第121話 面接会場
騎士に叙任されてからというもの、江莉香は頭の痛い日々を送っていた。
これまでの全ての活動は、エリックを可能な限り出世させて、セシリアに相応しい身分にするための作戦に沿ったものであって、その中に自身の社会的地位の向上なんてものは、一切含まれていなかった。
私がしたかったのは、生活水準の向上であって、栄達が目的じゃないのよ。
しかし、結果として騎士にされてしまうわ、教会からは御大層な肩書を押し付けられるわで、散々な目にあってしまった。
これからの戦略に、大幅な変更が必要ね。
エリックは出世する。私は現状維持。そんな計画だ。
そうは言っても取りあえず目の前の課題を片付けよう。
よし。
江莉香は自分の頬を叩いて、気合を入れ直した。
「はい。次の方どうぞ」
江莉香は教会の一室を借りて、エリックと机を並べて座っていた。
この一室で、毎日のように訪れる、二人の家臣希望者と面談しているのだ。
初めはシンクレア家で行っていたが、あまりにもひっきりなしに、誰かが訪れるので落ち着かない。
ニースを訪れる就職希望者たちは、教会に宿を求めるので、それならば、教会で話を聞くことにしたのだ。メッシーナ神父は、快く教会の一室を貸してくれた。
いつも、ありがとうございます。
江莉香が呼びかけるとユリアが扉を開けて、次の面接者を中に招き入れる。
中年の男にエスコートされた年若い女の子。
はい。この段階で八割方、不採用だ。
別に女だからじゃないわよ。
私はこっちの世界に来ても、男女雇用機会均等法は守るつもりだし。
でもなぁ。
女の子の面接にもかかわらず、喋るのはもっぱら中年のおじさんの方。
この娘が、いかに気立てが良くて、おしとやかで、心優しいか力説してくる。
はぁ。それは大変結構な事でございます。
私なんかとは、大違いでござますね。おほほほほ。
そして、最後にはエリックの元で、行儀見習いをさせてほしいと言うのだった。
はい。不採用。
「ありがとうございました。結果は追ってお知らせいたします」
表面上は、愛想よくお引き取り願った。
扉が閉まると同時にエリックに、一応尋ねる。
「どうす・・・」
「必要ない」
光の速度で拒否られた。
ですよね。
だってこれって、就職にかこつけた、愛人の斡旋でしょ。
エリックが将来有望の若い独身騎士と知って、言い寄ってきているにすぎないのよね。
いゃ、永久就職を狙っているのなら、あながち間違いとは言えないのかな。
どっちにしろあり得ないわよ。恥ずかしくないのやろか。
女の子の売込みの口上なんて、聞いているこっちが恥ずかしい。
「エリック。顔に出てる」
エリックの表情には困惑を通り過ぎて、苛立ちが浮かんでいた。
「これでも我慢しているつもりなんだが」
「顔に出しちゃ駄目よ。腹立つ相手には作り笑顔よ。作り笑顔」
エリックはムスッとして答えない。
まぁ。気持ちは分かる。セシリア一筋のエリックに言い寄る女。傍から見てても気分が悪い。
「中々、いい人いないね」
「そうだな」
エリックの家臣になる人は、ロラン親子に将軍様から推薦されたバルテンさん。それとニースの若い人から数人が選ばれて、既に形になってはいる。
正直これ以上は抱えきれないのだが、家臣になりたい人が、一日に四、五人は訪れる。
そこで、私はいいことを思いついた。
家臣は足りているけど、ギルドを運営する人の絶対数が、足りていない。
今、ギルドで必要なのは砂糖を作ってくれる人と、作った砂糖を販売して、お金のやり取りができる人だ。
この中でもお金のやり取り、いわば管理職の人が足りない。
これまでは、私が帳簿を付けてエリックが決裁して管理していたけど、戦争に駆り出されたときは、ユリアとモリーニさんにこれらの全てが圧し掛かった。
ユリアはオルレアーノの店の管理、モリーニさんはニースの砂糖生産の管理を任せていた上に、私たちの業務まで。
北から戻ってきた頃には、お二人の業務はパンクの寸前であった。
家臣の人は別に要らないけど、ギルドの運営を手伝ってくれる人は欲しい。
いつまでも、教会やドーリア商会から派遣される人に頼るのも、運営的にもバランスが悪い。ここは、ギルド自身が雇った人材を、集める時期になったに違いない。
それならば、家臣希望者の中から、よさそうな人をギルドに引き抜いて、様子を見ればいいのよ。
ギルドでの働きを見て、信頼できると分かれば、家臣の人になってもらっても、やぶさかではない。
少なくとも、いきなり来られて家臣は無理。
あんた誰? ってところからだもん。
ほんと、家臣とか要らないんだけどなぁ。お願いすることも特にないしね。自分の事は自分で出来るし。
そして、嬉しい事に、私の元には、将軍様からの推薦状を持った人が現れない事よね。
流石に、将軍様の推薦を断るのは出来ない。どんな人が来ても、我慢して受け入れないといけない。そう覚悟していたんだけど、さっぱり現れる気配が無い。
良かった。
たぶん。バルテンさんが、私の事も監視するんだろうけど、私一人をマークする訳でもないだろうから、随分と気が楽だわ。
ああ、そう言えば一人だけ家臣にした人がいたっけ。
北方人の元奴隷のクロードウィグを、私の家臣にした。
彼は北での戦いで、北方人と交流を円滑に行った功績が認められ、特別に奴隷から解放されることが許された。
しかし、父親の彼は自由になったが、母と子供は奴隷のままだ。彼らは後、五年近く今の境遇に耐えてもらわないといけない。表立っては見えないが、裏では絶対に嫌な思いをしているに違いない。
だから、クロードウィグを私の家臣にした。
クロードウイグとその家族に喧嘩を売ることは、私に喧嘩を売るのと同じだ。
ニースの村で、私に喧嘩を売れる人物は、片手で数えるほどしかいない。
エリックでしょ。ロランでしょ。今はいないけどコルネリアでしょ。メッシーナ神父は喧嘩しないか。まぁ、それぐらいよ。
意見できる人は結構いるけど、喧嘩にはならないかな。
問題はクロードウイグが「うん」と言うかだけど、いつもの様にギロッと睨んだ後に了承してくれた。
私の意図が伝わったのかな。
特に何かしてもらう気はないけど、何かトラブルがあった時に、あの人が私の後ろで腕組んで立ってるだけで、相手は及び腰になると思う。
だって、視線で人を突き刺すことが出来る人だもん。
慣れた私でも、ちょっと怖い時がある。慣れない人は尚更怖いでしょ。
「はい。次の人。お願いします」
贅沢は言わない。せめて、読み書きそろばんが出来る人がいたらいいんだけど。
この世界では、割とそれも贅沢な話なんだけどね。
「是非とも私を大魔法使いのエリカ様の家臣に」
はい。不採用。
大魔法使いって何よ。大魔法使いって。そんな、痛い肩書を勝手に付け足さないで。
今度はオルレアーノからやって来たという青年。
私の事を、偉大なる魔法使いだと褒めたたえる。
最初はおべんちゃらでそう言っているのだろうと、冷めた目で見ていたけど、話を聞いている内に違う感想になった。
この人マジだ。
本気で私の事を大魔法使いだと思い込んでる。何故にそんな妄想が、独り歩きしているのよ。
隣で聞いているエリックも呆れ気味だ。
そして、話は北での戦争の話になる。
戦争の事はあまり思い出したくないんだけどな。
何回か途中で話を変えようと試みたが、最終的には自分の話したい話に持って行く。
あっこの人、人の話は聞かないけど、自分の話は止めない系の人だ。
イライラゲージが急速に上昇していく。
「エリカ様が、その偉大なる魔力を持って、蛮族共を調伏し、従わせた蛮族共の軍勢を率いて、逆らった蛮族にぶつけるという素晴らしい策。私は感動いたしました」
青年は我が事のように自慢げに話す。
「愚かな蛮族共を互いに争わせて勝利をつかみ取る。これぞまさしく夷を以て夷を攻む。古の兵法書に書いてあった通りでございます」
そして、それは遂に限界を迎えた。
したり顔で話す青年は、江莉香の周りに配置されている、本人も意識していない爆弾を、見事に踏み抜いた。
江莉香が抱えている爆弾を踏んだら、どうなるのだろうか。
こうなる。
「うるさい。黙りなさいよ」
江莉香は席を蹴って立ち上がり、青年を怒鳴りつけた。
「ひっ」
江莉香の怒り爆弾は、天高くに向かって、爆発した。
「黙って聞いてりゃペラペラと。誰がそんなデタラメ言ってるよ。大概にしなさいよ」
王国側の人が北方民の人を蛮族と呼ぶのは、王国に襲い掛かってきた連中もいたことだし理解できるけど、助けてくれたジュリエットを、私の友達まで、一緒くたにして愚か呼ばわりは許せない。しかも私が魔力で操ったとか。何処からそんな発想が出てくるんや。
カルト教団の指導者か。人を何だと思っているんや。
私はよく知りもしないで、人を馬鹿にしたように言うやつが一番嫌いやわ。
「おい、エリカ。落ち着け」
「だって、幾らなんでもひどすぎるわよ。こんな話。ジュリエット様に聞かせられないわよ。申し訳なくて土下座よ。土下座」
エリックには、不愉快な事があっても笑顔でいろと言っていたくせに、いざ、自分が同じ立場となると関係なく爆発する。
それが、江莉香という女であった。
「分かったから、落ち着け。いいから座れ」
エリックは江莉香の手を引いて座らせると、今度は青年を睨みつけて言った。
「お前も、あまりいい加減な事を言いふらすな。そんな与太話どこで聞いたんだ」
「どこでと言われましても、オルレアーノではこの話で持ちきりです。エリック様のお話も聞きました」
「どんな話だ。怒らないから聞かせてくれ」
「はい。エリック様が単身、蛮族共の陣営に乗り込み、近寄る者どもを片っ端から切り伏せ、捉えられていた将軍様のご息女を助け出されたとか。その鬼神のごとき剣さばきに、蛮族共が震えあがったそうですよね」
「なんだそれは」
今度はエリックが頭を抱える。
「えっと、違うのでしょう」
「全く違う」
「でも、ところどころは合ってるわね。最初に考えた作戦は割とそんな感じだったし」
「混ぜっ返すな。誰が言いふらしているんだ。そんな話を」
「酒場や広場では吟遊詩人たちが、お二人の武勇伝を歌にして歌っております」
「吟遊詩人か。お前はそれを信じたという訳か」
「はい。そうです」
「彼らが語るのは、お伽話だ。俺たちはそんなお話に出てくる勇者じゃない。帰ってオルレアーノの人たちにそう伝えろ」
夢見がちな青年を追い払った後、エリック同時にため息をついてしまった。
最終的には、十日近く色々な志願者を面接し、六人の男女をギルドで雇うこととした。
この人たちには、ギルドでの働き次第では、家臣に向かえてもいいと伝えた。
これで、少しは楽になるかな。
続く
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