第60話   お勉強

 一悶着有ったが、なんとか無事に砂糖のギルドを結成する認可が下りた。

 江莉香としても早速にも砂糖を売りに出したいところだが、課題が山積していることにも気が付いた。

 こちらの世界の法律、行政、商習慣について全くの無知であるのだ。


 このままでは、また同じような酷い目に合うわね。これは一から勉強しなおさないといけない。しかし、私はそれ以前にこちらの文字が読めない。法律を学ぶなど100年早い状態ね。何とかしないと。

 文字を教えてくれそうなのは、主に3人。エリックとコルネリアとメッシーナ神父だ。

 エリックはギルド立ち上げに向けて忙しくしているのでコルネリアかメッシーナ神父の二人が候補かな。

 よし。こちらに飛ばされた頃、言葉を教えてくれたのはメツシーナ神父だったので、教会に頼んでみよう。引き受けてくれたらいいのだけど。


 「私にお任せください。エリカ様の勉学のお手伝いをさせてください」


 教会で文字を習いたいと切り出すと、メッシーナ神父が答えるより先にシスター・ユリアが身体を乗り出して立候補した。

 ユリアはボスケッティ神父が帰った後もニースに留まっていた。

 ギルドが出来たら彼女の助力を得られるのは変わりないみたい。


 「えっと、ありがたいんですが、いいんですか」

 「はい。ギルドが立ち上がるまで私は手持ち無沙汰でございますから」

 

 文書の作成と計算ができると言っていたわね。このあいだのコルネリアによる強制圧迫面接で合格が出ていたから学力としても充分だろうし、ギルドの文書は彼女に頼むことになるかもしれない。

 教えてもらう相手には不足ないかな。ただ、どう見ても年下なのよね。年下の女の子に文字の書き方を教えてもらうのは、ちょっと悲しい。


 「その代わりと申しますか、私にも高等神聖語をご教授頂けませんか」

 

 ユリアは更に身体を前に出す。

 前に会った時も、そんなことも言っていたわね。


 「いいですよ。私で教えられることなら喜んで」

 「ありがとうございます。神々とエリカ様に感謝を」


 よしよし。これなら一方的に教えを乞う立場ではないわね。私の小さな自尊心も守れそう。

 また、十円玉の親戚を持っていかないとね。



 この日より教会でのお勉強会が始まった。

 文字には大きく分けて二種類がある。

 アルファベットに代表される表音文字と漢字に代表される表意文字だ。

 日本語は文字の形に意味のある漢字と、それ単体では音だけを表す平仮名の二つを混ぜて使うが、こちらもクネートと呼ばれる表音文字とアルゴンと呼ばれる表意文字の二種類を使っていた。

 クネートはアルファベットに近い短音の文字で、アルゴンは漢字に近い絵文字だ。アルゴンで主に名詞を、それ以外はクネートで表現していた。


 「こんなとこまで日本語に近いのね。確か日本語って分類不明の言語って聞いたけど、こっちじゃメジャーなのかな」

 「エリカ様。メジャーとは何ですか。それも神聖語ですか」


 ユリアが作ってくれた練習問題を前に感想を言うと質問が飛んできた。

 会話している時にちょくちょく向こうの言葉を混ぜてしまう。

 エリックは聞き流してくれるがユリアはそうはいかなかった。ささいな単語にも食いつきが凄い。


 「えーっと。どう説明したらいいのかな。元は英語だけど日本語として通用するから日本語? 和製英語なのか。ある意味では神聖語かな」

 「意味は何でしょうか」

 「元は主流とか、大きいとかそういう意味だけど、転じて一般的とか有名って意味もあるかな。今使ったのは後者の意味ね」

 「なるほど。ありがとうございます」


 いい笑顔でお礼を言うと、ユリアも用意していた木の板にクネートでメジャーと書いて、横に意味を書き足していく。

 あかん。私が誤って間違った日本語をこっちの人に教えたら、それで広まってしまうかもしれへん。

 安請け合いしたんやろか。今、猛烈に大辞林が欲しい。

 

 「エリカ様は神聖語が扱えるのに、どうしてこちらの文字をお習いになられるのですか」

 「神聖語で読み書きできても役に立たないでしょ。教会の人しか使わないんだから。こちらの文字でなんて書いてあるか分からないとギルドの運営も出来ないし。ほんと、数字はアラビア数字を使ってくれてて大助かりよ」

 「数字は同じなのですね」

 「ええ、ゼロの概念もあるし、何より見分けがつきやすいから広まったんでしょうね」

 「確かに、古数字と言うものがありますが、見分けがつきづらく、ゼロもありません」


 アラビア数字凄い。汎用性は日本語比じゃなかったと言うことね。


 「ユリアは数学ができたけど、どこで勉強したの。教会で教えてくれるの」


 初等神聖語、つまり簡単な日本語で書かれた文章をこちらの言葉に訳しながら尋ねた。


 「はい。私が育った修道院には経典以外の本もたくさんありましたので、それを読みたくて文字の勉強をしていたら、院長さまが、数学の勉強もしろって仰ってくださいましたので」

 「へぇ。本が読みたくて文字を覚えたんだ。なんか偉いわね」


 日本の漫画を読みたくて日本語の勉強している外国人に近いものを感じる。


 「エリカ様はどこで神聖語を。神々の国からおいでと言うのは本当でしょうか」

 「まだ、そんなこと言っている人がいるの。違うわよ。親とか学校の先生から習ったの」


 そう、今まさにそれを追体験しているわ。

 小中学生に戻ったみたい。


 「凄い。学校に通ってらっしゃったんですね」

 「私の国じゃ。6歳ぐらいになったら全員、強制的に学校に行くの」


 あれ、7歳だったかな。まぁいいや。


 「そんなに小さいころから行くんですか。わが国でも貴族や街の有力者の子弟の方々は皆学校に通ってらっしゃいますが、羨ましいです」


 ユリアは心底、羨ましそうにため息をついた。


 「村の子供は小さい時から働いているものね」

 「はい。私は運がよかったと思います」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。

 えっと、これは小さいって意味だったような。でも、それだと前後のつながりがおかしくなる。

 ああ、そうか、遠いだ。それなら意味が通るわね。


 「学校もいい事ばかりじゃないけどね」


 例文に四苦八苦しながら答える。


 「そうなのですか」

 「そりゃ、嫌がらせとか、いじめとかも多いし。酷い時には子供がそれで自殺したりするし」

 「ええっ、なぜですか」

 「なぜって言われても、教会でもあるでしょ。そういうの」


 ユリアは困った表情を浮かべ周りを見回した後、小さく頷いた。


 「でも、無知なまま大きくなるよりかは100倍良い事かな」

 「おっしゃる通りです。私も初めて自分の力で経典を読んだときは涙が出るほど感動いたしました」

 「そっ、そう」


 経典て、聖書とかコーランとか般若心経みたいなものよね。それを読んで感動するって、やっぱり信心深いのね。

 私も聖書の黙示録を初めて読んだ時はびっくりしたけど。

 初っぱなから中二病全開フルスロットルで、正直なところ聖書のイメージがひっくり返ったのを覚えている。あれが世界最古のライトノベルだと思う。

 キリスト教凄いわね。涙は出なかったけど。


 「よし、出来た。これであってるのかな」


 なんとか完成した解答をユリアに渡した。多分あってる。


 「拝見します・・・・・・はい。正解です」


 良かった。あっていたみたい。ほっと息をついた。


 「ですが、ここは、このようにお書きになると、より意味が通じやすくなります」


 何か所かに添削して返してくる。


 「なるほど、この単語は何」

 「そちらの単語は女性が主に使う単語になります。そのままでも問題ありませんが、こちらの方がより女性らしくなります」

 「ほうほう。なるほどね」


 丁寧に教えてくれる。私より年下なのにしっかりしているわね。

 頭の回転も速いし、話も聞き取りやすい。

 よし、決めた。


 「ユリア。一つお願いがあるのよね。いいかな」

 「はい。何でもおっしゃってください」

 「この村で先生やって」

 「はい? 」


 おっと、話を端折り過ぎた。


 「えっとね、ギルドが軌道に乗ったらお金に余裕ができるでしょ。そのお金を使って村に学校を作れないかなって思ったのよ。村の子供たちに読み書きと計算を教える」

 「ニースに学校ですか」

 「うん。砂糖作りがうまくいけばニースは村から町になるかもしれないでしょ。そうなったら読み書きできる人が沢山必要になるわ。他所から呼んできてもいいけど、村の人たちが出来た方がいいと思うのよね」


 村の人はよそ者に対して警戒感が強い。

 私が受け入れられたのは代官であるエリックが助けてくれたのと、彼の妻扱いになっているからだろう。言われるたびに否定しているが冗談と受け取られる。

 そんな状態で、他所からの人が大量に流入したら、きっと村の人たちは嫌がる。だから、ギルドの運営の主要部分はニースの人が出来る様にならなければならない。その為の学校が必要だわ。


 「オルレアーノに教会付属の学校がありますがそのような物でしょうか」


 ユリアは私の提案に肯定的に見える。

 よしよし。反応は悪くないわね。


 「教会の学校か、そんなのあるんだ。難しく考えなくていいわ。文字の読み書きと簡単な計算が出来ればいいから」


 江戸時代の寺子屋みたいな感じでできたらいいな。


 「神学は教えないのですか」


 修道女らしい疑問が来た。


 「別に教えてもいいけど、そうね、経典を使って読み書きを教えたらどっちもやれると思うわよ。でも、いきなり経典は難しいか」

 「そんなことはございません。経典をそのまま使うのではなく、易しく読み聞かせるように教えれば大丈夫です」


 ユリアは身体を乗り出した。

 癖なのかなんなのか、自分の興味のある話となると人との距離を急激に詰めてくる。コルネリアの教会バージョンな人ね。


 「それはお任せするけど、いいって事なのかな」

 「はい。喜んで、お手伝いいたします。ボスケッティ神父にもお話いたしましょう。ニースに学校を作ってみてはと」


 えっ、あの人。

 

 「エリカ様はボスケッティ神父を誤解なさっておられます」


 どうやら、思ったことが顔に出たみたい。


 「誤解と言ってもあまりよく知らないし」


 少し恨めしげに見られた。


 「ボスケッティ神父は司教区内での慈善活動も熱心に行われておられ、各地の商人や領主様への寄進のお願いにも熱心に回られておられる立派な方です」

 「そうなんだ。夜な夜な灯りの下で金貨の枚数を数えているイメージがあったわ」


 実際に丸裸にされそうになったからね。


 「酷いです。そんな事はされていません。ところで、イメージとは何でしょうか。どういう意味ですか」


 ユリアがペンを握りなおした。

 しまった。また余計なことを。

 帰ったら、エリックに学校の話をしてみよう。今頃はギルドの設立のための文書と格闘しているから、きっと賛成するはず。

 教育は力を入れた方が絶対に良いと思う。



                    続く

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