第66話   武人の貌

 無料で砂糖をばら撒いたおかげで人が集まったが、効果が強すぎて一瞬暴動のようになる。

 店の中に逃げ込んだ江莉香は、空になった籠を台の上に置いて息をついた。


 出だしが微妙だったから少し心配だったけど、なんとかお客さんを呼び込むことができた。


 「ありがとう。ユリア。大丈夫だった」

 

 揉みくちゃになりかけたユリアに声を掛ける。


 「はい。なんとか。すこし砂糖をこぼしてしまいました。申し訳ありません」

 「いいわよ。それぐらい」


 乱れたエプロンを整えてカウンターに向かう。

 気難しそうなご婦人が天秤と砂糖を睨みつけている。1グラムとも妥協しない構えだ。計量を終えると店員がご婦人の広げたハンカチの上に砂糖を乗せてやる。その時も皿に一粒たりとも砂糖の欠片が残らないように細心の注意が必要だ。

 ご婦人はハンカチを素早くたたむと満足げに銀貨を差し出した。


 「ありがとうございます」


 江莉香は店員と一緒に愛想よくお礼を言った。

 


 日が昇り市が賑わい出すと店を訪れるお客の数が増えだし、幾人もの男女がカウンターに押しかけ口々に注文を言い出す。


 「おい。婆さん。俺が先だぞ。割り込むな」

 「店員さん。少しでいいから安くしておくれ」

 「ちょっと。私の砂糖を計っているのよ。静かにして頂戴」


 お客さんの注文は予想通り一番安い1トリムの量が多い。中には慎ましく複数人で銅貨を出し合って店に来る者もいる。これを綺麗に三等分にしろと言われたときは往生した。

 自分でやってよ。

 そして、こっちの人は列を作って並ぶということを知らない。

 皆が思い思いにカウンターに押し寄せて一斉に喋る。


 「皆さん。順番にお売りするので並んでください」


 声を大にしてお願いするが、まるで聞いてくれない。

 並ぶという文化が無いのかもしれない。


 「エリック。何とかして」

 

 倉庫からエミールと二人がかりで砂糖の瓶を運んできたエリックに声を掛けた。


 「何とかと言ってもな。どうすればいい」


 エリックは慎重に瓶を地面に下ろす。


 「お客さんを一列に並んでもらって」

 「一列に並ぶ? ああ、なるほど。軍団方式でいいか」


 エリックは納得したように頷く。


 「何でもいいから、お願い」


 深く考えずに答える。


 「よし、エミール。客を整列させるぞ」

 「はい」

 

 店の入り口に立った二人は何を思ったのか腰に吊るしたと長剣を鞘ごと取り外して地面に突き刺した。


 「「整列」」


 剣が地面に突き刺さると同時に大声で号令をかけた。

 あまりの大声に店にいた全員がエリックに視線を送った。


 「全員整列せよ。砂糖の売買は整列順に行う。疾く従え」


 厳しい表情で一喝する。


 「ちょっと。エリック。何言ってんの」

 「従えない場合は店から放り出すぞ」


 江莉香の抗議もむなしく、エミールも普段見ないような怖い顔で叫んだ。

 お客たちは、顔を見合わせ渋々、列を作る。

 そりゃ、両脇に剣を持った男が怒鳴っていたら誰だって従うわ。

 

 「これでいいだろう」


 エリックがいいことしたみたいな笑顔で言った。

 ここは、怒るところなのか感謝するところか微妙だ。


 「あ、ありがと・・・・」


 とりあえずお礼を言う。

 そうか、軍隊でやる整列をさせたのね。忘れていたけどエリックは軍人でもあったのね。

 それからは剣を持った二人がカウンターの両サイドに仁王立ちして来店する客を列に並ばせる。一切の容赦なく。

 日本でこれやったら、お客さんが怒って帰るか、クレームの嵐だろう。

 街の人たちも不服そうだが従った。

 おかげで、カウンターの混乱は収まったが、新たな問題が。


 「金なら出すって言ってるだろう3トリムと言わず20トリム売ってくれ。全部銀貨だ。文句ないだろう」


 カウンターにお金の入った袋を叩きつけるように置く行商人風の男。

 想定通り大量に買い付けする人が現れた。

 一人の買える量は決まっていると何度言っても全く納得しない。とにかく売ってくれの一点張り。気持ちは分かるけど無理です。


 「今の所は卸しの取引はしていないのですよ。ドーリア商会の方でいずれ卸しをおこないますから、今日の所は」


 困っていると、横からモリーニが助け舟を出してくれたので彼に任せる。


 「それはいつだい」

 「まだ、決まっていないが近いうちには」


 行商人の相手には元行商人のモリーニさんは適任だ。

 次のお客さんを手招きする。

 

 「一人、3トリムと言うことは二人できたらいいのかい」

 「はい? ええ、お一人様3トリムまでですから二人でくれば倍になりますね」


 女中服のおばさんが大声で訊ねてくるので首を縦に振った。


 「よし。お屋敷のみんなで来るからね」

 「あの、ちょっと」


 あっという間にいなくなると、次のお客さんが前に出た。

 砂糖が安く買える話が広がるにつれ、量を多く買いたいというお客も増えた。

 彼らは一人が買える量が決まっていると知ると、なんと人海戦術を試みたのだった。家族総出で並ぶなんてのは可愛い方で、お金持ちは屋敷で働く使用人達に銀貨を握らせて押し寄せたのだ。おかげで、並んでいる人の列はあっさり店から通りに飛び出した。エリックとエミールもそれにつられて外に出ていく。

 並んでいる人が注目され、さらなる人を呼ぶ。

 大繁盛しているラーメン屋みたいな光景が展開した。

 用意した二つの天秤は大忙しだ。

 江莉香とユリアは会計をし、店員が天秤を操る。

 ややこしいお客が来たらモリーニが優しく対応してクロードウィグが背後から鋭い眼光を浴びせる。

 砂糖だけでは寂しいと思って用意したビスケットやジャムには誰も見向きもしない。ひたすら砂糖の注文が続いた。



 お昼を回り、そろそろお腹がすいてきた頃、店の外から争うような物音と悲鳴が聞こえた。

 何事と、外に出て様子を窺うと、背の高い男と低い男が剣を抜いて罵り合っていた。

 二人が握る剣の刀身が日の光を反射し妖しく光る。


 「エリカ。店に戻れ」


 剣の柄に手を掛けたエリックが叫ぶ。


 「何があったの」

 「ただの諍いだ。巻き込まれない様にしろ」

 「ただのって・・・」


 凶器を振り回してただの諍いも何もないでしょ。

 しかし、そう考えたのは江莉香だけだったようで、街の人たちも遠巻きに二人の争いを見物している。

 よく分からないが、笑ったのだの笑っていないのだの子供の喧嘩みたいなことを言い合っている。


 「店前で騒ぐな。二人とも砂糖は売らんぞ」


 エリックが一喝すると、男たちは。


 「砂糖なんぞ、どうでもよいわ」

 「黙れ。小童。貴様もこ奴同様、剣の錆にするぞ」

 「ゆうたな。やって見せるがいいわ」

 「いわれるまでもねぇ」


 背の高い男が剣を振り上げると、あっという間に切り合いに発展した。

 長さ1メートル弱の剣をやたら滅多と振り回し、辺りに金属の撃ち合う音が響く。

 街の人たちは逃げ出すのかと思えばそうでもなく少しばかりに距離を開けるが、見物したままだ。制止しようとする者はおらず、中には笑いながらヤジを飛ばす者まで現れる始末。


 「エリカ様。下がって」


 唐突な展開に呆然としていると、ユリアが抱き着いて江莉香を店の中に引っ張り込もうとする。

 

 「警察。警察を呼ばないと」

 「いいから、下がって。危ないです」


 軽くパニックに陥っていると、エリックは店先に立てかけてあった長い棒を手にした。

 高い場所の扉を開け閉めするための棒だ。2メートル以上の長さがある。


 「エリック様」

 「任せろ。エミール」


 何をするのかと思う間にエリックは走り出し、流れるような動作で立て続けに二人の男に向かって棒を振り下ろした。


 「なっ、なんだ」

 「てっめっ」

 「せいっ」


 右足を前に踏ん張り上段に構えた棒を背に高い男の右腕にめがけ振り下ろしその手の剣を叩き落とすと、そのまま半身を返して立ち位置を変えると背の低い男の左肩を強打した。

 まさに打擲。

 腕や肩に情け容赦なく振り下ろされた棒により嫌な音が聞こえ、男たちはあっという間にエリックに打ちのめされた。

 地面には二人の男と彼らが手にしていた剣が転がる。


 「ああ、骨がいきましたね。お見事」


 なんてことないようにエミールが笑顔で言う。

 瞬く間に二人の男を打倒したエリックに街の人たちが大きな歓声を送った。


 「往来で剣を抜くのは法度により禁じられている。知らぬとは言わせぬぞ」


 エリックが石畳に棒を突き下ろし、地面で呻く二人に向かって叫んだ。

 ああ、打ちのめしてから言うのね。頭に血が上った人に何を言っても無駄だから確かにその方が効果的だけど。


 「エリック様。お強いですね」

 「ええ、そうね」


 ユリアが抱き着いたまま感想を述べた。

 確かに強い。伊達に毎日、剣の稽古をしているわけではないのね。

 しばらくすると、門番と同じ格好をした男たちが現れた。この人たちがオルレアーノの警察官なのだろう。二人の男に縄をかけてしょっ引いていく。

 二人を打ちのめしたエリックには何のお咎めもなかった。正当防衛って事なのかな?

 棒を手にしたままのエリックに駆け寄る。


 「大丈夫だった。エリック」

 「問題ない。なんてことの無い奴らだった」

 「しっかし、頭おかしいのかしら。街中でダンビラ振り回すなんて」

 「壁外に比べれば安全だが、街中でもああいう奴は珍しくない。エリカも気をつけろ」

 「う、うん」


 息は上がっていないが、いつもより目が輝いているみたい。


 「お見事です。エリック様」

 「あまりの速さに目が追い付きませんでした」


 エミールとユリアが口々にほめそやす。

 確かに振り下ろした棒は全く見えなかった。あんなの躱せるわけがない。


 「俺は栄光ある軍団兵だからな。あれぐらいできて当然だ」


 誇らしげに笑うその顔に、セシリアには悪いけど少しキュンとした。

 

 

                  続く

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