第59話   思いもよらぬ指摘

 海からの風が真夏の日差にさらされた肌に心地よい昼下がり。

 ニースの領主。ユシティヌス・インセスト・センプローズは、村の隅々を歩き、蒲鉾の工房や魚の残骸で作った肥料の工房を見て回る。

後ろには供周りの騎士たちが50人ほど続き、最後尾をエリックたちニースの村の者が続いた。

 そして、将軍が呼びかけるとエリックは最後尾から駆け寄り質問に答えるとまた、最後尾に戻る。

 江莉香はこの現象を不思議そうに眺めた。


 将軍に近いほど序列が高いのは分かる。そして、エリックの立場がこれによって如実に表されているのも理解した。でも、村の案内ぐらいはエリックが傍らでした方がいいんじゃないかな。一々伝言ゲームみたいに呼びつけられて走っていくのは七面倒くさい。

 だが、それを言い出せる雰囲気は将軍の周りになかった。

 工房に入れなかった供周りの人たちの機嫌は台風並みの低気圧のごとく荒れ狂っていた。

 一言一言に棘があるんだもん。

 うーん。工房に入るなと言ったのは失敗だったかな。

 よく考えたら何の予備知識もなしに工房を見ても、蕪を煮込んですり潰して、だし汁を樽の中でぶん回しているだけにしか見えなかっただろうから、何やってるか理解できなかったかもしれない。

 そもそも、どう見ても軍人さんみたいな人たち。砂糖作りに興味があるとは思えない。

 余計な反感を得ない為にも、見せた方がよかったかな。

 いやいや、みんながみんなそうとは限らない。

 あの中の一人でも、興味を持って工房の作業を理解したら、砂糖作りのノウハウの半分は漏れることになる。少々のヘイトは許容範囲内かな。


 集団の最後尾に付いて行きながらあれこれ考えていると、今度は私を呼ぶ声がした。

 エリックと同じように走っていく。

 ここで、私が歩いて行ったら供周りの皆さんの機嫌がさらに悪くなるんだろうな。


 「はーい。何でしょうか」

 

 将軍の質問に答えていたエリックの隣に立った。 

 一行が最後に行き着いたのは丘の上の新しいビーンの畑が見渡せる場所だった。

 畑では村の人たちが、ビーンの種まきをしている。


 「いろいろ、面白いものを見せてもらった。見てきた工房は全て其方の発案だそうだが、どこでその知識を」 


 想定していない質問が飛んできた。


 「どこでと言われましても、基本的なことは家や学校で習った知識です」

 

 正確に言えば八割以上のことは魔導士の書のおかげなんですけどね。取りあえず黙っとこ。

 私の返答に将軍は首をひねり、供周りの人たちも口々に何かを言った。


 「学校だと、其方学校に通っておったのか」

 「はい。通っていたと言うか、一応、今でも通ってるんですけど行けてないと言うか」

 「やはり、貴族の出であったか」

 「誰が? 私? 」


 思わずため口で答えてしまった。


 「すいません。私はただの一般市民と言うか平民ですけど」

 「では、有力者の子弟か」

 「いえいえ、どこにでもいる、ただの小娘なんですけど」


 江莉香の言葉に将軍は笑い始めると、周りも笑いだした。


 「其方のような娘が、どこにでも居るわけなかろうが」


 そりゃ、私と全く同じ人間なんていないでしょうけど、特別珍しくもない。ああ、でも、こっちの世界では珍しいか。だって日本人だし。


 「こちらではそうかもしれませんけど、私の国では割と普通にいますよ。私みたいなのは」

 「其方のような娘が沢山いる国か。なかなかに大変そうな国であるな」


 そう言って、また笑った。

 ちょっと、エリックまでどうして苦笑いしてるのよ。


 「戯れはこれぐらいにして、ニースの領主として礼を言わねばならんな。よく、村に尽くしてくれた。前に訪れた時よりも村に活気があるわい」

 「とんでもありません。訳も分からず、行き倒れていた私を助けてくれました。少しでもお役に立てたなら嬉しいです」

 「義理堅い事よ。よろしい。砂糖のギルドを承認しよう」

 「ありがとうございます」


 思っていたより、あっさり許可が下りた。

 嬉しくなってエリックと一緒になってお辞儀をしたのだが、思わぬ横やりが入った。


 「閣下。ギルドをお認めになられることに対して異議はございませんが、このままでは一つ問題が」

 

 供周りの中で一番の年長者らしき人物が進み出た。


 「分かっておる。王都との兼ね合いであろう。それはおいおい解決すればよい」


 将軍が手を振って意見を退けたが、その男は首を横に振った。


 「いえ、それ以前の問題です。申請のままでは、シンクレアが代官とギルド長を兼任することとなります。かつて、代官の職にある者がギルド長になった例はございません。後々問題になるかと」


 苦労が認められて、せっかくいい気分になったのに横から水を差されてむっとした。


 「どんな問題ですか」

 

 代官とギルド長の兼任は一門の中でのエリックの立場を強化するためのものよ。いわばこのギルド結成作戦の根幹にあたる部分。それを否定されると作戦の全てが狂ってしまうでしょうが。


 「エリカ殿。このままで認めてしまうと、代官たちが勝手にその職権を利用してギルドを作れることになってしまう」


 あれ、ギルドって代官は作ったらダメなの。でも、前例がないって言ってたし。どういう事。


 「詳しく説明せよ」

 「はっ、此度のギルドの件ですが、シンクレアは代官の権限を使って村に工房を立てております。本来であれば、これは村の資産になり代官の監督権限の内側でございますが、ギルドとなると話が変わります。建てた工房は村のものではなくギルドの所有物となってしまい代官の直接統治下から離れます」

 「そうだな」

 「シンクレアを代官とギルド長の兼任者としてお認めになると、今後、代官の職にある者が、その権限で何らかのギルドを結成。しかる後、自分がそのギルド長になることにより、己が物と出来ると言うことです。これは村の資産の横領にあたるかと」


 横領?

 とんでもない言い草だ。こんな言いがかり許せるわけがない。


 「私たちが横領したと言いたいんですか」

 「そうは言っていない。ただ、代官の職権で作られたものは、その村に帰属するのだ。それを勝手に他の者に譲渡するわけにはいかぬ。ましてや代官と譲渡先が同じ人物では、横領と区別がつかぬではないかと申し上げたいのだ」


 一歩も引かずに反論された。

 最初は、工房に入れなかったことへの意趣返しかとも思ったけど、話の筋は通っているような気がする。

 迂闊だった。そこまで考えていなかった。


 「話は分かった。エリックよ。気が付いていたか」


 エリックは顔を真っ赤にして側近を睨んでいたが、将軍に話を向けられると足元に跪いた。


 「申し訳ございません。考えがそこまで及んでおりませんでした。しかし、申し上げます。私は決して代官の権限を乱用して己が私腹を肥やそうとしたわけではありません」

 「分かっておる。いきり立たずに落ち着くがよい」


 吠えるように話すエリックの肩を将軍は叩いた。


 「しかし、いわれのない侮辱であります。そうお考えであるのなら直ちに申請を取り消します」

 「そうです。私たちは村を良くしようと頑張ったのに、それを横領だなんて」


 精一杯やったのに、村が少しでも豊かになると思ってやったのに、エリックが出世できるように頑張ったのに、偉い人から見たら横領に見えるだなんて。

 砂糖の精製方法を守ることに固執したのかもしれない。

 こんなことなら『砂糖が出来ました。すごいやろ』で、終わらせておけばよかった。

 悔しくて涙が出そうになった。


 「二人とも落ち着け、わしは其方たちが横領をしたなどと考えてはおらん。ザンコーニ、貴様ももう少し言葉を選べ。二人に対して無礼であるぞ」

 

 将軍が側近を叱責したので、少し落ち着きを取り戻した。


 「では、どうすればよい」


 将軍がザンコーニに話を続けさせた。


 「はっ、このような前例がないので何とも申し上げかねますが、代官は他の者に変えた方がよろしいかと」

 「ふざけるな。私の落ち度と仰りたいのか」


 激昂したエリックは立ち上がりザンコーニに詰め寄るが、周りの側近たちが間に入り二人を離した。


 「落ち着けと申すにエリック。話は最後まで聞いてやれ。それで、エリックを解任してどうする」

 「シンクレアをギルド長としてお認めになるとよろしいかと。代官を解任なさらない場合は、ギルド長をシンクレアに類さない者から選ぶべきです」

 「それでは、あまりにエリックの立場が無いであろう。それはいかがする」

 「はっ、それは・・・・・・」


 ザンコーニが言いよどんだ。


 「考えておらなんだか」

 「申し訳ございません。なにぶん前例のない事ゆえ。ただ、このまま、お認めになると悪しき前例になる事をご推察いただきたく」

 「悪しき前例か」


 将軍は腕を組んで思案始めた。


 「代官とその任地にあるギルドの長が同一人物であると統治に支障が出る恐れがございます」

 

 この人もこの人なりに考えて進言しているんだろうけど、なんなんだろ。この、足元で踏みにじられてる感。

 言い分として理解できるところもあるけど、あまりに杓子定規というか、何と言うか。

 怒りと不安で眩暈がしそうやわ。

 今日この日、私の左腕に腕輪が無かったことをこんなに感謝することになろうとは。

 今ならあの日以上の竜巻を発生させれる自信があるわ。ザンコーニさんを海まで吹き飛ばしていたかもしれない。ここから3~4キロあるけど、きっと届くわ。

 危うく傷害致死罪で捕まるところよ。腕輪を研究しているコルネリアに感謝しないといけない。

 鼻から大きく息を吐きだした。

 とにかく落ち着こう。短気は損気ってお婆ちゃんも言ってたし。


 「悪しき前例な。良いではないか。それで」


 へっ。今なんて。

 将軍の顔を見ると笑っていた。


 「閣下」

 「まあ、聞け。エリックはエリカの助けを受け村の者を指揮して新しき砂糖の製法を完成させた。砂糖を効率よく売り出すのであればギルドを作ることは不思議な事でもあるまい。作り方を見て思ったが、特別難しいこともない。ニースの砂糖は大きな利益を生むであろう。さすればニースが収める税は多くなる。ここまでで異存はないな」

 「はっ、仰るとおりであるかと」

 「そこまでの功績があるのであれば、代官がギルド長になっても良いのではないか」

 「しかし、それでは」

 「むしろ、わしは領主として喜ばしいことだと思うのだがな。これを前例とし、そのような代官が次々と現れてくれるのであれば我が一門は富貴を得る。取るに足らぬギルドを作りたいと言ってきた者が居れば、却下すればよいだけの話しであろう。此度の事が良い参考となろう。砂糖作りと同等の成功であるからな、生半可なことではあるまい」

 「仰せ御もっともでございます」


 ザンコーニが一礼した。


 「大体、功績を上げたのに報われずに職を免じられたとあっては、それこそ悪しき前例よ。だれも、意欲を持って働かぬわ」


 将軍はエリックに向き直り宣言した。


 「エリック・シンクレア・センプローズ。其方の申請していたギルドを正式に承認する。ギルド長はその自治権に基づきギルド内で決めるがよかろう。ニースの代官の職も引き続き其方が行え。よくやった」

 「ははっ。ありがたき幸せ。一層の奉公を誓います」


 再び跪いたエリックを見て、江莉香は安心感からその場で座り込んでしまった。


 あー。危なかった。一歩間違えたらいろんな意味で犯罪者になるかもしれなかったわ。

 しかし、これは私たちの行政に対しての知識不足から起こったことに変わりないわね。

 科学力が低いからこっちの世界を少し下に見てた部分があったけど改めないとね。これからギルドの運営にかかわるのだから法律とか行政とかも勉強しないと。知りませんでしたでは済まない事態が起こるわね。確実に。


 この日、何とか砂糖のギルド結成の承認を得ることができた。



              続く

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