第115話 お墓
決戦から数日たち、後かたづけという名の戦後処理が動き出す。
王国の騎兵隊は森林地帯への追撃戦へと移り、アマヌの一族はジュリエットやトリスタンと言った首脳部以外の戦士たちは、用は済んだとばかりに引き上げ始める。
その他の軍団兵は、死者の埋葬と焼け落ちた橋、攻撃され痛めつけられた砦の再建に取り掛かる。
逃げ遅れ捕らえられた北方民たちは、一か所に集められ監視される。
彼らの運命は過酷を極めるだろう。
指導者は人質になるかその場で斬られ、その配下の人々は奴隷商人に売られる。それらの売り上げが、兵達への報奨金となる。王国で見られるいつもの光景であった。
陣営地の天幕の中では、インセスト将軍が側近やアマヌの一族を代表しているトリスタンを交えて、戦後処理の衆議が始まった。
その衆議の場で、セシリアは将軍にラミ族の助命嘆願に声を枯らした。
初めはラミ族の運命を楽観視していた。
結果としてだがセシリアを助け、包囲戦でもやる気が低かった。決戦でも刃を交わす前に話が付いた。今は、見張り付きで陣営地の一角に集められているとはいえ、他の部族の捕虜とは違い、縛られることも武装を取り上げられることも無く、待遇は明らかに良い。
きっと、軽い処分で済むだろうと、そう考えていた。
しかし、将軍の、いや、将軍の周りの意見は強硬だった。
セシリアが助かったのはラミ族の善意ではなく、セシリアの巧みな潜伏の結果であり、北方諸部族を裏切って王国側に寝返ったわけでもない。なにより森林地帯での奇襲にはラミ族も関わっていた。見逃すわけにはいかぬと。
将軍はセシリアと側近の意見を黙って聞いている。
「お父様。何卒ご慈悲を。彼らが王国の同盟者となるよう、わたくしが説得いたします」
「閣下。王国に逆らえばどうなるかは、蛮族共に知らしめねばなりません。お嬢様のお気持ちは理解いたしますが、森で倒れた兵達の事もお考え下さい。彼らにも家族がおりました」
「ですからそれは、王国の人間が跳梁していたからです。ラミ族が進んで逆らったわけではありません」
「確かに主犯ではないのかもしれませんが、同調したのであれば同罪でございます。お咎め無しとはなりますまい」
「無茶を言っているのは承知しておりますが、伏してお願いします」
理は側近たちにあり、情はセシリアにあった。
将軍からしてみると、たかが、五六百の弱小部族の命運など大した問題ではないが、これは、その様な話ではない。
秩序を維持するための話である。
しかし、潜伏中に親しくなったのだろうが、娘のラミ族への執着が理解できない。
「セシリア。なぜ、その様に庇う。いや、責めておるわけではない。だが、そのラミ族とやらが我等を王国を害した罪は消えぬ。それは、理解しているであろう」
父の言葉にセシリアは俯き黙り込む。
沈黙するセシリアを前に将軍は決断した。
情が深い事は褒めるべきところではあるが、何事にも限度がある。個人の執着に付き合うほど政(まつりごと)は軽くない。ラミ族には、何らかの罰を受けてしかるべきであろう。
決断を口に仕掛けると、下を向いていたセシリアの顔が上がる。
「・・・ははの」
絞り出すような声は掠れて良く聞こえない。
「どうした。言いたいことがあればはっきりと申せ」
促した答えは絶叫だった。
「わたくしの一族なのです。わたくしの兄弟です。わたくしはラミ族の娘です」
セシリアの絶叫に、その場は静まり返る。
「お前の一族だと・・・」
将軍は娘が何を言っているか咄嗟に理解できなかった。
そして、気が付いた。
「そうです。お父様がお買いになられた奴隷がラミ族の女。お母さんはラミ族の女です」
娘の言葉に、将軍は心の内側で深いため息をついた。
この瞬間まで、若いころに戯れで抱いた女奴隷の出身など、気にしたことはなかったのだ。
だが、娘にとっては違う。自分と血のつながりのある者たちの運命に無関心ではいられないという事か。
なるほど、これは自分の失敗でもあるのか。
側近たちに目を向けると、思いがけない事態に戸惑っている。その話が事実であれば彼らとしても口を挿みにくい。このままではインセスト家内部の話になってしまう可能性が高い。
下手な口出しは危険であった。
「将軍殿。お伝えしたいことがある」
それまで、我関せずと事態を見守っていたトリスタンが声を上げた。
北方民とは思えない流暢な言葉遣いだ。
「なんであろうか。トリスタン殿」
「大した話ではないが、我等が主、ジュリエット様は、抵抗しないのであればラミ族を悪いようにはしないとセシリア嬢に直接お約束なさった」
トリスタンの言葉に側近たちが騒めく。
「なるほど・・・約束を・・・」
将軍は素早く思考を巡らし結論を出す。
元々、大した話ではない。娘が関わるから拗れただけだ。
「ラミ族の者共が、今回の戦に関わり王国に刃を向けた事は疑いようはない。よって罰を与えることは避け得ない」
「お父様」
セシリアの叫びは無視する。
人の話は最後まで聞け。
武門の家とは言え、がさつな態度は褒められることではない。
「今回の罰としてラミ族には労役を命じる。労役が終わり次第解放する。以上だ」
父の言葉に娘は力が抜けたように座り込む。
側近たちからも、抗議の声は上がらなかった。
そして、将軍はアマヌの一族への評価と警戒感を一段階高くする。
北方民は数を頼むだけ蛮族共と思っていたが、どうして、この男は手札の使い方を心得ているようだ。
兵の数が多く、戦で精強な部族は警戒すべきではあるが、対処は単純だ。
その力を分断してやればよい。
どんなに強力な部族でもその内部は一枚板ではない。その中には必ず反対勢力がある。そう言った連中をたきつけて騒ぎを起こしてやれば、どんな部族でも力を損なう。歴代の統治者たちはそうやって北部国境に対処していた。これからもそれは変わらぬ。
しかし、こちらの手を読んでくる相手にはそうはいかない。
王都に巣食う魑魅魍魎共相手と同じように、慎重な立ち回りが必要だ。
此度の戦での最大の功労者である彼らの意見を退けることはできない。側近たちも納得するであろう。そして、娘とラミ族はアマヌの一族に感謝するだろう。
単純に娘を助けるつもりであれば、最初にそう言えばよいのだ。それを、最も効果的な場面まで黙しておるとは。
たった一言で我等に楔を打ち込みおった。やはり、侮れん一族だ。
だが、よい。
見えない敵より、見えている強敵の方が対処のしようがあると言うもの。これを機に関わりを増やし、友好関係を築くべきだ。将来的には一門へ引き込むべきかもしれん。それだけの価値のある者どもだ。長い目で見るべきか。
泣きながら手を取って礼を言う娘に声を掛けながら、将軍の思考は別の領域を走っていた。
衆議が終わると、セシリアはラミ族の元へ駆け寄った。
セシリアを見たラミ族の人々の反応は様々だ。
仲間だと思っていた女が実は敵側の女。まして指導者の娘だったのだ。平静ではいられない。
そんな彼らも罰が労役だけで済んだと伝えられると、安堵の声が広がった。
セシリアは岩の上に座り込むイングヴァルに事の顛末を伝えると、顔をしかめて横を向く。
宴会時の混乱に巻き込まれたイングヴァルは足を骨折し、ろくな抵抗も出来ない内に捕虜になっていた。それを、セシリアが見つけ出してラミ族の元に送り届けていた。特に感謝はされなかったが。
「リディアナ。クロウシタ? 」
ただ一人。アダンダだけが変わらぬ好意を見せてくれたのが救いだ。
本当の名は告げたが、決してその名では呼ばない。リディアナと呼ぶ。彼女なりの想いがあるのだろう。
「シテナイ」
セシリアは首を振る。
わたくしは何もしていない。混乱の中を彷徨っている内にすべてが終わった。
ラミ族の男たちは、王国の兵から鍬を受け取ると穴を掘る労役を命じられる。
とても大きな穴だ。
その穴に、北方民の亡骸を葬るのが、彼らに課せられた最初の労役だった。
王国の兵達は、一人一人丁重に葬られるが、同じ待遇は北方民にはない。全員が、複数の穴にまとめて葬られる。いや、ただ単に埋められる。
死体を放置すると疫病が広がることは良く知られていた。それを防ぐために、ただ埋めるのだ。
武器を手にした軍団兵に監視されながら作業は進んだ。
セシリアもラミ族に交じって労役をした。周りは止めたが聞かなかった。
鋤を振るって地面を掘り返すが、全く進まない。
少し鍬を振るっただけで手の皮がむけた。それでも鋤を振るう。
もしかしたら、居たかもしれないもう一人の自分の代りに。
一日、鍬を振るい窪んだ穴に回収した北方民の亡骸を埋めていく。幾重にも積み重ねられた亡骸の上に土をかぶせていく。
日が沈むころには複数の土もりが出来上がった。
「セシリア。お疲れ様」
疲れ果てアダンダと並んで座り込むセシリアの元に、エリカが現れた。
正確に言えば再び現れた。
昼前に現れたエリカは、回収された北方民の死体の山を前にして逃げだしたのだった。セシリアはそれを恥ずかしいとは思わない。
わたくしは死体を見慣れてしまった。此度の戦で感覚がおかしくなっているだけ。
正常なエリカが少し羨ましかった。
「エリカ。こちらがお友達のアダンダ。彼女のお陰で包囲陣の中でも生きていけました」
アダンダを紹介するとエリカはしゃがみこんで、手を取りお礼を言う。突然現れた異民族に手を取られて戸惑うアダンダではあったが、エリカの敵意の無さは伝わったようだ。
「これで作業は終わりなの」
ひとしきり挨拶が終わるとエリカは土の山に目を向けた。
「はい。やがて、彼らも土に還るでしょう」
「そうね・・・うんーと、えーっと。なんて言えばいいのかな」
エリカが何かを言いたそうに頭を振る。
「どうしたの」
「ええっとね。もしかしたら、大変失礼なことかもしれないし、偽善者って言われたら返す言葉もないし、独りよがりのただの自己満足だって分かっているんだけど、やっぱりこういうのはちゃんとしないといけないと思うの。王国の人から見たらとんでもない裏切りかも知れないし。エリックもコルネリアもいい顔しなかったんだけど・・・・・・あのね・・・」
早口で話し出したかと思うと、突然止まった。
言葉が通じないアダンダはもとより、セシリアもエリカが何を言いたいのか分からなかった。
「あのね。もしもね。もしも迷惑でなかったら。その、お墓を作りたいの。駄目かな」
「お墓・・・」
「うん。ああ、こっちのお墓ってどういうのかよく知らないし、もしかしたら間違っているかもしれないんだけど、石を置けたらなぁって・・・ほら、こののままだと草とか木が生えて、何が何だか分からなくなるでしょ。何か目印があればいいかと思って用意したの」
「用意したって、墓石をですか」
「うん。駄目かな」
大きな体を縮こませながら尋ねるエリカに抱き着いた。
そんなことをしてくれていたのですね。逃げ出したと思ってごめんなさい。
「ありがとう。ありがとうございます。エリカ」
「いや、私これぐらいしかできないし」
「いいえ、彼らも喜んでくれるでしょう」
「そう。そうかな」
「はい。・・・でも、お父様や側近の皆様が何と仰るか」
衆議での出来事を思い出して顔を曇らせる。
「あっ、それは大丈夫。若殿に聞いたら好きにしろって言ってもらえたから」
「兄さまが」
「うん。だから、怒られないと思うの」
江莉香は立ち上がり、後ろに向かって手を振ると、複数の馬車が近づいてきた。
そらはエリックに率いられたニースの馬車で、荷台には大小さまざまな石が積み込まれていた。
「これなんだけど。どう。川で綺麗な石を選んできたんだけど」
覗き込むと江莉香の言う通り、白を基調とした綺麗な丸石が並んでいる。
「いいと思います。エリックも、ありがとう」
「言い出したら聞きませんからね。エリカは」
エリックの言葉遣いは戦(いくさ)前の主従関係に戻ってしまった。仕方ない事ではあるが寂しいことに変わりはない。
「そうですね」
「それじゃ。積み上げよう。みんなお願いね」
エリカが号令をかけるとエミールやロランにクロードウィグ、村の男たちが、土もりの上に石を積み上げていった。
セシリアも一緒になって石を積む。それを見てアダンダも同じように手伝う。
その作業をラミ族の男たちが不思議そうに見ていた。
「こんなもんかな」
エリカが最後の石を積み上げた。
一際は立派な大石を中心に、周りを小石で固めた塚が完成する。
「立派なお墓です。何もないより、ずっといいです」
「これぐらいしかできないから」
そう言うとエリカは石の前で両手を合わせ、セシリアは跪いて願った。
彼らの魂が安らかに天の国に迎え入れられますようにと。
続く
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