第55話   三国鼎立

 教会の悪辣非道ぶりを聞かされて、脳が飽和状態になったが話はまだ終わらない。

 今度はフスさんの話を聞かなくてはいけないみたいね。


 「エリック様たちが、このまま教会とギルドをお作りになられると、遠くない将来に飲み込まれるでしょう。なにせ相手はどんな大商会をも上回る財力を有し。各地に教会という網を張り巡らし、そこに泳ぐ魚たちの動向をつぶさに監視することができます。いくら、エリック様やエリカ様が聡明であられたとしても抗し得る存在ではございません。だからと言って教会の意向を無視するのも商売としてはまずい。あの手この手の妨害が予想されます」

 「おっしゃる通りです」


 エリックが渋々と言った態で頷いた。


 「そこで、なのですが、教会と共にギルドをお作り下さい」

 「なぜです。今危険と言ったではありませんか。それを・・・・・」


  フスはエリックに向かって右手を出して留める。


 「最後までお聞きいただきたい。お作りになられたギルドに我々ドーリア商会も参加させてください」

 「あなた方をですか」

 「はい。我々はセンプローズ将軍から贔屓にされている商会でございます。レキテーヌで取れる小麦は我々に優先して卸していただいております。御一門である、エリック様やエリカ様に対して貶めるような真似は致しません。仮にそのようなこととなれば、我々ドーリア商会は将軍閣下からのご信頼という財産を失ってしまいます。それは商人としての死を意味いたします。二度とレキテーヌで小麦はおろかあらゆる商売は出来ないでしょう」

 「具体的には何をしてくださるのか」

 「砂糖作りから販路の開拓に至るまで、およそ商売に関しましてはご協力できますが、我々の動きをお疑いであれば特に何もいたしません」

 「参加するが何もしない? どういうことですか」


 エリックの疑問にコルネリアが声を上げた。


 「ほほう。ドーリア商会とは面白い商会だ」

 「恐れ入ります」


 コルネリアの感想にフスは頭を下げた。


 「話が見えないのですが、コルネリア様」

 「ふむ。エリカ。貴方はどうですか、彼らの申し出」


 心なしか楽しそうにこっちに話を振ってきた。


 「ちょっと待って、頭の中身を整理するから」


 どうやら話についていけていないのは私とエリックだけみたいね。

 両手で頬を二回たたいた。


 「えっと。このままギルドを作ると、恩意や助言の話が無かったとしても、ニースは村ごと飲み込まれるかもしれない。だって私たちギルドの事よく分かってないし、実質数人の小さなギルドなんだから。資金力、人員、技能、全てにおいて負けているわね。そこにドーリア商会さんが加わってくれれば、たとえ名前だけであっても飲み込むには大きすぎるって事かな」

 「よくできました」


 コルネリアが笑顔になりフスは手を打って喜んだ。


 「ご明察でございます。いくら教会という巨大な竜であっても我らドーリア商会、一飲みにされるほど小さくはございません。軍や将軍閣下ともつながりのある商会でございます。それこそ飲み込まれるとするなら法皇様が直々に動かれたときでしょう。少なくともレキテーヌ司教区だけの判断では無理でございます」

 「ニースと商会で同盟を組んで教会に対抗すると言うことか」

 「エリック様。まさにその通りでございます。我らが手を組んでも教会を飲み込むことはできませんが、その逆もまたしかりです。飲み込むためにはかなりの時間と無理を必要とします」

 「なるほど、飲み込もうとしても時間がかかる。その稼いだ時間を使ってニースが大きくなれば、さらに飲み込まれる心配が少なくなるのか。理解した」

 「またしてもご明察でございます」


 エリックの同盟という単語を聞いて腑に落ちた。

 ようするに、これって三国志ね。

 ギルドが中国で、教会が人口、兵力、優秀な部下を多数従える魏の曹孟徳。ドーリア商会が人口は少ないけど経済力がある江南の呉。一番弱いニースが砂糖というパンダしかいない蜀という訳か。

 蜀と呉が同盟を結んで強大な魏に対抗するのね。納得したわ。

 差し詰め、エリックが劉玄徳で私が諸葛孔明か。悪くないわね。うんうん。孔明も赤壁の戦いで風向き変える魔法を使ったし、私と同じだ。違うのは頭の中身ぐらいかな。そこが一番大事なんですけどね。

 あの人は長江の流れのように智謀が後から後から湧いて出るんでしょうけど、こっちは渇水期の鴨川並の知恵しか出ないから、比べるのもおこがましいか。

 変な妄想を転がしていると、フスの合図でモリーニが紙とペンをテーブルに広げ始めた。


 「それでは、こちらで契約書を作成いたしましょう。ニースとドーリア商会、そして教会の三者によるギルドでございます」

 「いいだろう。エリカもそれでいいか」

 「うん。賛成」

 「ありがとうございます。まず、ニースの村に主導権があることを明白にしなくてはなりません」


 フスが滔々と語り、モリーニが書式を整えていく。

 江莉香たちは不明な点には質問をし、迷ったらコルネリアの意見を聞く。

 教会の仮契約書を文字通りたたき台とし、教会に有利な条件をことごとくそぎ落としていく。一番過激な意見を言うのはコルネリアで、フスがフォローすることもあった。

 砂糖の利益は還元するけど、経営権は死守するそんな契約書が完成した。

 配当率で言うとニースが6、教会が3、ドーリア商会が1、という配分にした。コルネリアは教会と商会で2対2にすべきと発言したが、フスが教会の顔を立てましょうと言い、それを採用した。

 とにかくニースで単独過半数は絶対条件よね。

 契約書の形が整っていく。

 

 「ギルド長はエリック様でよろしいですね」

 「はい。彼が代官ですからね」

 「エリカ様。それは関係ありません。と言うよりも関係ないようにしなくてはなりません」

 「どうしてです」

 「エリック様が代官だからギルド長としてしまいますと、代官が変わればエリック様がギルド長である根拠がなくなってしまいます。それではお困りでしょう」

 「確かに。そんなことしたら、ギルドは代官を任免できる人。将軍閣下の所有になっちゃうのか」

 「かなりのこじつけではございますが、なんにでも因縁をつけてくる者はおりますので」

 「はぁー。勉強になるな。エリック、良かったわね。貴方は貴方であるからギルド長なんだって」

 「なんだ、それは。ギルド長代理はエリカにしておいてくれ」

 「心得ております」

 「そうね。どうせなら取締役会もつくるか」

 「トリシマ・・・・何でしょうそれは」

 

 江莉香以外が首をかしげた。


 「取締役会。つまり、なんて言えばいいのかな。ギルドの中の幹部会議みたいなもの? 」

 「私に尋ねられても分かりません」

 

 江莉香もコルネリアの方を向いて首をかしげた。


 「ギルドの運営とか方針とかの最高意思決定をする場ですね。ニースからエリックと私。教会から一人、ドーリア商会からも一人お願いします」

 「なるほど。教会にも発言の機会をお与えになられるのですね」

 「はい。この会があれば、変な横車を押さないで会議で希望を言うんじゃないかな。教会の人も」

 「ふむ。教会がおかしな真似をしても、会議で拒否できるという訳ですな。私共とエリック様とで結託すれば票は常に3対1」

 「はい。それを崩すには教会はドーリア商会を取り込まなくてはいけません」

 

 江莉香の言葉にフスは満面の笑みで答える。


 「なるほど、教会の者は我々を取り込むために何らかの行動をとると」

 「はい。それをこちらに流していただければ、教会の動きを完封出来ます」

 「そして仮に取り込まれたとしても、最終的には2対2ギルド長の権限でニースの権利は守られる。いやいや、お人が悪い。十分に教会に伍していくことができますな」

 

 フスの言葉にモリーニは唸る。


 「失礼ですがエリカ様は本当に魔法使いなのでしょうか。お話を伺う限り商人、それも大商会の番頭のようなお考えですね」

 「今更何を言っているのです。貴方が、リリアナ・スフォルツァの生まれ変わりと私に言ったのでしょうが」

 「そうですが、目の当たりにすると何とも」

 「私も無理を言ってニースに来たのは大正解でしたよ」

 「コルネリアにはギルドの相談役をお願いします。いいでしょ。エリック」

 「名案だ。お願いします。お手間は取らせませんので」

 「私は部外者ですよ。村の者でもありません」


 コルネリアは困惑するが、相談役としてこれ以上の人を知らない。


 「困った時に助言してもらえれば助かります」


 教会の助言という名の命令と違って、本当の助言だ。


 「その程度でよいなら構わないが」

 「ありがとうございます。フスさん」

 「はい。魔法使いのコルネリア様が相談役。これは教会が目を回しますな。ハハハハハッ」


 なんとか、飲み込まれないだけの体制が作れそうだ。

 仮にこの案を教会が蹴ったとしたら、それは彼らの判断だ。ニースの村としては文句を言われる筋合いはない。その時は商会と小さいギルドでも作ろう。砂糖の精製方法を守れないかもしれないけど、今更そんなことを気にしても仕方がない。

 絶望的状況下と思ったけど案外なんとかなるものね。

 しかし、教会もしたたかだけど、ドーリア商会も大したものよね。あっという間に私たちに取り入るんだから。教会の利権を押さえることで恩を売りつつ、砂糖売買に一枚噛めるんだから。労少なく益多し。

 まぁ、その分しっかりと働いてもらうわよ。



                  続く

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