第126話   建設ラッシュ

 冬晴れのある日、江莉香は建設現場と化した村の広場へと足を向ける。

 先日の会議の結果、最初に村の広場に宿屋を建設するこことなった。

 教会を建設するためにニースを訪れた職人たちも、自分たちの寝ぐらの確保と言われれば、嫌とは言わなかった。

 いや、自分たちの為にも、より快適な宿を建設してくれるだろう。

 ニースの砂浜には毎日のように資材を積み込んだ船が到着する。広場の一角では縄張りも終わり、柱や梁となる木材が積み上げられていた。

 宿屋の設計は、オルレアーノでよく見かける、一階が酒場、二階が宿という形にすることにしたが、江莉香は一つだけ注文を付けた。


 「将来的には、三階建てに出来る様にしてください」

 「後で継ぎ足すって事ですかい」


 職人の親方が、目を丸くする。


 「そう。宿が繁盛したら、上に伸ばして部屋を増やすから、土台はそのつもりで組んでください」


 後々の事を考えたら、この方が効率的よね。

 二階建ての建物を補強して三階建てにするより、最初から三階建てのつもりで、作っておけば、増築も楽なはず。特に建物の基礎は後から変えられないしね。


 「ご用命とあれば、承りやすが、奥様。石材が足りません。領主様から宿の外壁をすべて石積みにせよとの仰せの上、厚さも増やせとのご用命です。教会に使う分を全て回しましたが用意した石材の手持ちが尽きました、その上、土台も堅牢にすると・・・」


 困ったように親方が口ごもる。

 今から建てる宿屋は普通の宿屋と違い、要塞の一部となるように作るから余計に石が必要なのね。大丈夫よ。ちゃんと想定して対策も考えているから。


 「どれぐらい足りませんか。それと私、エリックの奥さんじゃなくて同じ騎士だからね」

 「へっ、騎士様。そいつは失礼いたしました」


 親方が慌ててお辞儀をするので止めた。


 エリックの奥さんでないことは、事あるごとにアピールしておかないと。

 これがセシリアの耳に入ったらと想像すると・・・・・・怖い。怖すぎる。

 下手したら私、刺されるかも。もしくは水の魔法でしばかれるかも知れない。

 セシリア。私たち友達よね。親友よね。大丈夫だよね。心配しないで、エリックは貴方に夢中だから。あいつ、私の事は女とは思って無いから。

 でも、恋は盲目って言うし。気いは使った方がよろしい。


 「遜らなくていいから、どれぐらいの石材が必要ですか」

 

 江莉香は親方から必要な石材の量を聞き出した。

 基礎に外壁、内装にと結構沢山いるのね。何とかしないと。


 

 江莉香はクロードウイグと数人の村人とロバを引き連れて、自領のモンテューニュ騎士領に入る。

 入ったと言っても、ビーンの丘を越えてすぐの岩場であった。

 クロードウィグはともかく、村人たちは本来、他領の領主である江莉香の命令に服す義務はないが、その事に疑問を持った者はこの中に居ない。

 江莉香は赤みががった大地に降り立ち、村人たちの前で足を踏み鳴らして地面を指し示した。


 「ここの石を切り出して、石材に出来ないかな」


 僅かな灌木以外はすべて岩だ。このような景色が海まで続くのが江莉香の領地であった。

 それこそ、石なら売るほどある。

 この岩を砕いて石材にすると言うのが、江莉香のアイデアであった。

 初めは、この世界の一般的な建材である煉瓦を作るなり、他所で買うなりして調達しようとも考えたが、買い付けようにも先立つものが心細い。

 建設にかけるお金は出来るだけ節約したいのが、偽りのない気持ちだ。

 困った時の魔導士の書を開き、煉瓦の制作方法を探すが、焼き煉瓦を作るには膨大な量の粘土と薪、そして高度な作りの焼き釜が必要なことが分かったので、早々に諦めた。

 将来的にはありだけど、今すぐという訳にはいかない。

 それならばと思いついたのが、自領を覆いつくす岩の塊だ。

 これらを切り出せば、簡単に石材を調達できるじゃない。


 巨大な鉄のつるはしを手にしたクロードウィグが、力一杯に岩を叩くと盛大に火花が散った。

 村人たちも同じようにつるはしを振るい、岩の切り出しを試みる。

 岩と格闘すること暫し。


 ドゴン。


 大きな音とともに岩の塊が、転がり出た。

 江莉香は切り出された岩を掌で叩く。

 感触と見た感じだと、使えそうな気がする。

 切り出された岩を点検する村人に使えそうか尋ねると、良い返事が返ってきた。

 

 「よし。これを持って帰って親方に見てもらいましょう。OKがもらえたら、ここの岩を切り出すから、みんなよろしくね」


 他にも幾つかの石を切り出し、持ちやすい大きさに砕いてロバに乗せ、工事現場へと運び込んだ。


 「どうですか。使えそうですか」


 持って帰ってきた岩を親方に見せる。


 「ふむ。ラジック石ですね。なかなか良い色だ」

 「そうでしょ。私の領地の大半がこの色の岩なのよ」


 江莉香の自慢とも自嘲とも取れない言葉に、親方は戸惑うが、咳払い一つで態勢を立て直した。


 「ラジック石は扱いは難しいが、上手く組めば長く使える強い石だ。東の方じゃ高級な石材として重宝されとります」

 

 おおっ、想像以上の高評価。やったー。


 「もう少し大きい方が、価値があるんですがね」


 砕いたラジック石を手にした親方が、残念そうに言った。


 「あれ、そうなの。これ、持って帰りやすくするために砕いたけど、そのままの方がいいんだ」

 「へえ。ただ、大きくなると扱いが難しい。ラジック石を扱うには熟練の石工が必要だ」

 「熟練の石工か。親方。知り合いに心当たりあります? 」

 「無い事はありませんが、ここに呼び寄せるおつもりで」

 「はい。岩の切り出しはこっちでやるから、使えるように整えるのは、手馴れた人にしてもらいましょう」

 「確かに腕の良い石工の手にかかったラジック石は、良い石材です。早速手紙を出しましょう」

 「お願いします。報酬は思うがままって書いてくださいね。実際に普段より高めで支払いますから」

 「そいつは、豪儀な事で。あっしらの報酬にも色を付けて下さいよ」

 「勿論。紹介料は奮発するわよ。手紙は早飛脚を使うから、私に渡してください」

 「わかりやした」


 親方は満面の笑みで答えた。

 よし、これで、建設資材と職人さんは何とかなりそうね。



 江莉香は冬の無聊を囲っている村人を集めて、石切り場を作ることにした。

 みな、手間賃が貰えると知り喜んで集まる。

 ニースから石切り場までの道を整え、岩を割るためのつるはしと、運搬用の頑丈な荷車を用意した。

 これらを使い、ラジック石を切り出し、ニースの建設現場へと運ぶ。 

 石切りの作業が本格化したころ、親方の斡旋により石工の集団も到着し、建設資材と人手の手当てが着いたので、ニースに建設ラッシュが巻き起った。

 これまでのニースの冬は、各自が家に籠り内職などをしながら、静かに春を待つのが習わしであったが、この冬は毎日が慌ただしい。

 寒空の下、石切り場では村の男たちがつるはしを振るい、道には荷車が行き交う。広場では一日中槌の音が響いていた。

 江莉香はその忙しさの中心にいた。


 毎日、毎夜エリックと相談し、石切り場と建設現場を行ったり来たりして、足りないものを補充し、新しいアイデアを考え実行する。

 砂糖屋から工務店に転職したような気分になった。

 最近は帳簿のチェック以外は全部、ギルドのスタッフに丸投げ状態だ。

 切り出されたラジック石は宿屋の必要量をあっさりと突破し、教会、ギルド本部を建てる量も確保できそうな勢いあった。

 ニースでの建設ラッシュの話を聞きつけたフスが、ギルド本部の建設費を融資してくれるここなり、そのお金で更に職人を雇うことが出来た。

 全てが順調にいくかに見えていたが、最初に手掛けた宿屋が完成に近づくにつれ、一つの問題が立ち上がった。



 「宿屋の運営、誰にしてもらおう」


 夕食後に行うエリックとの二人だけの会議で、江莉香は切り出す。

 

 「村の者にやってもらえばいいだろう。駄目なのか」

 「村の人にも働いてもらうつもりだけど、宿屋の主を誰にするかって話よ。誰でもできる仕事じゃないわよ」

 「何が必要だ」

 「読み書きそろばん」

 「ソロバン? 計算の事か」

 「そうそう、金勘定が出来て、信頼できる人」

 「オルレアーノの砂糖の店と同じように、商会に頼むか」

 「うーん。出来たら村の人がいいな。村に住んでもらう事になるんだから」


 この世界の人は、そんなに簡単に引っ越ししたりしない。例外は修道士ぐらいだ。


 「それはそうか。誰がいいかな」

 「初めは私がやってもいいけど、専属ではできないかな」

 「待て待て、これ以上仕事を増やすつもりか。最近、働き過ぎだぞ」

 「そうなんだけどね。楽しくって、つい」

 「ともかく、宿は他の者に任せる。エリカは全体の指示だけにしてくれ」

 「分かってるって。それで、誰か心当たりはいる。私としてはロランかなって感じ」

 「ロランは駄目だぞ。村の馬の世話があるし、新しく家臣にした連中の指導に忙しい」

 「だよね」


 エリックの家臣になった人たちは、例外なく馬に乗れるように、絶賛、猛訓練中だ。

 鐙のお陰で、初めて馬に乗る人でも、今までよりは楽に乗れるが、それでも習熟には時間が掛かるだろう。

 棍棒片手に、新人をしごく姿は鬼の様だった。

 あの訓練風景を見ていると、ロランさん。私の時は優しくしてくれていたのね。

 充分、泣きそうだったけど。


 「エミールはエリックの細々した仕事を任されているし、バルテンさんは全体の仕切りをしてもらってるものね」

 「ああ、みんな手が回らない」

 「誰かいないかな。読み書きできる人って貴重だからな。余っている人なんていないのよね」


 ユリア主導で教会に、村の子供たちに読み書きを教える、学校のような物を作ってもらっているが、社会に出すには早すぎる。


 「この冬は特に忙しい。こんなに賑やかに冬は初めてだよ」

 「私の国じゃ。冬こそ工事の季節だけどね。そこら中で道の改良工事が始まるわ」

 「確かに、冬は畑仕事が無いからな。普請には都合がいいのは、何処の国でも同じだな」

 「私の国じゃ。それにプラスして工事予算の問題があるからね。みんな必死よ」

 「神聖語を混ぜるな。で、宿はどうする」

 「うーん。もうすぐ完成するから、早く決めないと、箱が出来たのに中身がないとか、そんな間抜けな結果にしたくない」

 「オルレアーノの宿は、女の女将が仕切っていることが多いな」

 「そうよね。宿屋と言えば女将さん・・・・・・あっそっか、いや、でもなぁ」


 江莉香は突然頭を捻り出す。


 「誰か思い当たったんだな。誰だ」

 「いや、思い当たったんだけどね。ニースで一番信頼できるし、特に役職も無いし、読み書きも出来るけど」

 「そんな奴いたか」


 心当たりが思い浮かばないエリックは、腕を組んで考え込む。


 「いるわよ。特にエリックからの信頼度が抜群。私もお世話になってるし」

 「誰なんだ。教えてくれ」

 「お母さんよ。お母さん。アリシアさんなら信頼度がカンストしているわよ」

 「は、母上」


 エリックの声がひっくり返る。


 「そう。母上様。信頼できるでしょ」

 「当たり前だ。しかし、母上が宿屋の女将・・・・・・」

 「そうなのよね。エリックも騎士に成ったって事は、アリシアさんは騎士の母上様。サービス業に従事してもらうのは、抵抗があるわよね」

 「抵抗があると言うか、出来ると思うのか母上に」

 「出来る出来ないなら、間違いなくできるわね。というより、このニースで一番向いていると思うわよ。優しいし、料理上手いし、細かい事に気が回るし。女将さんとしては完全無欠よ」

 「そ、そうか」


 エリックの表情が小刻みに揺れる。

 自分の母親を褒められて、気分を悪くする息子など存在しないことは、こちらの世界でも同じのようね。

 ふっ、チョロいわね。エリック。マザコンか。まぁ今言った事は全部本当のことたけどね。

 アリシアが一番女将さんに向いているのは間違いない。

 問題は、アリシアがうんと言うかだけど。



                  続く

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