のあれってなんだ」
問いかけると、子供たちが更にはしゃぐ。
「えっとね。シュパーンってするやつ」
一人の男の子が、右手に持った棒切れを正面にかざし、右下に振り下ろした。
これは、騎士が自身の名誉を掛けた決闘を行う際の作法だ。
「どこで、そんなものを覚えたんだ」
「マリウス兄ちゃんが教えてくれたよ。騎士になったらするんだって」
マリウスが教えたのか。
あいつは平民なはずだが、なぜか騎士の礼に詳しい。俺もメルキアを周っている時に、幾つか教えてもらったことがある。
マリウスの兄妹は学もあるし、元は騎士の家の生まれかもしれないな。しかし、俺の親戚に騎士の家なんてあったかな。両親からも聞いたことが無い。
「やって、やって」
「兄さま。やって」
子供たちははしゃぎながら、色々なところを引っ張り始める。
「こら。剣に触るな。危ないだろう」
「やって、やって」
「分かった。分かったから。少し離れろ。危ない」
「うん」
根負けして腰につるした剣を外すと、子供たちはいっせいに距離を取る。
腰ひもで柄と鞘を固定し、剣を鞘から抜かずに決闘の挨拶をして見せた。
こんなところで剣を抜くと危ないからな。
やり終えた途端、子供たちの騒ぐこと騒ぐこと。皆が一斉に口を開く。
「騎士だ。騎士だ。かっこいい」
「えっー。剣抜かないの」
「もう一回やって。もう一回」
「剣抜いて、やって」
「駄目だ。一回だけだ」
往来で俺は何をやっているのだろうか。子供相手とは言え恥ずかしい。
「えーっ。兄さまのけちー」
「けちー」
「今度はエリカにでも頼んでみろ。あいつも騎士だ」
この場を逃れるために適当なことを言ってみるが、子供達には通用しなかった。
「エリカ、剣持ってない」
「持ってない」
至極まっとうな返事が返ってきた。
「ねぇ。どうしてエリカは剣持ってないの」
「どうして。エリカも騎士なのに」
村の子供たちは、エリカ相手には呼び捨てだ。
その方が、あいつも喜ぶからいいのだが。
「エリカは魔法使いだからな。魔法使いは剣を持たない。コルネリア様も持っていないだろう」
「うん。コルネリアさま。いつも杖をついてる。コルネリアさま、おばあちゃんなの? 」
レイナが首を傾げて訊ねる。
「こらこら。失礼だぞ。それはコルネリア様の前では言うなよ」
「どうして? 」
「どうしてもだ」
「はーい」
本人がこれを聞いたら、僅かに目を細めるだろうな。
最近、俺も分かってきたが、コルネリア様は思っていたよりも表情に変化がある。その変化は僅かで、普段から彼女と接していないと気づけないだろうが。
変化が起こるのは、エリカがおかしなことを口走った時に多い。
「そっか。魔法使いは持ってないんだ」
「魔法でも見せてもらえ。風の魔法なら、エリカは簡単に出せるからな」
「うん。そうする」
「エリカ居ないけど、いつ帰ってくるの」
「そうだな。明日には帰って来るんじゃないか。いや、明後日だったか」
どちらにしろ、三、四日の予定だから、そろそろ帰って来るだろう。
「じゃぁ。エリカに魔法見せてもらう」
「そうしろ」
「前みたいに干し草を、ぶあーって飛ばしてもらう」
「干し草を吹き飛ばしたのか」
何だか記憶にあるぞ。それは。
「うん。タックさん家(ち)の屋根まで飛んでった。すごかった」
「エリカ。"あっ"、って言ってた」
「タックさん怒ってた」
「爺ちゃん怒ってた」
「みんなで謝りに行ったんだよ」
何をやってるんだ。あいつは。
ああ、そうだ。去年の秋。
アマヌの一族の城塞で似たようなことをやって、ジュリエットが怒り狂っていたな。
また、あれをやったのか。
しばらくの間構っていてやると、子供の一人が海に行こうと言い出す。そうすると皆が行こう行こう言いだし、海岸に向かって走り去ってしまった。
まるで嵐のような連中だ。
子供たちと別れ、再び村の中を見て回る。
しかし、なかなか良い場所は見当たらない。
それまで何軒かあった空き家は、マリウス兄妹などの新しく雇ったギルド職員たちに開放しており、ちょっとした空き地には、ニースに働きに来ている大工職人たちが簡易的な住居を作って暮らしている。あまり使っていなかった納屋すらも、住居に改築されていた。
二・三軒ならともかく、二十軒近くの新しい家を建てられる空間は無かった。
「困ったな」
良い場所を探し歩いているうちに、村を見渡せるビーン畑にまでやってきてしまった。
ニースの海と村と畑が、穏やかな日差しの下で輝いている。
オルレアーノへと続く道の周辺には、軍団兵の駐屯地が作られており、百人ほどの軍団兵が暮らしている。
彼らは夕暮れになると村まで降りてきて、酒場で宴会を始める。
お陰で母上は、昼の間から夕食の仕込みに大忙しだ。
この一年で見知らぬ顔が随分と増えたな。そして、ニースが大きくなる限り、これからも増え続けるだろう。
そういったことを考えると敷地の話は、二十軒だけでは済まない。四十軒、五十軒と膨れ上がるだろう。
比較的広い場所があった丘の上は、ノルトビーンの畑になっており、そのビーン畑も春以来、順調に拡張され続けていた。それは、俺が王都に出向いている時も留まることは無かった。
本当に場所が無いな。
畑を潰せば、場所の確保はできるが、あまり気が進まない。
だが、家が欲しいと言っている連中には、早めに場所を確保してやりたい。
ニースに働きに来ている職人たちの住居を、モンテーニュ騎士領に建てさせてもらうか。
そうすれば、少しは余裕ができるかもしれない。
エリカが帰ってきたら相談しよう。
秋の気配が漂う風を受けながら、エリックは麦畑を下って行った。
続く
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