第二章

第120話   プロローグ  家臣

 オルレアーノでの、盛大な叙任式を終えたエリック江莉香の二人は、北風に背を押され、ニースの村に帰り着いた。

 村の広場では村人が総出で二人を出て迎え、二人は揉みくちゃにされ、そのまま宴会となる。

 倉が開かれ、滅多に口にしない、祝いの料理が並ぶ。

 エリックは騎士に叙任され、ニースが封土となったことに喜びを覚えていたが、同時に一抹の不安を抱えていた。

 それは、村の者たちが、ニースが自分の封土となったことに、反発するのではないかという心配だ。しかし、それは無用の心配であった。

 多くの村の者たちが、ニースがエリックの封土となったことを、我が事のように喜び、ニースの未来は明るいと口々に言うのだった。

 村の者からしてみれば、当然の反応であったろう。


 彼らからしてみれば、どこの誰とも知れぬ騎士が領主になったわけではなく、ニースで生まれ育ったエリックが、立派に育ち騎士となったのだ。

 当然、エリックの領地はニース以外ありえないと口々に語り、背中を叩いた。

 この地で生まれ育ったものが、仇を成すわけがないと信じているのだろう。

 その信頼に応えなくてはならない。

 こうして、エリックはニースの新たなる領主として受け入れられた。



 「家臣団? 」

 

 宴会の翌日。

 葡萄酒を飲み過ぎて頭の痛いエリックは、書斎でロランの言葉を聞き返した。

 隣でエリカも、同じように頭を押さえている。

 二人とも少々飲み過ぎたらしい。村の者たちが祝いと言っては何回も乾杯するのだ。それに付き合っていると、こうなってしまった。


 「はい。若も騎士に成られたからには、家臣を持たねばなりません」

 「ああ、そうか。若殿からも同じ事を言われた」

 「ならば話が早い。どうなさいますか」

 「どうするも何も、ロランとエミールが嫌でなければ、家臣になってくれるとありがたいが」


 ロランとエミールの親子はこれまでも、エリックに従ってはいたが、家臣という訳ではなく代官の奉公人として働いていただけだ。


 「勿論ですとも、では臣従礼を」

 

 ロランはエリックの前に片膝をつき、両手を握り前に出す。それを見たエミールも同じ姿勢を取った。

 エリックは立ち上がり、二人の組んだ両手を自分の両手で包んだ。


 「我等親子は、エリック・シンクレア・センプローズ様に忠誠を誓います」

 「私はその奉公に恩とオヌールで報いよう」


 ロランとエミールの宣言にエリックが応えた。

 これが最も簡略された、臣従礼の儀式であった。こうして、ロラン親子は正式にエリック個人の家臣となった。


 「二人とも、これからも頼みにしている」

 「ありがとうございます。身命を賭して奉公する覚悟でございます」

 

 エミールが、感極まったように震え声を上げる。


 「それで、エリカ。いえ。エリカ様はどうなさいますか」

 「はえ? 」


 ロランの問いかけに、それまで男たちの儀式をぼんやりと眺めていたエリカは、間抜けな声を上げた。


 「はえ。ではありません。エリカ様の家臣はどうなさいますか」

 「私の家臣。なにそれ」

 「エリカ様も一人前の騎士となられたのです。家臣を持たねばなりません」

 「別に要らない」

 

 頭を押さえたまま、エリカは力なくつぶやく。


 「そう言う訳には」

 「いや、ほんといいから、そういうの」

 「困りましたな」

 「困るのは私なんですけど。家臣とか言われてもほんとに迷惑。あっそうだ。私もエリックの家臣になる」


 エリカがまたもや、素っ頓狂な事を口走る。


 「エリックの家臣になれば、私は家臣の人を雇わなくて済むでしょ。うん。そうしよう」

 「エリカが何を言っているか分からない。馬鹿も休み休み言ってくれ」


 エリックは、頭痛がひどくなるのを感じだ。


 「馬鹿って言う事は無いでしょ」

 「馬鹿としか言いようがない。俺とエリカは同格の騎士なんだぞ。同格の者同士は臣従しない」

 「なんで」

 「同格だからだ」

 「そんなの気にしなくていいのに」

 「頼むから気にしてくれ」

 「ぶう」


 エリカは不貞腐れたように、机に倒れ込んだ。


 「だいたい、家臣って何なのよ。それって必要なの」

 「必要だろう」

 「例えば、どんな時に」

 「例えば・・・領地を守るためには一人では無理だ。多くの者の助けがいるだろう」

 「それだって今までと同じでしょ。ニースが襲われたらみんなで守るじゃない」

 「確かに・・・」

 「ほら」

 

 エリックの言葉にエリカが勝ち誇る。


 「若殿から聞いた話だと、私の領地って人が住んでないらしいじゃない。人が住んでない土地を守るの? どうしてよ」

 「それが、領主の責務だ。人が住んでいるとか住んでいないとか関係ない」

 「責務ってのは分かるけど、誰もいない土地を、なんで私が命張って守んなきゃいけないのよ。将軍様がやってよ。その為に税金払ってんだから」

 「話がそれているぞ。それに、人が住んでいる土地は、もっと嫌なんだろう。それなら文句を言うな」

 「そう言われると、返す言葉もございません」


 エリカは、またもや机に突っ伏した。


 「ああっ。こんな時にコルネリアがいてくれたら相談できたのに。王都に帰っちゃったからな。もう、ニースには来ないのかなぁ」

 「仕方ないだろう。コルネリア様にも、ガーター騎士団の騎士としての勤めがあるんだ」

 「そうだけど」


 コルネリアは二人の叙任式を見届けると、一旦、王都エンデュミオンに帰って行ってしまった。

 また、来るとは言ってくれたが、それがいつになるかは分からない。


 「騎士に成ったら何が必要かとか、聞いておけばよかった。今更だけど、私、コルネリアに頼りすぎてたかなぁ。ちょっとした事から難しい事を聞いても、絶対に何かの答えが返って来るんだもん」

 「あの方は、特別だ。俺も今回の戦でも身に染みたよ」


 コルネリアも村での暮らしを見る限りでは、エリカとは別の意味で変わり者の魔法使いという印象であったが、戦場では印象が一変した。流石、精鋭と名高いガーター騎士団の騎士。何かと頼りになった。


 「コルネリアにも家臣の人っているのかな。聞いたことないけど」

 「いるだろうな。それは」

 「そう言えば、エリック」


 うなだれていたエリカが、首を持ち上げる。


 「なんだ」

 「エリックも騎士に成ったんだから、コルネリアの事を呼び捨てにしなさいよね。今までは様付けでも良かったけど、同格になったんだから。帰ってきたらコルネリアって呼ぶのよ」

 「無茶を言うな」


 エリックは顔を引きつらせて叫んだ。


 「無茶じゃないわよ」

 「呼べるわけないだろう」

 「どうしてよ。騎士は同格なんでしょ。コルネリアは騎士なんだから、呼び捨てに出来るはずよ」

 「だから、あの方は特別だ」

 「理由になってない」

 「お二方。話がそれております。エリカ様の家臣をどうするかという話ですぞ」


 下らない言い合いを続ける二人に、ロランが口を挿むと、エリカは小さく舌打ちをする。

 どうやら、わざと話を逸らしていたらしい。油断も隙も無い。


 「ロラン。エリカの家臣はどうすればいいと思う」


 このまま、放置しておくと、エリカの家臣はいつまでたっても決まりそうにない。封土を授けられた騎士に、家臣の一人もいないのはあり得ないことだ。


 「本来であれば、故郷の気心の知れた者を選ぶのでしょうが、エリカ様の場合はそうはいきませぬ。ニースの中から、信頼できる者を選ぶしかないでしょうな」

 「そうだな。最後はエリカが決めるとして、候補はこちらで選んでおくか」

 「はい。さっそく、人選をいたしましょう」

 「こら、勝手に決めるな。あと、ロランさん。私を様付けで呼ぶのは禁止。エミールは慣れたからいいけど、年上のロランさんに様付けで呼ばれると、落ち着かない」

 「また。我儘を。嫌でもなんでも慣れて頂きますぞ。エリカ様」


 エリカの抗議を無視して、エリックとロランはエリカの家臣を探すことに決めた。

 しかし、エリックとロランの判断は、おもいがけない事態により狂っていくこことなった。



 エリツクと江莉香がニースに帰り着き数日たつと、多くの人々がニースを訪れるようになった。

 二人が叙任された事を機に、繋がりを持とうとする商人や、有力者など使いの者に交じって、家臣にしてくれと言う者が、大勢現れたのだ。

 その中には、絶対に断れない人物も含まれていた。



 「こちらが、将軍閣下からの推薦状です」


 鋭い視線、低い声、鍛え上げられた肉体。明らかに戦士の体格をした初老の男が、厳重に封をされた書状をエリックに差し出した。

 開いてみると、男の名と経歴。そして、彼がいかに信頼できるかの文言が並び、最後に将軍の直筆の署名が記されてあった。

  

 「バルテン・クロイツ・センプローズ殿。パリクとマリエンヌの代官をなさっておられたのですね」


 経歴を読み続けるエリックは次の項目で、思わず感嘆の声を上げてしまう。


 「元第五軍団、第一大隊。第四中隊百人長。これは将軍閣下直隷の親衛中隊ではありませんか。メーゼル鎮定戦。ガンガルの戦いに参加。凄い。歴戦の勇士ですね。お目にかかれて光栄です。私の父もガンガルの戦いに参加しておりました」


 話しかける声に、自然と敬意の色が混じる。


 「はい。よく存じております。エリック様の御父上。ブレグ・シンクレア殿とは、肩を並べて戦った戦友であります」


 バルテンの視線が少し柔らかくなった。


 「やはり、そうでしたか。父はガンガルの戦いについてあまり話してくれなくて。実際はどうだったのでしょうか。差し支えなければお聞かせください」


 長年の疑問を訊ねる相手が現れたのだ。話を聞いてみたい欲望を押さえられなかった。

 バルテンの瞳が、一瞬だけ遠くを見るよう眼差しになる。


 「ガンガルの戦いは酷い戦でございました。長く降り注いだ雨と泥の中、多くの戦友が倒れました。表向きは王国の勝利と喧伝されておりますが、実際は痛み分け。どちらが勝ったとも言えぬ物で、それ故、お話にならなかったのでしょう。ただ、ブレグ殿の功績は確かなものでございます。この目で見ておりましたので」


 力強く断言された。


 「ありがとうございます。父に代わり御礼申し上げます。しかし、よろしいのですか。貴方のような勇士が、私のような若輩者の家臣などと。将軍閣下の直臣であられたのでしょう」


 どう考えても、この戦士は父と同格か、それ以上の立場だった人だろう。そんな人が俺の部下になれるのだろうか。


 「私は一昨年、家督を息子に譲り隠居しておりましたが、将軍閣下からエリック様を補佐をしてくれぬかと、直々に頼まれました、そこで、最後のご奉公と思い、伺ったわけです」

 「分かりました。将軍閣下のご推薦であれば、断る理由もありません。貴方にはロランと共に私を助けてください。役職については後程考えましょう」

 「畏まりました」


 将軍からの実質的なお目付け役であることは、明らかであったが、経験豊富な元代官で、父の戦友だった勇士だ。

 考えうる中で、最高の人材であった。

 喜んで迎え入れよう。



                続く

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