第64話   父の馬と魔女のモチーフ

 教会での秘伝の授与を終え、エリックたちはニースの村に戻った。

 店の改装は商会に任せ、自分たちは店に出す砂糖の準備をしなければならない。

 

 「どれぐらい持っていくつもりだ」


 砂糖を保管している倉庫でエリカに向かって尋ねる。

 砂糖は湿気と虫から守るために、全て瓶に入れられていた。瓶はかなり大きめに作られておりエリックの腰の高さほどあった。


 「あるだけ全部のつもりだったけど・・・・・運べるかな」


 ずらりと並んだ保管用の瓶の前でエリカが腕を組んだ。


 毎日、毎日、休みなく砂糖の精製にいそしんだ為、数にして20本以上の瓶が並んでいる。現在、村ではこの瓶を焼くのにも忙しい。

 空の瓶を運ぶだけでも一仕事になりそうだ。それが砂糖満載。馬車にそう多くは積み込めない。


 店を開く日はエリカの発案で人が集まる市の立つ日にすることにした。

 確かにその方が評判が広まりやすいだろう。

 ただそうなると問題も出てくる。


 「馬車の数足りてる? 」

 「難しいな。カマボコや石鹸も運ばないといけないから数が足りないな」


 夏の終わりに近づくにつれ、獲れる魚も増えだし、それに連動してカマボコや魚の干物、そして、肥料作りついでに出来る石鹸の量も増えていた。


 「そっか」


 エリカががっかりした様子で俯いた。

 

 「問題ない。ロバも使えば大丈夫だろう」


 馬車は足りないが、ロバの数は十分にある。ロバの背中に荷物を載せれば足は遅いが量は運べる。


 「そう。よかった。それじゃ、これ全部お願いね」

 「ああ、任せろ」


 エリカはビスケットとジャムを用意する。俺はそれ以外の全ての手配をしよう。

 次のオルレアーノ行は今まで最大の人数になりそうだ。

 使える馬車とロバをかき集め、御者とロバを扱う人、そして警備の人数。いつもは途中一泊でオルレアーノに到着するが、ロバでは日暮れまでには城門に到着できないかもしれない。そうなるともう一泊は露営しなくてはいけない。また荷物が増えるが、食料も多めに用意しなくてはならないな。

 エリックはロランに命じて人と物資を集め出した。



 結局、馬車4台とロバ13頭に警護役にロランとエミール、そしてクロードウィグを連れていくこととした。無論、クロードウィグには剣はもとよりナイフ一つも持たせはしないが、この見た目だ。好んで襲い掛かる奴はいないだろう。

 

 「剣は要らぬ。馬をくれ」


 街への護衛を命じるとクロードウィグは思いがけないことを言い出した。

 

 「馬だと。扱えるのか」

 「当然だ」


 クロードウィグは表情一つ変えずに答えた。

 奴隷としての口の利き方ではないが、まぁいいだろう。

 北方民の戦士は馬を巧みに操ると言う。クロードウィグもそうなのだろか。


 「ロラン。どう思う」

 「こ奴の巨体に馬が耐えられますかな」


 ロランが面白くなさそうに答える。


 「厩で踝の白い葦毛の馬を見た。あれを貸してくれ」


 クロードウィグは視線を厩の方に向けた。


 「踝の白い葦毛だと。ならん。あれは先代の馬だ。奴隷ごときに貸せるわけなかろう」


 ロランが声を荒げる。

 クロードウィグが要求したのは父ブレグの使っていた馬だった。馬格も大きく良い馬だが気性が荒く馬車を引くのには向かない。エリックとは相性が悪いらしく乗馬としてもあまり使っていない。


 「御せるのか」

 「若」


 エリックの意図を察してロランが抗議の声を上げた。


 「当然だ」

 「いいだろう。御せたのなら貸してやる。ロラン」

 「わしは反対です」

 「なにも与えるわけではない。貸すだけならいいだろう。あれもたまには使わないとな」


 エリックの答えにロランはため息をつき、嫌々ながらに父の馬を引いてきた。


 「見せてもらおう」


 エリックの言葉に応えもせずにクロードウィグは軽々とブレグの馬に跨って見せた。

 突然の騎乗に馬は後ろ脚を跳ね上げ激しく暴れだすが、クロードウィグは太い両足でがっちりと挟み込むと手綱を軽く引いて均衡を取った。

 明らかに馬に乗り慣れている。そして心なしか楽しそうだ。

 しばらく暴れていた馬も徐々に大人しくなり、クロードウィグは辺りを一周して見せた。

 馬はその馬格のおかげで巨漢のクロードウィグが騎乗しても問題が無いように見える。


 「いいだろう。貸してやる」


 この男、俺より馬術の腕は上だな。

 隣でロランが悔しそうに息を漏らした。

 父やロランから北方の戦士の勇猛さは聞いていたが、北方の戦士がこんな男ばかりだと、戦になれば苦労するだろうな。


 「へえー。クロードウィグ、馬に乗れるんだ。上手ね」


 通りがかったエリカが馬上のクロードウィグに声を掛ける。


 「アルブーヌ・メイガリオーネ」


 クロードウィグはひらりと馬から飛び降りた。

 

 「騎馬民族って感じね。貴方の故郷の人はみんな上手なの」

 「そうだ。我らは馬と共に生きている」


 胸を張り誇らしげに答えた。


 「そうなんだ。よかったら、今度乗り方教えてね」

 「わかった」


 エリカは手を振って立ち去る。


 「エリカには従順ですな」


 ロランの言葉に頷いた。


 「ああ、エリカの事を主人と思っているのだろう」


 言葉は横柄なままだが、明らかに自分とは違う態度で接している。


 「よろしいので」

 「そのために買ってきたからな。いいだろう」


 この調子なら、エリカの身の安全には注意するだろう。護衛としてはそれでいい。


 

 準備が整い、市の立つ日に合わせて村を出発する。

 予想通りロバたちの歩みは遅く、途中でもう一泊することとなったが、無事オルレアーノに到着した。

 用意した店の前で先発していたモリーニと商会の者たちの出迎えを受けた。

 初めて見たが小ぎれいで、ちょうどよい大きさだ。


 「お待ちしていおりました」


 モリーニに先導されて店の中を見て回る。

 市場の露店と違い、頑丈な木の机によって客と店主は隔てられている。奥に進むと砂糖を貯蔵する区画が用意されていた。虫が近寄れぬように天井から床、三方の壁に至るまでレンガと漆喰で頑丈に固められていた。

 

 「よし。運び込んでくれ」


 エミール達に声を掛ける。

 馬車から降ろされ砂糖を満載した瓶が運び込まれていく。重さと中身の為二人掛かりで慎重に運ぶのだが、クロードウィグは一人で軽々と運び込む。

 エリカは戸棚に小物を並べて色々思案している。

 台所といくつかの部屋、小さな裏庭を見て回り最後に二階に上がる。

 梯子のような急な階段を上がると、二階は3つの部屋に分かれており、エリックの要望通り寝室になっていた。

 これなら5~6人程度の人間が寝泊まりできるだろう。


 「いかがでございましょうか。ご不明な点があれば何なりと」


 手抜かりはないだろう、と言わんばかりのモリーニにエリックは笑顔で頷いた。


 「立派なものだ。私の家よりも快適そうだな」

 「ありがとうございます」


 エリックは窓から下を覗くと通りと馬車が目に入った。石畳の街路に多くの人が行き交う。

 ギルドの拠点としても申し分ない出来だった。



 江莉香はビスケットの入った袋を棚に押し込んでいく。

 店に台所もあることだし、村から運ぶ手間を考えたら今度からはこっちで作った方がいいかな。でも、材料の砂糖や糖蜜、麦を運び込まないといけないから手間は変わらないか。液体の糖蜜を運ぶ方がめんどくさいか。

 棚にビスケットをしまい込み、カウンターの上に備え付けられた天秤に目をやる。

 オーソドックスな吊り下げ方の天秤が二つ並んでいた。一方を大、もう一方を小として使う予定だ。

 重さは小をこちらの重さで1トリム、大体50グラムぐらいとし、大を3トリム150グラムぐらいで売ることにした。価格は小が銀貨一枚、大が銀貨3枚。高いように感じるが、これでも王都で買うよりだいぶ安い。半値ぐらいじゃないかな。この値段なら貧しい人でもお金を出し合えば買えるはず。

 店の中を見て回っていたエリックが戻ってくるとモリーニが二人の前に大きな木の板を運び込んだ。


 「看板はこのようにいたしました」


 そこにはシンプルに「さとう」と書かれた文字。


 「分かりやすいな」

 「はい。誰が見ても誤解いたしません」


 エリックが笑うとモリーニが大いに同意した。

 うんうん。分かりやすさが一番よね。

 私たちが満足したのを見てモリーニさんが商会の人に声を掛け、一抱えほどある金属製のモチーフを持ってこさせた。


 「それと、エリカ様のご要望で店の象徴を青銅でお作りいたしました。いかかでございましょう」

 「やったー。それも出来ていたんですね」

 「何だこれは。これも看板か」

 「はい。文字の看板は通りに沿って掲げますが、こちらは通りを歩いている人の目に入るように掲げます」

 「なるほど。しかし、何が描かれているんだ。棒に跨った女か」


  エリックが不思議そうにのぞき込む。


 「棒じゃないのよ。箒よ。箒」

 「なぜ箒に跨っているんだ。意味が分からん」


 エリックが首をかしげた。

 そこを突っ込まれると痛い。


 江莉香が注文したのは天秤を背景に箒に乗った三角帽子の魔女のモチーフ。天秤は定量定額販売を現し、魔女は当然、江莉香。箒の先っぽに砂糖を入れた袋をぶら下げている。


 ああ、言わないで、そうです。私が大好きなあの、アニメ映画から頂きました。魔法使いが関わってるお店だからギリセーフって事でお願いします。

 エリックに元ネタがわかるはずもなく怪訝なまなざしを向けてくる。

 その視線痛いです。


 「エリカ様のご要望通りになっていますでしょうか」

 「はい。ありがとうございます」


 ペタルダのお店のモチーフが可愛くて真似してみました。

 あの後、街の看板を見て回ったけど、関係ないモチーフを掲げているお店が結構あったから、これでもいけるはず。

 だって砂糖をデフォルメしたモチーフが思いつかないもん。なんかある?

 因みにこの看板は私のポケットマネーで作ってみた。エリックが嫌がったら私が引き取って部屋に飾ろう。なかなかよく出来ている。うんうん。


 「よく分からないが、目立つからいいか」

 

 意外にすんなりエリックが納得してくれた。良かった良かった。


 「良くできた品でございます。いかがでございましょう。これをギルドの紋章としてみては」


 気に入ってもらえて気を良くしたモリーニが提案する。


 「いや、さすがにそれは不味いんで」

 「そうなのですか。箒に跨った少女の姿なぞ見た事ございませんから、眼立ちますぞ」

 「目だったら目立ったらで困るんで」


 会えるかどうか不明だけど、仮に私以外の日本人に見られると不味い。大変に不味い。


 「何に困るんだ」


 否定するエリカにエリックが首をかしげる。

 うーん。説明するのが心苦しい。


 「ギルドの紋章はもっと簡単な形のほうがいいと思う」

 「そうか? 例えばどんな形だ」

 「えっと。例えば・・・・・・こうかな」


 江莉香は空中に菱形を描き、中の空間に ✕ を書いて見せた。


 「確かに簡単だが、簡単すぎないか。大体なんの象徴なんだ」

 「私の家の家紋だけど」


 由来は知らないが窪塚家の家紋は武田信玄で有名な武田菱。ご先祖様の墓石に彫ってあるから間違いない。


 「かっ家紋? エリカ。お前、家紋持ちの家だったのか」

 

 エリックの表情に驚愕の色が浮かんだ。


 「そうよ。シンクレア家の家紋はどんなの」

 「家紋なんて持っているわけないだろう」

 

 エリックが力一杯否定する。

 そう言えば見た記憶がないな。


 「そうなんだ。私の国じゃほとんどの人が持ってるから」

 「みんな持っているのか。変わった国だな。この辺りで家紋を持っているのは貴族か騎士、それか大商人ぐらいだ」

 「ふーん。色々違うのね」


 いや、むしろ共通点の方が少ないか。外国と言うか違う世界と言うか当然よね。


 「では、エリカ様の家紋をギルド紋になさいますか」

 「やめてください。お願いします」


 江莉香はモリーニの言葉に反射的に頭を下げた。

 そんなことしたら、ギルドが私の所有物みたいになってしまう。ここは全力の拒否。


 「わっ、わかりました」

 「紋章はエリックが考えてね。お願い」


 そのまま、エリックの方に頭を向ける。

 ギルド長のエリックが考えるのが筋ってもんでしょ。


 「分かったから、頭を上げてくれ」


 ぐだぐたしている間に看板とモチーフが店に取り付けられた。

 いよいよ、明日オープンだ。



                     続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る