第118話   江莉香の言い訳

 エリックが屋敷で叱られたと言った翌日。

 江莉香はエリックと共にオルレアーノの将軍への屋敷に呼び出され、予想外の言葉をかけられ、自分の立場を忘れた。


 「へっ? 今なんて」

 「二人とも騎士に叙任する言ったのだ」


 いつもエリックにかけている言葉遣いで聞き返してしまったが、幸い将軍は江莉香の無礼な態度を咎めはしなかった。


 絶対に勝手に兵糧をプレゼントしたことを怒られると身構えて来たのに、想像の斜め上の話が飛び出した。

 執務机を背にする将軍の前で、二人で仲良く並んでいたのだが、思わず一歩二歩と前に出てしまう。


 「待って、待って、待ってください。エリックは分かりますよ。エリックは・・・どうして私まで」


 エリックが念願の騎士に成れたというのに、素直に喜べない。

 なんで私まで。

 しかも、領地が与えられるとか言われた。

 ちょっと待ってよ。それってわたしが村長ってこと?

 無理無理無理無理、絶対に無理よ。そんな責任ある立場。将軍様も何考えてんのよ。ただの、小娘に村長さんなんて出来る訳ないじゃん。


 「不服なのか」


 将軍様が眉をひそめる。

 違う。違うんですよ。エリックが騎士に成るのは嬉しいけど、私が騎士なのはおかしいでしょ。


 「不服っていうか。意味が分かりません。いや、文句があるんじゃなくて、ええっと、おかしいですよ。私、何もしてませんし。セシリアを助けたのはエリックです。私は後ろの方にいたんですよ。どなたか別の人と間違えているんじゃ」

 「間違えてなどおらぬ。二人ともよくやった。正式な叙任式は明日にも行う」


 将軍は背後を振り返り、何かの書類に署名した。

 

 「そんな急に」

 「心配いたすな。支度はこちらでする。その方たちは式に出るだけで良い。本来であれば、オルレアーノに戻る前に伝えるべきであったが、戦の後始末に追われて遅れてしまった。それはすまぬ」


 将軍は前に出るとエリックと江莉香に飾りのついた羊皮紙を手渡す。

 エリックは一礼し恭しく受け取るが、江莉香はうろたえたまま受け取る。


 将軍様から差し出されたから、反射的に受け取ってしまった。

 手渡された書類に目を落とすと、飾り文字で装飾された文章が並んでいる。

 ほとんど読めないけど、これ、たぶん辞令みたいなものだ。


 「えっ、いえ、あれ? いやいや、いきなり騎士とか言われても困ります。わたし辞退します」

 「辞退だと。なぜだ」


 将軍は執務机に腰を預けると、江莉香に鋭い視線を向けた。

 ううっ。怖い。でも、ここで怖気づいたら駄目よ。ちゃんと言わないと。


 「逆にどうして私が騎士なんですか。何もしてないのに」

 「何にもしていなければ、儂も其方を騎士にしようなどと思わぬ。此度の戦での働きを鑑みた結果だ」

 「確かに最後にちょこっと魔法を使って戦いを止めましたけど、そんな事で」

 「何言っておる。其方の功績は援軍を引き出した事であろうが」

 「援軍を引き出したって。それは、エリックとアラン様の功績です。私は手伝っただけです」

 「ほう。手伝いか」


 言い募る江莉香を軽くあしらうように、将軍は机の上のグラスに手を伸ばした。


 「それで、其方は何をした」


 手にしたグラスから、お酒らしき何かを口にした。

 なんか、出来る大人の男って感じで様になってるわね。よし。ここで、しっかりと説明しないと。


 「えっとですね。族長のジュリエット様のためにお祭りで、コルネリア様と一緒に光の魔法を使っただけです」

 「光の魔法をな。それだけ、それだけか」


 あれ、ちょっと呆れられてる気がする。


 「はい。それだけです。ご挨拶の時に竜巻を起こしましたけど、その時は失敗してしまって、怒られました。もうカンカンで、それをなんとか謝って、許してもらおうと光の魔法をお見せしたんです。エリックも見たでしょ。本当にそれだけです」


 振り返りエリックに同意を求めるが、困惑した表情を返された。

 なんで、そんな顔するのよ。あんたもいたでしょ。ちょっと助けてよ。


 「それで、ジュリエット殿は許してくれたのか」

 「はい。しっかりと謝りましたから。その後は一緒に晩ご飯を食べて、余興でもう一回、光の魔法を使ったら、村の人を含めて大喜びしてくれましたから、バッチリです」

 「余興で、光りの魔法か」

 「はい。自分で言うのもなんですけど、夜でしたから綺麗でしたよ。将軍様もご覧になられますか」

 「いや、よい」


 将軍は手で弄んでいたグラスを机の上に戻した。

 あれ? 私の得意な一発芸なのに素っ気ない。いや、気にしちゃだめよ。そんな事より説明しなきゃ。


 「私の余興を見たジュリエット様が・・・いや、違います。ごめんなさい。その前にジュリエット様が、援軍を出してもいいと言ってくれたんです」

 「それほど早くに話が付いたのか。なぜだ」

 「すみません。それはよく分かりませんけど、その時のジュリエット様はお土産に持って行った葡萄酒を、しこたま飲んでいましたから、ほとんど酔った勢いってやつですかね。余興が終わって、仲間の証のお肉を食べた後にトリスタンさんが、もう一回・・・」

 「待て待て」


 滔々、話を続ける江莉香を将軍が遮った。


 「仲間の証の肉を食べただと。その肉は誰が切り分けた。まさかとは思うが」


 えっ、なんか、不審なところあったかな。そりゃ、話の流れ的に切り分けたのはジュリエット様でしょ。他に誰がいるのよ。


 「はい。ジュリエット様が二人分切ってくれました」

 「コルネリア殿にもか」

 「はい。それを食べろと言われたので食べました。私もその時は知らなかったんですけど、食べたら、仲間と言いますか一族に成れるみたいですね。まぁ、その時にはジュリエット様もベロベロでして、酔った勢いでだとは思うんですけど」


 あの、お酒の席で仲良くなったのは確かだと思うのよね。飲み会ってのも存外、馬鹿にできないわ。


 「折角、一族というか、お友達にしてくれるって言うのを、お断りするのもなんですし、私もジュリエット様が好きになったんで、嬉しかったです」

 「それは、嬉しかろうな」


 ちょっと馬鹿にしたような半笑いで返された。ショック。


 「はい。あれ? もしかして何かまずかったですか。北方の人と勝手に友達に成ったら駄目とか、そういうなにかがあるとか」


 北方の人たちを蛮族とか呼んでいたし、人種差別とか激しい世界なのかも。

 でも、それを言い出したら、私、日本人だしな。黄色い肌に黒い瞳だけど、特に差別された記憶がないんですけど。変わり者扱いはされているけど、そこは、文化が違うからね。しょうがない。


 「そんなはずは無かろう。むしろ大した出来事だ。実にな」


 よし。杞憂だった。


 「ああ、良かったです。その前に援軍を出してもいいと仰って下さったので、私も嬉しくなってお祭りで頑張りました。お祭りが終わったらすぐに援軍を率いて駆け付けたんです。あとは、ジュリエット様とエリックの活躍ですよ。私なんて、だいぶ遅れて到着しましたから。戦争も遠くから見てただけです」


 卑怯かもしれないけど、人殺しの場面なんかに飛び込みたくなかったし。


 「ラミ族とうちの軍勢が戦争になりそうになったのを風の魔法で止めましたけど、体を張って間に入ってくれたのはコルネリア様と、教会の騎士団の人たちです。あの人の方がよっぽど凄かったです。はい」

 「コルネリア殿に神聖騎士団か。分かった。よく分かった。もっと早くに其方の話を聞くべきであった。それが儂の失敗だ」


 将軍は頭痛でもするのか、右手で額を押さえた。


 「ですよね。援軍の話は結構早くに承諾してくれたので、後はお礼をしてただけです。特に何もしてないです。ややこしい事は、エリックとアラン様が全部やってくれたんで、私は後ろから付いて行っただけです」

 「ややこしい事は全てな」

 「はい。だから、私は騎士に相応しくありません。辞退します。いえ、辞退させてください。お願いします」

 「何と申せばよいのか」


 将軍様は頭を押さえたままだ。

 一生懸命にお願いしているのに、いい感触が得らない。

 よく分かんないけど、話の根本がずれていることだけは理解できる。

 何がよくないのかな。

 そうだ、騎士にしてくれるより、ギルドの運営資金が欲しい。交換条件で何とかして下さい。


 「わたしを褒めてくださるのなら、騎士の代りに資金を少し融通していただけると嬉しいかなって」

 「騎士の身分の代りだと」


 また、呆れられた気がするけど、ここで止めてもしょうがない。


 「はい。今回の戦争で、わたしたち手持ちの資金を全部つぎ込みまして、すっからかんなんです。商会からも色々借りたので、結構な額の借金がありまして・・・」

 「それは、ドーリア商会からかき集めたという兵糧の事だな」


 話せば話すほど、将軍様の視線が強くなっていく気がするんですけど。


 「はい。持って帰るのにもお金がかかりそうだったので、お礼代わりに全部ジュリエット様に差し上げました。喜んでくれましたし」

 「あれは、お主の仕業であったか。わかった。資金についてはこちらで考えよう。其方たちの悪いようにはしない」

 「ありがとうございます」


 よし。何とかなった。

 江莉香は心の中でガッツポーズをしたが、早とちりであった。


 「しかし、それと、其方の騎士への叙任は関係ない。謹んで受けるがよい。封土については追って沙汰する。以上だ」

 「ええっ、なぜですか」


 話を上手く持って行けたと思ったのに、全然だめじゃない。どうしてよ。


 「エリック。後はお前の仕事だ。エリカを納得させておけ。下がってよい」


 将軍様は犬でも追い払うように、掌をフリフリした。

 

 「はい。失礼いたします。おい、行くぞ。エリカ」

 「いや、ちょっと待って。エリック。腕掴まないでよ」


 強い力で右腕を取られた。

 想像より硬くて太い腕ね。いや、そうじゃなくて。まだ、話は終わってないわよ。勝手に打ち切らないでください。


 「エリカ。これ以上は失礼だぞ。いや、今でも充分失礼だ」

 「えっ、なんで」


 エリックが腕を組んだまま怖い声を出して凄んだ。


 「いいから、下がるぞ。これ以上は流石に駄目だ」

 「ちょっと待って。まだ、将軍様にお話したいことが」

 「エリカ。怖いもの知らずにも限度があるぞ。俺の立場も少しは考えてくれ」

 「ええっ、考えてるから言ってるのに」

 「考えてそれか。勘弁してくれ」


 こうして江莉香は半ば引きずられる形で、将軍の執務室を後にした。

 二人が立ち去った執務室で、将軍はしばらくの間、身じろぎ一つしなかったと伝わる。



                続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る