第53話   面接

 シンクレア家には母屋から20メートルほどの場所に離れがある。そこは、昔エリックのお爺さんが使っていたらしい。そして、時と共に物置になっていたのだが、今はコルネリアの研究室のようになっていた。

 コルネリアは普段ここで、エリカの腕輪の研究を行っている。


 「コルネリア。居ますか」


 エリカは薄暗い室内に向かって声を掛ける。昼間だと言うのに窓を閉め切って何かを行っている。床には小川の海に近い所で見つかる白い小石を使った魔方陣が描かれている。コルネリアが村の子供たちを使って集めさせたものだ。


 「いますよ。どうかしましたか」


 中から灰色のフードを纏ったコルネリアが出てきた。


 「ご相談したいことがありまして」


 エリカは教会での出来事を話して聞かせた。


 「良く思いとどまりましたね」

 「と言うことは」

 「はい。大変危険です」


 自分の直感が当たったらしい。


 「やっぱり。詐欺でしたか」

 「いいえ。彼らは詐欺はしませんよ」


 コルネリアは首を横に振った。


 「えっ、でも危険だって」

 「彼らは、基本的には嘘は吐きません。ただ、相手の誤解も解いたりはしないのです。自身に都合の良い言葉を並び立て相手の誤解を誘うのが彼らの常套手段です」

 「なにそれ。詐欺より質が悪いじゃないですか」


 いや、それともこれが詐欺の基本か。


 「彼らは文書を出しましたか」

 「いいえ。まだ作っていないと言っていました」

 「それは、おかしいですね。教会は常に用意周到です。砂糖のギルドを作るのであれば利益は計り知れないでしょう。ギルド設立の話を自ら出したのに、それを今から作るとは考えにくい。自らの力を最大限に利用した文書があるはずです」

 「そうなんだ。私が話を切り上げたから出す時期を失ったのかな」


 気色が悪くなって、席を立っちゃったからな。


 「恐らくそうでしょう。教会としては村側が断ることは想定していなかったでしょうね」

 「なるほど」

 「エリカと私ぐらいだ。この村で教会に不信感を持っているのは。従順な子羊たちは神父のいいなり」

 「あのボスケッティ神父はともかく、メッシーナ神父はいい人ですよ」


 色々、面倒な仕事を手伝ってくれるし。こっちに来た時、最初に言葉を教えてくれたし。基本いい人。


 「個人の問題ではないのです。教会という組織のあり様がそうなのだ」

 「どうしたらいいですか」

 

 江莉香の質問にコルネリアは右手で額を押さえて考え込む。


 「断るのは、現実的には難しいだろう。教会が差し伸べた手を払いのけるがごとき所業になる。表立っては報復されないだろうが、最悪、村から神父がいなくなる。村は困るでしょうね。洗礼も葬式も出来なくなる」

 「なにそれ。昔のドラマで見た大学病院みたい」


 一瞬、『白い巨塔』を思い出したわ。怖いことするな。


 「教会の力は強大です。これが大きな街や港であれば領主や国王、参事会の権力が複雑に絡んで教会も早々好きにはできませんが、小さな村では領主によっては庇ってくれないかもしれない」

 「うが」

 

 どうやら、教会の話は聞かないと不味いことになるようだ。砂糖で儲かっても教会がなくなったら村の人は喜ばないだろう。教会の口車に乗ってギルドを作るのは既定路線かな。

 権力をかさに着ての傍若無人。許せん。成敗。どこかに暴れん坊な新さんいないかな。水戸のご老公様でもいいけど。鬼平、あいつは駄目だ。刑事事件専門だから民事不介入。

 短時間で効果を出すために商品価値のある砂糖の精製を選んだんだけど、もう少し、ゆっくりと積み重ねていった方が良かったのかな。でもな、そうするとセシリアがどこかにお嫁に行っちゃうし。

 これが、エリックの片思いだったら、残念だったね。元気出しなさいよ、で済ますんだけど、あの二人両想いだからな。何とかしてあげたい。

 いや、教会が砂糖の匂いにつられて寄ってきたと言うことは、それだけエリックの地位が上昇したことになるんじゃないかな。教会と上手いこと付き合えれば、それこそ教会の強力な力による掩護射撃を期待できるかもしれない。

 うん。きっとそうよ。プラスに考えよう。教会の力を利用しつつギルドを作って砂糖で儲けよう。エリックの地位も上がって万々歳。砂糖による資金力と教会からの口利きで騎士にしてもらう。

 何だろう。ゴールがどんどん遠くなっていくような気がするんやけど。

 いや、現実が見えてきただけかな。

 エリックの心が折れなきゃいいのだけど。


 「コルネリア。ギルドについて教えてください。教会の狙いは何でしょうか」

 「流石にそこまでは、分かりません。ただギルドと言っても大きい物から小さいものまでありますからね。大きい物だと領主と互角の力を持っています」

 「領主って言うと将軍様ぐらい強いんですか」


 このあたり一帯のレキテーヌ地方はほとんど将軍とその配下の領地らしい。


 「流石にセンプローズ将軍ほどの力を持ったギルドは稀ですが」


 稀にいるんだ。おお怖。


 「王都には、レバンテとよばれるギルドがあります」

 「何のギルドですか」

 「銀行のギルドです」

 「それは、強すぎるでしょ。王様よりも強いかも」


 説明不要。これよりツオイ組織って何。軍隊ぐらいじゃないかな。


 「よく分かりましたね。王が戦を望んでも彼らが首を横に振れば、兵を集める資金を用立てられません」


 ああ、軍隊より強かった。金は剣より強し。


 「また、ポーラと呼ばれるギルドもあります。これはザイトオイルのギルドです。このギルドの勢力下では勝手にザイトの実を絞ることは許されない」


 ザイトは赤みがかった梅みたいな実で、オリーブオイルに近い油が取れる。シンクレア家にも4本のザイトの木が植えてある。


 「ザイトオイルって誰でも使うじゃないですか。料理とか保存とか灯りとかに。それを独占。完全に独占禁止法違反ですね」

 「これらのギルドにも教会の力は食い込んでいます」

 「なんとなく、講とか座に近いと思ってましたけど、まんまでしたね。そのうち信長に倒されるんじゃないかな」

 「私にわかるように話しなさい」


 日本語を混ぜて話しているとコルネリアに注意された。

 だって他に言いようないやんか。

 しかし、段々とイメージが掴めてきた。要するにギルドは会社みたいなものってことでOK。

 お父さん。お母さん。私はこの見知らぬ世界で砂糖のベンチャー企業を設立します。

 エリックが社長で、私が専務かな。となると教会は出資者もしくは共同経営者か。

 よし、とりあえず、明日になったら教会に行こう。



 翌日、江莉香はコルネリアに懇願して付いてきてもらった。彼女は自他とも認める教会嫌い。どうやら色々と文句を言われたことがあるみたいだった。なんとなく想像できる。


 「おはようございます。エリカ様」


 ユリアと呼ばれた修道女に迎えられた。頭からすっぽりと修道服を着こんでいて年齢がわかりにくいが、同じ年かちょっと上といったところか。そばかすが多いけど結構美人かな。


 「おはようございます。ボスケッティ神父と、お話したいのですが」

 「申し訳ありません。しばし席を外しております。お時間を頂けたら」


 本当に申し訳なさそうな消え入りそうな声で話す。


 「そうですか」


 シスター・ユリアが二人に席を勧めた。

 どうしようかな。出直した方がいいかな。

 でも、今日中に話を聞いておかないとエリックに怒られる。取りあえず座ろう。


 「そう言えば、シスター・ユリアはギルドが出来たら残ってくれるんですよね」


 何か話題はないかと考え、昨日聞いた話を振った。


 「はい。お手伝いさせていただきます。それと、私の事はユリアとお呼びください」


 やっぱり、声が小さい。恥ずかしがり屋さんなのかな。


 「わかりました。それなら私もエリカでいいですよ」


 円滑なコミュニケーションの構築に努めていると突然、横から槍が飛んできた。


 「貴方はギルドで何をするのですか」


 コルネリアが単刀直入に話を切り出した。自己紹介も無しですよ。この人は余計な社交とか気にしない人だ。


 「なんでも、お申し付けください」

 「何でもとは、ぼんやりした答えだ。得意なことは、具体的に何ができるのか」

 

 厳しい口調で、コルネリアがユリアに問いかける。いや、これは、問い詰めるかな。


 「ちょっと。コルネリア。どうしたんです」


 なにこれ。もしかしてこれって噂に聞く圧迫面接ってやつ。こっちにもあったんだ。悲しい。


 「エリカ。任せなさい」

 「はっ、はい」


 物凄い真顔で言われた。逆らえるわけもなかった。


 「文書が扱えます。計算も人並みに行えますのでお役に立てるかと」


 ユリアが自信なさげに応える。

 ほうほう。確かに文書が扱えて計算が出来れば経理の仕事とか出来そうね。村で文字が書ける人って10人いるかどうかなのよね。計算できる人は片手で数えるぐらいじゃないかな。計算だけなら私もできるけど、文書がまだ無理。

 ユリアの返答にコルネリアは懐からペンと紙と墨を取り出した。

 なに。いつでも持ち歩いているの。

 江莉香の戸惑いをよそにコルネリアは何かを書き込みそれをユリアに手渡した。


 「解いてみなさい」

 

 受け取ったユリアはしばらくそれを眺めていたが、コルネリアからペンを受け取ると、猛烈な勢いで書き込みを始めた。

 何をしているのかと思い立ち上がって覗き込む。

 話の流れから言って何かの計算問題でも出したのかと思ったら違った。

 紙には、円と複数の三角形。数字と記号と思しき文字。


 「なんで、証明問題。しかも、まあまあムズイ」


 ユリアは江莉香の声も聞こえないのか一心に書き込んでいく。書き終えると一度見直して、コルネリアに送り返した。

 図形の横にびっしりと計算式と文章が書き連ねてある。

 なるほどな。これなら一問で文章力と計算力がわかるか。ていうか、修道女や魔法使いって数学も勉強するのか。

 しかしですね。コルネリア様、砂糖の売買の帳簿をつけるためなら、足し引き掛け割り算ぐらいでいいのではないでしょうか。数学の初歩とはいえ、なぜに証明問題。


 「正解です」


 コルネリアが答案を念入りに読み返した後に応えた。


 「素数の値で引っかかると思ったのですが、侮っていました」

 「ありがとうございます」


 コルネリアは若干悔しそう。かわってユリアは誇らしげだ。

 もう。やだ、この面接試験。


 「エリカ。このシスターは計算と文書が扱えます」


 面接試験官殿は高らかに認定あそばされました。なにこれ、採用ってこと?

 そして耳元で。


 「気を付けなさい。教会は本気だ」


 と、囁いた。怖い。

 何が怖いって、本気の教会とそれを試すコルネリアが怖い。教会もそうだけど、この魔法使いも絶対に敵に回しちゃ駄目やわ。

 江莉香が教会とコルネリアに戦慄していると、ボスケッティ神父が入ってきた。


 「お待たせいたしました。これをご用意していましたので遅くなりました。ご容赦を」


 一枚の羊皮紙を手渡された。


 「昨日。ご要望のあった。仮の文書です」

 「ありがとうございます」


 お辞儀をして受け取った。

 まぁ。まだ満足に読めないんですけどね。家に帰ってからゆっくりと読もう。

 そこからしばらく、ギルドについて質問をしていくつかのメモを取った。


 「ほう。メッシーナ神父から聞いてはおりましたが、神聖語、しかもかなり高等な神聖語を扱えるのですね。エリカ様」

 「凄いです。エリカ様」


 教会の二人が褒めてくれる。


 「はい。こちらの文字はまだ苦手でして」


 褒めてくれているのはわかるのですけど、日本人だから当たり前なんだよね。謙遜するのも変だし、威張れることでもないし。どうしよう。


 「あはははは」


 笑って誤魔化すことにした。


 「メッシーナ神父からもお伺いしたのですけど。エリカ様からいくつかの高等神聖語を教えていただいたそうですね。是非とも私にもご教授頂けないでしょうか」

 

 ユリアが身を乗り出してお願いしてきた。確かにメッシーナ神父も喜んでいたな。


 「はい。こんなので良ければいくらでも」

 「ありがとうございます」


 いつしかユリアの声も大きくなっていた。教会の人って日本語好きね。

 悪い気はしないけど。



                続く

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