第52話   疑心

 教会から戻るなりエリカはため息をついた。


 「あー、危なかった」

 「何が危ないんだ」

 「わかんない」


 エリックの疑問にエリカは首をかしげる。


 「おい。ふざけているのか」


 思わず大きな声を出してしまった。エリカが目を丸くしている。


 「怒んないで。違うわよ」

 「なら何なんだ」


 声を落ち着かせて尋ねた。


 「何かがわからないのに、教会の話しに飛びつきそうになったからよ。それが危なかったって言ってるの」

 「何がわからないんだ。ギルドの事か? 」

 「何もかもよ。ギルドってなに、秘伝ってなに、自治権とはなんぞや、司教区ってなに。どうして教会はそんなことを言ってくるの。分からないことばかりなのに、条件がすごく良い風に感じる。危険よ」


 エリカが早口でまくし立てるのでエリックは圧倒された。


 「わからないことは分かったが、条件がいいのが危険なのか」

 「端的に言えば詐欺の匂いがする」


 とんでもないことを口走った。


 「いくならんでも詐欺はないだろう。相手は神父だぞ。神父がそんなことしたら破門されるんじゃないか」


 神父を語る詐欺師ならいるだろうが、ボスケッティ神父は紛れもない神父だ。詐欺をする理由が無い。仮にそんなことをして万が一にも破門されたら生きていけないぞ。


 「だといいけど。私はみんなほど坊主を信用していないから」

 

 更に暴言が飛び出す。


 「こら、滅多な事を言うな」


 エリックは思わず周りを見渡した。母に聞かれると不味いことになる。


 「ちょっと言い過ぎたけど、エリックはどう思ったの」

 「俺はいい話だと思ったぞ。秘伝として認めてもらえたら、周りの村で勝手に砂糖を作られないだろう。作り方を知られたくないと言ったのはエリカじゃないか」

 「その通りよ。私たちが望んでいたことね。なら、どうして教会が私たちの望みをかなえてくれるのよ」

 「それは・・・・・日ごろから寄進しているからじゃないか。先日だって壺一杯分の砂糖を寄進した時、皆とても喜んでいたぞ」

 「メッシーナ神父や、村の修道士の人たちは確かにそうでしょうね。でも、あの外から来た神父は違うでしょ」

 「何が違うんだ」

 「あの人は私たちに親切にする義理が無いって事よ」

 「メッシーナ神父が頼んでくれたんだろう」


 メッシーナ神父は長年ニースの村で神父を続けている。父も信頼を置いていたし、自分も信頼している。


 「それはあるでしょうけど、こちらの予想を超える好待遇の理由にはならないと思う」

 「なら、結局どうするんだ。断るのか」


 好待遇に、なぜ不審を覚えるのかが理解できないが、エリカが気に入らないのであれば仕方ない。


 「エリックの意見は」

 「俺は、ギルドを作ってみてもいいと思う。街の者しか入れないと思っていたけど、違うみたいだしな。砂糖の作り方を独占するにしても広めるにしても、俺たちでやった方がいいだろ」


 エリカの不信感は別として、ここは、思ったことを話そう。


 「むっ。確かに、そのとおりね」

 「それにな。ここで断ったら、メッシーナ神父の顔を潰すことになる。そうなったら、二度と教会の協力は得られないと考えた方がいい。勿論、彼の事だから許してくれるかもしれないが、それに甘えるのも気が引ける」

 

 エリックの言葉にエリカは唸り声をあげる。


 「どうする。これに関しては俺も自信があるわけじゃないから、止めるなら止めるでも構わないが」

 「そうよ。そこなのよ」


 エリカは手を打つ。


 「私たちはギルドについて無知なのよ。だから、わからないのよ」

 「それなら、ボスケッティ神父に聞けばよかったのに」


 こうして思い直してみると自分も理解していなかったな。エリカに任せっきりにせずに自分で聞けばよかった。


 「駄目よ。あの人に聞いたら、都合の悪いことは教えてくれないような気がする」

 「用心深いと言うか、疑い深いと言うか」


 とことん疑っているみたいだ。呆れて両手を広げて見せる。


 「友達が、詐欺られたことがあるのよ」


 エリカの声の色が少し下がった。


 「エリカの友達か」

 「そうなの。上手い事言いくるめられて結構なお金を取られそうになったの。私とか他の友達で必死で止めたからなんとかなったけど。危なかったのよ。その時と同じ匂いがするのよ。あの神父からは」


 エリカが珍しく身の上話というか友達の話しを始めた。結論としては上手い話には絶対裏があると言うことらしい。自分の体験談として語られては否定のしようがない。そんなこともあるだろう。


 「でも、俺たちがギルドについて何もわかっていないことは確かだな」

 「そうよ。それなのにそんなもの作ったら、どこかで蹴つまづく。誰かに教えてもらわないと」


 もっともな意見が飛び出した。それなら分かる。


 「ギルドに詳しいものか。村にはいないな」


 村で普通に暮らしている者には縁のない集団だ。


 「コルネリアに聞きましょう」


 名案だとばかりにエリカが言う。


 「俺たちより詳しいだろうが、あの方は魔法使いだからな。商売には詳しいのか? 」


 あの方はむしろ、そういったものから距離を置いているような気がするんだが。


 「聞いてみてから考えればいいじゃない」

 「そうだな。それはエリカに任せる。俺は今からオルレアーノに行ってくる」

 「オルレアーノ。えっ、今から? 」


 エリカは首を回して辺りを見回す。


 「今からだ。エリカの歓迎会であった人覚えているだろ。ドーリア商会の」

 「私の歓迎会であった人? ああ、あのオレンジの人」

 「オレンジの人か。確かにオレンジだったな」

 「名前・・・・・何だっけ」


 エリカは上を向いて首をかしげる。名前までは憶えていないらしい。


 「フス・カンタビーレ氏だったはず。ドーリア商会の番頭だろう」

 「そうそう、フスさん。あのいかにも怪しい感じで一周回って好印象の不思議な人ね」

 「そんな、評価だったのか」


 確かに妖しい服装だったが。


 「あの人かぁ」

 「駄目か? 」

 「全然。さっきの神父よりは信頼できそうな気がする」

 「無茶苦茶なことを言うな。それは、いいのか、悪いのか」

 「いいわよ。ドーリア商会の偉いさんならギルドについても詳しいだろうし。私も行こうかな。話聞きたい」 

 「いや。俺一人で行った方が早いだろう。エリカはボスケッティ神父からギルドの話を聞き出しておいてくれ」

 「えー。なんでよ」


 本気で嫌そうに答える。いつものエリカならすぐに気づきそうなことにも気づかない。これは本当に不信感が先行しているな。


 「しっかりしてくれ。神父がエリカの言う通りの人物だったら、俺がフス氏から聞いてきた話と食い違うだろ。全く違うことを言っていれば、その時は堂々とこの話を蹴ってやればいいんだ。メッシーナ神父も分ってくれる」


 そこまで言うと流石に理解した。


 「なるほど。確かにそうね。フスさんが正しいことを言ってくれる保証はないけど、嘘が被ることはなさそうだもんね。二人とも同じことを言っていれば、おそらく本当の事で、食い違っていたら、どちらかが嘘か、それとも両方とも嘘か。嘘の事柄が一致したらどちらかの話の整合性が崩れるわね。どちらにしても判断材料が増えるわ」


 いつものように頭が回りだした。調子が戻ってきたようだ。


 「よし、頼むぞ。換え馬を使って行けば明日の夕刻には帰ってこれるからな」

 「早っ。わかりました。私も、もう一回教会に行ってくる」


 おそらくここは重大な転換点になる予感がする。兵法書にも書いてある。早きこと風のごとし。戦場での躊躇は死を意味する。

 

 エリックは馬房から馬を二頭引き出し、鞍をかける。

 旅用のバッグを括り付け中に外套に水筒、干し肉と固焼きパンを詰め込む。財布の中身を確認して、最後に剣を腰につけた。

 そして、馬に跨ると鞭を当てる。

 今から馬を飛ばせば朝一にオルレアーノの城門をくぐれるだろう。


                   

               続く

        

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