第48話   夜会

 将軍との面会が終わり、エリックたちが控室で話しているとダンボワーズ卿が使用人を連れて入ってきた。


 「今宵、ささやかながら、エリカ嬢の歓迎の夜会を行うこととしたいのだが、よろしいかな」

 「はい。ありがとうございます」


 エリカが頷く。


 「うむ。エリカ嬢の夜会の衣装を用意いたそう」

 「あの。エリックたちも参加しますよね」

 「ああ。勿論だとも。お前たちも楽しむがよかろう」


 ダンボワーズ卿はこちらを一瞥した後、鷹揚に許可を出した。

 早速、機会が巡ってきた。夜会の間にナセル卿との面識を得なくては。


 「ありがとうございます」


 ダンボワーズ卿はエリックの返事に頷くと、傍らの使用人に声を掛けると出ていった。


 「エリカ様。こちらへどうぞ」

 「はい。少しだけ待ってください」


 エリカは立ち上がり近づいてきた。

 「ちょっと、エリックわかっているわよね。これはいい機会よ」

 「勿論だ。何とかしてナセル卿と話してみよう。全てはそこからだ」

 「私も手助けするけど、あまり表立って動くとエリックの印象が薄まるから、手伝えるのは少しだけよ」

 「ああ、後は自分で何とかするさ」

 「よし。それじゃあ、しっかりやんなさい」


 エリカは使用人と共に出ていった。


 「エリック様。我々も参加してよろしいのでしょうか」


 エミールが声を掛ける。


 「ダンボワーズ卿が許可なさっただろう。珍しい食べ物でも出してくれるかもしれない。楽しめ」

 「エリカ様をお一人にして、よろしいのですか」

 「お前は律義だな。エリカは夜会の主役だぞ。周りに人が集まって一人になんてなれないだろう」


 セシリアの誕生日の夜会を思い出す。あのときも、常に彼女の周りは人が絶えなかった。


 「そうだな。では、近くにいてやれ。だが、することは特にないだろう」

 「わかりました。エリック様は」

 「俺にはやることがある」



 夕刻になり、大広間に続々と着飾った男女が集まって来る。

 ささやかとは言っていたが、かなりの人数だ。クリエンティスにしたエリカを広くお披露目したいのだろう。希少な魔法使いをクリエンティスに迎えたのだ。センプローズの権威も否が応でも高まる。

 将軍が出席者にエリカを紹介すると音楽が流れ、夜会が始まった。

 エリカは用意された赤色の衣装に身を包みかなり目立っている。予想通り色々な人々がひっきりなしに彼女に挨拶を行っていた。


 さて、ナセル卿はどこにいるのか。

 エリックは会場を見回すと、目当ての人物は着飾った女性と楽しそうに会話している。

 今は行けないな。


 「エリック・シンクレア・センプローズ様ですね」

 

 オレンジ色の上着に黄色のタイツという信じられない配色の衣装を身に付けた男から声を掛けられる。

 「そうですが、貴方は」


 声を掛けることばかりに気を取られ、声を掛けられるとは考えていなかった。


 「申し遅れました。私。ドーリア商会で番頭を任されております。フス・カンタビーレと申します。フスとお呼びください」

 

 大きな身振りで挨拶をしてくる。随分と芝居かがった男だ。


 「王都のドーリア商会ではお世話になっています」

 「存じております。王都のモレイ氏からも、よろしく伝えてくれと言付かっております。ところでエリック様が代官をお勤めになられているニースの評判、オルレアーノでもよく耳に入っております。何でも新しい魚料理を作られておられるとか」

 「ええ、まだまだ試行錯誤ですが」


 エリックが一返すと十の反応が返ってくる。口から生まれてきたのかと、問いたいぐらいに休みなくこちらを持ち上げてくる。

 どうしたものか、俺はナセル卿と話をしたいのだが。


 「どなたか、お目当ての人物でもお有ですかな」


 ハッとしてフスに視線を送る。


 「いや。そう言う訳では」


 恥ずかしくなってしまい、咄嗟に否定してしまった。


 「いえいえ。夜会とはそういう場でございますよ。拝見しておりますとナセル様にご関心がおありのようですね。それとも傍らのご婦人がお目当てですかな」

 「どうしてわかるのです」


 驚愕してフスを睨みつけてしまった。


 「おや。正解でしたか。申し訳ない。チラチラとあちらに目をやっておられましたので、思っていたことが口に出してしまいました。失礼を。で、どちらがお目当てですかな」

 

 フスは大げさな身振りを繰り返す。


 「ナセル卿と話がしてみたいのです」

 「おお、それは、失礼ながらお目が高いと言わせていただきます。あのお方はとても頭の切れるお方で将軍閣下の覚えもめでたい。オルレアーノの参事官にも就任されてセンプローズ一門の若手の中でも一番の出世頭と呼ばれております」

 「元は、平民でおられたとか」

 「ご存じでしたか。その通りでございます。10年ほど前に市の役人になられてから大きな功績を立てられ今の地位につかれたのです。よろしければご紹介いたしましょうか」

 「良いのですか」


 思いがけない申し出にエリックは飛びついてしまった。


 「はい。では、まいりましょう」


 エリックは喜んで後についていく。まんまと乗せられていることに気が付いたのは後になっての事だった。

 フスの紹介でナセル卿と会話を始めることができたが、考えてみると何を話せばよいのだろう。

 とにかく、どんな人柄かだけでも知りたい。


 「まだ若いのに代官とは大変な役割だね」

 「日々分からないことばかりです」


 事前に会話の内容を考えていなかったため、当たり障りのない会話ばかり続く。

 

 「ナセル様。ご存じですかな。エリック様の村では、今新しい魚料理を作っておられまして、これが街で評判なんですよ。そうでございましょう」

 

 会話が盛り上がらないのを察知したのかフスが助け舟を出した。


 「ええ。魚をすり身にしたハムのような食べ物ですが、売れるようになりました」

 「魚のハムか。確かに聞いたこともないね。美味しいのかい」

 「はい。よろしければ今度お届けいたしましょう」

 「ハハッ、気遣いは無用だよ。市場で売っているのだろ。気が向けば買ってみるよ」


 何とか取り入ろうとするが、こういうことに慣れているのか、軽くあしらわれてしまう。

 話してみて、全体的に隙のない印象を受ける。ナセル卿には普段から、今の自分みたいにすり寄ってくる者が多いのかもしれない。

 なんだか自分が惨めな気分になる。今日はここまでにしよう。

 辞去を述べると


 「エリカ嬢によろしくね」


 笑顔で言われてしまった。どうやら自分はエリカの付属物に成り下がったようだ。


 「はい」

 

 力なく返答した。

 


 「いかがでしたかな。ナセル様は」

 

 ナセル卿から離れると、フスが飲み物を差し出した。


 「ありがとう。いや、立派な人物だと感じましたよ。自分の小ささが実感されますね」

 「小さい? なぜ、そう思われたのですかな」

 「なぜと言われても。同じ平民から騎士になられた方には、やはり気圧されます」

 「ナセル様は街の靴職人の息子から今の地位に上がられた方です」

 「靴職人の息子から参事官ですか」


 エリックはため息が出てしまった。どんな功績を立てたらその地位にまで登れるのだろう。


 「何を落ち込んでおられるのですかな。エリック様の方が、先に進んでおられると言うのに」

 「私が先に」


 思いがけない言葉に首が持ち上がる。


 「はい。失礼ながら、ナセル様はエリック様の年頃は、まだ靴職人の息子という立場だったでしょうね」

 「えっ」

 「しかし、貴方は小さいとはいえ村の代官だ。ナセル様から見てもあなたは出世が早いのですよ」

 「私の出世が早い? 」


 何を言っているのだ。自分は父の遺徳と将軍の情けだけで代官を務めさせてもらっているだけの存在だ。


 「その上、新しく御一門に加わった魔法使いとも親密です。貴方が行き倒れていたエリカ様をお助けしたのでしょう」

 「エリカが優秀なのと私は関係ありませんよ。魔法使いと知って助けたわけでもない」

 「エリック様がそうお感じになられるのも分りますが、外から拝見する限り、それも貴方の力ですよ」

 「力? 助けたことがですか」

 「今、貴方は、エリカ様を呼び捨てにされました。この場でエリカ様を呼び捨てにされる方がどれだけいらっしゃるか。将軍閣下ぐらいではないですか」


 フスの指摘に言葉も出ない。


 「ナセル様ですら、エリカ様には一目置かなくてはならない。そのエリカ様と同格なのですよ。貴方は」

 「一対一ではそうかもしれませんが、外では今日から違うかもしれません」


 軍の序列から言っても、正式に一階級上の立場になってしまった。


 「なにを弱気な。そうですな。一回、エリカ様を呼んでいただけますか」

 「なぜです」

 「貴方の立場を貴方が理解すべきですよ。それに、実は私もエリカ様にご挨拶いたしたく、紹介していただければ、という下心もございます」


 いたずらっぽく片目を閉じて見せた。

 なんだ、それで色々と親身に世話をしてくれたのか。だが、不思議と嫌な気分ではない。

 まんまと誘導された形だが、彼の計略に乗ってみるのも面白い。

 エリックは多くの人に囲まれているエリカに近づく。

 

 「エリカ。少しいいか」


 引きつった笑顔で夜会のお客の相手をしているエリカに声を掛けた。

 エリックの呼びかけに周りのお客がざわついた。

 なるほどな、確かにこんなに気軽に声を掛けられるのは自分だけか。これを自分の力と言われても今一つ納得はしがたいが。


 「うん。なに」


 ほっとした表情でエリカが寄って来る。赤色のドレスが似合っていた。

 

 「喉が渇いていると思ってな」


 手にしていたグラスを手渡す。淡く黄色がかったグラスだ。これ一つでちょっとした財産だろう。


 「ありがとう。もう、ひっきりなしに話しかけられるから、水を飲む暇もありゃしないわ」


 一気に中身を煽ったあと、大きなため息をついた。


 「魔法使いも大変だな。コルネリア様がついてこなかった理由がわかったよ」

 「そうか、それでオルレアーノの行を渋ったのか。こういう場所、嫌いそうだものね」


 そう言って笑った。


 「エリカ。こちら、ドーリア商会のフス殿だ。彼のおかげでナセル卿と少しだが会話ができた」

 「うん。ちらっとだけ見てた。初めまして。エリカ・クボヅカです」

 「お初にお目にかかります。フス・カンタビーレと申します。エリカ様。当方が用意したノルトビーンはいかがでしたでしょうか」

 「ああ。あれですね。凄く助かっています。ありがとうございます」

 「お褒め頂き恐縮です。追加のご用命があればいつでもお命じください」

 「ええ、またお願いするかもしれません。モリーニさんに言ったら通じますか」

 「はい。彼は当商会の人間ですから。彼にはニースを担当してもらいましょう。これから定期的に顔を出させます」

 「助かります」


 そこからナセル卿の話題になった。


 「エリカと話がしたくて俺を助けてくれたらしいよ」

 「そうなの」

 「エリック様それは、言わないで頂きたい」


 恨めし気にエリックを見上げるがそれも演技なのだろう。


 「いえいえ、助けていただき、ありがとうございます。ナセル卿が当座の目標なんで。で、どんな人だった」

 「隙が無い印象だな。何とか取り入ろうとしたけど、礼儀正しく受け流されてしまった」

 「初めのうちはしょうがないでしょ。名前と顔だけでも記憶に残ればいいのだけど」

 「エリカ様の発想は失礼ながら魔法の使い手というより商売人のそれですな」


 フスが感心したように両手を広げた。

 彼のこの大げさな身振りや奇抜な衣装は相手の記憶に残るために、わざと行っているのだろうな。だからと言ってその配色の服は着たくないが。


 「あら、ありがとう。もっか魔法より商売に興味がありまして」

 「存じております。王都のモレイ氏からも聞いております」

 「あれ、覚えてくれていたんですね。嬉しいわ」


 確かにエリカは魔法使いというよりも商人だな。

 

 「もうすぐ。ビーンを使ってある商売を始めるけど秘密を守れるならドーリア商会にお願いしたいことがあります」

 「これは、我らの鼎の軽重が問われておりますな。商売上の秘密は我らの信用にかかわります。ですが、口で言っても誰も信用してはくれません」

 「言うだけはタダですからね」

 「ごもっとも、分かりました。ナセル卿との繋ぎを私共の商会にお任せください」

 「何の話だ」


 エリカとフスの話しについていけない。


 「お願いします。交渉役はエリックになりますから」

 「エリカ様ではないと言うことですか」

 「そうです。ニースの代官はエリックですから」

 「かしこまりました」

 

 自分にはわからない所で何かの契約が成立したようだ。

 しかし、セシリアの誕生日の夜会では何もできなかった。いや、何もしなかっただけということが分かった。あの日行動に移したのはセシリアの方だったのだ。

 俺は自分で思ってるより甘ったれた人間だったようだ。

 あの日よりはっきりと楽の音が聞こえる。



                    続く

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