第117話   二人の待遇

 エリックはフリードリヒからの召喚を受け屋敷に赴いた。

 フリードリヒの馬廻り衆の中で、エリックは少し特殊な立ち位置にいる。

 まず、年齢が若い。最年少である。また一門とは言え平民出身。これも、今のところエリック唯(ただ)一人であった。

 そして、最大の違いはフリードリヒに近習していないことであった。

 馬廻り衆は、主人の護衛、取次などの身の回りの世話をするのが主な仕事であり、その他には書状の配達や、稀に名代として各地に派遣されたりしていた。

 エリックは、これらの奉公を一度もしたことがない。

 将軍の決定により、代官職と砂糖のギルドの長の兼任が認められ、それらの職務の優先が許されていたからだ。


 「そちらではない」


 フリードリヒの執務室に向かおうとすると、取次の騎士が冷たく留め、顎で別の部屋を指した。

 そっけない態度からも、エリックが同じ馬廻りとして受け入れられていないことが感じ取れる。

 今回の戦役でも行軍を除けば、エリックはフリードリヒとは別行動が多く、同じ馬廻り衆とは、顔と名前を一致させるだけの関わりしか持たなかった。それは、フリードリヒが二人の魔法使いの世話をエリックに命じたからであり、彼の責任ではなかったが、同僚との溝は深まるばかりであった。

 ましてや、年若く平民出身で勲功大となれば、嫌われない方が不思議とさえ言える。

 結局、連れていかれたのは、将軍の執務室であった。


 「エリック・シンクレア。参りました」


 開け放たれた扉から室内に入り、将軍に一礼する。

 執務机につく将軍の周りにはフリードリヒや重臣たちが並び、決裁を受け取っていた。


 「おう。しばし待て」


 将軍が書類に署名をすると、重臣の一人が恭しく受け取り部屋を出ていく。

 まるで、戦前のような慌ただしさだ。

 署名を終えた将軍は、グラスに注がれた黄色い液体を飲み干すとエリックに視線を向けた。


 「エリック。貴様に問いたいことがあるのだが、アマヌの一族に報酬を支払ったと言うのは本当か」

 「報酬ですか・・・いえ、特段その様な事は」

 

 突拍子もない言葉に戸惑う。

 ジュリエット様に何かを支払ったことはない。


 「誠か」

 「はい。誓って」

 「お前がアマヌの一族に兵糧を提供した、との報告が上がっているのだがな」


 将軍の声が少し低くなった。

 その瞬間に自分の勘違いに気が付いた。


 「ああ、失礼しました。余っていた兵糧を彼らに配りました。ただ、それは、ギルドで集めた兵糧です。援軍の感謝の気持ちとして送りましたから、報酬という訳ではございません」

 「兵糧を提供したのは間違いないのだな」

 「それは・・・はい。その通りでございます」


 将軍の念押しに応えると、重臣たちが騒めきエリックに非難するような視線を向けた。

 良くは分からないが、なにか、不味いことをしてしまったらしい。


 「申し訳ございません」


 その場に跪いて謝罪をした。


 「よい。責めておるわけではない。立て」 

 「はっ」

 「それは、貴様が指示したのか」

 「・・・」

 

 将軍の言葉に返答に窮する。

 正しくは、ジュリエット様と仲良くなったエリカがお礼として兵糧を提供したいと言い、俺がそれに同意したのだが、どう返答すべきだろうか。エリカの名前を出すと余計に拗れそうな気がする。

 ここは、俺の考えにしておこう。


 「はい。私が指示いたしました」

 「そうか。詳しい量は覚えておるか」

 「はい。ギルドで調達した兵糧がほぼ手付かずでしたので。数で申しますと、900ホーンの小麦、1650ホーンのライ麦、後は葡萄酒を20樽程です」


 エリックの言葉に、周りのざわめきが更に強くなった。

 当然であろう。エリックが口にした量はセンプローズ軍団を、ほぼ二日に渡って支えるに足る兵糧だ。

 

 「それを、礼として渡したのだな」

 「はい」

 「分かった。それだけだ。下がってよい」

 「はっ」


 エリックはそのまま、執務室を後にする。

 尋ねたいことはあったが、将軍の言葉と表情からはそれを許さぬ強さがあった。



 「いかが致しますか」

 

 エリックが立ち去ったのを見届けた重臣の一人が、将軍に伺いを立てる。


 「困ったことをしてくれた。実に困ったことだ」

 「はい、アマヌの一族への謝礼を、配下の一ギルド長が支払ったこととなります」

 「我が一門の沽券にかかわる」

 「はい。しかし、今更あれは無かったことにしてくれとは言えません」


 将軍は戦闘終了後から、戦後処理に動き回っていた。

 今回の戦役では勝利したとはいえ、多くの兵と物資を失い、センプローズ一門の財政は火の車であった。捕らえた北方民を多少、奴隷として売り払ったところで取り戻せる額ではない。

 砦や橋の修復に、援軍の編制費用、損耗した軍団の補充と、出費は多岐にわたった。

 その中でも、頭が痛い問題であったのがアマヌの一族への謝礼である。

 終戦後、謝礼についての予備交渉を始めると、アマヌの交渉役であったトリスタンから、報酬は既に受け取ったとの回答が来たのだ。

 調べてみると、大量の兵糧がアマヌの一族に流れていることが判明。

 出所を辿ると、ニースのギルドにたどり着いたのだ。

 最大功労者であるアマヌの一族への謝礼は最優先事項ではあるので、エリックの行動は助かると言えば助かるのだが、将軍の主君としての立場がなくなる事柄でもあった。

 余計な事をしてくれたと言えばそうなのだが、叱責するのも筋違いに思える。

 配下の者が主君に無断で報酬を支払ったようなものだ。しかも、自分の懐から。

 将軍の長い統治経験の中でも、他に例を見いだせない事態だった。


 「どうする。面子の為にも満足している者にもう一度、我等から謝礼を支払うべきか。それとも、ここは、エリックに一つ借りを受けるべきか」

  

 将軍の問いに重臣たちは顔を見合わせる。


 「筋を申せば、我等から別に謝礼を渡すべきとは存じますが、今すぐとなりますと中々」

 「時を置いて余裕が出来てから、正式に謝礼をすべきです」

 「今すぐは、厳しいという事か」

 「はい。軍団の立て直しが急務かと存じます」

 「やはりそうなるか」


 重臣たちの意見に大きくため息が出た。

 現状、センプローズ一門は金貨がいくらあっても足りない状況に陥っている。

 この度の戦で負傷した兵士や、戦死した騎士たちへの見舞金などの一時金だけでもかなりの額が必要だ。

 裕福な貴族と知られるアスティー家の財力をもってしても、それらの支払いは容易ではなかった。

 それでもガエダ辺境伯が受けた損害に比べれば軽微だと言えた。あちらは、下手をすると一家の断絶もありうる様相を呈している。


 「父上。良いではありませんか。事態が収まるまでは、エリックに一つ借りておきましょう」


 愉快そうに、声を上げたのはフリードリヒであった。


 「そうは、申してもだな・・・」


 将軍は言葉を詰まらせる。


 「見た所、あの者は貸したとも思っておらぬ様子。エリックの裏で蠢く何者かの思惑も感じられません。本当に馬鹿正直に感謝の気持ちとして送ったのでしょう。それよりも私といたしましては、これを奇貨とし、今後のアマヌの一族との折衝はアランとエリックに任せるべきかと考えます」

 「駄目だ。二人とも若すぎる」

 「そうではありますが、これからの事を考えると、あの二人が最も適任でしょう。欲を言えばエリカ嬢にも関わってもらいたいものですが」

 「エリカか」

 

 息子の言葉に将軍は再び考え込んだ。

 今回の戦役の王国側での最大の功労者はフリードリヒだが、二番目は誰かと問われると、援軍を引き出した者たちであろう。その中でもエリカは族長たるジュリエットと個人的に親交を結んだようだ。その功績は絶大であった。

 初めて面会したときは、従軍を渋り、協力を拒むような態度をとっていたが、此度の戦では率先して従軍。国王直属の騎士、コルネリアと共に大きな功績を立ててみせたのだ。

 評価は変えざるを得ない。


 「エリックとエリカの扱いはどうすれば良いと思う」


 将軍の問いにフリードリヒは一呼吸置いた。


 「はい。功績に鑑みても、両名共に騎士への叙任が最適でしょう」

 「それは、分かっておる。問題は領地を与えるか否かだ」


 王国には二種類の騎士が存在する。

 封土と呼ばれる土地を所有する騎士と、称号だけが与えられる騎士である。名目上、両者には上下は無いが、封土を持っている騎士の方が、格で言えばやはり上であった。


 「功績に鑑みれば、エリカには間違いなく封土を授けるべきでしょう。ジュリエット殿との親交を深めるうえでも役に立ちます。エリックはそれには劣りますが、セシリアを救出した点は、やはり高く評価すべきです」

 「ならば、二人とも領地持ちか」

 「はい」

 「皆はどう思う」


 将軍は重臣たちから意見を募るが、フリードリヒに反対する意見は無かった。


 「よし。二人に封土を授けよう。そうなると、どこに所領を与えるかだが、エリックにはニースを与えるべきか」

 「閣下、お待ちください。ニースはアスティー家の直轄地でございます。ここは慣例といたしましても、当主不在の騎士領から、適当な土地を与えるべきかと」

 「ニースが封土となりますと、ギルドの扱いが問題となります。お考え直しを」

 

 封土を与えることに反対しなかった重臣たちが、今度は一斉に反対する。

 彼らとしても、一年前の寂れた漁村のニースであればエリックに分け与えても惜しくはなかったが、砂糖の産地となりつつあるニースを簡単に手放すわけにはいかない。

 今後、ニースから上がる税収は無視できない金額になるだろう。

 それならば、アスティー家が預かっている騎士領から適当な土地を見繕う方が安上がりだ。


 「いえ、エリックの封土はニースにすべきです」

 「若君。それは、早計かと」


 将軍はフリードリヒの言葉に戸惑う重臣を手で制し、続きを促した。


 「なぜだ。理由を述べてみよ」

 「はい。ギルドの効力はレキテーヌであればどこでも認められております。エリックをニースから切り離してもニースが元に戻り、エリックの封土に新たな砂糖の産地が生まれるだけかと」

 「では、レキテーヌの外に封土を授けるか」


 父親の言葉に息子は首を振った。


 「危険です。領外では他の領主がエリックに擦り寄るのを防げません。それならば、いっそのことニースを与えましょう。あの者の事ですから、その方がより一門に忠義を尽くすでしょう。問題はエリカです」

 「エリックの事は理解したが、なぜ、エリカが問題なのだ」

 「その前に一つ疑問があるのですが。あの二人は夫婦なのでしょうか」


 フリードリヒの疑問を前に全員が沈黙する。

 そのような些事に、これまで誰も興味がなかったからである。


 「エリックを早々に下がらせたのは失敗であったな。確かにあの者もそろそろ嫁取りの年頃ではあるが・・・しかし、行き倒れの拾った娘を、いきなり嫁にする者もおるまい。ただ、今後は分からぬ。同じ家で暮らしておるのであろう。あの二人は」

 「はい。聞く話によりますと。しかし、そうなりますとエリカの封土はニースの近くが喜ばれるかと思いますが、流石に二か所の直轄地を割く訳にもゆきますまい。エリカの封土は騎士領が望ましいでしょう・・・ですが」

 「ニースの近くの騎士領。何かあったか」


 記憶を探る将軍に、重臣の一人が将軍に耳打ちした。


 「・・・・・・モンテューニュ騎士領か」

 「はい。かつて海賊の根城と言われた騎士領ですが、いかがいたしましょう」


 息子の言葉に将軍は腕を組んで考え込むのだった。

 


                 続く

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