第50話 アリシアの助言
ニースで取れたノルトビーンを使っての砂糖の精製が完了した。
これから、この砂糖を使ってニースの村の価値と代官のエリックの評価を上げるわけだが、どのように使うべきかで頭を悩ませた。
有力者にばら撒くのが効果的だが、誰に送るのが良いのだろうか。
エリックが江莉香とその話をしていると、横で聞いていた母アリシアが珍しく意見を口にした。
「エリック。偉い人に配るよりも、先に手伝ってくれた村のみんなや教会に寄進なさい」
「村の皆にですか」
「そうですよ。今まで無理を言って協力してくれたのです。最初の砂糖は村のために使いなさい」
エリックは何も言えずに固まってしまった。
「これは私たちの失敗ね。エリック。アリシアの言うとおりよ」
エリカはばつが悪そうに肩をすくめる。
言われてみれば、砂糖の精製にこんなに早く成功したのは村人と教会の協力があったからだ。まずは皆に感謝するのが先だったか。恥ずかしながら思い至らなかった。
「では、村のみんなに配るか」
「教会にも寄進なさい。ビーンから砂糖が取れたのは神々の思し召しなのですよ」
母は昔から信心深い人だ。教会に寄進するのは当然の事なのだろう。
「わかりました。メッシーナ神父にはいろいろ手伝ってもらいましたから、半分は教会、残りは村の皆に配ろう」
エリックの返答にアリシアは満足そうに微笑んだ。
「配るのはいいけど、村のみんなは今まで砂糖使った事ほとんどないでしょ。ただ配るだけじゃ使い方わかんないと思う」
「砂糖の使い方か。よく考えたら俺も知らない。何に使うんだ」
甘いものは好きだが、村と自分の立場を良くするための武器としか見ていなかった。
「ジャムを作ったらどうかしら。今なら山に木苺が沢山なっているわ。それで作ればきっとみんな喜ぶわよ」
アリシアの提案にエリカが飛びついた。
「賛成。私も木苺のジャム大好き」
エリックは二人の提案を受け入れることにした。
エリカはレイナやネルヴィア、そして村の子供たちを引き連れて、山に木苺狩りに出かけ、エリックは手近にあった壺に砂糖を詰め込んで教会に寄進に行った。
「メッシーナ神父。これは最初のビーンから取れた砂糖です。神々への感謝の証として寄進いたします。お納めください」
神父たちの前に壺を下ろすと、周りがざわめく。
「神々へのご寄進。誠に感謝いたします。あなた方に神の祝福がありますように」
「ありがとうございます」
「エリック様。この壺の中、全てが砂糖なのですね」
「はい。金貨5枚分にはなるかと」
王都で見た砂糖の値段から想像した。改めて考えると砂糖はとても高価な産物だ。今までの産物とは比べ物にならない。
「金貨5枚」
エリックの答えを聞いて修道士たちが感嘆の声を上げた。
「多額のご寄進に、動揺しております。その、エリック様たちは大丈夫なのですか」
「何がでしょう」
「これほど多くの砂糖を寄進されては、貴方達の生活の糧が失われるのでは」
「ご心配頂き有難いのですが、同じ量を村の者たちに配ることにいたしました。それでも問題ありませんのでご安心を」
「これと同じ量ですか」
それまで動じなかった神父の顔にも驚きの色が広がっていく。
「はい。教会の皆さんには、開墾やビーンの畑作りを手伝っていただきましたので、そのお礼も兼ねています。どうぞお収めを」
「ありがとうございます。この事は急いで司教様にもお知らせいたします」
「嬉しいお言葉ですが、司教様にですか。どうしてでしょうか」
司教様に褒めてもらえれば村の者も喜ぶだろうが、別に急がなくてもいいのでは。
「先日、お話にあった。秘伝の件です」
神父が声を潜めた。
「秘伝? ああっ、砂糖の作り方についてでしたね。何かあったのでしょうか」
神父が前に何か言っていたな。
「司教様にはすでに手紙でお伝えしていたのですが、砂糖を見るまでは秘伝の許可を出すわけにはいかないと仰せでした。しかし、これだけの量の砂糖をご覧になれば、すぐにでもご許可してくださるでしょう」
「ありがたい。エリカが作り方が他に漏れないかと心配していましたから」
エリカが心配するほど簡単に真似されるとは思わないが、この辺りでたくさん採れるビーンを使うのだ。真似されるにしても村が豊かになってからにしてほしい。
だが、これについてもエリックはあまり心配していなかった。
たまに感じることだが、エリカは自分ができることは他人も苦も無く出来ると思い込んでいる節がある。ビーンから砂糖が作れると知っても、実際に作れるようになるまでは長い時間がかかると思う。エリカの発想や知識、行動力を全て兼ね備えた人物でもないと短期間での成功はまず無理だ。そして、エリカみたいな人間は少なくともエリックはエリカしか知らない。
コルネリア様がなんとなく近いが、向いている方向が違う気がする。あの方は砂糖作りに躍起になったりしないだろう。
「はい。これは教会の秘伝として認定されるでしょう。いや、ここまでの量とは」
メッシーナ神父はようやくいつもの微笑みを浮かべた。
それにしても、秘伝として認定されるためには実物の砂糖が必要だったのか。母の言うことには素直に従うべきだと改めて感じた。
山に出かけてたエリカは木苺以外の食べられそうな果実も手当たり次第に採取してきた。
「あらあら、珍しい。ポンネの実があったのね」
アリシアは江莉香が背負っていた籠から黄色い実を取り出す。
「それ、すごく良い匂いがするんで採って来たんですけど食べられます? 」
エリカは隣の部屋の水場で手を洗いながら尋ねた。
「ええ、食べれるわ。少し酸味が強いけど、美味しいわ」
「母様。これも見て」
レイナが自分のポケットから何か取り出す。
同じような色合いだが一回り小さく皮も皺の寄った果実が出てきた。
「これはシトロンね。レイナが採ったの」
「はい。ネルヴィアと一緒に取ったんだよ。ねっ」
「はい」
傍らのネルヴィアもシトロンを取り出した。柑橘系の良い香りが部屋に漂う。
「食べられないけど、また石鹸に使うのね」
「これ、別に毒とかないですよね」
エリカが洗った手を拭きながら戻ってきた。
「毒はないけど、美味しくないわよ。酸味が強すぎるし、苦みもあるわ」
「こんなに良い匂いなのに勿体ないから、砂糖かけてオーブンで焼いてみます。ドライフルーツならいけるかも」
「ドライフルーツ? 」
「はい。果物を切って砂糖かけてオーブンで焼くだけの簡単なお菓子です。結構長持ちしますよ。砂糖のおかげで甘くなるから、この香りと一緒になれば美味しくなりますよ」
「あら、ジャムだけではないのね」
「はい。後はフレンチトーストも作ります。アリシア。牛乳と卵を使いますね」
「いいわよ。エリカの国のお菓子なのね」
「お菓子というか朝ごはんというか微妙ですけど、美味しいのは間違いないので。こっちは砂糖じゃなくて糖蜜を使います」
作った砂糖をどうやって村人に楽しんでもらえるか考えた結果、ジャムとドライフルーツ、フレンチトースト。そして、お菓子ばかりでは芸がないので、豚の砂糖煮込みを作ることとした。
醤油と日本酒があれば豚の角煮が作れるが、どちらも存在しないので諦めよう。その代わり果物のソースで煮込めば高級フレンチみたいになるかもしれない。
なったらええな。
そこから、アリシアがジャムを作り、ゼネイラと子供たちがドライフルーツを作り、最後にエリカが豚の砂糖煮込みを作った。
フレンチトーストが一番時間がかからないので最後にしよう。
村のみんなに行渡る量だから、かなり大量に作らないとだめだけど、大丈夫かな。お隣さんにもお願いしよう。
翌日、江莉香たちが、完成した砂糖を使った料理を礼拝に集まった村人たちに配ると、話が風の速さで伝わり、礼拝に来なかった者たちも我先にと集まりだした。
用意していた料理の内、材料と手間の関係で数が作れなかったフレンチトーストとジャムは一瞬で消えてなくなり、ドライフルーツも後に続いた。念のために作っていたビスケットも底が見え始めたので、慌てて追加を作ることとなった。
ともかく、村の人たちも喜んでくれてよかった。砂糖の良さがわかれば砂糖作りに進んで協力してくれる人も増えるだろう。
教会の件といい村の人に配る件といい、アリシアの指摘は正鵠を射ていたわね。亀の甲より年の・・・・・いやいや、頼りになる大人の女性ね。
因みに豚の砂糖煮込み料理はかなりの失敗作だったのでシンクレア家とクロードウィグの一家で食べて処理した。
エリックが「豚肉に対する冒とくだ」と言っていたけど、そこまで酷くなかったでしょ。でも、コルネリアも小さく頷いていたことは忘れない。
続く
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