第61話   設立作業

 エリックは書斎でギルドの運営について頭を悩ませていた。

 教会に誘われドーリア商会を巻き込んで、ギルドの許認可を領主である将軍閣下に認めてもらうとこまでは持ってきたが、設立と運営の方式については相変わらずの無知のままであった。

 それを何とかするべく、正式に商会の代表として派遣されたモリーニからギルドについての話を聞く毎日だ。


 「我々のギルドの勢力範囲はレキテーヌ周辺に限られています。その中での砂糖の精製と販売が認められておりますが、他の地方に砂糖を販売する場合はその地方のギルドと協定を結ばなくてはなりません」

 「なるほど。しかし、砂糖のギルドなど他にあるのか」


 砂糖は高級品で一部の貴族や金持ちを除いて頻繁に目にするものではない。

 ギルドを作ることがあるのだろうか。


 「流石に砂糖を自分たちで精製するギルドはございませんが、販売するギルドが王都にございます。このギルドと話を付けずに王都にニースの砂糖を流しますと、問題が」


 モリーニが声をひそめた。

 何だそのことか。それなら話は決まっている。


 「閣下からも内々に王都へ砂糖を流すのは控えよと言われている。だから私としても王都に砂糖は卸すつもりはない。それでいいだろう」


 エリックの答えにモリーニは苦笑いを浮かべた。


 「ところがそうはいきません。なぜなら王都で販売する砂糖がニースの砂糖より高いからです」


 王都で売られている砂糖は遠い南の国から船で運ばれた品だ。

 自分の家の畑で取れたビーンから作られた砂糖に比べて割高なのは当然だな。


 「高いのは分かるが、何が問題となるんだ。王都には砂糖を卸さないのだから、高いも安いも無いだろう。王都のギルドは今まで通り商売をすればいい。私は彼らの邪魔はしない」


 エリックは椅子の背に体を寄りかからせた。


 「エリック様。ニースのギルドから砂糖を買った者が王都の闇市などで密かに売る可能性が高いのです。私ならそうします」

 「それは、我々と関係ないだろう。文句は王都で売った商人に言ってくれ」


 そんな所まで目配りなんかできないぞ。


 「王都の者たちはそうは考えないでしょうな。ニースのギルドが行商人を間に挟んで自分たちの市場を脅かしたと考えるはずです。そして、商人は自分の市場を荒らされることを何より嫌います。様々な方面からの圧力がかけられるかと」

 「では、どうしたらいいんだ。私は王都と揉め事を起こしたくない」

 「取れる対応は二つです。王都のギルドと協定を結ぶ。もしくは王都のギルドごと飲み込む」


 芝居がかった口調でモリーニが指を2本立てて見せた。


 「その二択だと協定しかないな。どうすれば結べる。私はいつでも王都に向かえるぞ」


 エリックが一顧だにせず答えるとモリーニは苦笑いをした。


 「選択肢を示してなんですが、どちらも難しいでしょう。いきなりエリック様が砂糖片手に押しかけても門前払いかと」

 「言われてみれば当然か。すまないが、ドーリア商会から話を通してくれないか」

 「それは出来ますが、やはり協定を結ぶ為には信頼と実績が必要でしょう」

 「実績ならあるだろう。現に砂糖は作れているからな・・・・ただ信頼は皆無か」


 いい出しの語気は強かったが、語尾は弱くなる。


 「はい。ですのでニースのギルドで作った砂糖の卸価格は高めにお願いします。具体的にはニースの砂糖を買った者が王都で売ろうとすると値段が変わりない程度の値段ですね。こうすればニースの砂糖が王都に出回ることもなくなり、いたずらに彼らを刺激しないでしょう。徐々に彼らとの距離を詰めましょう協定はその後です」

 「話は分かったが、せっかく安く作れる砂糖を高値で売るのか。エリカは安く売ることで客の信頼を得ようと言っていた。そうすれば我々以外の者たちが砂糖を作っても引き続き買ってくれると。私もそれに賛成した」


 モリーニの提案はエリカと真逆なものだった。


 「ははっ、エリカ様らしいと言うか、確かに砂糖以外の品物でしたらエリカ様の仰る通りでしょうが、砂糖のような希少価値の高い品物でそれを行いますと、先ほどお示ししました王都のギルドを飲み込む手段しか、問題の解決方法がありません。いわば、強者の理です。お二人のお力をもってすれば不可能ではありませんが、将来的にと言うのならともかく、立ち上げたばかりでそれを行うのは、お止めになられた方が安全です」

 「よく分かる話だが、高くするとそもそも売れなくなるぞ。今の計画ではビーンの増産と買い付けに力を入れることになっているんだ。作ったものが売れなかったら増やす意味が無い」


 今更方針を変えるのは難しい。


 「それならば、当分はオルレアーノの市で市民に安く少量の商いをなさればよろしいかと」

 「商人には売らないと言うことか」

 「はい。多くの市民に少しづつお売りになられれば、それなりに数は捌けます。ただ、大口のお取引は止められた方がよろしいでしょう」


 予め、代りの案を考えていたのだろう。モリーニはよどみなく答えた。


 「よし。それなら問題ない。だが、市のある日は限られている。いっそのことオルレアーノに砂糖の店を構えたいな。それなら市の無い日でも売れる」


 名案のように思える。しっかりとした店を構えれば市にこだわる必要もない。


 「オルレアーノで店ですか。店株を得るためにはそれなりの額が掛かりますが」


 モリーニが言いにくそうに答えた。

 そうか、店を出す権利を買わないといけないのか。


 「いくらだ」

 「おおよそですが、金貨20枚は必要かと」

 「金貨20枚か。出そうと思えば用意できるが、大金だな」

 「失礼ながら出せるのですか。これとは別に店を借りる金も必要です。ギルドになったからには代官のお金は使えませんよ。側近の方から横領になると言われたのでしょう」


 モリーニの言葉に先日の事を思い出し眉をひそめた。


 「大丈夫だ。エリカに支給された金貨を個人的に借り受けている。あれは代官職とは関係のない金だ。だが使うとなると額が額だからエリカとも相談しないとな」

 「それがよろしいかと。私も商会の方に問い合わせてみましょう。もしかするとご融資できるかもしれません」

 「頼む」

 「はい。更にレキテーヌ周辺と、北の地方は我らドーリア商会が売り歩きましょう。これなら追加で数が捌けるはずです」

 「北か。それは協定はどうする」

 「北には、と言うよりも王都周辺以外に砂糖を売るギルドはありません。領主様の保護はありませんが、売るのは自由です」

 「これも、少しづつ売るのか」

 「はい。村周りの行商人を使いましょう。私も先日まで行商人でしたからうまくいくと思いますよ」

 「村に直接売れば王都に流れる心配はないか」

 「確実ではありませんが恐らく。仮に村に出回った砂糖を買いあさる行商人がいたとしてもレキテーヌでは見つかると罰せられますし、それ以外の地方で行ったとしても手間がかかりますからね、儲けは少ないかと」

 「分かった。エリカに異存が無ければそうしよう」

 「ありがとうございます」

 

 商売の複雑さに頭が痛くなる。商人たちは毎日こんなことを考えながら暮らしているのか。


 「お話はお済になられましたでしょうか」


 部屋の隅に控えていたメッシーナ神父が声を掛けてきた。


 「申し訳ありません。お待たせしました」


 モリーニが一礼して下がると、今度はメッシーナ神父が机の前に立った。


 「教会よりご報告いたします。今回の事でニースに新しい修道士が遣されることとなりました。手始めといたしまして10人ほどとなります」

 「助かります」

 「はい。そうなりますと、今のニースの教会では手狭となりますので、増築したいのですがよろしいですか」

 「勿論です」


 これはギルド長としての話ではなく代官としての話だ。頭を切り替えないと。


 「ありがとうございます。また、ボスケッティ神父の話によると、増築だけではなく別の場所に新たな修道院を建てたいとのことですが、お許し頂けますか」


 例の200人規模の修道院か。気の早い話だ。

 モリーニとの話で砂糖をどこまで作ればいいのか分からない段階でビーンの畑を増やしても捌ききれないかもしれない。


 「申し訳ないが、その件に関しては話を留めておいてほしい。まだ、良いとも悪いとも言えません。しばらくは教会に収まる人数でお願いします」

 「わかりました。そのように伝えましょう。彼から、修道院の見取り図を預かっておりますのでご確認ください」


 メッシーナ神父から手渡された布を机に広げた。


 「これは・・・・・・想像以上の大きさですね。許しを出したところで、これを建てる空き地があるかどうか」

 

 そこに描かれていたのは、教会に付属した巨大な宿舎と複数の倉庫と庭、それらをぐるっと囲む塀。平地の少ないニースのどこに建てるつもりなのだろうか。

 代官としては農地は出来るだけ潰したくないのだが。


 「立派な修道院ですな。ロリアンの修道院とそっくりな間取りだ。あそこの修道院も葡萄酒づくりの中心地でした」


 モリーニが横から図面を眺める。


 「はい。ボスケッティ神父の話によると、山か岬を削ってでも作るつもりだと言っていました」

 「山か岬を削る・・・・・」


 メッシーナ神父の言葉にエリックは絶句する。

 教会は砦でも作るつもりなのか。いや、これは文字通り教会にとって砦なのかもしれない。


 「なんとも豪快なお話ですな」

 

 モリーニが笑いだしたのでつられて笑った。これは、笑うしかないな。


 「さて、もう一つ。秘伝の栄誉の授与についてですが、オルレアーノのアナーニー司教座教会で行いますので、その日取りを決めてください」 


 砂糖の製法が教会により秘伝として認められる。これは砂糖作りにとって大きなことだ。


 「私としましては、司教様の都合よろしい時で良いのですが」

 「わかりました。では、次の朱色の日はいかがですか。10日後ですね」

 「大丈夫です。その日取りでお願いします」


 メッシーナ神父が一礼して下がった。今日の所はここまでらしい。エリカが教会から帰ってきたら一連の事を相談しよう。

 しかし、予想してはいたが忙しいことだ。



                      続く

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