第157話   理由を述べよ

 朝食の席でコルネリアは、夜明けと共に館に伺候していたアランから予想外の申し出を受ける。 


 「差し出がましいとは存じますが、私からディクタトーレを一人紹介させていただきたいのです。よろしいでしょうか」

 

 寝起きの悪いコルネリアは、しばらく無言でアランを見据えた。

 朝食の席についているのは、コルネリアだけ。

 ユリアは給仕を行い、夜遅くまで議論していた江莉香は、未だ就寝中であった。

 広い食堂は閑散としている。


 「・・・なぜ、其方(そなた)がディクタトーレを紹介する。この件は私に任せると言ったではないか。フリードリヒ殿は戯言(ざれごと)を申されたのか」

 

 手にしたパンを皿に戻し、真正面からアランの瞳を見据える。アランの申し出を一門からの横槍と受け取った。


 「そうではありません。私の個人的な知り合いに声を掛けました」

 「知り合い・・・」

 「はい。一門に連なる者でもありませんし、センプローズから扶持を受けてもおりません。私の知人で、王都の学園で講師をしている人物です。裁判の経験も豊富です。適任かと」


 コルネリアも、アランの言葉を額面通りに受け取るほどお人よしではない。

 裏で何かしらの繋がりがあると考えるのが、妥当であろう。


 「理由を聞かせてもらおう」

 「はい。昨夜の様子を拝見した限りですが、このままでは裁判経験が無い学生がディクタトーレを仰せつかる恐れが」

 「構わぬ」


 話を遮ると、コルネリアは温めた果実水を一気に飲み干した。

 アランの危惧は、とるに足らないものだ。


 「もとよりこの係争、私は勝てるなどとは思っておらぬ。他に火の粉が降りかからずに、エリカの気が済めばそれでよいだけのことです」

 「仰せの通り。一門も同じ思いです」

 「・・・では、尚更紹介する理由が分からない。傍観しておればよいではないか」

 「経験のない者には、今回の裁判は荷が重すぎるかと。場合によっては話がよからぬ方に流れるやもしれません。それをあらかじめ防ぐためにも、経験者を一人は入れるべきです」

 

 アランの言い分に一理を認めたコルネリアは無言になる。


 「紹介したいディクタトーレは、大きな裁判を経験いたしております。学生諸君は彼の働きを見て、経験を積めばよろしいかと」

 

 コルネリアは、要らぬ世話という言葉を発しなかった。

 弟であるマールやその学友に、この一件が手に負えないことは、初めから分かっている事である。エリカの動きを一部でも抑制する為に紹介したに過ぎない。

 だが経験者がいるのであれば、その者に託した方が良いだろう。

 コルネリアにとっても悪い提案とは言えない。


 「お許しいただけますか」


 決断を迫られたコルネリアは、自身の頭脳が上手く回っていないことを自覚した。

 気分としては断りたいが、手札になるかもしれない存在を見過ごすことにも躊躇いがある。

 ひとまず時間を稼ぐことを考えた。


 「エリカに会わせる前に私がその者に会いましょう。問題が無ければエリカに紹介しても良い」

 「ありがとうございます」


 アランは恭しく一礼して屋敷を出いく。


 その後しばらくコルネリアは微動だにせず、朝日が差し込むガラス窓を眺めていた。給仕をしていたユリアが、果実水の入った器を手に尋ねる


 「コルネリア様。お代わりは如何ですか」

 「ええ。頂きましょう」


 注がれる果実水を前に、ため息を一つついた。


 「私としたことが・・・上手く乗せられた・・・か」


 アランのが紹介するディクタトーレが、それなりの人物であった場合、断る理由を失っていることに気が付く。

 経験者が喉から手が出るほど欲しいであろうエリカが断るとも考えづらい。

 アランかフリードリヒ、もしくは両者の策略に嵌ったような気分になる。自分の知らない所で何かが動いているのだろう。


 「はい。なんでしょう」


 独り言を自分への言葉と勘違いしたユリアが首を傾げる。


 「いえ。何でもありません。朝は調子が出ないのです」

 「私も苦手です」

 

 ユリアがほほ笑むと、奥から誰かが食堂に走り込んできた。


 「ごめんなさい。寝坊した。まだ、ご飯残ってる? 」

 「おはようございます。エリカ様」

 「おはよう」

 「みんなおはよう」

  

 江莉香は寝ぐせを気にするように髪の毛を撫でながら外の様子を窺った。


 「いい天気ね。よし。テンション上がってきたわ。今日も頑張るぞ」


 大きな声で気合を入れると席に着き、目の前の皿に乗せられたパンを一つ掴むと、躊躇なく頬張った。



 朝食後、江莉香がマリエンヌの弁護計画を練っていると、不機嫌な様子のコルネリアから紹介したい人物がいると言われる。

 誰だと尋ねると、アランが個人的にディクタトーレを紹介してくれるという。しかも、大きな裁判での弁護の経験のある人物との事。

 これは、僥倖と応接室に向かうと、アラン卿の隣に背の高い若い男性が立っていた。 


 「お初にお目にかかります。私、王立学園で講師を任されている、ロジェスト・アンヴァーと申します。ロジェとお呼びください」

 

 ロジェと名乗る男の人が一礼すると、長く伸ばした髪が前に垂れた。

 長髪の男の人に出会ったのは初めてだ。羨ましいぐらいの艶のある髪の毛。お手入れはどうしているのだろう。


 「どうも。エリカです。ご丁寧なあいさつを頂き恐縮です」


 落ち着いた仕草と言い声といい、知性の高さがうかがえる。


 「早速ですが、謀反人を弁護するディクタトーレを探されているという事ですが、理由を伺っても」


 席を勧める間もなく、ロジェから質問が飛んできたので、立ったまま対応する。


 「理由ですか・・・」

 「はい。謀反人を弁護することは大きな危険をはらみます。下手をすると貴方も謀反人の一員に数えられる」


 こちらを試しているのだろう。ロジェは不敵な笑みをたたえている。


 「クールラント一門の者であれば理解も出来るが、そうではない。危険な橋を渡った先に、貴方にどのような利益があるのでしょうか」

 

 随分と失礼な事を言われた気がするが、気にしないでおこう。

 それにしても何度、同じような質問に答えなきゃいけないのだろう。段々と答えるのが邪魔くさくなってきたわ。


 「利益なんてありませんよ。持ち出しだけです」


 商売でこんなことしている訳じゃないからね。弁護費用だって全部、自分持ちなんだから。

 だが、ロジェは信じない。


 「そんなはずはないでしょう。クールラント一門に恩を売る機会です。弁護に成功すればの話ですが」


 ああ、なるほどね。そのクールなんとかさんから何かしらの見返りを求めてると思っていたのか。

 江莉香は得心する。


 「言っておきますけど、実際に謀反を起こした人は弁護しませんよ。私が助けたいのは謀反も起こしていないのに、親族というだけで捕まった人だけです」

 「それは、トリエステル殿から伺っています。では、特に利益がある訳ではないと」

 「そうですね。マリエンヌの弁護に成功したからと言って、私には銅貨一枚も手に入りません」

 「では、なぜ」

 「先ほど、貴方がおっしゃったことが理由です」


 我ながらぞんざいな声色が出た。


 「・・・申し訳ない。意味が分かりかねます」


 でしょうね。予想通りの返答だ。


 「私は謀反人じゃない。なぜなら謀反を起こしていないし、企んでもいない。それなのになぜ謀反人の一員に数えられなきゃならないの。そんなの馬鹿げている。って感じです」

 

 江莉香の言葉にロジェの笑みが固まった。

 まぁ、この話をすると大体みんな同じリアクションをする。若干慣れてきた。


 「無実の人は無罪。ただそれだけです。他に理由なんてありませんよ」


 言葉を吐き終わると、ロジェの表情からは笑みが完全に消えていた。


 「ご友人を助けるためと伺っているのだが、そうではないのですか」

 「友達よ」

 「ご友人の苦難を救うためではないのですか」

 「当然、それは大前提。でも、それだけじゃ裁判にならないでしょ。友達って事ととは関係ないと思います」

 「関係ないとは」

 「友達がどうとか以前の話だと思いますよ。罪なき者は裁かれない。親が犯罪者の場合に、子供も一緒に連座させられることがこの国の常識だったとしても、私はそれを受け入れたりなんかしない。断じて」


 江莉香の語気は強くなる。


 「・・・これは驚いた。貴方はロンダー王国の法慣例に歯向かうのですか」

 「時と場合によっては」  


 一言一句はっきりと発音した。

 義を見てせざるは勇無きなりって、昔の偉い人も言ってたしね。

 私はエリックみたいに戦場で勇気は出せないから、裁判では空っぽでも勇気を見せないといけない。

 江莉香は腰に手を当ててロジェの言葉を待ったが、口に手を当てて俯いたまま震えている。

 これは、笑われているわね。

 暫く放置しているとロジェの震えが止まった。


 「理解いたしました。失礼ながらそこまで大それた事を考えていらっしゃるとは思いませんでした。断言いたしましょう。貴方は立派な謀反人です。いや、いうなれば反逆者だ」


 ロジェの言葉にアランが咳ばらいをする。


 「私が反逆者・・・どうしてよ。王様に逆らってなんか・・・」

 「いやいや、王家などという小さなものではなく、もっと大きな・・・いや、よしましょう。私もうまく言語に出来ない」


 この人、王家を小さいと言った。

 ロジェさんは、見かけと違ってヤバい人だ。


 「罪なき者は裁かれない。単純明快で良い言葉です。気に入った。では、罪無き者の枷を外すと致しますか」


 真顔になったロジェは一歩前に出ると、江莉香に向かって手を差し伸べた。

 こうして、江莉香の元に一人のディクタトーレが加わった。

 


                続く

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