第162話 要領を得ない手紙
エリカを王都に送り出してから約一ヵ月半。
ギルド本部で書類の決裁を行っていたエリックの元に、前触れもなくエミールが現れた。
「なんだ。もう帰ってきたのか。随分と早かったな。ご苦労だった」
決裁した書類を処理済みの箱に入れながら、疲れ果てた様子のエミールを労う。
想像よりも早い帰郷だ。どんなに短くても二か月はかかると踏んでいたのに。
「エリック様。大変です」
エリックの言葉を遮るように、エミールは旅装のまま駆け寄った。
「どうした」
「王都で問題が発生しました」
エミールの返答に眉をひそめる。
「問題? なにがあった。エリカとコルネリア様はどうした。屋敷か? 」
「それが・・・話せば長くなるのですが、エリカ様が王都で謀反人の女を拾いました。コルネリア様がその謀反人を連れて行くと、何を思われたのか謀反人を助けると言い出されまして、裁判の準備を行っております」
エミールの説明は極度に簡略されており、エリックには全く通じなかった。
「・・・エリカが何を拾ったって」
「謀反人です」
「・・・」
何かの冗談かと思った。
咄嗟に王都には謀反人が落ちているのかと、返したくなる。
しかしながら、エミールの表情は真剣そのもの。冗談ではないらしい。
冗談ではないとすると、ますます意味が不明だ。
何故(なぜ)そんな物を拾う。
「最初から順を追って説明してくれ。エリカはどうした。帰ってきてはいないのか」
「はっ、エリカ様とコルネリア様は、今だ王都にご逗留です。私が事態のご説明する任を受け一人で戻ってきました。これがエリカ様とコルネリア様からのお手紙です」
エミールは懐から、巻物を二本取り出す。巻物は布で厳重に包まれていた。
良かった。手紙があるのか。それなら少しは状況が分かるだろう。
早速封を切り読み進めると、ユリアの筆跡によるエリカの言葉が飛んできた。
いつもの気軽な口調ではあったが、要領を得ない前説が長々と続き一向に本題に入らない。
手紙も中盤に差し掛かった頃に、ようやく謀反人の話が出てきた。
そこには、父親の罪に連座させられた貴族の娘を救うために、自費で裁判の準備をしている事が書かれており、エミールの言っていたことが真実であることが分かった。
王都で裁判をするだって?
あいつは何をするために王都に行ったんだ。
首を傾げながら、次にコルネリアの手紙を手に取る。
コルネリアの手紙はエリカとは違い、挨拶の文言などは一切なく冒頭から本題だ。
高価な羊皮紙を最大限に使うためにか、上から下までびっしりと細かい文字で埋め尽くされており、更にコルネリア特有の言い回しが随所に現れ、これはこれで読みにくい。
だが、内容はエリカの手紙よりもはるかに有益で、裁判沙汰に至る詳しい経緯が書かれていた。
そこには、先の戦役の首謀者と目されているヘシオドス家の子女を救うために、周りの忠告を無視して裁判の準備を強行しているエリカの姿があった。
「これは・・・」
予想外の展開に言葉が出ない。
エリカは本当に何をしているんだ。同胞を探しに行ったんじゃないのか。どうなっている。
二人の手紙をもう一度、頭から読み返す。
読み返した結果、何かの間違いではないことだけは分かった。
「そもそも、どうして謀反人の肩をエリカが持っているんだ。誰かに頼まれたのか」
根本的な疑問をぶつけると、エミールは素早く首を横に振った。
「いいえ。王家より追捕を命じられていたコルネリア様が女を捕縛し、役人に引き渡したのですが、その時にエリカ様が、そのお尋ね者に助力すると約束なさったのです」
「その女が助けてくれと、エリカに縋ったのか」
エリカの性格からして、誰かから助けてくれと頼まれると嫌だとは言わないだろう。
そんなエリックの予想は裏切られる。
「いいえ。その場には私もいましたが、謀反人から助けを求められておりません」
「という事は、エリカが助けると言っただけで、助けてくれと頼まれたわけではないのだな」
「はい」
明確な返答に、困惑は深まるばかりだ。
助けてくれと頼まれたのであれば、たとえ相手が謀反人であろうと助けることが騎士の習いと話に聞くが、頼まれてはいないという。
となると、騎士の礼という訳でもなさそうだ。
そもそもとして、あのエリカが騎士の礼に重きを置いているとも思えない。騎士の位そのものが嫌なのだから。
ならばどうして助けるんだ。考えれば考えるほどわからない。
「コルネリア様は何と」
このような事態に、あのお方が傍観されているとも思えない。
「コルネリア様は謀反人に関わるなとお止めしておりますが、エリカ様は聞き入れてくれません。フリードリヒ様からも自制するようにお達しが出ていますが、無視しておいでです」
「馬鹿な・・・若殿の指示を無視だと。本当に? 」
「嘘偽りではありません」
俄かには信じられない事態だ。
俺の制止を聞かないことは珍しくもないが、コルネリア様の忠告には素直に従うエリカが、それを聞き入れないとは。まして、若殿のご命令にまで背くとは。
心臓が早鐘を打つ。
もう一度エリカの手紙を読み返す。
そこには、状況の説明は書いてあるが、なぜそのような事をするかについての説明は無い。
ただ一言。
無実の友達を救う、とだけ記されている。
これが理由なのか・・・無実というが、首謀者の娘であれば連座されるのは当然だし、そもそも出会ったばかりで友人でもないだろう。
分からない。
エリカが自分とは違う価値基準で行動していることは、痛いほど理解しているつもりだが、今回のこれは今までで一番だ。
「若殿からのお叱りは。いくら魔法使いと言えども、クリエンティスがパトローネの忠告を無視したりすれば、無事では済まない」
「お叱りはありません。ただ、アラン様がフリードリヒ様の名代として、エリカ様の行動を見張っています」
「見張り・・・止めてはいないのか」
「はい」
若殿の意図は分からないが、止めていないという事は一定の理解を示しているという事か。
しかし、このまま放置することはできない。事が大きくなる前に手を打たないと。
「バルテンを呼べ。私は今から将軍閣下に申し開きに向かう」
「はっ」
オルレアーノでは、エリカが一門に逆らったと思われているだろう。
エリカはそんな事はしない。そうではなく、何か事情があるはずだとお伝えせねば。
ニースをバルテンに任せると、馬に鞭打ちオルレアーノの将軍の屋敷に伺候した。
早々に、面会を許されたエリックは床に片膝をついて言上した。
「閣下。此度の事は何か理由があるはずです。エリカは決して一門に逆らったわけではありません。何卒ご容赦を」
一門に叛意はないことを理解して頂かねばならない。
一言一句に力を籠める。
「エリックよ」
「はっ」
「一体、何の話をしておる。エリカがなにをした」
将軍の不思議そうな声に、自身の考えが早計であったことを知る。
まだご存じなかったとは。
「あの。若殿から何もお聞きではありませんか」
「聞いておらぬ。何があった」
問われるままに、エリカが若殿の命に逆らって、謀反人の女を助けようとしていることを伝えた。
「謀反人の女をのう。エリカは何故(なにゆえ)にその者を助るのだ」
「申し訳ありません。無実の友人を助けるとのみ書かれておりまして、詳しい理由までは分かりかねます」
「相分かった。儂も事情も分からぬうちにエリカを罰したりはせぬ。案ずるな。王都の事は王都に任せる。其方も軽挙妄動は慎むように。よいな」
「はっ」
一抹の引っ掛かりを覚えはしたが、どうやら早急な処罰はなさそうだ。
エリックは一安心を得て将軍の前を辞した。
取りあえず、最大の懸念は解消した。
続く
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