第163話   打開策

 アスティー邸を辞したエリックは次の行動を考える。

 今のところ一門は静観の構えだが、今後の展開は誰にも分からない。

 突如として介入してくることも考えられる。そうなってから慌てても遅い。

 エリカに裁判から手を引けと説得すべきか。

 だが、詳しい状況が分からない中での説得は難しい。若殿やコルネリア様の言葉に耳を傾けない状況ではなおさらだ。下手をすると、逆に意固地になって、より悪い方向へ突っ走るかもしれない。

 いっそのこと、このまま自ら王都に乗り込んで、周りに迷惑をかけているらしいエリカの首根っこを捕まえて、強引にでもニースへ引きずり戻すべきだろうか。しかし、閣下より軽挙は慎めとも言われてしまった。迂闊には動けない。


 答えが出ないままオルレアーノの石畳を進む。

 砂糖の店の前を通ると、外からも繁盛している様子がうかがえた。帳簿上でも砂糖の増産と販売は順調だ。ギルドの運営には何の陰りもない。

 エリックはそのまま中央広場に鎮座する聖アナーニ主教座教会に立ち寄り、ボスケッティー神父に手紙を示しながら仔細を話し、預けてあったエリカの資産の全てを引き出した。

 エリカの資産はフィリオーネ金貨二十四枚とアス銀貨四百八枚を数える。これだけで軽く数年は遊んで暮らせるだろう。僅かな期間でこれだけの金貨を稼ぐエリカは、オルレアーノの市民からしても金持ちといっていい。

 エリックは金貨を大事に懐にしまいニースに戻った。



 「さて、どうしたものか」


 ギルド本部の会議室で幹部会を行う。

 会議に集まったのは常の半分の四人だけである。今回の幹部会は珍しく女の姿は無く、男ばかりの話し合いだ。

 出席者にはあらかじめエリカとコルネリアの手紙に加え、シスターユリアがメッシーナ神父に出した手紙も資料として開示している。

 ともかくエリカを支援すべきだろうというエリックの意見は、大きな反対も無く了承されたが、実際にどのように動けばいいかの話になると、案が出てこない。

 資金が必要なエリカに援助するにしても、エミールが報告した金貨百五十枚は余りに大金であった。ギルドといえども咄嗟に融通できる金額ではない。資金の回収が困難とあればなおさらだ。

 しかもこれが最低限度だという。

 裁判とはそんなに馬鹿げた金額を必要とするものなのか。裁判を受けた経験がないので、基準が分からない。

 この思いはエリック一人だけではなかったようで、その様な大金が必要な訳がない。王都の人間に騙されているのではないかという話まで飛び出した。

 しかし、出席者の中に王都での裁判経験が有る者がいる訳でもなく、それらの疑念も憶測の域を出なかった。

 オルレアーノと王都では物価も違うだろう。

 こうして妙案が出ることも無く、時間だけが過ぎる。


 会議で発言する人間は幹部とエミールだけだが、数人のギルド職員が軽食の給仕などをする為に控えていた。


 「エリカがいないと、議論が進まないな」


 ギルト員が注いでくれた水を飲み干し、エリックが呟くとモリーニが同意する。


 「はい。これまでは問題が起こるとエリカ様が、議論の口火を切ってくれました。大概は無茶を言い出し、コルネリア様がそれを嗜めます。窘められたエリカ様が更に修正案を出します。我々はそれに意見を加え補足し、最後にエリック様が決断されるという形が多うございました」

 「ああ、エリカの意見は大げさだから、思わず口を挿んでしまう」

 「はい。そこから議論が転がりだしますから」

 「エリカの無茶が無いと、問題の突破口が見つからないか」

 「申し訳ございません」

 「いや、私も何一つ思いつかないから同罪だ」


 エリックは力なく首を振った。

 今更ながら自分の頭の固さが嫌になる。エリカの様に突飛な発想をしたい訳ではないが、自分にも事態を打開する力があると信じたい。


 「エリカ様の発言は、議論の叩き台には丁度良いものでしたからね」


 メッシーナ神父も同意を表した。

 エリカがいない会議では、幹部たちの意見が極端にぶつかり合うことも無いが、同時に妙案も出にくい。

 同じような事を考える人間は何人いようと、新たな視点や意見などは生まれないのかもしれない。

 金貨百枚をどうにかして捻り出さなくてはならない場合なら尚更だ。


 これまでに出た意見は、関係各所に協力を仰ぐことだけである。

 ただ、ギルドとしてではなく、あくまでもエリカ個人への支援という形にならざるを得ないので、先方に話を持って行きにくい。 

 エリカからの手紙には、贈り物などの身の回りの品を処分してほしいとの旨が書いてあったが、それは一旦は保留する。

 オルレアーノですべて処分しても大した金額にはならないだろう。

 いや、モリーニの見立てでは金貨二、三枚にはなるだろうとの事だが、目標金額には到底足りない。

 それならば、それらの品は形式上自分が買い取ったことにして、金貨三枚を提供することとする。

 それ以外にも、個人的に資金を融通してもいいのだが、あいにく俺の懐も寂しい。

 領民から税を徴収していないエリカと違い、ニースからの税収があるので収入自体はエリカよりも多いのだが、それに比例するかのように出費も多い。

 つい先日も軍用の馬を買ったばかりだ。自由にできる金額は多くはない。

 世間が思っているほど裕福という訳ではないのだ。



 「よし、金の話は一旦やめよう。頭が痛くなるだけだ」

 「そうですね」


 エリックの提案にモリーニが頷く。


 「そもそも、どうして裁判なんて話になるのかが分からない」

 「確かに。お話を伺う限りでは、エリカ様に直接利害があるとも思えません」

 「助けたい相手。名前は何だったか・・・」


 コルネリアの手紙で確認しようとするエリックにエミールが答える。


 「マリエンヌです。マリエンヌ・ヘシオドス・クールラント。年の頃はエリカ様と同じか僅かに上だと思われます」

 「クールラント一門の女か。名門だな」

 「はい」


 詳しくは知らないが、名前ぐらいは聞いたことがある一門だ。

 北の国境を守る、ガエダ辺境伯もクールラント一門だったはず。


 「この、ヘシオドス家について何か知っているか」

 「いえ。申し訳ございません」

 「ヘシオドス家についてなら、私が」


 恐縮するエミールにバルテンが助け舟を出した。


 「教えてくれ」

 「はい。ヘシオドス家はメルキア地方に領地を持つ貴族です。名門クールラント一門の一家で、爵位は確か伯爵位。軍団は擁していませんが、それなりの数の騎士と兵を従えております。およそ半個軍団といった規模でしょうか」

 「半個軍団。大貴族じゃないか」


 二千人から三千人の兵を養っていることになる。十人の配下しかいないエリックからしてみれば雲の上の存在だ。


 「伯爵という事は、将軍閣下よりは下か」


 何気ない感想は、バルテンによって否定された。


 「それはどうでしょうか。クールラント一門は建国王マニュティウス陛下の御代からの廷臣です。ヘシオドス家以外にも多くの有力諸侯が名を連ねております。アスティー家以外に大きな勢力を持たないセンプローズ一門とは、恐れながら家格が違います」

 「そうなのか」


 家格とかいわれても、騎士になりたての身としてはよく分からない。シンクレア家やクボヅカ家が騎士としては最底辺なのは分かるが。

 

 「貴族の序列は必ずしも爵位と同じではありません。ヘシオドス家は爵位は低くともアスティー家と同等の家柄とお考え下さい」

 「分かった。しかし、エリカも面倒な女を助けたな」

 「仰せの通りかと、助けたのが市井の娘でしたらもめずに済んだものを」

 「まったくだ。それはエリカも痛感しているんじゃないか」 


 エリックの冗談に笑いが起こる。

 今頃、盛大にくしゃみでもしているだろう。

 笑う事によって気分転換ができた。

 気分転換が出来ると新たな案を思いつく。


 「思いついたぞ。そのヘシオドス家に出させればいいじゃないか」

 

 エリックの言葉に一瞬の沈黙が起こる。


 「それは、裁判の費用をヘシオドス家に出させるということですね」

 

 メッシーナ神父の指摘に頷く。


 「エリカの話は脇に置くとしても、これはヘシオドス家の女を助ける裁判なのだろう。となれば、彼らが出すべきものだ」

 「仰せの通りです。本来我々とは無関係の事件です」


 モリーニは大いに同意した。


 「よし、そうしよう。半個軍団を擁している大貴族なんだから、金貨の百枚、二百枚軽いものだろう」


 妙案を思いついたと笑顔になるが、エミールの一言で長続きしなかった。


 「恐れながら王都ではヘシオドス家の当主を始め、多くの者たちが捕縛されております。彼らに資金が出せるとは思えません」

 「むっ。それはそうか。謀反の疑いを掛けられたわけだからな。一族、郎党が捕縛の対象か」

 「はい」

 「いい案だと思ったが、女一人の裁判ではないという事か。ややこしい」


 一歩前に進んだかと思うと、次の壁が立ちふさがる。

 だが、これもいつもの事だ。一つ一つ乗り越えていくしかない。 

 他に何かないかと頭を悩ますと、さらに案が浮かんだ。

 

 「これならどうだ。王都が駄目なら、本領にいるヘシオドス家の人間に金を出させよう。もしくは、クールラント一門のものでもいい」

 「難しいでしょう。特にクールラント一門は困難を極めます」

 

 バルテンが静かに首を振る。


 「コルネリア様の書簡によれば、この事件の発端はクールラント一門の内部抗争です。誰が敵か味方か分かりませぬ。まして王家によって逮捕された状況はヘシオドス家が圧倒的に不利。好んでかかわりを持つ者は皆無かと」

 「そうか。そうだな。資金を出せば自ら謀反に関わっていることを公言するようなものだ。そんな真似は出来ない」

 「はい。本領のメルキアであれば、僅かばかりの希望もございますが・・・」

 「今からメルキアに赴いて、資金を出してくれそうな家を探すという事か。手探りにもほどがある。暗闇で床に落ちた銅貨を探すようなものだ」


 ヘシオドス家について何も知らないのに、その縁者を探すことは難しい。それを訪れたことも無い土地で行うのだ。

 何から取り掛かればいいのか見当もつかなかった。


 「話を蒸し返すようですが、なぜ、奴らの為に我等がそのような労苦を負わねばならないかという事です。陰謀の話が事実であれば、ヘシオドス家は我等センプローズの敵ですぞ」

 「その通りでございます。貴族様のお家騒動に巻き込まれてもギルドには益はありません」

 

 バルテンの批判にモリーニが乗っかる。

 それは、俺ではなくエリカに言ってくれ。

 エリックは内心、苦笑いをする。

 先ほどバルテンやモリーニが語ったことは、若殿やコルネリア様が仰っているだろう。それでも聞かないから今がある。

 まったく、貴族同士の争いなど俺たちの手に余るぞ。

 話が違う方向へ流れかけたとき、メッシーナ神父が口を開く。


 「お二人のご意見は御もっともですが、お話を伺う限りでは、ヘシオドス家の方々に資金を出してもらうのが筋でしょう」

 

 皆の視線が注がれる中、神父は静かに語り出す。


 「ヘシオドス家の息女を弁護する為に、ヘシオドス家の者がお金を出す。とても自然な事です。当ては無くとも、探してみてはいかがでしょう。見つかればよし、もし見つからなければ次の手を考えればよろしい。エリカ様が私財をなげうっているのです。それぐらいの猶予はあるのではありませんか」


 神父の言葉に皆が黙りこくる。

 確かに、資金を出せる人物が見つかれば、問題の大半は解決だ。しかし、言葉では簡単に言えるが、実行することは難しい。

 エリックは腕を組んで考え込む。

 その様子を一人のギルド員が窺っていることに誰も気が付かなかった。



                続く

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