第47話 突破口
「エリック・シンクレア。はて、誰であったか」
将軍の周りの側近たちが首をひねる。
あっ、そこからか。
「彼です」
江莉香は振り返り、壇下に控えていたエリックを指さす。
エリックの顔には驚愕の色が浮かんでいた。
いきなり話振って御免。
「それは、無理な相談だな。エリカ嬢。其方は百人長と同じ立場だ。エリック・シンクレアは代官ではあるが、軍での階級は・・・・何であったかな」
「はっ、コモンドであります」
将軍の言葉にエリックは大きな声で申告する。
「うむ。コモンドは百人長の下で10人程度の兵を預かる者だ。おかしいであろう。そのような者の下につくなどと」
「別に私、一番下っ端でいいですけど」
もっと言えば部外者でいたい。
「ハッハッハ。そうはいかん。希少な魔法使いを兵卒扱いしたとあっては、我が一門の沽券にかかわる。それは認められん」
「入ったばかりで隊長扱いとかおかしくないですか。こういうのは一番下から始めるんじゃないですか」
少しだけ食い下がってみる。
「納得するしかあるまい。魔法使いとはそのような存在で、軍とはそういうところだ」
契約に対しては鷹揚だったのに地位に関しては随分と頑なだな。まぁ。いいか。部下の人がいるわけでもなさそうだし、この件はこれまでにしよう。
いい機会だから前々から疑問に思っていたことを聞いてみよう。
「わかりました。因みに一つ質問なんですが百人長って騎士なんですか」
ちょいちょい話に出てくる騎士っていうのは、騎馬武者みたいな人たちの事なんだろうなと想像は付くが、立ち位置がわからない。なんとなく歩兵よりは偉そうだ。
「騎士ではない。百人長は軍の階級だ。騎士とは軍とは関係なく身分なのだ」
「馬に乗っている兵隊さんの事ですよね」
「うむ。それも間違いではないが、正しくは違う。古い習わしでな。馬に乗って戦場に出る財産のある者の事を騎士と呼んだのだ。今では騎士階級でも乗馬できぬ者は多いし、戦に出ぬ者はさらに多い。百人長は騎士もいれば平民もいる。百人の兵士を指揮する者が百人長なのだ」
わかったわ。騎士って言うけど軍人とは限らないのね。一方、百人長はみんな軍人。OK理解した。
「なるほど。もう一つ質問なんですが、騎士ってどうやったらなれるのでしょうか」
突拍子の無い質問に将軍は黙り込んだ。
「エリカ嬢。それは、あなたを騎士に任ぜよと仰っているのかな」
側近から明らかに感情を抑える努力をした声が発せられた。
「違います。ただの興味本位です」
エリックを騎士にするためのボーダーラインが知りたいだけ。
「簡単な例えを出せば、千人長を務めた者には慣習として騎士の位が授けられる。もしくは、戦場で格別の働きをした者にもな」
「平和な時代はどうですか」
「医師や学者、商人などが功績により授けられることはある。魔法使いも多くの者が騎士の身分を得ておるぞ。他には褒められることではないが騎士の位を買う者もいる」
「売っているんですか」
「無論、禁止されておる。だが、いつの世も抜け道はあるものだ。ハッハッハ」
「笑い事ではありませぬ」
将軍が笑うと側近が苦言を呈す。
「笑うぐらいで丁度よいのだ。面白いことに、そういった輩は抜け目なく優秀なのだ。性根は卑しい者が多いがな。場合によっては役に立つ」
そう言って、また笑った。
よし。騎士の身分を買うのは駄目だ。卑しい者扱いの男に大事な娘を嫁にやれないでしょ。
「騎士って誰に認めてもらうのでしょうか。将軍閣下ですか」
「法的には国王陛下から叙任されるが、わしは叙任申請の権限を有しておる。実質的には、わしの一存で叙任できると言うことだな」
「今まで、どなたか叙任されましたか」
「なぜそのようなことを聞く。やはり騎士になりたいのではないか」
「とんでもございません。それなら、千人長にしてくださいと言います」
澄ました態度でお茶に口をつける。別に私自身は騎士の身分なんて興味ない。ただ、これからの手段として必要なのよ。
「大きく出おったな。其方の功績が大であればいつでも千人長にしよう」
「どんな人ですか。何をしたら叙任されたのでしょうか。出来れば戦の功績以外でお願いします」
これはぜひとも聞き出したい。
「誰かおったかな」
将軍閣下は考え込まれた。
「閣下。ナセル殿が叙任されております」
側近の一人が仲間を示した。
「おお、そうであった。エリカ嬢。このナセルは食わせ者でな。アルノ川の水利権を巡って王家の役人相手に大立ち回りよ。見事な手際で権利を勝ち取りおった」
「恐れ入ります」
長身の優男が一礼した。まだ年の頃は30代だろう。若くて出世頭か。絵にかいたようなエリートね。
「紋章院にこやつの叙任申請したときは、財務長官から横槍が入ったほどであったわ。ほとぼりが冷めた頃に出したのにのう」
「あの時の紋章院長官殿の困り顔がまた」
「板挟みになっておったわ。悪いことをしたのう」
男たちは全く悪びれずに笑うのだった。
「戦以外でも騎士にはなれると理解していただけたかな」
「はい。ありがとうございます」
思いがけず良いことが聞けた。ナセルさんとは仲良くしておこう。
「ナセル様はどのようなお仕事を」
「私ですか。私はオルレアーノ市の参事会で参事官を務めています」
見た目によらず低く渋い声。嫌いじゃない。
参事官て、何をする役職なんだろう。
聞きたいことが色々あるが、将軍が話の閉めに入りだした。
「さて、エリカ嬢。これより其方は正式に我が一門に入ったわけだが、わしからは特に言う事はない。気ままに過ごされよ」
「いいんですか。王都に行かなきゃならないとか聞いたのですが」
「魔法の研究をしたいのであれば王都で学ぶのが一番であろうな。ただ、強要はしておらん。我が領内であれば好きに住むがよかろう。王都で魔法を学びたいのであれば手配いたす」
「よかった。安心しました」
「ニースが余程気に入っているようだな」
「はい。いい村です。これからもっと良くなります」
もうすぐ、貴方をぎゃふんと言わせて見せるからね。
「そうか。ただし、秋に行う蒐には参加してもらう」
「シュウ? 何ですかそれ」
「年に一度、我が軍団の者すべてが集まり、訓練を行い、功績を立てた者を称え、罪を犯した者を裁く。それが蒐だ」
「はあはあ。秋の運動会みたいなものですね。わかりました」
「よろしい。では、これから頼むぞエリカ・クボヅカ」
こうして、将軍との顔合わせは無事に終了した。
ああ。緊張した。
エリックは東屋から降りてくるエリカを出迎えた。
エリカが突然自分の話を始めた時は慌てたが、注目が集まったのは一時の事だった。
そこから騎士になるための条件を聞き出していくので、全身を耳にして聞き入った。
実際に武功ではなく行政の能力で騎士に取り立てられた人がいたのだ。目の前が明るく感じる。
機会を見つけてナセル卿に話を伺わなくてはならない。
しかし、本当にエリカは物おじしないと言うか怖いもの知らずなところがある。よくも、この状況で将軍閣下に無茶な話をしたものだ。
エリックとしては感謝しかないが、自分の立場が悪くなるような真似はしてほしくない。
面会が終わり、使用人の案内を受け部屋に通されるとそこにはロランとエミールが控えていた。
「ああ。怖かった」
部屋のソファーに腰かけるなりエリカがため息をつく。
「とてもそうは見えなかったぞ。堂々としていた」
「将軍は怒ってなかったけど周りの人はちょっと不愉快そうだったわ」
エリカの言葉にロランが眉をひそめる。
「何か問題でも」
「たいしたことじゃない。エリカが例の要求を改めて確認したんだ。その時に少しな」
「ああ。あの防衛戦闘以外、参加しないと言う条件ですな」
「側近の方々が少しざわついただけだ。エリカの要求は満額通った」
ロランは信じられぬと息を吐くと、代りにエミールが口を開いた。
「凄いですね。重臣の方々に要求を呑ませたのですか」
「要求を呑んだと言うより、将軍が早々と許可されたから、それについて苦言を呈されただけだ」
「そんな事より。エリック。聞いたでしょ。ナセル卿のこと」
エリカは倒れこんでいたソファーから身を起こす。
「ああ。何とかしてお話ししたいものだな」
「オルレアーノで参事官をしていると仰ったけど、参事官ってなに」
「市議会で市長の補佐をするのが、仕事のはずだ」
「市議会? へぇ。議会があるんだ。進んでるわね」
「この街はこの地方の中心都市だからな。力のある商人やギルドが多い。彼らの意向は無視できないんだ。今の市長も水運ギルド出身だったはずだ」
「ちょっと待って。将軍が市長じゃないの」
「違う。将軍はレキテーヌの領主だが、オルレアーノは自治都市だ。だから市長が別にいる。まぁ。将軍の身内みたいなものだがな」
「なるほどね。そこの参事官か。狙いとしては悪くないわね」
エリカは満足そうに頷いた。
「エリック。ここからは私は表に立てないけど頑張ってね。ナセル卿なら、私たちの作戦を理解してくれるかも。ぜひ味方に引き込みたいわ」
「わかっている。いい話が聞けた。ありがとう」
「何のことです」
話についていけないロランが口を挿んだ。
「エリックを騎士の身分に昇格させるための算段よ。ナセル卿が突破口になるかも」
そういってエリカは大きく背伸びをした。
続く
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