第70話   魔法使いの装束

 「魔法使いの戦装束? 」


 夕食の席でエリックからの質問にコルネリアは首をかしげた。


 「はい。恥ずかしながら、蒐で魔法使いの方を見た事が無いので装束を教えてください」

 「もしかして私用の服? 」

 

 エリカが横から口を挿む。


 「ああ、今のうちに用意しておかないと間に合わない」

 

 エリックの視線の先でコルネリアが珍しく困ったような顔をする。


 「そんなものはない・・・はずだ。いや、あるのか、私は気にしたことが無い」


 いつも、歯に衣着せぬ物言いのコルネリアにしては、歯切れの悪い答えが返ってきた。


 「無いのですか。コルネリア様は騎士団の訓練や遠征にはどのような装束で行かれるのですか」

 「私は、このままだが・・・・」


 コルネリアは今着ている飾りっ気のないローブを示す。

 普段着ている装束で戦に向かうのか。やはり、魔法使いというのは変わった人々だ。怖くないのだろうか。


 「皆、思い思いの恰好をしている。鎧を着るものは滅多にいないし、武器を手にする者もいない」


 おでこに手を当てて思い出そうとする。

 普段、冷静で表情に変化の少ない彼女にしてみれば珍しい仕草だ。


 「護身用に何か持ったりしないのですか。手ぶらではいかに魔法使いとは言え、危険ではありませんか」

 「いや、守り刀を持っている者もいたような」

 「コルネリアも持っているの」

 「私は持っていない」


 エリカの質問にゆっくりと首を横に振る。

 本当に手ぶらなのか。

 護衛の兵がつけられると聞くが、それでも不用心ではないだろうか。運悪く流れ矢に当たらないとも限らない。


 「魔法使いが直接敵と相対することはない。重たい鎧など動きにくいだけだ。ましてや剣など握ったこともない」


 コルネリアは両手を広げて見せる。

 細く形のいい指だ。確かに剣など握ったことはないんだろう。しかし、掌が全体的に黄色かがって明らかに変色している。普段何を触っているんだろうか。

 

 「教えていただき、ありがとうございます」

 「へぇ。何でもいいんだ。それなら特には用意しなくてもいいのかな」

 「その服は駄目だぞ」


 エリックはエリカの女中服を見て言った。


 「流石にそれは分かってるわよ。適当に動きやすい服を選ぶわよ。そうだ、今度の訓練、コルネリアも一緒に行きましょう」

 「私がセンプローズの蒐にですか」


 コルネリアはパンを片手に動きを止めた。


 「あまり・・・・・無茶を言うなよ」


 口の中の鹿肉を飲み込む。

 コルネリア様は王家直属の魔法騎士団の所属だ。地方領主の訓練に出るはずがない。


 「お願いします。私。軍隊の訓練なんて初めてなんです」

 「そういわれても」

 「王都からセシリアも来るらしいけど、あの子も軍隊の訓練なんて初めてだろうし、それに、エリックと同じ場所で訓練するとは限らないんでしょ」

 「まあ、そうだな。俺とエミールは騎兵隊だから、魔法使いとは会わないと思う。今まで会ったことが無いからな」

 「ほら、やっぱり。コルネリア。お願いします。心細いから何かと教えてください」

 

 エリカが両手を合わせて神に祈るような仕草をすると、根負けしたのかコルネリアが小さく何度か頷いた。


 「ありがとうございます。コルネリアがいてくれれば何かと心強いです」

 「ならば、明日からの修練はさらに厳しくしましょう。エリカが蒐でへまをすると私の沽券にもかかわりますね」


 コルネリアの言葉にエリカは口を開けたまま固まる。


 「いゃ、まぁ、それはそれで・・・・よ、よし。恰好が何でもいいならいい機会だし、動きやすい服を新調しよう。私とコルネリアは御揃いで作りましょう」


 エリカは一瞬固まったが素早く話を変えた。


 「気遣いは無用です。私はこのままでも」

 「いいじゃないですか。衣装は自由なんでしょ。私に任せて。いいでしょ。エリック」

 「ああ、そのつもりで聞いたしな。何でもいいならエリカの好きにしたらいいんじゃないか」

 「はい。決まり。やったー」


 何を仕立てるつもりか知らないが、女中服や普段着のローブよりはいいと思う。

 エリックは器の中に残った肉を口に放り込んだ。




 夕食後、江莉香はさっそく蒐に着ていく服を考える。

 動きやすい服と言えばジャージの一択だが、生地が無い。


 「ジャージってどうやって作るんだろ」


 久しぶりに魔導士の書を開く。


 「ジャージ。メリヤス編みで編んだ生地。なるほど編み物か・・・・・・うん。間に合わない」


 小さいころ母と一緒にマフラーを編んだけど、完成するころには冬が終りかけてた。

 それに毛糸で編んだらチクチクして直接着れないし、ポリエステルで作ろうと思ったら石油の掘削から始めないといけないもんね。

 うん。悔しくなんかない。


 「ジャージは無理か・・・・なら、デニムはどうよ」


 乗馬してて思うのはデニムみたいな頑丈な生地のパンツを履きたいと言うことだ。


 「デニム。インディゴで染めた厚手の綿織物か。インディゴって何。植物? 確かこの染め方にしたらガラガラ蛇が寄ってこないとかなんとか聞いたことがある気がするけど・・・・・流石にインディゴまでは載ってないか。まぁ、ガラガラ蛇に噛まれる可能性なんてほぼゼロだから何でもいいか」


 厚手の綿織物ならこっちでもいくつか見覚えがあるから作れるでしょう。

 下はデニムのパンツでほぼ決まりだけど、上はどうしよう。

 動きやすくて、頑丈な素材。となれば革かな。

 王都に行ったときアリシアから革のベストを貸してもらった。あれは動きやすかった。アレの長袖を作ればいいのか。いや、ちょっと待て。


 「難しく考えなくてもよかった。私持ってたわ。革のコート」


 江莉香は自室に駆け込むと、クローゼット代わりの戸棚から一着のコートを取り出した。


 「これこれ、これをベースに作ればいいんだわ」


 江莉香が手にしたのはこちらに来た時に羽織っていたスプリングコートだった。

 去年の秋に古着屋でみつけ、奇跡的にサイズがぴったりだったので思い切って買ったのだった。しかも、このコート素材は合皮ではなく本革。新品ではとても手が出ない代物だ。

 

 「あんた、なにで出来てたっけ。牛じゃないのは確かだけど」


 牛は硬くて重くて趣味じゃない。コートの内側をまさぐりタグを探す。


 「はいはい、鹿ね、鹿さんね」


 江莉香はタグを掴んで満足そうに頷いた。

 これなら、材料は簡単に手に入る。鹿なんて裏山に幾らでもいるもの。

 今日の晩御飯も鹿だったし。

 これなら、普通の服より頑丈だし、革の割に柔らかいから動きやすい。これから寒くなるから防寒着としても丁度いいわ。

 そうと決まればさっそく注文よ。



 「モリーニさん。急ぎのお願いがあるんですけど」


 朝一番に我が家へエリカ様が飛び込んできたときは何事かと身構えたが、服を作ってくれとの注文で肩の力が抜けた。

 しかし、それも早とちり。相手はエリカ様、一筋縄ではいかない。


 「エリカ様。これはいったい」


 モリーニは震える手でエリカの外套を手に取った。


 「形はこのままで丈をこのぐらいの長さで、ここは絞って、ここにこれと同じ感じでポケット付けてください。色は出来れば白、次点で茶色かな。黒は嫌」


 初めて目の当たりにする見事な仕立ての外套を前に、モリーニは話についていけない。


 「材質は鹿の革だから、簡単でしょ。ここの飾りと金具は要らないから」

 「おお、お待ちください。これはエリカ様の御召し物ですか」

 「そうですけど」

 「あの、どちらで手に入れられたのですか」

 「それは、聞かないで。説明できないから」


 困ったように眉をひそめる。


 「なるほど。分かりました」

 

 モリーニは唸り声のようなため息をついた。


 「作れそうですか。私とコルネリアの分、二着お願いしたいんですけど。それと乗馬用にパンツ・・・・・ってこちで言うところのポータロンですね」


 出来たら話を一つ一つしていただきたい。ポータロンの話しは置いておいて、まずは、この外套だ。


 「即答いたしかねます。私も色々と外套を扱いましたが、このように見事な仕立てのお品は見た事がありません。お作り出来るとはお約束しかねます」


 ドーリア商会にも懇意の仕立て屋はいるが、商会として衣類の取り扱いは少なく自信がない。


 「そうなんだ。次の蒐に着ていこうと思ってたんですけど」

 「蒐に・・・でございますか」


 そうか、もうそんな時期だったな。


 「ええ、動きやすくて丈夫な服が欲しいんです。エリックは鎧を着るらしいんですけど私たちはそんなもの着れませんから」

 「ようやく理解いたしました。魔法使いの方々の戦装束という訳ですか」

 「そんな、大層な物じゃないけど、大雑把に言えばそうかな」

 

 モリーニは腕組んで考え込む。

 これはもしかして大きな儲け話になるのではないだろうか。

 見た事もない斬新な皮鎧。人がたくさん集まる蒐で新進気鋭の二人の女魔法使いが着るとなると、注目されないわけがない。当然出所を聞かれるだろう。それが、ドーリア商会と言うことが広まれば、衣装にうるさい裕福なご婦人方から、商売上接点の乏しい魔法使いの方々までと懇意になれる可能性が。

 問題があるとすれば作れるかどうかだが・・・・・いや、そんなことを言っている場合か。


 「ここの機は逃してはならんな」

 「はい? 」

 

 いかん。思わず心の内が漏れてしまった。


 「やってみましょう。いえ、やらせてください」

 「お願いします。ああ、言い忘れてた。ここに、この長さで切れ込みを入れてください。このままだと馬に乗った時に邪魔になるんですよね」


 モリーニの返答にエリカはご機嫌になって更に捲し立てる。


 「お待ちください。今書き留めますのでもう一度お願いいたします」


 慌てて書くものを探すモリーニであった。

 


                  続く

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