第67話   大盛況

 喧嘩の騒ぎが落ち着くと、店の前には再び長い行列ができた。

 エリックは男たちをなぎ倒した棒を手にしたまま客を列に並ばせる。

 それまで、文句を言っていた街の連中も素直に従う。

 気の短い連中が街中で剣を抜くのは珍しくないが、今日は砂糖の店の初めての商売。血で汚したくはない。幸い、不意をつけたので二対一でも問題なく叩きのめせた。

 列を見張っていると、店からエリカが出てきた。


 「どうした」

 「エリック。お客さんの列を1トリムと3トリムに分けて。それと、砂糖は他所で売れないって説明して。怒る人がいて、ひとりひとり説明するのに時間がかかってしょうがないのよ」


 ギルドの特権により砂糖の売買はエリックたちにのみ認められている。店先の立て札に書いてはいるが字が読めないものも多く、もめているようだ。


 「わかった。エミール。列を二手に分けるぞ」

 「はい」

 「よし、ここから分けよう。みんな聞いてくれ。一人が買える砂糖の量は1トリムと3トリムのどちらかだ。1トリム分欲しい者はこちらに並んでくれ。3はこっちだ」


 エリックが声を掛けると列の中から何人かが抜けてくる。


 「それとなんだが、この店で砂糖を買っても他には売れないぞ。この店は領主様から認められた砂糖ギルドの店だ。勝手に他所で売るとギルドの特権を無視したとして裁かれるぞ」


 口にはするが、実際に街の者たちが小遣い稼ぎに他の者に砂糖を売っても見つけることはできない。ただの気休めだが、特権は特権。伝えていこう。

 その証拠に、これを聞いても列を離れる者はいなかった。

 人数としては1トリムを求める人々が多い。

 エリックはエミールと共に声を出しながら列を作る。

 ざっと見渡しても100人近い人々が並んでいた。行列は教会から聞こえる日暮れを告げる鐘が鳴り響くまで続いた。


 「つっ、疲れた・・・・」

 「足が、足が痛いです」

 「お腹すいた。死にそう」

 「お水。お水を下さい」


 店の台所でエリカとユリアが椅子にへたり込んで、机にうつ伏せになっていた。

 その他の店員たちも床に座り込んでいる。


 「お疲れさん。ほら水だ」


 二人の前に器を並べて水入れから水を注いでやる。


 「ありがっと・・・・」

 

 器に手を伸ばして一気に飲み干した。


 「はぁ。生き返る」

 「水、美味しいです」


 客が途切れることが無かったため、皆がほぼ休みなく働いた。


 「水を飲む暇もないほど働くなんて、初めてよ」

 「修行みたいですね。でも、修行より疲れました。なんか声がおかしい」


 他の店員たちにも水の入った器を手渡していった。

 まるで戦のあとのようだ。


 「エリックは元気ね」


 エリカがうつ伏せになったまま呻くようにしゃべった。


 「いや、俺も疲れたぞ。小さな諍いは絶えなかったからな。どれぐらい売れた」

 「途中から、カウントしてない。そんな暇なかった」

 「エリカ様。カウントって数えるって意味ですか」


 ユリアもうつ伏せのまましゃべるので声がくぐもる。お蔭で聞き取りにくい。


 「そう。大体あってる。1トリムの方が売れたような気がするけど覚えてない」


 どちらに人気があるが調べるために数を数えることにしていたが、途中であきらめたようだ。


 「エリカ様の仰る通りですよ。結果が出ました」


 銀貨と銅貨を数えていたモリーニが笑顔で台所に入ってきた。

 さすが、商人。この程度の忙しさは慣れているのか店で一番元気がいい。


 「なんだ、数えていたのか」

 「はい。お客様の合計は214人。そのうち1トリムが127人、3トリムが87人です。銀貨275枚。銅貨2147枚になります。大商いですよ」


 たった一日で目も眩むような利益が出た。砂糖の力を改めて目の当たりにした。 


 「凄すぎて頭に入ってこない」

 「俺の一年分の俸禄の倍ぐらいか。信じられんな」


 商売はたった一日で俺の二年分の働きをしたことになるのか。


 「なに、エリックの年収の倍。凄すぎる。砂糖ってそんなにお金になるんだ」


 うつ伏せになっていた顔が持ち上がる。


 「エリカ様が始めたのでしょう? 」


 ユリアが不思議そうに声を掛けた。


 「そうだけど、ただ漠然と儲かるだろうな、ってしか考えてなかった」

 「まぁ、店を開くにあたって出ていったお金も多いですからね」


 モリーニが手にした木箱を机に置くと中の銅貨が飛び跳ねた。


 「いい音。疲れが吹き飛ぶわ」

 「さすがエリカ様。良い商人になれますぞ」

 「エリカ様。いけません。お金に魅入られると不幸になりますよ。神々は常に私たちの行いを見ておられます」


 エリカがたしなめられていると、外からエミールが戻ってきた。


 「エリック様。店じまい終わりました」

 「ご苦労。さて、腹も減ったし夕食にでもするか」

 「ごめん。作る元気ない」


 エリカが掌を握って何かを振る動作をした。


 「分かっている。近くの酒場に食事でも頼もう。何か食べたいものはあるか」


 酒場に金を渡して食事を持ってこさせよう。

 そんな話をしていると、裏の戸口が叩かれた。扉を開けると満面の笑みを浮かべたフスが沢山の女中を引き連れて立っていた。


 「おめでとうございます。エリック様。大盛況だったようで、私も嬉しいです。ささっ、お腹が減っておられるでしょう。私の方で夕食をご用意いたしました。よろしいですか」

 「助かる。今から注文しようと思っていたところだ」


 女中たちは手に手に何かしらの料理を抱えている。


 「それはようございました。さぁ、お前たち皆さんにお食事を」

 「はぁい」


 女中たちが次々に台所に入ると、部屋に明かりが灯され、机一杯に料理が並ぶ。

 机が足りなくて樽の上に板を渡して簡易の机にした。

 普段は口にできない牛を煮込んだシチューや鳥の焼きもの、焼き立てのパンに珍しい野菜にたくさんの果物と豪勢な料理だ。

 皆で机を囲んで大いに飲み食いをする。


 「街でも店は大変評判でございましたよ。ギルドの末席を預かる身といたしましても大変喜ばしい」


 フスが上機嫌でエリックに葡萄酒を継いだ。


 「上手くいきすぎだ。この調子で売れたらあっという間に無くなるな」

 「そうでしょうな。今日は市の日。オルレアーノ近郊の村々からも人が集まっておりました。店の評判は風の速さで広まっておるでしょう。近いうちにレキテーヌ中から砂糖を求めてお客が押し寄せますな」

 「村での砂糖作りが間に合うかな」

 「ビーンは足りていますか。なければ直ちに手配いたします」

 「ビーンは十分だが、人手がな」


 一番の悩みの種を口にした。


 「ギルド長さえよければ、我々でご用意いたしますが」


 フスが続きに何を言いたいのか分かった。


 「奴隷は駄目だぞ」

 「そうなのですか」

 「ああ、ニースでは奴隷は使わないことになっている」

 「そりゃまた、なぜ」


 フスが眉をひそめた。

 簡単に人手を確保するには奴隷が一番手っ取り早い。


 「エリカの方針だ。ニースだけではなくギルドでも使わないから、そのつもりでいてくれ」

 「それは困りましたな。我々が使うのも駄目ですか」

 「ギルドに関わるものでは止めてくれ。もし、見つかったらエリカが間違いな怒る。最悪の事態だと風の魔法がフス殿に飛んでくるかもしれない」

 「なんと」


 目を丸くして驚くが、残念だが冗談ではないのだ。

 昼間に不心得者を二人、棒で殴り飛ばしたが、本気になったエリカの魔力の前には児戯に等しいだろう。エリカが魔法の竜巻を起こせば人、二人ぐらいなら城外に吹き飛ばせるかもしれない。

 

 「エリカがいなければどの道、砂糖を作ることはできなかったんだ。エリカのやりたいようにやってもらうつもりだ。代官として村の方で移住してくれるものを募ってはいるが、村の者の中にも移住に反対が多くて簡単にはいかない」


 切り分けられた鶏肉を口に放り込んだ。しっかりと塩が効いていて旨い。


 「困りましたな。移住者も厳しいとは」

 「他の方法を探すしかない」

 「そうなると、教会にお縋りするしかなくなりますな」

 「やはりそうなるか」

 「はい。教会なら修道士の10人や20人簡単に派遣いたしますから」

 「もう、来ている。シスター・ユリアもその一人だ」


 エリックは木椀から麦粥をかきこんでいるユリアを目で示した。

 今日はエリカと共に大活躍だった。読み書き計算ができる彼女抜きにギルドは恐らく動かないだろう。


 「なんとも手回しの良い事で。お気を付けください。砂糖の秘密が全て教会に漏れると、我らは切り捨てられるやもしれません」

 「エリカとも話したが、それは半分諦めている。同じギルドの一員だ。製法が漏れるのは遅いか早いかだ」

 「よろしいので」

 「良くはないが、相手は教会だ。その気になれば一たまりもない」


 一応、契約で縛ってはいるが、それこそ法皇様が直々に御出座されたらひれ伏すしか道はない。


 「確かに。せいぜい機嫌を取りましょう」

 「機嫌は取れるだろう。今日の売り上げの10の内3は教会の取り分なんだ。司教様は座っているだけで大儲けだ」

 「これはお口の悪いことで、教会の半分は祈りで、もう半分は黄金で出来ておりますからな」


 フスが腹を抱えて笑う。

 こうやって考えてみるとエリカの気持ちが少しわかったような気がした。



                   続く

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