第51話 ギルド
すっかり真夏の日差しとなり少し動くと汗が止まらない昼下がり。
エリックはエリカと共にメッシーナ神父から教会に招かれた。
その日は普段訪れる礼拝堂ではなく、その裏手に建てられた司祭館に足を向けた。
司祭館は中庭を中心とし、四方に修道士たちの住居の建物が取り囲む形をしている。二人は案内の修道士に先導され、石畳の中庭を抜け日当たりのよい部屋に通された。
「ご足労頂きましたね」
メッシーナ神父が立ち上がり二人を迎える。
部屋は10人以上の人が囲める大きなテーブルといくつかの椅子が並んでいるだけの殺風景なものだった。
そして、そのテーブルに見覚えのない人物が二人ついていた。
「ご紹介したします。レキテーヌ司教区のボスケッティ神父と修道女のユリアです」
メッシーナ神父に紹介された二人は席を立つと、教会流の挨拶を行った。
ボスケッティ神父は父親ぐらいの年齢だろうか、なんとなく神父らしくない印象だ。それは彼が非常に丸く、ありていに言えば太っているからだった。
粗末な食事と昼夜を問わない厳しい修行のため修道士はほとんどの者がやせている。彼は珍しい例外だった。
修道女のユリアは頭から足先まで修道服に覆われているが、一目見て小柄な印象を受ける、年若いシスターだ。
「お初にお目にかかります。この村の代官を務めております。エリック・シンクレア・センプローズです。こちらはエリカ・クボヅカ。魔法使いです」
エリックの言葉に二人は驚きを見せなかった。神父が予め説明しているようだ。
簡単な自己紹介と世間話をするとメッシーナ神父が本題を切り出した。
「先日エリック様からご相談されていたことですが、ビーンから砂糖を作る方法を秘伝にする事について。結論から申しますと、ギルドを作って守ることをお勧めします」
なるほど、砂糖の製法を守るために神父に頼んでいた。やはりそのことか。
「ギルドですか。しかし、ギルドに加入できるのは街の商人だけと聞いていますが、村でも入れてもらえるのですか」
「いえ、既存のギルドに加入するのではなく新しく作るのです」
「新しくですか。我々は商会でもありませんし、街にも住んでいません。私たちがギルドを作っても承認してもらえるのでしょうか」
ギルドについての知識が豊富な訳ではないが、ギルトは人や産物の集まる都市に構えていることが多い。田舎の漁村にギルドを作れるのだろうか。
「ここからは、私が説明いたしましょう」
ボスケッティ神父が口を開く。
「お願いします」
「それはですね」
「あのー。横からすいません。ギルドって何ですか」
一人話について行けていないらしく、エリカが手を上げた。
「これは失礼いたしました。ギルドとは同じ職業の者たちが集まって作る相互援助団体です。材料の調達や販売を職人や商人が一人一人行っていては効率が悪いでしょう。そこで、同じ職種の者が集まって共同で商売をすることで、お互いの不得手を補いあえるようになります」
「なるほど」
「そして、領主に認められるとギルドになれるのです。ギルドになると領主から徴税権を付与され、ギルド内での収入に対して一定の税が発生いたしますが、ギルド内での自治権を認めてもらえるようになります」
「自治権ですか」
「話が大きくなってきたな」
ニースの村の統治権を領主である将軍から委託されているエリックとしては、それとは別にギルドとしての自治権が必要なのか分からない。ややこしくならないか。
「さほど難しく考える必要はありませんよ。聞くところによるとエリック殿はノルトビーンから砂糖を作られたとか」
「はい。正確にはこちらのエリカが作りました」
「そうでしたか。私もノルトビーンから砂糖を作るなどとは聞いたことがありませんでした。この製法の秘密を知りたがる者は多いでしょう」
「はい」
「そこでギルドをお作りになられればよろしいのです。ギルド内での利益は承認した領主によって保護されます。その製法を盗んだものは領主を敵に回すことになります」
「そうなると、迂闊にビーンから砂糖は作られないと、言うことでしょうか」
「少なくとも。おおっぴらに商売をすることはできません。場合にもよりますが多額の償い金を要求されることもあります」
「なるほど」
エリックは傍らのエリカに視線を向けると、彼女は髪をいじりながらボスケッティ神父を食い入るように見つめていた。エリックの視線に気づくと髪をいじるのを止めた。
「エリカはどう思う」
「なるほど。判らん。が、正直な感想ね」
エリカにしては歯切れの悪い答えが返ってきた。
「ご質問があればどうぞ」
ボスケッティ神父は笑顔を絶やさない。
「質問も何も、お話だけではギルドという組織が何なのか分かりません。利点も欠点も確かではないのでお答えのしようがありません」
「そうだな、いきなりギルドを作れと言われてもな。そんな人手もいないしな」
エリカの困惑した返答にエリックが続いた。
「そうなのよね、組織化するにしても、元々の人数がいないのよ。エリックと私、ロランとエミール。他に誰かいる」
「砂糖作りに専念できる人間は少ないな。集めればもう少し増やせるだろうが」
村人に知り合いの移住を呼び掛けてもらってはいるが未だ移住者はいなかった。そもそも、「移住してください」と言って「はいそうですか」で、移住してくる者はいない。人手不足は解決の糸口すら見えていなかった。
そこに、よく分からないギルドを作るのだ。どんな人が必要なのか見当もつかない。
「なるほど、ご懸念は理解しました。このお話を出したのは、我々教会がギルド設立のお手伝いをさせてもらえばと考えての事です」
手伝い?
「何をしてくださるのでしょうか」
突然、エリカの声が固くなった。
怒ったのか? いや、何か警戒しているようだ。何だろう。俺も迂闊な言葉を発しないように様子見をしよう。
「私とこちらのシスター・ユリアが、ギルドの設立の業務を行います。そして、設立後、シスター・ユリアをギルドにお預けいたします。ギルドの運営に関して何でも、お申し付けください」
ギルドを作ってくれて人手まで貸してくれると言うことか。有難い申し出のように感じるが、なぜそこまでしてくれるのだ。
「見返りは何でしょうか。私たちは教会に何をすればいいんですか」
「難しいことは何一つありません。我々もそのギルドに参加させてください。それが条件です」
「我々のギルドに参加? 教会がですか」
衝撃的な申し出に思わず口を開いてしまった。
「はい。正しくはレキテーヌ司教区ですが」
「そうですよね。驚きました」
なんだ。一司教区だけの話しか、教会全体の話しかと思って慌てたぞ。だが、一司教区とはいえ教会が入ってくれれば後ろ盾としては申し分ない。
「いかがでございましょう。教会が参加すれば司教様からの秘伝として認定も受けられます。製法はギルドと教会法の二つから守られることとなります。神々の恩寵が与えられたギルドとして大商会からも一目置かれることでしょう」
信じられない。
破格の条件ではないだろうか。
ギルドの自治権はともかく、砂糖の精製方法の秘密は守られ、後ろ盾としてレキテーヌ司教区がついてくれる。
村への移住者を募る時も教会の庇護下にあるギルドだと人々が安心して集まるだろう。解決の見通しが立っていない人手不足も一気に解決するかもしれない。
教会が対等な交渉相手として我々を見ている。その現実にエリックは全身が浮き上がる高揚感に包まれた。
「わかりました。私たちにとっても有り難いお申し出です」
エリカの言葉に表情が和らいだ。
これは受け入れるつもりなのだろうな。俺としても文句はない。
エリックが続いて口を開こうとしたが。
「今日の所はお話だけ承ります」
意外なことにエリカが話を保留にしたので口をつぐんだ。
「と、仰いますと」
「我々の方で話し合ってからお返事いたします」
エリカの言葉で少し冷静になった。
大きな決定だからな。落ち着いて考えよう。
「わかりました。私共はしばらくこちらに滞在いたしますので、ご決心つき次第、お話を進めましょう」
「すみません。こちらの都合で」
「いえいえ、大事な決定になりますのでよくお考えいただきたい。質問などあれば気軽にどうぞ」
「ありがとうございます。ギルド設立について何か文書はお持ちですか」
エリカの質問にボスケッティ神父が一瞬だけだが黙り込んだ。
「いえ。ありません。お話がついてから正式な文書にしようと思っておりましたので」
「正式な文書でなくて構いません。たたき台のようなものを頂きたいのですけど。私たちこういった事には疎くて」
エリカが困ったように笑う。
「わかりました。作りましょう。ご自宅の方へお届けします」
「お手数をおかけします。一つだけ注意していただきたいのですが、砂糖の工房には許可なく近づかないでください。ご不便でしょうがお願いしますね」
どうしたのだろう。エリカの態度は丁寧だが、険があるようだが。
「もちろんですとも、我らは僧であって密偵ではありませんから」
エリカがボスケッティ神父を警戒していることがわかった。
何が問題なのだろう。
疑問を抱いたまま教会を後にした。蝉の声がうるさい。
続く
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